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十五、
しおりを挟む晴れ渡った空の下で。
見送りに居並ぶ隊士たちのなかに、斎藤は沖田の姿を探していた。
「斎藤殿、」
先程から伊東が堪りかねた様子で声をかけてくる。
「土方殿は、いつになったら来られるのかね」
「さあ・・」
そんなこと斎藤に判るはずがない。
先程までは確かにこの場に旅装で来ていたはずの土方を、斎藤はぼんやりと思い浮かべた。
沖田の姿を求めていたのは斎藤だけではない。
最後に一目、と土方は沖田を探しに行ったのだろうか。
(だとしたら、副長もご執心だな)
斎藤は胸中、嘆息した。
(まったく・・)
沖田は何処に、居るのか。
(あんたが来ないと、旅立てないだろうが)
昨日の夕刻、あれから土方の部屋へ行った沖田は、何故か朝、部屋に戻っていた。
てっきり土方の部屋で朝まで過ごすものだと思っていた斎藤は、深夜、音無く戻っていたらしい沖田に気がつかなかった。気がついたのは、朝になってからである。
ふたり他愛も無い会話を交わし、朝餉をとった。そして斎藤が厠に立ち、その後戻ってみると、沖田は部屋から居なくなっていた。
なんとなく己の気持ちを代弁したかのように寂寥な部屋で、斎藤は最後の旅支度をして、ここ待ち合わせ場所の門前にやってきた。
驚いたのは、ここへ来てみたらすでに土方が居たことだ。
また沖田は土方と一緒に居るのだろうと思っていたところを、土方ひとりが門に来ていたのだから、斎藤が驚いたのも無理は無い。
(そういえば)
ひとり斎藤が来るのを見た土方のほうも、驚いたような様子だった。
(副長は副長で、俺が沖田と一緒に居ると思っていたのかもしれない)
あの時、土方は何か聞きたげな様子で斎藤を一瞥し、だが押し留まったかのようにふいと顔を背けた。
伊東と決め合わせた定刻が来るまで、それから二人は言葉無く佇んでいた。
もともと斎藤も無駄口をきくほうではないし、土方もむっつりと何か考えている様子だった。
ぼちぼちと見送りに隊士たちが集まり始めたが、その中に沖田の姿を見ることはなく。
土方が不意に去ったのは、あと少しで定刻といった頃だった。
土方と入れ違いで定刻ぴったりにやってきた伊東と挨拶を交わしながら、斎藤は沖田の不在を妙に思い始めた。
(どうしたんだ、一体)
沖田が自分たちの見送りに来ないなどということはあり得ない。
「あいつらに何かあったのか」
斎藤の傍らで井上が、土方と沖田を案じ呟いた。
いつまで経っても現れない土方に、隊士たちのなかから懸念する声が漏れ始めている。
「おいおい、土方さんも沖田も何してるんだ」
原田が、欠伸をしながら嘆いた。
「斎藤殿。土方殿の居そうな場所をご存知ありませんかね」
伊東がなおも繰り返すのへ、斎藤が煩げに見やった時、
「あ」
突然、近藤が玄関のほうを指差して声を上げた。
「・・来られたか」
近藤の指差す先、漸く現れた土方に、伊東が大きく溜息をつくのを耳にしながら。
斎藤は、さっと己の体が強張るのを感じた。
(沖田・・)
土方の隣に付き添う沖田の顔色は、遠くで見て判るほどに酷く。
「・・なんだ?沖田はどうしたんだ?」
原田が首を傾げた横を、斎藤はすり抜けて、やってくる二人のほうへと駆け出していた。
「沖田、どうした・・!」
沖田の前へ走り寄った斎藤は、彼の肩に手を置き、影になった沖田の眼を見上げ。
「総司なら何でも無えよ」
そんな斎藤へ、沖田の隣で土方が吐くように代返した。
「何でもって・・」
「ただの腹下しさ。ったく、心配して探し回った俺が馬鹿を見たよ」
「は、」
(腹下し??)
ぎょっとして目を丸くする斎藤の前、沖田が困ったように微笑った。
「ひどいな。腹下しだって立派に心配されていい事だ」
「馬鹿野朗!俺はてっきりおまえが・・・」
何かを言いかけた土方が、はっと斎藤のほうを見やって口を噤んだ。
(・・・何だ?)
土方は明らかに狼狽した様子で、斎藤から目を逸らし。
「とにかくっ。斎藤、おまえにゃ待たせて悪かったな」
行くぞ、
と土方は口走り、そのまま斎藤に目を合わせぬまま伊東たちの待つ門前へと歩き出した。
「・・・・」
(何だ、今の・・)
闊歩してゆく土方の後姿を眺めながら、斎藤が目を瞬いた時、
不意に己の手が、ふわりと包まれた。
びくり、と心の臓が跳ねて、咄嗟に沖田へ向き直った斎藤は、同時に、
自分が沖田の肩に手を置いたままだったことに気がついて、その手を引っ込めようとした。
「斎藤、」
許さず沖田は、斎藤の手を自身の肩に縫い付けるように抑え込んだまま。
「心配かけたなら謝るよ。それと有難う」
「・・・」
斎藤の手が一瞬きつく握り締められ。
次の瞬間、沖田の手は斎藤の手の上から離れていった。
「気をつけて行ってこいよ」
促すように歩き出しながら、沖田が微笑む。
「・・ああ」
(本当に大したことではないのか・・?)
そうは見えないほど顔色が酷く悪いままの沖田を横に見上げながら、
斎藤は戸惑いを胸に隠し、頷いた。
「行ってらっしゃい!」
「道中お気をつけて!」
門を出た斎藤たちへ隊士たちが総出で声をかける。
斎藤は今一度振り返り、門先で隊士たちの前に佇む沖田を見た。
斎藤の隣で土方がほぼ同時に振り返り。
どちらに視線を合わせるでもなく、沖田が手を振るのを。
複雑な想いで斎藤は彼へ手を振り返して、やがてくるりと背を向けた。
元治二年三月下旬、春の澄み渡った青空のもと。
斎藤、土方、伊東の三人は江戸へ向けて、この日旅立った。
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