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第155話 裁判の傍らで

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 数日後、ラダベルはジークルドと共に皇都に向けて出発した。春に咲く花々の匂いがより一層濃くなってきた頃、皇都に到着したふたりは、真っ先に皇城に向かった。アデルに婚約破棄を言い渡された時以来、約一年ぶりの皇城である。
 本日、皇城ではアナスタシアの裁判が行われる。極南部の司令官であるサレオン先代公爵の殺害計画を企て、それを実行に移した罪が問われることとなる。裁判には、アデルやオースター侯爵、極西部司令官であり領主であるアリデルテ公爵、そしてジークルドも出席する。あくまでも部外者であるラダベルは、裁判に足を踏み入れることができないため、裁判が終わるのを庭園で待っていた。
 アデルの婚約者として数えきれないほど訪れた庭園は、あの頃と変わらぬ美しさを誇っていた。目に入った淡い色味の花に顔を近づけ、香りを嗅ぐ。何度かそれを繰り返しながら花々の成長を見守っていると、どこからか木々が激しく擦れる音が聞こえた。これは、風ではない。不自然な音に違和感を覚えたラダベルは、足音を殺して音がした方向へと歩み寄る。花々の影からそっと顔を覗かせると――。

「あぁ、今日も綺麗だ、カトリーナ」
「ふふ、ありがとうございます、ラディオル」

 隙間なく寄り添う男女の姿。ハートを飛ばしながらふたりだけのピンク色の空間を作り上げている。カトリーナにラディオル。どちらも聞き覚えしかない名だった。同一人物ではない。単に名が同じであるだけだと片付けたかったが、残念ながら顔が似すぎている。

「カトリーナ、愛している」
「わたくしも愛しておりますわ」

 ゆっくりと近づいていく唇。双子の兄の、それも大して好きではない家族のキスシーンを見るなど耐えきれないが、この光景を目に焼きつけておけば脅す材料になるかもしれない。悪い考えが浮かんだラダベルは、口角を緩慢に吊り上げた。最大限に目を開いて、ふたりのキスシーンを見つめた。ついに、唇が重なる。触れるだけでは飽き足らず、どんどんキスが深くなっていく。

「んっ、ふっ……」
「カトリーナ……」
「ちょっ、ラディオルっ、ここではダメですっ」

(な、何やってるの!?)

 ラディオルの手がカトリーナの胸元をまさぐり始めた時。

「そんなところで何をしている、ラダベル」
「きゃっ!!!」

 背後から声をかけられ、ラダベルは叫んでしまった。勢いよくこちらを見るカトリーナとラディオル。盗み見がバレてしまった、と肩を落としたラダベルは、自身を呼んだ人間のせいだと振り向く。するとそこには、実父であるティオーレ公爵がいた。

「お父様……」
「久しぶりだな、ラダベル。ところで、お前たちはそんな場所で何をしている?」

 ティオーレ公爵がラディオルとカトリーナに視線を移す。ふたりはようやく我に返り離れた。

「いや、その……これは、違くて……」
「何が違うんだ」
「えっ、えっと……いや、えっと……チェスター伯爵令嬢の頭に花弁がついていたので、それを取っていたのです……」

(何そのわっかりやすい嘘)

 ラダベルは、必死に弁解するラディオルに軽蔑する眼差しを向けた。

「そうか」

(納得するの?)

 頷いたティオーレ公爵に、ラダベルは愕然とする。

「お前たちが良い仲にあるという話は聞いている。すぐにバレる嘘はつかないほうがいい」

(納得してなかった)

 ティオーレ公爵に鋭く指摘されたラディオルは、言葉を詰まらせて俯いてしまった。心底反省している模様。ラダベルは、そんな彼に「ざまぁみろ」という目を向けた。さっさと婚約すれば堂々と愛し合えるのに、一体何を躊躇っているのか。ムッツリそうなラディオルのことだ。皆から隠れて愛し合うのも、一興だと考えていそう。紳士なジークルドとは大違いだと、ラダベルは実の兄を心の底から軽蔑した。

「裁判に出席しているルドルガー伯爵の付き添いか」

 突然話しかけられ、ラダベルはビクッと肩を震わせてしまう。恐る恐るティオーレ公爵を見たあと、こくりと頷いた。

「帰ってくるのであれば、寝泊まりの場所を用意してやったというのに……今度からは手紙を送れ」
「……考えておきます」

 ラダベルが曖昧な返事をすると、ティオーレ公爵が軽く溜息を吐いた。

「お父様はなぜここに?」
「……同じ理由だ。裁判の結果を見届けに来た」
「出席できないのに、ですか?」
「あぁ。罪人は……お前の夫であるルドルガー伯爵を奪おうとしていただろう」

 ティオーレ公爵は、ラダベルから顔を背けてそう言った。
 確かにアナスタシアは、ラダベルの座を奪おうとしていた。恐らくティオーレ公爵なりに、娘を心配していたのかもしれない。ラダベルは酷く不器用な人だと心の中で呟いたのであった。
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