双子のカルテット

秋月真鳥

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番外編 (響と薫の両親編)

アラビアの女王 1

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 ヘサーム・ビン・ジアーを『女王』と呼び始めたのは、兄のサミだった。
 男性のオメガとして生を受けたヘサームの立ち位置は、非常に微妙だった。
 女性ではないが、いずれ嫁ぐ性、産む性として、貞淑と道徳的な行いを求められる。そのくせ、相手の男はムスリムの教義で4人までの妻帯を許されるのだ。
 自分が普通のオメガではないという自覚は昔からあった。
 それが『上位オメガ』といって、フェロモンも発情期ヒートも自在に操ってアルファすらも傅かせる存在だということは、医学の道を志して、オメガの研究によって知った。
 ムスリムは親が見合いで結婚を決めるのがほとんどだが、その連れてこられた全てのアルファを拒絶し続けた結果として、30歳で独身の見事な行き遅れとして、兄のサミにも父のジアーにも、諦められたヘサームの頑固さを、二人は『女王』と評した。
 その次の年に、フランスからデザインの勉強のためにやってきた学生の19歳の青年に熱烈な恋をされて、ヘサームは結婚することになるのだが。
 そして、生まれたのが非常に希少な人種違いの双子で、しかもどちらも『上位オメガ』としてヘサームの血をしっかりと引いていた。
 息子の響と薫に番ができたと聞いて、一番喜んだのは、ヘサームだったかもしれない。祖父の圧力に負けて息子たちに見合いを勧めたが、それも「ここから逃げて自由になりなさい」というメッセージだったと、気付いているのは聡い薫の方だけだろうか。
 フランスであまりに自由にさせすぎて、薫がフランスのデザイン界で高名なアルファを妻子があるなしに関わらず誑かし、操って、挙句に響が襲われて返り討ちにするという暴力事件を起こしたときには、さすがのヘサームも頭を抱えた。
 それでも、夫のジュールが「信じてあげようよ」と穏やかに言うのに、日本行きも許したが、頑なに結婚をしないどころか、養子までもらってしまった二人の息子に、もう孫の顔を見るのは無理だと諦めていた矢先だった。

「僕の相手が薫ちゃんの養子の青藍くんで、薫ちゃんの相手が僕の養子の真朱くんって……ゆ、許してくれる?」

 褐色の肌に金色の瞳の響はヘサームによく似ている。
 ジュールがほっそりとして少年っぽい美しさがあるのに対して、ヘサームが相手アルファに見合いを断るよう仕向けても仕方がないと父のジアーが諦めたのは、ヘサームが整った顔立ちの割りに体格が良くて、どれだけ貞淑な衣装で隠しても、それが隠し切れなかったからである。
 響も薫も、ヘサームに体格はよく似ている。

「許すもなにも、私も12歳も年下のジュールと結婚したのですから」

 ジュールがデザインしてくれた色は地味だが三つ編みのように装飾されたヒジャブで髪を隠したヘサームは、高校に行っているという二人の帰りを待っていた。青藍と真朱の双子が養子になった年に、写真は送ってもらっていたが、日本まで訪ねてきて実際に会うのは初めてだった。

「僕の息子たちになるんだよねぇ。僕のこと、お義父さんと思ってくれるかなぁ」

 ふわふわと微笑むジュールは金髪に青い目で、色彩は薫とよく似ている。体つきは細身で、ヘサームよりもやや小柄だった。

「ヘサームに会ったとき、『僕の美の女神ミューズが降臨した』って思ったんだよね。美しい褐色の肌に、長い睫毛、輝くような金色の目……」

 まだ学生だった19歳のジュールを一目で虜にしてしまったヘサームは、確かに顔立ちは整っていて美しい。

「真朱さんや青藍さんは、お父さんやお母さんにはまだ幼く感じられるかもしれませんが、将来性のある素晴らしい方たちですよ」

 両親に濃く煮出したミルクティーを出している薫の後ろで、どさりと何かが落ちる音がする。振り返れば、真朱が高校のカバンを落として、その場に膝を付いていた。

「し、敷島真朱、いいます。お義父さん、お義母さん、大事にしますから、薫さんをください! って、薫さんが俺を素晴らしいて言うてくれたぁ!」
「落ち着いてください、真朱さん」
「薫でよろしければ、どうぞ、可愛がってやってください」
「お、俺が、薫さんに可愛がられるんやなくて、かおるしゃんをかわいがるぅ……!?」

