二人静

幻夜

文字の大きさ
上 下
17 / 61

十五、

しおりを挟む



晴れ渡った空の下で。

見送りに居並ぶ隊士たちのなかに、斎藤は沖田の姿を探していた。

「斎藤殿、」

先程から伊東が堪りかねた様子で声をかけてくる。

「土方殿は、いつになったら来られるのかね」

「さあ・・」

そんなこと斎藤に判るはずがない。

先程までは確かにこの場に旅装で来ていたはずの土方を、斎藤はぼんやりと思い浮かべた。

沖田の姿を求めていたのは斎藤だけではない。

最後に一目、と土方は沖田を探しに行ったのだろうか。

(だとしたら、副長もご執心だな)

斎藤は胸中、嘆息した。

(まったく・・)

沖田は何処に、居るのか。

(あんたが来ないと、旅立てないだろうが)



昨日の夕刻、あれから土方の部屋へ行った沖田は、何故か朝、部屋に戻っていた。

てっきり土方の部屋で朝まで過ごすものだと思っていた斎藤は、深夜、音無く戻っていたらしい沖田に気がつかなかった。気がついたのは、朝になってからである。

ふたり他愛も無い会話を交わし、朝餉をとった。そして斎藤が厠に立ち、その後戻ってみると、沖田は部屋から居なくなっていた。

なんとなく己の気持ちを代弁したかのように寂寥な部屋で、斎藤は最後の旅支度をして、ここ待ち合わせ場所の門前にやってきた。

驚いたのは、ここへ来てみたらすでに土方が居たことだ。

また沖田は土方と一緒に居るのだろうと思っていたところを、土方ひとりが門に来ていたのだから、斎藤が驚いたのも無理は無い。

(そういえば)

ひとり斎藤が来るのを見た土方のほうも、驚いたような様子だった。

(副長は副長で、俺が沖田と一緒に居ると思っていたのかもしれない)

あの時、土方は何か聞きたげな様子で斎藤を一瞥し、だが押し留まったかのようにふいと顔を背けた。

伊東と決め合わせた定刻が来るまで、それから二人は言葉無く佇んでいた。

もともと斎藤も無駄口をきくほうではないし、土方もむっつりと何か考えている様子だった。

ぼちぼちと見送りに隊士たちが集まり始めたが、その中に沖田の姿を見ることはなく。

土方が不意に去ったのは、あと少しで定刻といった頃だった。

土方と入れ違いで定刻ぴったりにやってきた伊東と挨拶を交わしながら、斎藤は沖田の不在を妙に思い始めた。



(どうしたんだ、一体)

沖田が自分たちの見送りに来ないなどということはあり得ない。

「あいつらに何かあったのか」

斎藤の傍らで井上が、土方と沖田を案じ呟いた。

いつまで経っても現れない土方に、隊士たちのなかから懸念する声が漏れ始めている。

「おいおい、土方さんも沖田も何してるんだ」

原田が、欠伸をしながら嘆いた。

「斎藤殿。土方殿の居そうな場所をご存知ありませんかね」

伊東がなおも繰り返すのへ、斎藤が煩げに見やった時、

「あ」

突然、近藤が玄関のほうを指差して声を上げた。

「・・来られたか」

近藤の指差す先、漸く現れた土方に、伊東が大きく溜息をつくのを耳にしながら。

斎藤は、さっと己の体が強張るのを感じた。

(沖田・・)

土方の隣に付き添う沖田の顔色は、遠くで見て判るほどに酷く。

「・・なんだ?沖田はどうしたんだ?」

原田が首を傾げた横を、斎藤はすり抜けて、やってくる二人のほうへと駆け出していた。


「沖田、どうした・・!」

沖田の前へ走り寄った斎藤は、彼の肩に手を置き、影になった沖田の眼を見上げ。

「総司なら何でも無えよ」

そんな斎藤へ、沖田の隣で土方が吐くように代返した。

「何でもって・・」

「ただの腹下しさ。ったく、心配して探し回った俺が馬鹿を見たよ」

「は、」

(腹下し??)

ぎょっとして目を丸くする斎藤の前、沖田が困ったように微笑った。

「ひどいな。腹下しだって立派に心配されていい事だ」

「馬鹿野朗!俺はてっきりおまえが・・・」

何かを言いかけた土方が、はっと斎藤のほうを見やって口を噤んだ。

(・・・何だ?)

土方は明らかに狼狽した様子で、斎藤から目を逸らし。

「とにかくっ。斎藤、おまえにゃ待たせて悪かったな」

行くぞ、

と土方は口走り、そのまま斎藤に目を合わせぬまま伊東たちの待つ門前へと歩き出した。


「・・・・」

(何だ、今の・・)

闊歩してゆく土方の後姿を眺めながら、斎藤が目を瞬いた時、

不意に己の手が、ふわりと包まれた。

びくり、と心の臓が跳ねて、咄嗟に沖田へ向き直った斎藤は、同時に、

自分が沖田の肩に手を置いたままだったことに気がついて、その手を引っ込めようとした。

「斎藤、」

許さず沖田は、斎藤の手を自身の肩に縫い付けるように抑え込んだまま。

「心配かけたなら謝るよ。それと有難う」

「・・・」

斎藤の手が一瞬きつく握り締められ。

次の瞬間、沖田の手は斎藤の手の上から離れていった。

「気をつけて行ってこいよ」

促すように歩き出しながら、沖田が微笑む。

「・・ああ」

(本当に大したことではないのか・・?)

そうは見えないほど顔色が酷く悪いままの沖田を横に見上げながら、
斎藤は戸惑いを胸に隠し、頷いた。


「行ってらっしゃい!」

「道中お気をつけて!」

門を出た斎藤たちへ隊士たちが総出で声をかける。

斎藤は今一度振り返り、門先で隊士たちの前に佇む沖田を見た。

斎藤の隣で土方がほぼ同時に振り返り。

どちらに視線を合わせるでもなく、沖田が手を振るのを。

複雑な想いで斎藤は彼へ手を振り返して、やがてくるりと背を向けた。



元治二年三月下旬、春の澄み渡った青空のもと。

斎藤、土方、伊東の三人は江戸へ向けて、この日旅立った。







   


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

俺の幼馴染はストーカー

凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。 それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。 そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。 幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。 友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

処理中です...