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二、
しおりを挟む「やはり来るんじゃなかった」
「何怒ってんだ」
「これが怒らないでいられるか」
夕暮れ時の京に二つ影。
沖田が困った顔で、先にずんずん歩いてゆく斎藤の後ろ姿を眺めていた。
「おおい」
大分前まで行ってしまった姿を途方にくれた声が呼ぶ。
「連れ回したのを怒ってるなら謝るよ」
機嫌をなおしてくれ、と追いついた沖田の大きな手が斎藤を掴んだ。
「あんたはっ、どうして俺に聞いたんだ」
「へ」
斎藤は掴まれた上腕を振り回した。
「俺が副長の趣味など分かるわけがないだろう!」
前から噂はあったのだ。なんだ、噂は本当だったのかと思った程度だ。べつに今更驚くことではなかった。
沖田が土方とつきあっている、という事実など。
だが問題は。
「副長のことなら、あんたこそ何でも知ってるんじゃないのか」
「だからさ、知ってたらおまえに聞かないよ」
「俺こそ知るはずがないだろう!」
「斎藤なら察しはつくと思ったんだ。大体何でそれで怒るんだ?」
「あんたが、俺のことをどういう目で見てるか分かったから怒ってる・・!」
「どういう目って・・やらしい言い方だな」
噴き出した沖田を斎藤は睨みあげた。
「一体何だ、『さすがに女に事情を話して聞くわけにいかないから』ていうのは」
「そりゃそうだろ・・。“あの新選組の土方副長が俺には可愛くてしょうがない人で、たまには何か贈り物をしたいが何がいいだろう”・・ってそのへんの女に聞けるかよ」
「聞けるわけないだろう」
「だからおまえに聞いたんだ。そんなに怒るほど迷惑だったのか」
「”だから”って何だ、”だから”って、どうして女に聞くわけにいかないから俺に聞いてみようってことになるのだ」
「アン?」
沖田に一瞬の沈黙が生まれた。
「・・・・」
「・・・・」
じっと睨み付ける斎藤の瞳へ、沖田の訝しげな表情が映る。
「・・いや、なんとなく」
「『なんとなく』だって?」
瞳を爛々と燃やした斎藤は、唸る沖田に詰め寄った。
「貴様、そんな理由があるかっ」
「なんとなくおまえなら、あの人の好みそうな物も分かる気がしただけだ。おまえは趣味良いし、現に俺じゃとても思いつかなかった物をこうして見つけてくれたわけだろ」
手にさげていた風呂敷をひょいと、沖田はかざしてみせる。
「・・その矢立なら副長っぽいような気がしただけだ」
「つまり、ほら。おまえになら分かるんだから」
風呂敷の中には、落ち葉に乗る花を象った、なんとも洒落た矢立。
店頭でどれがいいかさっぱり分からなかった沖田に、斎藤はその矢立を膨れた面をしつつも指さしてやったのだ。
「それとこれとは違う」
斎藤はなおも食い下がった。
「俺が選んだのはあくまで副長っぽいと思った物であって、それを選んだからといって俺が・・・」
なにも女のように分かっていて選んだ、ということにはならないと。
斎藤は言いかけて、押し黙った。
(これじゃ副長をまるで女扱いしてる言い方になるじゃないか。いや、もとい沖田の言ってることはまるでそういうことなんじゃないのか)
「・・・っ」
顔がかっと紅潮するのを感じた。
「俺の情人サン、」
と沖田はそんな斎藤の心内を知ってか知らでか。
「女並みに、こう、趣味がいい人でね。俺じゃだめなんだよな。こういう事は女に聞くか、おまえのような、同じく洒落た物に敏いやつを捕まえて聞くしか手が無いわけ」
などど、のろけじみた台詞を吐き、けろりと哂った。
「・・・沖田。あんたらがどういう関係かなど俺の知ったことじゃない、だがもう俺を巻き込むな」
くるり、と踵を返して斎藤は、そして目を丸くする沖田を置いて再び足早く歩き去った。
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