双子のカルテット

秋月真鳥

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番外編 (響と薫の両親編)

アラビアの女王 2

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 先に生まれた兄のサミがアルファだったので、弟のヘサームのバース性はベータでさえなければアルファでもオメガでもどちらでも良かったという。ただし、ヘサーム自身は自分がオメガに生まれたことを快くは思っていなかった。
 世界人口の約80パーセントがベータ、約10パーセントがアルファ、残り10パーセントがオメガで、多少の推移はあるが、現在概ねその程度の割合で構成されているという。
 古い戒律を守らせる両親のもとに生まれたヘサームは、男性なのにオメガだということで肌の露出のない服を着せられて、ベールを被せられて、ヒジャブで髪や顔も隠すように言われていた。それだけでも女性扱いされているようで面白くないのに、ある程度育ってきてから、男性の医者にも女性の医者にもかかってはいけないと言われたときには、正直、「どうやって生きて行けと?」と親の神経を疑ってしまった。
 ムスリムの中でも戒律が厳しい地域と、そうでない地域があるが、大抵は女性は男性の医者に診てもらうことは禁じられている。ヘサームは女性ではないが、オメガで将来アルファの元に嫁ぐのだから、他の男性に肌を晒してはならないなど、理不尽な物言いでしかない。だからといって、女性のムスリムの医者は、男性を診ることを好まない場合が多い。
 世界人口の約10パーセントのオメガのうち、男性オメガは半分の約5パーセント、そのうち医者になるものがどれだけいるのか。どうにか男性オメガの主治医は見つけたが、かなりの高齢で、いつヘサームを診られなくなるか分からない。
 解決策としてヘサームが思いついたのが、自分が医者になることだった。

「お前はいずれどこかの名家の嫁になるんだぞ。医者になんてなることはない」
「私は自分の健康も人生も、誰かに預けようとは思っていません」
「結婚しない、ということか?」

 アルファとして生まれたサミは、将来跡継ぎに、オメガとして生まれたヘサームは、どこかのアルファに嫁がせて利用する。最初からアルファの所有物になる運命しか選べない、しかも、ムスリムは戒律で4人まで妻が持てるから、たった一人の相手として愛されることもない。

「ご安心を、私はまだ発情期ヒートも来ていません」

 大抵、体が成熟して女性オメガは初潮が、男性オメガは精通が来る頃には、発情期も始まるものだが、体の成長はよく体格も良いヘサームは、バース性の検査では確かにオメガだったのに、発情期が来ていないまま18歳になっていた。
 身長も190センチを超えて逞しく、ヒジャブと清楚な黒い肌を見せない衣装がなければ、オメガには到底見えないヘサームは、顔立ちは美しいので結婚を望まれないわけではないが、正妻としては求められていないことも分かっていた。父が持ってくる見合いの相手も、父の持つ不動産や会社、鉱山や石油資源などの財産が目当てなだけなのだ。
 発情期が来ないのも、来て欲しくないと自分が強く望んでいるせいだと気付いたのは、医学を志して、オメガの研究論文を読んでからだった。
 どうやら、オメガの中にも、性質がアルファと似ている……いや、アルファ以上に強い、フェロモンも発情期も自分の意志で操れるものがいるらしい。まだ例が少なすぎてまとまり切れていないその論文の中のオメガに、自分が当てはまると気付いて、ヘサームは男性オメガのための医師になることを表立った目標として、裏ではその特殊なオメガについて調べ始めた。
 自分がそうであるから、実験対象は自分なのだが、アルファの実験対象には、お見合いの相手を使った。
 フェロモンで傅かせて、許しを請わせて、自分から見合いを断るように仕向けさせるのも、簡単すぎて拍子抜けするほどだった。
 そのうちに、父はあまりにヘサームがお見合いを断られるので、気の毒になってきたようだった。

