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第73話 失態
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ジークルドと無事に仲直りを果たしたラダベルは、その晩、彼と一緒に眠りについた。後日、清々しい朝を迎え、ジークルドとの日常に思いを馳せることになるかと思いきや、ラダベルは酷く不機嫌な顔で食卓の間の椅子に座っていた。
「ふむ、今日の朝食もなかなかに美味だな」
(なんでこの男がいるのよ)
ラダベルは、眼前に座るアデルに心の中で悪態を突く。アデルが食卓にいるだけで、いつもの数倍は食事の味を感じなくなってしまう。できることならば、さっさと朝食を食べてどこかに行ってくれないだろうか。ラダベルはアデルを静かに睥睨し続けた。
「ラダベル。体調が悪いのか?」
隣に座るジークルドが、ラダベルの顔を覗き込みながら問いかけてくる。
(私の旦那様は今日もイケメンだわ……)
ラダベルは恍惚とした表情で、ジークルドの美しい風貌を眺める。夢中になって朝食を食べているアデルとは違い、ジークルドはラダベルの体調面を気遣ってくれる。優しいが過ぎる彼の気遣いに、ラダベルは今すぐにでも彼に抱きついてその頬にキスをしたい衝動に襲われるが、グッとそれを我慢する。
「ご心配なさらず。目の前に食欲を削る存在がいらっしゃるのでなかなか食事が進まないのですが……決して体調が悪いわけではございません。お気遣いくださりありがとうございます」
ラダベルは破顔一笑する。女神の如く美しい笑みを浮かべながら、その口からは猛毒を吐いている。ジークルドは彼女のギャップに、密かに驚倒したのであった。
食事に夢中になっていながらも、ラダベルの言葉をしっかりと聞いていたアデルは、手と口を止めて顔を上げる。
「おい、ラダベル。食欲を削る存在とは、誰のことを言っている」
「あら、聞こえていたのですね。ご自身に都合が悪いことは全て聞き流したり忘れたりするくせに」
「……僕を愚弄しているのか?」
アデルは、下唇を噛む。冷静さを欠いているみたいだ。かなり怒っているらしい。彼の背後、壁を背にして佇んでいた部下たちは、怖気づいている。彼らの胃がキリキリと悲鳴を上げていることだが、それはラダベルにとってはどうでもいい。ラダベルは、アデルを強く睨んだ。鋭さに溢れたトパーズ色の眼。黄金に光り輝く瞳の美しさに、アデルが一瞬怯んだ。その隙を見逃さなかったラダベルは、すかさず否定する。
「愚弄などしておりませんよ。事実を述べたまでです」
ラダベルのあっけらかんとした物言いに、とうとう我慢ならなくなったアデルはテーブルを思いっきり叩いて立ち上がった。誇り高きレイティーン皇族として不相応な挙動に、ラダベルは呆れ返る。アデルは顔を真っ赤に染め上げて、激情に駆られるがまま怒りをあらわにしていた。
「あなた様を煽てて、あなた様の全てを肯定する私はもういません。今の私と結婚しても、第二皇子殿下はきっと、耐えられないでしょうね」
ラダベルは美貌を歪めて、人の悪い笑顔をする。桃色に彩られた唇が吊り上がる様に、アデルは憤怒と共に欲情を覚えた。
「っ~~~! ……僕は絶対に、ぜっっったいに! お前と結婚するからなっ!!!」
アデルはラダベルを指さして、食卓の間を飛び出したのであった。彼の部下たちはオロオロとしたまま、ジークルドとラダベルに深く頭を下げて、アデルのあとを追った。
邪魔者がいなくなって清々したとでも言うように、ラダベルは朝食を再開する。横顔に刺さるジークルドの視線が地味に痛い。ラダベルは、口をもぐもぐと動かしながら、ちらりと彼を見遣った。視線が、かち合う。彼の全身から禍々しいオーラが漏れ出していることに気がついたラダベルは、咀嚼した食材をごくりと飲み込む。
「ジークルド様?」
小首を傾げて、名を呼んでみる。できるだけ、可愛らしさを忘れずに。
まさか、ラダベルがアデルの機嫌を損ねたことを怒っているのか。それは、随分とまずいことをしてしまった。アデルは、ジークルドの直属の上官である。彼を不機嫌にしてしまえば、ジークルドの立場も危うくなってしまう可能性もゼロではないだろう。またもジークルドに迷惑をかけてしまう。ラダベルがなんとか弁明をしようと思案していると、ジークルドが先に声を発する。
「結婚とは、どういうことだ」
地底を這うような低い声色に、ラダベルは仰天すると同時に、戦争前、アデルが皇都に帰還する際にジークルドとした会話を思い出した。
『元帥の言葉……あれはどういう意味だ』
『さぁ、私には第二皇子殿下が何を仰っていたのか、よく分かりません』
『……それは本当、か?』
『はい、本当です』
その時は、アデルが言った約束の意味がよく分からなかったが、今では約束の意味は判明している。つまり……。
(し、しまった~~~っ!!!!!)
