【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第156話 家族

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 ラダベル、ティオーレ公爵、ラディオル、カトリーナの四人は、なぜか皇城の庭園にてお茶会を開いていた。ティオーレ公爵に誘われた時は、気が狂ったのかと思い断ろうとしたが、圧力に耐えきれず渋々頷いた。
 謎の面子で行われる特に目的のないお茶会。なんとも言えない苦しい空気感も、裁判が終わるまでの辛抱だ。

(ジークルド様……。早く来てください……!)

 ラダベルは心中にて静かに叫んだ。

「ラダベル。ルドルガー伯爵とは、上手くやっているのか?」
「……はい」

 ティオーレ公爵の不意の問いかけに、ラダベルは引き攣った微笑みを浮かべた。
 ラダベルが東部の城を家出したという話は、幸いにも広まっていない。レイティーン帝国内では、彼女がジークルドに離婚を言い渡される、ジークルドがアナスタシアを新たな妻として迎え入れるという噂で持ちきりだった。しかしながら、今回アナスタシアが殺人犯として捕まったため、噂は一瞬にして消え去った。代わりに、夫の殺害計画を立てたり、ほかにもありとあらゆる方法を使って夫婦の仲を引き裂こうとしたアナスタシアが、悪女であるという噂が蔓延していた。
 ラダベルに貼られた悪女のレッテルは無事に剥がれ、ジークルドとの平穏な生活が戻りつつあった。

「ついに、孫ができる日も近いか」
「…………はい?」
「なんだ」
「……え、いや……孫って……」

 ラダベルは周章狼狽する。
 ティオーレ公爵の孫ということは、ラダベルの子ということだ。それを自覚した彼女は、頬を赤らめた。

「そうかも、しれませんね」

 小声で肯定すると、ティオーレ公爵は僅かながらに笑う。ラダベルは、仰天した。あの鉄仮面の父親が笑うなんて。自らの子のことなど、少しも気にしていなかったではないか。ラディオルばかりを可愛がって、特になんの役にも立たないラダベルなんて……。
 ラダベルは拗ねた幼子の如く、顔を背ける。

「子ができたとしても、わざわざお父様には報告しません」
「………………」

 氷のように冷たく言い放つと、ティオーレ公爵は悲哀の滲んだ表情を浮かべた。
 彼は以前より、だいぶ表情豊かになった気がする。そう思うとなんだか面白くなってきて、くすりと笑ってしまった。それを見たティオーレ公爵が目を見張る。

「やはり……似ているな、お前の母親に……。子を授かったとしても、報告はしなくても良い。だが、無事に産むことができたら、顔を見せてくれるとありがたい」

 ティオーレ公爵が瞳を伏せる。彼の本音を聞いたラダベルは、そっと息を詰まらせた。

「今さら優しくするなんて……ずるいです、お父様」

 震える声で嘆くと、ティオーレ公爵は目を開く。ラダベルと同じ、トパーズ色の美しい瞳が陽光に輝いた。

「悪かった、ラダベル。悪女だと決めつけ、お前という存在を受け入れようともしなかった。こんな父親を許してくれとは言わない……。だが、挽回のチャンスが、欲しいんだ」

 ティオーレ公爵にまっすぐと見つめられ、ラダベルは息を呑む。黄玉の瞳の中心、眩い光が左右に揺れていた。かつての彼女が聞いたら、きっと涙することだろう。母親は早くに亡くなり、実の父親もろくに構ってくれやしない。注目してほしくて、様々な悪事を働いた。気づいたら悪女と噂され、家でも社交界でも、居場所がなくなっていた。
 ティオーレ公爵は妻を亡くした悲しみに暮れ、子供との接し方が難しかったのだろう。ラダベルは次期当主であるラディオルとは違い、なんの役にも立たないただの子だ。ティオーレ公爵は気にかけずとも問題ないと思っていたのかもしれない。だが、もっと早く、もっともっと早く、温かい言葉と謝罪をしてくれたら、悪女の道を辿ることはなかったかもしれないのに。
 静かに唇を噛んだあと、大きく深呼吸した。

「虫がよすぎますね、お父様。チャンスが欲しいのであれば、ご自身で掴み取ってください」

 ラダベルが勝気にそう言うと、ティオーレ公爵は驚きつつも笑顔を見せて頷いたのだった。感動的な雰囲気もそこまでに、彼はラダベルから、空気と化していたラディオルとカトリーナに視線を向けた。

「ところで、お前たちは婚約する予定なのか?」

 突然問いかけられたラディオルは、変な声を漏らして驚いた。それを聞いたラダベルは吹き出すのを我慢して、あたふたしているラディオルを馬鹿にするような目で見つめたのであった。
 長年の溝は、すぐには埋まらないかもしれない。だが、ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけていけば、埋まるものもあるはずだ。ラダベルはティオーレ公爵の横顔を注視したのであった。
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