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十三、
しおりを挟む斎藤が朝餉から帰って刀の手入れを始めた頃。
すらり、と障子を開けて入ってくるなり、斎藤の見る前で、沖田が敷っぱなしの布団へ倒れこんだ。
「・・・お疲れのようだな」
斎藤は、精一杯の厭味を渡してみる。
「ああ。巡察まで寝る。後で起こしてくれないか」
「嫌だ」
沖田は顔を上げた。
「今、・・嫌だと言ったか?」
「・・言った」
斎藤は目を丸くして己を見てくる沖田を、いい気味だとばかりに鼻で笑ってみせた。
「・・・参ったな」
沖田はぼそりと呟いて。
と思ったら、ぐあっと巨大な欠伸をかまし、目を瞑った。
(この・・食えぬ男め)
斎藤は、予感した。
その直後。
案の定、沖田は寝息を立て始め。
「・・・・。」
結局斎藤が起こしてやることになるのだ。そんなことは端から分かっている。
・・・。
斎藤は舌打ちを残し、再び手元の刀へと視線を落とした。
「沖田」
珍しいことがあると、斎藤は思った。
寝息さえ聞こえぬほどの静寂が、今この目の前の男を覆っている。
このような状態で熟睡しきった沖田を、いまだかつて斎藤は見たことがなかった。
斎藤も沖田も厠に行くとしても、互いに細心の注意を払い、起こしてしまうことはあまり無い。
それでもふたり、剣士としての性は拭い難く、ちょっとの聞き慣れぬ物音には如実に反応し、目が覚めるように体ができてしまっている。
お互い夜中にネズミの物音で目を覚ましたときなど顔を見合わせて苦笑し合ったりした。
だから斎藤の太腿で寝ていた沖田が、なかなか起きなかった時も妙な違和感を覚えていたが、だが、さすがに今日の、この沖田の熟睡具合はなんだろう。
「沖田」
斎藤はもう一度呼んだ。
反応は無い。
「沖・・・」
ぴくりとも動かない、人形のように息さえ零さない、
そのあまりの静けさに、斎藤の胸に一瞬、不安がよぎった。
(まさか)
あり得ない。だが、なんと不吉な静けさ。
(沖田、)
どくん、どくん、と斎藤の心の臓が鐘のように鳴り出し。
まるで死人のような沖田の体に、震える手を伸ばした。
その手が肩先に触れた。
「ぐっ・・・!!」
何が起こったのか、
一瞬、分からなかった。
瞬いた目を開いたとき。
上に沖田が居て、己の首を押さえつけていて。
「・・っ・・沖・・・」
はっと沖田が手を離し、すぐ斎藤の背を抱き起こした。
「ごめん。大丈夫か」
「・・・ああ」
一瞬詰まった息は徐々に正常な呼吸を取り戻し、
沖田の大きな手に背中を支えられながら、斎藤は漸く頷いてみせた。
「ごめん」
沖田はもういちど言った。
「いい、俺だってきっと同じ反応した」
斎藤の言葉に沖田はほっとしたように息をついて。
斎藤のほうは、ふう、と最後に一息吐きながら、
「あまりに熟睡していたものだから心配した・・珍しいこともあるな」
瞳を持ち上げて沖田を見やった。
だが沖田は目玉をぐるりと回し。
「そうか?おまえと同室になってから俺は毎晩よく眠れてるが。最近じゃ珍しかないさ」
そりゃ聞き慣れぬ音で起きる時がまだあってもな、
と同じくネズミの時を思い出したように微笑い。
(・・・・そういえば)
斎藤も最近、朝の目覚めが爽快な時が多くなったではないか。
いつからだろう。沖田と同室になる前はこうも目覚めが気持ち良いわけではなかった気がする。
「俺も、そうみたいだな・・すると、互いで互いの存在に安堵し合って熟睡していたのか」
「ああ」
斎藤の背から手を離しながら、沖田が頷いてみせた。
「・・しかし」
斎藤が呆れた様子で眉を下げた。
「それじゃ本来、安堵していられないはずじゃないか?互いに熟睡している時に何者かが侵入した日には、どうなってしまう」
「大丈夫だろう」
(ふん・・?)
疑いもなく即答した沖田を前に、確かに大丈夫なのかもしれないと斎藤は首を傾けた。
例えば今さっきまで沖田は熟睡してたが、斎藤が沖田に触れた直後、目にも留まらぬ速さで攻撃をしかけてきたではないか。
「・・・だが」
命の関わることだ。斎藤はあくまで慎重になった。
「もしもだ、」
沖田の目を見据えた。
「もしも、熟睡してるがために一瞬出遅れればどうなってしまうのだ。やはり互いに熟睡するべきではないように思うが」
「おいおい」
沖田が愉しげに哂った。
「折角よく眠れるようになったというのに、そりゃあ酷い」
「しかし、」
「まあ、その時はその時でいいさ」
「・・・」
そのあまりに沖田らしい無頓着な答えに、斎藤は思わず押し黙った。
そのまま斎藤は唖然と彼を見ていたが、やがて、
諦めたように、ふっと相好を崩し微笑った。
もうひとつ。
最近、斎藤がよく微笑うようになったということに。
沖田は気がついたが、なんとなく、もう少し言わずにおこうと思った。
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