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三、
しおりを挟む「おい、沖田しらないか?さっきから探してんだけど居ねえんだ」
夕餉の席で、沖田と土方を見なかった。
だいたいの想像がつく斎藤は渋面のまま、部屋の前に立つ永倉に首を振ってみせた。
「知りませんな」
「けどおまえ昼間、沖田と出かけただろう?」
「ええ、ですが俺だけ先に帰ってきてしまいましたから」
「そうか」
永倉が溜息をついた。
「帰ってきたら永倉さんが探してたと伝えておきます」
「ああ頼む。あいつ、里の馴染みを切っちまったんだよ」
「斬った?!」
思わず声を大きくした斎藤に、永倉が手をふった。
「違うって、縁を切っちまったってことだよ」
いくら沖田でも斬りはしないだろ、と永倉は笑った。
「縁を、ですか」
(なるほど)
おおかた土方の為であろうか。
「ああ。可愛がってるように見えたんだがな。あいつの夕梢太夫は、俺の馴染みの従妹でな、訳さえろくに説明してもらえずに切られたみたいで、従妹に泣きつかれたんでどうにかしてくれって馴染みに頼まれちまったわけよ」
「どうにかって・・」
はたして沖田に理由を説明されたとて、永倉がそれを馴染みに知らせることができるとも思えないが。
「べつに切れちまったものはしかたねえ、どうこうできるったあ思わねえよ。一応、馴染みの義理で訳くらい代わりに聞いておいてやろうってだけさ」
「確か、恋しい人ができたとか言ってましたよ」
斎藤はぽつり、と呟いた。
「そうなのか?」
目を見開き、永倉が乗り出してきた。
「おしっ、それならそうと伝えておくよ。邪魔したな!」
「いえ」
用事が片付いてほっとしたのか、永倉は鼻歌を歌いながら廊下を去っていった。
(まったく、馴染みの縁まで切ってしまうとは)
沖田は土方のことを本気で想っているのだろう。
「・・・」
面白くない。
(これからまた何度も巻き込まれるとしたら冗談じゃない)
ごたついた話は嫌いである。
沖田と土方のことを考えるたび、どうにも胸の辺りがむかつくのは、これから先また巻き込まれるかもしれないことへの嫌悪に違いない、と。
斎藤は溜息をついた。
カタン、という音に。斎藤は目を覚ました。
「おっと、悪い」
この暗闇で斎藤が目を開けたのを一体どう気づいたのか、沖田が障子を締めきるなり囁いた。
気配が無いままの影が、すっと動いて布団にもぐりこむ。気配は消せてもさすがに音ばかりはどうしようもなかったらしい。
「布団、敷いておいてくれて有難な」
その言葉が最後だった。
幾間もないうちに、寝息が聞こえ始め。
斎藤は呆れて沖田の寝顔を眺めやった。
障子越しの朧な光が、ぼんやりとその横顔を照らす。
闇に浮き上がらせた輪郭が、やけに斎藤の網膜を惹きつけた。
「・・・」
削げた頬に、太く線を描く鼻梁。
同じく太く走った眉線、対照的に引き締まった唇。
決して美男とは言えないが、それは男特有の凛とした顔立ちで。
この目が開けば、人はその内に鋭い光を見とめ、慄く。
はたしてこの顔が一度笑うと童のようにあどけなくなるなどと、
今斎藤の目に映っている面からどう想像しようがあるだろう。
「・・!」
いつのまにか止んでいた寝息に気づいたときには、
すでに沖田の目は斎藤を捉えていた。
「ずいぶん熱く見つめてくれるねえ」
沖田の喉の奥から、からかうようにくつくつと低い笑いが零れる。
あからさまにうろたえて斎藤は目を逸らした。
「寝てしまったのか確かめていただけだ」
「ほう。確かめてどうするつもりだった」
低く闇に落ちてゆくような、沖田の嘲笑は止まる様子がない。
(この男・・っ)
斎藤は布団の端を無意識に握り締めた。
確かに始めは、沖田が帰ってきたら永倉のことを話すつもりでいた。だが、戻るなりいきなり寝息を立て始めた彼を呆然と見るうち、その男くさい凛々しい横顔に目が捕らわれていたのは、
認める。だが何だって沖田はここまでタチが悪いのか。
「斬るつもりだったと言ったら・・」
いっそ挑発するように煌めかせた斎藤の瞳を、だが沖田は正面から見返した。
「おまえは斬ろうと思う相手をあんなふうに見つめるのか」
言いながら己で己の台詞に噴き出す。
「・・・」
その食えなさ加減に。斎藤は嘆息まじりに起き上がった。
「厠」
ひとまずこの場を出てしまおうと、斎藤は廊下へ逃れ出た。
(こうまでタチの悪い男だったとは想わなかった・・・!)
普段ものごとに熱しない己が、沖田に関わるとひどく調子が狂うほどに。
残された沖田がまだ笑っているだろうと考えながら、斎藤は再び深い溜息を吐きだした。
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