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四十六、
しおりを挟むぬるい風が吹いていた。
入梅を迎えた、薄曇りの一降り来そうな中。
「ご苦労様」
早々に大阪から戻った斎藤を出迎えて、開口一番、沖田が笑った。
将軍の上洛に伴う警備の準備で、諸藩や幕府部隊が次々と大阪へ集っていた。
新選組は大阪での駐屯先として、下寺町にある万福寺を割り当てられ。
斎藤は、別隊の長である谷とともに大阪へ向かったが、警備の采配は当然、幕府の役人が取り仕切っており、
まだ将軍も江戸に在る以上、差し当たっての急務がなく。
斎藤達は、京での活動と同じように、町中の巡察を行うこととなったが、
ものの数日としないうちに、谷と十数名を万福寺に残して、いったん斎藤だけ帰営することとなった。
土方が、斎藤を呼び寄せたからだ。
もっとも、呼び寄せた張本人は土方ではなく沖田であろうと、斎藤は感ぐってはいたが。
行って帰ってきただけのような状態に、斎藤は内心いい気分ではない。
そんな斎藤の心中を知ってか知らずか、
「どうせ今おまえが大阪に居ても、宝の持ち腐れだろ」
と沖田が悪びれず開口二番目に言うのへ、斎藤は溜息をついた。
そんなにあんたは俺と居たいのか
らしくもなく斎藤もそんな戯れ言ひとつ浴びせてやりたくなったが、
どうせ沖田の事だから、一笑に付したあげく「そんなのあたりまえだろ」とか何とか、さらに戯れ言で返してきて終わるに違いなく。
結局斎藤は、出かかった台詞をひっこめる。
「今夜、呑みに出ようぜ」
「え?」
そこに斎藤からすれば唐突な誘いが飛んできて、斎藤は目を瞬かせていた。
「呑みたい気分なんだ」
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「この前から土方さんが、事あるごとに、部屋で休め休め、喧しいんだよ。あの人もおまえに負けず劣らず姉さん状態だから」
「・・・」
土方がそう言う理由など百も承知でいながら、そんな世間噺のようにさらりと言った沖田に、斎藤は唇をへの字にした。
「俺も副長に賛成だ。あんたはもっと体を休めるべきだ」
沖田がそれに首を竦める。
「おまえまで言うか」
「何度でも言う」
沖田があからさまに顔をしかめた。
「こっちは、たまったもんじゃないよ。ずっと言われ続ける身にもなってくれ」
「・・・」
斎藤は黙った。
確かに、自他ともに認める屈強な肉体でありながら、その胸に病巣を抱えていることなど、忘れていられるうちは忘れていたいものかもしれないところを
傍で、体を休めろ、つまりは養生しろと言い続けられれば、その都度思い起こされて気も滅入るだろうか。
「・・しかし」
斎藤は狼狽えた。
目を合わせていられなくなり。静かに俯く。
「あんたにいつまでも元気でいてほしいと願う副長だからこそ、仕事のない時は休んでいてほしいのだろう。俺も同じ想いだ」
そう願うのは駄目なのだろうか。
「言ったよな?普段どおりに生活すると」
溜息まじりのその言葉に。斎藤は顔を上げた。
「沖田・・。」
「池田屋の時のような無理はしない。俺が常に心がけるとしたらそれだけだよ」
(・・・)
猛暑の夏盛りだった池田屋襲撃の際に、二階での吐き気を及ぼすほどの異常な灼熱の中、
逃げた人数を追う近藤と別れて一人残った沖田は、敵を全員打ち取るまで気を張り続け、結果、昏倒に至るまで随分な無理をしたと聞いている。
「・・・あたりまえだ。無理をしないのは最低限の心がけだろう。そうではなく、もっと、」
「斎藤、」
ついには遮られ。斎藤は口を噤んだ。
「頼む。もういいだろ。・・おまえの言ってくれたように医者にならもう少し顔を出すし、休める時は休むよ。だがそれは俺の判断でそうする。おまえや土方さんにその時々を決めてもらうことはない」
穏やかだが、有無を言わせぬ物言いだった。
(・・それでも確かに休んでくれるならば)
「承知した・・」
やがて斎藤は、静かに頷いた。
立ち話の状態だった二人は、そしてどちらともなく歩み出し。
門をくぐり、土方の待つ副長部屋へと向かう。もっとも、これほどの早々な帰営で、報告するような内容もないが。
斎藤は、大阪からの上京中に胸内でもやついていた憤りを思い出した。
「で、俺をさっさと京に呼び戻した理由は何なのだ」
まさか酒呑みにつきあわせるために呼んだわけではあるまい
横に並んで歩みつつも沖田を睨んで見上げた斎藤の、その剣呑な視線に、
「何で俺に聞くのさ」
沖田が笑い出した。
「まさか俺が呼び寄せたとでも思ってんの」
「違うのか」
間髪入れず斎藤が返すのへ、沖田がさらに笑う。
「俺は、斎藤がいないと食欲が湧かないと言っただけだよ、あの人に」
(は・・?)
「すまん、意味が分からない」
もう一度言ってくれ。
斎藤は呆然と呟いた。
「そのまんまだよ」
沖田がけろりと返す。
「おまえと食ってる時は、食も進むわけ」
「・・何故」
「さあ。愉しいから?」
「・・・・」
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(勘弁してくれ・・・)
仮に沖田が斎藤を呼び寄せたかったとすれば、土方の姉御状態を逆手に利用したとしか取りようがない。
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「何って?」
あいかわらず悪びれぬ悪戯な眼差しが、斎藤を向き。
もはや言葉が出てこない斎藤の、前で。
「おまえが帰ってきてくれて嬉しいよ」
そしてその眼差しのままにそう言う沖田に。
斎藤は、もう一度。深い溜息をついた。
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