「やはり、お前は大きすぎるのかもしれない……私に似たのだろうな」

 大柄な体つきは、確かに父に似たのだろう。身長も父を少し越してしまったが、あまり変わらない。どちらかと言えば、母に似た兄の方がオメガと間違われる始末だ。

「結婚はしません」
「今までの相手が見る目がなかっただけだ。そう、気落ちするな」
「いいえ、私に相応しいアルファがいないのです」

 傲慢なまでに言い放つヘサームに、父のジアーが頭を抱える。

「昔からサミの方が素直で大人しくて、オメガみたいな子だった……どうして逆じゃなかったのか」
「そうですね、兄上ならアルファに可愛がってもらえたでしょうね」

 背丈も180センチ程度のサミは、自分よりも少し長身の男性オメガを正妻として、彼以外愛さないと言っている。二人の間には子どもも生まれて、幸せそうである。

「最初から、私を二人目、三人目としか思っていないようなアルファは、こちらからお断りです」

 ただ一人の相手として、他の誰も視界に入れないくらいに愛されたい。それがヘサームの願いだった。

「『ヘサーム鋭い剣』などという勇ましい名前をつけてしまったからいけなかったのか」

 生まれたときは凛々しくて、この子はきっとアルファだろうなどと言われたので、つい勇ましい名前を付けたが、ヘサームがオメガだったのが間違いだと父は言う。自分を女性扱いするだけでなく、オメガに生まれたことを間違いだなどと存在を否定してくるような父の言うなりにはなりたくない。
 そうやって、独身を貫いていた31歳の年に、その見合い話は飛び込んできた。

「どうしてもお前と見合いをしたいという若造がいるんだが……」

 乗り気ではなさそうな父の顔に、逆に興味を引かれた。話を聞いてみれば、相手は外国人だという。異教徒で、外国人で、まだ学生だという若いアルファは、ヘサームを街で見かけて、どうしても話がしたくて、父に申し込んだのだ。厳しく戒律を守るムスリムの結婚は、親を通しての見合いがほとんどだ。

「会うだけ会ってみても構いませんよ」

 オメガだと言うだけで自分を侮るような相手ならば、フェロモンで傅かせて、後悔させてやろう。
 ジアーの立会いの元、見合いの席にやってきたのは、金色の髪に青い目の華奢で細身な少年のような雰囲気のアルファ男性だった。白い頬を薔薇色に染めて、うっとりと蕩けた表情でヘサームを見つめている。

「僕は、じゅん・ジュール・敷島しきしまです。市場で買い物をしているあなたを見て、美の女神ミューズが舞い降りたかと思いました」
「私が、美の女神ですか?」

 椅子に座って、肌と体格を隠す服にベールをかぶっているが、立ち上がれば見上げるほどの大男である。それが美の女神など、言われても全くピンとこない。

「人違いではありませんか? 私はこの通りの体格ですよ?」
「素晴らしいと思います。僕は、自分が背があまり伸びなかったから、結婚するなら、絶対に自分よりも大きなひとにしようと思っていました。あなたは、僕の理想です」

 熱っぽく語られて、ヘサームはアジア系の血が入っているからか、幼く見える彼の年が気になった。

「あなた、お幾つですか?」
「19歳です。もう、結婚できる年ですよ」

 祖国のフランスではそこそこに成功していて、名も売れている若き新鋭デザイン家。そうでなければ父は見合いを許さなかっただろうが、もしかすると、全く結婚する気のない行き遅れのオメガの息子が初めて興味を示した相手に期待したのかもしれない。

「結婚するのならば、条件があります。私以外の妻を持たないこと」
「フランスは一夫一妻制だよ、そもそも、僕はあなた以外、求めてない」

 躊躇いのない即答は、好感が持てた。

「私は非常に嫉妬深いのです。私以外のオメガや女性に、目移りしてはいけませんよ?」
「モデルさんとかは見ないといけないけど、恋愛対象って意味なら、あなた以外に、勃つ自信ないです」
「私を、抱きたいと、思えると?」

 立ち上がったヘサームを見上げる形になったジュールの頬が紅潮し、欲望に青い目が潤むのが分かる。

「もちろん……ご、合意があったら!」

 直接的に、目の前のジュールに「あなたを性的に見ています」と言われて、不思議とヘサームは嫌悪感はなかった。それどころか、心地よくすらある。
 たった一人、ジュールが愛する相手になれるのならば。

「あなたの妻になりましょう」

 ヘサームから強いフェロモンが立ち上ったのを、父のジアーは気付いただろうが、それをどうすることもできない。たっぷりとヘサームのフェロモンを付けて、他のオメガに目を付けられないようにしなければいけない。
「私を番にして、私以外を視界に入れてはいけませんよ?」
 甘い香りに包まれてぼぅっとしているジュールに、鼻先が触れ合うくらいの距離でその可愛らしい少年のような顔を覗き込み、ヘサームはうっとりと微笑んだ。
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