5 / 61
四、
しおりを挟む斎藤は機嫌が悪い。
当たり前だ。
昨日は昼から夜まで再三にわたり、ご立腹だったのだからな。
「お茶のおかわりはいかがですか」
「ああ」
それにしたって。
こいつも、自分で気づいてないが、ほんと可愛いやつだよな。
「・・斎藤先生、」
今だって、自分じゃそれなりに表情豊かなつもりなんだろうが。
「お体の具合がよろしくないのでしたら、常備の薬をお持ちしましょうか」
「・・・は?」
斎藤が横から茶を注ぐ給仕の者を見やった。
給仕が見るからに心配そうな顔をして斎藤を見つめている。
「べつに、いたって元気だが・・?」
「いいえ、そんなに青ざめていらしては」
「青ざめてる?」
無表情の斎藤が青筋を立てて不機嫌なのを人は青ざめていると見る。
「どうしましょうか。やはり薬をお持ちしますか」
「・・いや、いい。どうも」
下がらせると斎藤は渋面(のつもり)で茶をずずっと啜った。
「具合が悪いのか」
斎藤が顔をあげるのを待たず、沖田は隣にどすん、と座る。
「悪くない」
不貞腐れた声音が斎藤から返された。
斎藤はぷいと顔を背けたまま、沖田を見ない。
「だが青ざめてるぜ」
「そんなつもりはない」
「いや青い。少し休んだほうがいい」
斎藤は横を向いたままなので分からないが、隣では相好を崩しに崩している沖田が、その笑みにはあまりに似合わぬ真面目な声を作り続けていた。
「部屋に戻ろう」
「いい。大丈夫だと言っているだろう」
ようやく斎藤は振り向いた。
満面の笑みの沖田とばっちり目が合った。
「・・何を笑っている」
ますます不機嫌さを増してゆく斎藤は、はたからみるとますます青ざめていく。
元来あまり表情の種類を持ち合わせていないのを今ひとつ知らぬ本人は、いま沖田に対して怒りの面を向けていると信じている。
そのあたりを分かってほくそ笑んでいる沖田は、肝の据わり方が他人と違っていて、
「おまえが頑固に元気だと言うから笑っているのさ」
と適当なことを言い、青い青いと繰り返す。どう見ても、煽っている。
そうして笑んだまま嘘みたいに心配する声を出し続ける沖田に、ついには斎藤の不機嫌は絶頂を向かえた。
「放っておけ!!」
斎藤の一喝に、膳を片付けていた給仕が、ひゃっと飛び上がった。
「強がるんじゃない、いいからもう少し休んでおけ」
「まだ言うかっ!この顔が怒っている顔だとおまえには分からないのか!」
「ぶっ・・!」
その一言に、ついに沖田は口に含んでいた茶ごと派手に噴き出した。
「・・・」
飛沫を一身に受けた斎藤が、顎から茶の雫をぽたりと落とし、無言で立ち上がった。
「・・表へ出ろ」
無表情に青い面のままだが、溢れ出す殺気によって漸く、斎藤が確かに怒っているという事実を周囲に分からせたのだった。
「どうやら私闘は禁止らしいぜ、斎藤」
庭に下りるなり沖田がにやにやしながら、いま廊下を駆けてくる姿を顎で差した。
土方である。
給仕の者が慌てて呼びにいったのだろう。
「丁度いい、どちらが負けても残ったほうは切腹だ」
ふう、と沖田がこれみよがしの溜息を落とした。
「斎藤君、ご乱心だな」
「誰のせいだッ」
斎藤は腰を落とし、柄に手をかけた。
「構えろっ今日という今日は許さん、昨日からの恥辱、いま晴らす!」
「二人とも早まるんじゃねえぞ、こらっ!!」
「「・・ぐはっ」」
辿り着いた土方の飛蹴りが突如、廊下を駆けてきた勢いのまま二人を地面に叩きつけた。
土方にすれば必死である。
隊のかなめの遣い手の二人を、給仕の話を聞いた限り何だか訳の分からない理由で私闘させ失うなどたまったものではない。
「目を覚ませ!てめえら武士だろ、てめえらの体はてめえらだけのもんじゃねえんだぞ!」
「土方さん・・」
「副長・・」
目を潤ませた二人が土方を見上げた。
「どうであれ、とりあえず俺たちの体から降りてください。」
飛蹴りに使用された土方の両足裏が、地に倒れている二人の上にしっかりと居座っていた。
1
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる