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転生したらまた魔女の男子だった件

72.燕のスリーズちゃん

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 小学校の帰りに、僕とリラは母の家に寄った。
 スリーズちゃんの顔が見られるとワクワクしながらベビーベッドを覗くと、スリーズちゃんの姿がない。
 お乳を飲ませているのかと母を探すと、母は寝室で眠っていた。お産で消耗したので少しの時間も眠りたいのだろう。眠っている母を起こさないように寝室から出て、僕はアナ姉さんにスリーズちゃんのことを聞いてみた。

「スリーズちゃんがいないんだけど、どこかな?」
「私の可愛い妹はどこ?」

 リラも気になっているようでそわそわしている。
 アナ姉さんは僕とリラをベビーベッドのところに連れて行って、枕元にある丸い毛糸で編んだボールのようなものを見せた。上のところに大きな穴があって、その中を覗けば、小さな鳥の雛がいる。
 雛は眠っているようだった。

「もしかして、スリーズちゃん?」
「そうなのよ。お父さんが燕でしょう? 似ちゃったみたいで、燕の姿になっちゃったのよ」

 ベビーベッドに寝かせていたスリーズちゃんの姿が見えなくて、母はものすごく慌てたようだ。すぐにちよちよと鳴いている親指くらいの燕の雛を見付けて、母は考えた。

「このままじゃ、布団に溺れて死んじゃうわ。そうでなくとも、ベビーベッドの柵をすり抜けて落ちてしまう」

 真剣に考えて母はすぐに毛糸でスリーズちゃんの巣を編んだ。スリーズちゃんは魔法をかけられた巣の中に、燕の姿になるとすぐに吸い込まれるようになったのだ。
 巣の中でスリーズちゃんは目を閉じて眠っていた。

 可愛いほよほよの人間の姿の赤ちゃんを想像していた僕とリラは、羽も生えていないスリーズちゃんの姿にちょっとがっかりしてしまう。
 そっと巣を持たせてもらうと、スリーズちゃんが起きた。

「ちよちよ!」

 脳天に響くような大きな声で鳴いている。
 素早くアナ姉さんが動いて、スリーズちゃんの口にどろどろにした食べ物を、針を外した注射器で喉の奥に押し込んでいく。あまりに深く押し込んでいるので、吐き出さないか心配だったが、スリーズちゃんは大きく口を開けてそれを飲み込んでいるようだった。

「アナ姉さん、それは何?」
「白身魚や鳥のささ身を茹でてミルクと混ぜたものよ」
「もう離乳食を食べているの!?」

 アナ姉さんの返事に僕は大きな声を出してしまった。声に驚くかと思っていたが、スリーズちゃんは落ち着いて離乳食を飲み込んだ後で、また大きく口を開けている。

「燕は肉食なのよ。虫をあげるわけにはいかないから、白身魚や鳥のささ身で代用しているの」
「なるほど……そんなに喉の奥に入れて大丈夫なの?」
「喉の奥に入れないと飲み込めないのよ。舌の上に置くと、呼吸を妨げて死なせてしまうってアンナマリ姉さんが言っていたから、気を付けて喉の奥に押し込んでいるの」

 カルロッタ先生、せっかく赤ちゃんの発達を習いましたが、スリーズちゃんは全く違うようです。

「ここにあるのが、そのうっていう食べ物をため込む場所。ここがいっぱいになると、お腹がいっぱいになった証拠よ」
「胃袋が出てるの!?」

 よく見れば首の横にスリーズちゃんは袋のようなものがついている。そこが離乳食をもらうたびに膨らんでいく。
 そのうがいっぱいになると、スリーズちゃんはずりずりと後退して糞をして、体を丸めた。
 糞はアナ姉さんがティッシュで片付ける。

「私、オムツを替えたり、ミルクをあげたりするのを想像してたわ……」
「想像とは違ったみたいね、リラ」
「アナお姉ちゃん、私にもその注射器の使い方を教えて!」

 想像とは違う子育てになってしまっているが、リラは動じずにアナ姉さんに注射器の使い方を教えてもらっていた。

「喉の奥までぐっと押し込むのよ。スリーズはこれを見たら口を開けるから、しっかり食べさせてあげて」
「分かったわ」
「口の中の浅い位置で離乳食をあげてしまうと、呼吸器を塞ぐ恐れがあるから、思い切って口の中に入れるのよ」
「はい!」

 巣の中で健やかに眠るスリーズちゃんに、僕は少し安心していた。

「燕の姿なら、お母さんがいなくてもご飯が食べられるね」
「そうね。母さんも平気だって言ってるけど、出産で身体にダメージを受けているのは変わりないからね」
「そんなに大変だったの?」
「全てのお産が、命懸けなのよ、ラーイ。命懸けで自分の身体を痛めながら、母親は子どもを産むの」

 アナ姉さんに言われて僕はセイラン様のことを思い浮かべる。いつか僕もセイラン様と結婚して、子どもができるかもしれない。セイラン様はそのときに大変な思いをして出産するのだろうか。

「神族でも出産は大変なの?」
「神族でも変わりはないと思うわ」

 セイラン様は僕を受け入れてくれるだろうか。僕の赤ちゃんを産んでくれるだろうか。
 僕はセイラン様しか考えられないのだが、セイラン様がどうなのかは分からない。婚約を承諾してくれているのだから、僕のことが嫌いなわけはないとは思っているのだが、それが恋愛感情になるのかはまだ分からないのだ。

 僕はずっとセイラン様しか見ていなかった。
 セイラン様だけが僕の愛する相手だった。

「お兄ちゃん、スリーズちゃんはお口が大きくてとても可愛いわ」
「そうだね」
「お目目もくりくりしてるわ」

 羽も生えていない不格好な燕の雛の姿でも、妹だと思うとリラには可愛く思えるようだ。僕もじっと巣の中にいるスリーズちゃんを見ているけれど、可愛いのかどうかは分からない。
 できれば人間の姿になって欲しいのだが、人間の赤ん坊がどれだけ自由度が低いかは自分で経験して分かっているので、スリーズちゃんが燕の姿でいたがるのは理解できる。
 燕の雛の姿ならば首は据わっているし、少しならば自分でも動くことができる。
 人間の赤ちゃんの姿ならば顔に布がかかっても外すことができないくらい不自由な生活が続くし、五か月になるまでは離乳食も始められない。カルロッタ先生の授業で僕は学んでいた。

「スリーズちゃんは燕の姿で成長しても仕方がないのかな」
「巣ごとお手手で抱っこすればいいわ、お兄ちゃん」
「そうだね、リラ」

 スリーズちゃんがどんな姿でも姉として愛しているリラの前向きな様子は、尊敬に値するものだった。僕もスリーズちゃんがどんな姿でも愛さなければいけない。
 じっと見つめる先のスリーズちゃんは目を閉じて、瞼が眼球の形に飛び出ていて、口はがま口のように大きくて、いかにも燕の雛だった。

「リラはすごいな……僕はスリーズちゃんが燕の姿だってことにまだ慣れないよ」
「お父さんが燕だったんだから、そうでもおかしくないでしょう? どんな姿でも妹は妹よ」

 明るく言うリラを僕は改めて尊敬した。

 社に帰ってから、僕はセイラン様に報告した。

「小学校ではカルロッタ先生が赤ちゃんの発育を教えてくれました」
「カルロッタ先生はそのときに合った授業をしてくれるようでよかったな」
「お母さんの家に行ったら、スリーズちゃんは燕の雛の姿でした」
「私も幼い頃は白虎の姿しかとれなかった。スリーズもそうなのかもしれぬよ」

 白虎族は小さい頃は白虎の姿で育つのだとセイラン様が言っていたのを思い出す。それを考えるとスリーズちゃんが燕の姿でもおかしくはなかった。

「セイラン様は白虎の姿で不便でしたか?」
「扉の開け閉めなどは不便だったな。体はすぐに大きくなったけれど、人間の姿になれるようになるまでは、十年近くかかった」

 十年もの間、セイラン様は白虎の姿だけで育ってきた。スリーズちゃんも燕の姿だけで育つのかもしれない。

「ちょっとだけ覚悟ができました」
「燕は成長が早いから白虎ほど時間はかからないかもしれぬよ」
「スリーズちゃんがずっと燕の姿でも、お手手で抱っこして可愛がります」

 いつかスリーズちゃんもお父さんのエイゼン様と同じように自由に飛び回るようになるのだろうか。幼いうちに飛び回るようになってしまったら、遠くに行かないように気を付けなければいけない。
 それにしても、赤ちゃんの妹を抱っこできると思ったら、親指くらいの小さな燕の雛だったのは正直拍子抜けしてしまっていた。

「スリーズちゃん、ちょっとの間でも人間の赤ちゃんの姿になってくれたらいいのにな」

 呟くとセイラン様が僕の髪を撫でる。

「燕の一族と白虎族は違うかもしれぬ。エイゼン殿が来たときに聞いてみればいい」

 季節はまだ春だったが、後二か月もすれば初夏になる。
 初夏には僕とリラのお誕生日もあるし、エイゼン様が夏を運んでやってくる。

 エイゼン様の来訪が僕には楽しみでならなかった。
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