「ふむ、今日の朝食もなかなかに美味だな」
(なんでこの男がいるのよ)
ラダベルは、眼前に座るアデルに心の中で悪態を突く。アデルが食卓にいるだけで、いつもの数倍は食事の味を感じなくなってしまう。できることならば、さっさと朝食を食べてどこかに行ってくれないだろうか。ラダベルはアデルを静かに睥睨し続けた。
「ラダベル。体調が悪いのか?」
隣に座るジークルドが、ラダベルの顔を覗き込みながら問いかけてくる。
(私の旦那様は今日もイケメンだわ……)
ラダベルは恍惚とした表情で、ジークルドの美しい風貌を眺める。夢中になって朝食を食べているアデルとは違い、ジークルドはラダベルの体調面を気遣ってくれる。優しいが過ぎる彼の気遣いに、ラダベルは今すぐにでも彼に抱きついてその頬にキスをしたい衝動に襲われるが、グッとそれを我慢する。
「ご心配なさらず。目の前に食欲を削る存在がいらっしゃるのでなかなか食事が進まないのですが……決して体調が悪いわけではございません。お気遣いくださりありがとうございます」
ラダベルは破顔一笑する。女神の如く美しい笑みを浮かべながら、その口からは猛毒を吐いている。ジークルドは彼女のギャップに、密かに驚倒したのであった。
食事に夢中になっていながらも、ラダベルの言葉をしっかりと聞いていたアデルは、手と口を止めて顔を上げる。
「おい、ラダベル。食欲を削る存在とは、誰のことを言っている」
「あら、聞こえていたのですね。ご自身に都合が悪いことは全て聞き流したり忘れたりするくせに」
「……僕を愚弄しているのか?」
アデルは、下唇を噛む。冷静さを欠いているみたいだ。かなり怒っているらしい。彼の背後、壁を背にして佇んでいた部下たちは、怖気づいている。彼らの胃がキリキリと悲鳴を上げていることだが、それはラダベルにとってはどうでもいい。ラダベルは、アデルを強く睨んだ。鋭さに溢れたトパーズ色の眼。黄金に光り輝く瞳の美しさに、アデルが一瞬怯んだ。その隙を見逃さなかったラダベルは、すかさず否定する。
「愚弄などしておりませんよ。事実を述べたまでです」
ラダベルのあっけらかんとした物言いに、とうとう我慢ならなくなったアデルはテーブルを思いっきり叩いて立ち上がった。誇り高きレイティーン皇族として不相応な挙動に、ラダベルは呆れ返る。アデルは顔を真っ赤に染め上げて、激情に駆られるがまま怒りをあらわにしていた。
「あなた様を煽てて、あなた様の全てを肯定する私はもういません。今の私と結婚しても、第二皇子殿下はきっと、耐えられないでしょうね」
ラダベルは美貌を歪めて、人の悪い笑顔をする。桃色に彩られた唇が吊り上がる様に、アデルは憤怒と共に欲情を覚えた。
「っ~~~! ……僕は絶対に、ぜっっったいに! お前と結婚するからなっ!!!」
アデルはラダベルを指さして、食卓の間を飛び出したのであった。彼の部下たちはオロオロとしたまま、ジークルドとラダベルに深く頭を下げて、アデルのあとを追った。
邪魔者がいなくなって清々したとでも言うように、ラダベルは朝食を再開する。横顔に刺さるジークルドの視線が地味に痛い。ラダベルは、口をもぐもぐと動かしながら、ちらりと彼を見遣った。視線が、かち合う。彼の全身から禍々しいオーラが漏れ出していることに気がついたラダベルは、咀嚼した食材をごくりと飲み込む。
「ジークルド様?」
小首を傾げて、名を呼んでみる。できるだけ、可愛らしさを忘れずに。
まさか、ラダベルがアデルの機嫌を損ねたことを怒っているのか。それは、随分とまずいことをしてしまった。アデルは、ジークルドの直属の上官である。彼を不機嫌にしてしまえば、ジークルドの立場も危うくなってしまう可能性もゼロではないだろう。またもジークルドに迷惑をかけてしまう。ラダベルがなんとか弁明をしようと思案していると、ジークルドが先に声を発する。
「結婚とは、どういうことだ」
地底を這うような低い声色に、ラダベルは仰天すると同時に、戦争前、アデルが皇都に帰還する際にジークルドとした会話を思い出した。
『元帥の言葉……あれはどういう意味だ』
『さぁ、私には第二皇子殿下が何を仰っていたのか、よく分かりません』
『……それは本当、か?』
『はい、本当です』
その時は、アデルが言った約束の意味がよく分からなかったが、今では約束の意味は判明している。つまり……。
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