二人静

幻夜

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十四、

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「もう一度」

沖田は、ふう、と溜息をついて斎藤を見やった。

夕闇迫る、この離れの部屋で。

斎藤は先程から悩んでいた。


「もういいだろ。何回確認するつもりだよ」

沖田は何度目かの台詞を向ける。

「いや、何か忘れてるような気がしてならない」

「気のせいだ」

「・・・」

斎藤は答えず再び己の荷物をあさり始めた。

手ぬぐい、着替え、鬢付油、櫛、ちょうちん、火打道具、扇子、糸針・・・

斎藤の荷から先程より、もう何度も出ては入ってゆく物たちを沖田はげっそりと見やる。

斎藤は最後に矢立を手にとった。沖田からもらったそれを。

斎藤は大事に仕舞い入れながら、ぼんやりと呟いた。

「おかしい・・。忘れている物はなさそうにも思う」

「だから、なにも忘れてないんだよ」

沖田は苦笑まじりに答えると、空をゆく烏たちを見上げた。


「土方さんもおまえも居なくなっちまうんじゃ、暫く張りの無い日々になりそうだな」


不意に零されたその言葉に。斎藤は手を止めて、沖田を見やった。

「・・そういえば暫く会えなくなるというのに、副長の所へ会いに行かなくていいのか」

沖田が自身を夕日色に染めながら斎藤をふり返る。

「いいんだ。今朝、十分抱いてきたから」

「・・・」

平気でそんな台詞を口にする沖田に、

斎藤はとうに怒る気にもなれず、ただ顔を背けた。

かあ。

ひとり胸騒がしい斎藤を、小ばかにするような烏の声が空から落ちてくる。

「違うだろう」

斎藤は顔を背けたまま、ぽつり呟いた。

「今朝会ったからもういいというのは、どうかと思うぞ」

「何故」

「何故って・・・」

そんな事も分からないのか、と斎藤は呆れた顔で沖田へ向き直った。

「まだ旅立って離れてるわけじゃないだろう。同じ屋根の下で会える所に居るのに会わないというのはおかしい」

「そんなもんか?」

「・・・・」

ぽかんと、斎藤の丸くなった目が沖田を映した。

「あんた、本当は副長のこと」

大して好きでもないのか?

斎藤は、だが、そう聞きかけて口を噤んだ。

そんなものは他人が首をつっこむ事ではないし、仮に、いいや好きだ、と平然と答えられても敵わない。

「・・今は、」

沖田のほうが、黙りこんだ斎藤から目を逸らして呟いた。

「おまえと居るわけだし、おまえともこれから暫く会えなくなるのは同じだろう」

沖田の背後でゆっくりと夕日が沈んでゆく。

斎藤は眩しさに目を細めつつも、この男の表情を見極めようとした。

「・・沖田、」

「斎藤」

つと、二人の声が重なって。

「え?」

聞き返した斎藤を、瞬間、沖田の真剣な眼が捉え。



「土方さんを頼む」




「・・・・」



夕闇に沈んだその言葉は、斎藤の奥底へと落ちてゆき。

斎藤は小さく頷いてみせ、背を向けた。


「・・・なにか忘れてる気がする」

ごまかすように呟いた斎藤の後ろで、

「まだ言ってるのか」

沖田の笑った声がした。






(おまえが、)

こちらに背を向けたまま荷物を覗き込んでいる斎藤を、沖田は眺めていた。

(今回の東下で、おまえという存在を余すことなく、土方さんに見せてやってくれ)

おまえに無理にでも東下の役を任せたのは。

その為なのだから。

自嘲ぎみに声なく笑み、沖田は立ち上がって部屋を出た。

斎藤が振り返るのを背に感じながら、縁側に立ち、暗み始めた空を向いた。

旅立ちゆく烏たちが、その紺空へと溶けて。





廊下をやってくる影に、沖田は視線をやった。



そのまま部屋の中の斎藤を振り向き、

「やっぱり、ちょっと行ってくるよ」

己を見ていた斎藤と、はっきり目が合い。

「そうか」

答えた斎藤が、ごく自然に目を逸らした。

「総司」

同時に、土方の声が廊下の向こうより響き。

沖田は斎藤から視線を外すと、廊下を歩み出した。




   
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