二人静

幻夜

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四、

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 斎藤は機嫌が悪い。
 
 
 当たり前だ。
 昨日は昼から夜まで再三にわたり、ご立腹だったのだからな。


 「お茶のおかわりはいかがですか」
 「ああ」

 それにしたって。
 こいつも、自分で気づいてないが、ほんと可愛いやつだよな。


 「・・斎藤先生、」
 
 今だって、自分じゃそれなりに表情豊かなつもりなんだろうが。


 「お体の具合がよろしくないのでしたら、常備の薬をお持ちしましょうか」
 
 「・・・は?」
 斎藤が横から茶を注ぐ給仕の者を見やった。
 給仕が見るからに心配そうな顔をして斎藤を見つめている。
 
 「べつに、いたって元気だが・・?」
 「いいえ、そんなに青ざめていらしては」
 
 「青ざめてる?」
 
 無表情の斎藤が青筋を立てて不機嫌なのを人は青ざめていると見る。
 
 「どうしましょうか。やはり薬をお持ちしますか」
 「・・いや、いい。どうも」
 下がらせると斎藤は渋面(のつもり)で茶をずずっと啜った。
 
 「具合が悪いのか」
 斎藤が顔をあげるのを待たず、沖田は隣にどすん、と座る。
 「悪くない」
 不貞腐れた声音が斎藤から返された。
 斎藤はぷいと顔を背けたまま、沖田を見ない。
 「だが青ざめてるぜ」
 「そんなつもりはない」
 「いや青い。少し休んだほうがいい」
 斎藤は横を向いたままなので分からないが、隣では相好を崩しに崩している沖田が、その笑みにはあまりに似合わぬ真面目な声を作り続けていた。
 「部屋に戻ろう」
 
 「いい。大丈夫だと言っているだろう」
 
 ようやく斎藤は振り向いた。

 満面の笑みの沖田とばっちり目が合った。
 
 「・・何を笑っている」
 ますます不機嫌さを増してゆく斎藤は、はたからみるとますます青ざめていく。
 元来あまり表情の種類を持ち合わせていないのを今ひとつ知らぬ本人は、いま沖田に対して怒りの面を向けていると信じている。
 そのあたりを分かってほくそ笑んでいる沖田は、肝の据わり方が他人と違っていて、
 「おまえが頑固に元気だと言うから笑っているのさ」
 と適当なことを言い、青い青いと繰り返す。どう見ても、煽っている。
 
 そうして笑んだまま嘘みたいに心配する声を出し続ける沖田に、ついには斎藤の不機嫌は絶頂を向かえた。
 
 「放っておけ!!」
 
 斎藤の一喝に、膳を片付けていた給仕が、ひゃっと飛び上がった。
 
 「強がるんじゃない、いいからもう少し休んでおけ」
 「まだ言うかっ!この顔が怒っている顔だとおまえには分からないのか!」
 「ぶっ・・!」
 その一言に、ついに沖田は口に含んでいた茶ごと派手に噴き出した。
 「・・・」
 飛沫を一身に受けた斎藤が、顎から茶の雫をぽたりと落とし、無言で立ち上がった。
 
 「・・表へ出ろ」
 
 無表情に青い面のままだが、溢れ出す殺気によって漸く、斎藤が確かに怒っているという事実を周囲に分からせたのだった。


 「どうやら私闘は禁止らしいぜ、斎藤」
 庭に下りるなり沖田がにやにやしながら、いま廊下を駆けてくる姿を顎で差した。
 土方である。
 給仕の者が慌てて呼びにいったのだろう。
 
 「丁度いい、どちらが負けても残ったほうは切腹だ」
 
 ふう、と沖田がこれみよがしの溜息を落とした。
 「斎藤君、ご乱心だな」
 「誰のせいだッ」
 斎藤は腰を落とし、柄に手をかけた。
 「構えろっ今日という今日は許さん、昨日からの恥辱、いま晴らす!」
 
 「二人とも早まるんじゃねえぞ、こらっ!!」
 「「・・ぐはっ」」
 辿り着いた土方の飛蹴りが突如、廊下を駆けてきた勢いのまま二人を地面に叩きつけた。
 土方にすれば必死である。
 隊のかなめの遣い手の二人を、給仕の話を聞いた限り何だか訳の分からない理由で私闘させ失うなどたまったものではない。
 
 「目を覚ませ!てめえら武士だろ、てめえらの体はてめえらだけのもんじゃねえんだぞ!」
 
 「土方さん・・」
 「副長・・」
 目を潤ませた二人が土方を見上げた。
 
 「どうであれ、とりあえず俺たちの体から降りてください。」
 
 飛蹴りに使用された土方の両足裏が、地に倒れている二人の上にしっかりと居座っていた。
            




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