 想像しただけでキャパオーバーになったのか、真っ赤になった真朱が鼻血を出すのを、駆け寄った薫が抱き上げてソファに座らせた。遅れて玄関からリビングにやってきた青藍も、ソファに腰かけている響と薫の両親に気付いて頭を下げる。

「年は若すぎるかもしれませんが、俺は、本気です。はよ、響さんを自分のもんにしてしまわな、誰にとられるか分からん状態なんて、我慢できへんかったんです。響さんとのこと、認めてください」
「響は自分で自分のことを決められる大人だから、青藍くんが節度を守ってお付き合いできるなら、僕からは、よろしくお願いします以外、言うことはないよ」

 ふわふわと微笑むジュールに、ほっと安心したのか、学生服のままカバンを置いて青藍も響の隣りに座った。

「響さんのお父さん、外見は薫さんと似てはるけど、雰囲気は響さんに似てはるね」
「よく言われるよ。色が逆になったって」
「響はヘサームに似て、美人でしょう?」
「父さん、僕みたいなのは厳ついっていって、美人じゃないの」

 美的感覚がどこかずれている気がするんだよねと呟く響に、ヘサームが金色の目を細める。

「あなたは私にそっくりなのですよ。それが美しくないということは、私を美しくないと言うのですね? 母は悲しいです」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「そうやってお母さんはいつも響をからかうんですから」

 苦笑した薫の顔とヘサームの顔を、真朱が見比べた。

「てことは、薫さんは顔はお義父さんそっくりやけど、性格はお義母さん似なんやろか?」
「さぁ、どうでしょうねぇ」

 無邪気に微笑んで問いかける真朱に、薫がにっこりと答えるのに、響は目をそらしていた。
 高校一年生で16歳の誕生日前という青藍と真朱は、日本人ということもあって、ヘサームには年齢以上に幼くは見えたが、二人とも立派なアルファの風格は備えている。『上位オメガ』としての自覚がある薫がアルファとしての能力の制御コントロール方法を教え、『上位オメガ』としての自覚のない響が無意識に二人を守っているのだろう。
 そもそも『上位オメガ』の名前を付けたのも、その存在を論文として医学会に出したのもヘサームなので、自分の息子たちがそれであるということは、非常に興味深い研究対象でもあった。
 ただ、薫は自分たちがそういう目で見られていることに気付いていて、それを好ましく思っていないのも気付いていたが。

「お父さんに、バラしますよ?」

 下手なことを口にしたら、ジュールにばらされてしまう。
 ヘサームが男性オメガ専門の医師であることも、『上位オメガ』の研究論文を書いていることも、『上位オメガ』であることすらも、ジュールは知らない。ただヘサームがヘサームでありさえすれば愛しているという盲目的に愛を追い駆けるタイプであることが可愛くて、ヘサームは彼の求愛を受け入れたのだ。

「ホテルを取ってありますから、私たちはそちらに戻りますね。真朱さん、青藍さん、私の可愛い息子たちをよろしくお願いします」

 これを機に日本観光も悪くないかもしれない。
 ジュールの祖父の生まれた土地であるし、ジュールも国籍を持っている国である。響と薫が子どもを産んで暮らすようになる国かもしれない。
 60歳を超えてもなお美しく、「変わらず君は僕の美の女神だよ」とジュールに言わせ続けるヘサーム。もしかすると、『上位オメガ』はフェロモンを操れるので、美的に衰えるのも遅いのかもしれないと論文に書くのならば、やはり長生きして、息子たちを観察し、孫の顔も見ないといけない。
 『アラビアの女王』たるヘサーム・ビン・ジアーは、健在だった。
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