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四十五、
しおりを挟むその日は結局、夜に沖田が巡察に出る迄の間、ずっと沖田と行動を共にした斎藤が。
夜半に帰ってきた沖田を寝付けないまま迎えて、
斎藤が敷いておいた布団へと潜り込んだ沖田が、行灯の朧火の中、隣で「おやすみ」と斎藤を見るのを
波立つ様々な情感を胸に、受け止め。
「ああ」
おやすみ、と返す間にも、沖田に吹き消された行灯の煙が残り匂を漂わせるのへ、斎藤は小さく息を止めた。
「斎藤、」
暗転した闇の中、沖田の声がした。
「また今夜も眠れそうにないなら、寝物語してやるからいつでもどうぞ」
くぐもった哂いを纏うその戯れ言に、もはや斎藤は無視を決め込んだ。
(・・眠れないに決まっている)
恋い慕う相手がすぐそこに毎夜いるという事態は、
どう考えても異常なことだった。
まして斎藤にとって、こんな感情は初めてであり、到底扱いきれたものではないのだ。
そう遠くない昔、これは恋だと思った相手がいた。その女と、だが、深い仲となった時に、想いは急速に冷え落ちた。
十代の滾る肉欲が、江戸の奔放な男女交遊の風習に当てられた、ほんの一幕の契りだったのだろう。
やがて女の側に複数の男の存在を知った斎藤は、その女の元へ通うのを止めた。
本物の恋というものを。知らなかった。
この男に、この情をおぼえる迄は。
(この情に理由があるならば、知りたいものだ)
何故この男に、気がつけば後戻りも叶わぬほどに、こうまで惹かれたのか分からない。
耳に入ってくる他人の恋噺を聞き及ぶかぎり、恋とはそういうものなのだろうと、なんとなく理解はできようとも。
褥の中、斎藤は息を圧し出した。
(馬鹿馬鹿しい)
明快な答えがあったとて、この胸の奥底に沈んだままの苦しみの一つ、和らぐわけでもあるまいに。
まだ江戸に居た頃。
沖田に初めて会った時から、他の人間とは違う沖田の独特な人となりを斎藤は物珍しく受け止めてはいたが、その頃たいして深く関わることもなく、すぐに斎藤は江戸を立った。
やがて沖田達が浪士組として京へ来て再会してからは、組の同僚として特別親しくもない交流を交わしていた。
ここ西本願寺の新屯所で、相部屋にならなければ。今もそのまま只の同僚の友としてのつきあいが続いていただろうか。
(そもそも、相部屋になったことからして・・いや、まさか)
斎藤は、何故己が沖田と相部屋になったのかが、そもそも解せないでいた。
驕るつもりは無いが、己の剣の腕は、組の中で永倉と並び、沖田に次ぐと自負している。
そんな組内での言ってみれば双璧の存在が同室というのは、屯所の護りという観点からすれば明らかに非効率であり、
一分の隙もない智略と戦術に長けるあの土方が、こんな部屋割を行った事自体が、そもそも不自然なのだ。
(沖田・・あんたが仕向けたのか・・?)
いや、それ以外に無いではないか。
そう考えてみれば、腑に落ちる。
沖田の言う事ならば、土方はよほどの問題が無いかぎりは受け入れるであろう。
己に巣食う病を知った時から、すでに沖田が己に代わる存在として斎藤に白羽の矢を立てていたとしたら。斎藤にまるで自然を装い近づくすべに、旧屯所を引き払い、新しい屯所へ移るその機会を利用しないはずがない。
(沖田・・・)
当時どう土方を言いくるめたのかは、斎藤には想像しようもないが、そうして沖田の一存によって二人が同室となり、沖田の望んだ通りに今に至ったのだとすれば。
さすがに斎藤が恋情を抱く事まで、沖田が想定していたはずも無いが、
斎藤の想いを知っている土方も、私情で今さら部屋割りを変えることはしないだろう中で、
このまま二人は、この離れで、決して残り長くはない時を過ごしてゆくことになる。
聞こえてきた寝息を耳に、斎藤は。今一度、溜息をつかないわけにはいかなかった。
(今夜はいくつ数えることになるか)
九九算の二の位から頭の片隅に流し始めて斎藤は、そして。目を瞑った。
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