【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y

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第72話 甘い時間

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 黒色の睫毛が小刻みに震える。ラダベルは、目を覚ました。閉ざされたカーテンの隙間からは、夜空が垣間見える。既に日は落ちている。彼女が目覚めた場所は、ジークルドの寝室であるが、部屋の主である彼はどこにもいなかった。ラダベルをひとり置いてどこかに行ってしまったのだろうか。
 ラダベルはゆっくりと起き上がる。何も纏っていない体をシーツで包み込み、覆い隠す。体は体液で濡れていないことから、気絶したラダベルをジークルドが甲斐甲斐かいがいしく介抱かいほうしてくれたのだろう。
 昼間のジークルドは、物凄かった。やはり戦争終わりというのは、身も心も興奮状態にあるものなのだろうか。長いこと体を繋げていなかったことも相まって、余計に激しかった気がする。ジークルドは余裕のない表情で、汗を垂らしながらラダベルの体をむさぼった。余すことなく見つめられ、舐められ、食われたラダベルに、もはや羞恥心など残ってやいなかった。もう好きにしてくださいと言わんばかりに、自身の全てをジークルドに差し出したのであった。
 とりあえず湯を浴びたいと思ったラダベルは、ベッドから抜け出す。その瞬間、ピキッと腰に走る痛みを感じてその場に座り込んだ。

「えっ、ちょ……嘘でしょ?」

 ラダベルはぴくりとも動かない腰を押さえて、顔を絶望に染めた。ジークルドとの行為で駆使しすぎたせいか、足腰は産まれたての子鹿のように震えてしまっていた。さて、どうやって立ち上がろうか。思案した末、ラダベルはベッドに手をかけて、思いっきり腰を上げた。またも激痛が走る。腰を押さえながら、よぼよぼの老女顔負けの歩き方で、なんとか移動を開始した。すると、突然部屋の扉が開く。驚いたラダベルは、再びその場に思わず座り込んでしまった。痛い思いをしてまでせっかく立ち上がったのに、またも振り出しに戻ってしまった。ノックもせず部屋に入ってきた人物に、文句のひとつでも言ってやらないと気が済まない。ラダベルは扉の方向を反射的に睨みつける。そこにいたのは、ジークルドであった。

「ラダベル……! どうした!?」

 ジークルドは僅かに焦りの顔色を浮かべて、ラダベルに駆け寄る。床に座り込むラダベルを難なく抱き上げた。

「誰かさんのせいで腰が痛いのです」
「………………それは、すまない」
「ふふ、別にいいですよ」

(幸せという証ですし)

 ラダベルはとろんと蕩ける顔で笑った。

「ところで、どこに行こうとしていたんだ」
「お風呂に入りたいと思ったのですが」
「あぁ、風呂か……」

 ジークルドは浴室がある方向を見て、そちらに歩き始める。どうやら、浴室まで連れて行ってくれるらしい。脱衣所の扉を片手で開けて、床にゆっくりとラダベルを下ろす。運んでくれた礼を言おうとジークルドを見上げると、彼は突如として服を脱ぎ去った。ラダベルの目ん玉が今にも飛び出そうになる。彼の裸体には、彼女が残した赤い痕が散らばっている。先程散々見た裸体であるが、改めて見ると気恥ずかしいものだ。

「俺もついでに入ろう」
「え、いや、でも……」
「ラダベル」

 ジークルドがラダベルの纏うシーツを無理やり剥ぎ取ろうとしてくる。その仕草に周章狼狽するラダベル。彼女の抵抗も虚しく、シーツを取られてしまい、そのままふたりして浴室に雪崩込んだ。扉は無情にも、パタンと閉じてしまったのであった。


 ちゃぽん。水の音が浴室に反響する。ラダベルは顔を赤らめながら、酷く緊張している様子だった。背中に当たるのは、ジークルドの鍛え抜かれた体。そう、ふたりは一緒に浴槽に入っているのだ。
 ジークルドは、彼女の白いうなじを見つめている。後頭部に物凄い視線を感じたラダベルは、思わず振り返ってしまった。すると、ジークルドと目が合った。

「っ……」
「ラダベル……」

 たった一瞬の、キス健気な表情をしているジークルドに対して、ラダベルは咄嗟に口を開く。

「ジークルド様……ごめんなさい」

 気がついたら謝罪していた。ジークルドは、目をぱちくりとさせて驚愕している。なぜラダベルが突然謝ってきたのか、理由が分からないようだ。

「ごめんなさい……。あなたを裏切るようなことをしてしまって、ごめんなさい……」
「裏切る……?」

 ジークルドの瞳に、鋭い光が反射する。裏切るとは、どういうことか。彼はラダベルの言葉の意味がよく分からなかった。良い意味ではないことはラダベルの顔から察することができる。嫌な予感をはっきりと感じ取ったジークルドは、ラダベルを責める。

「おい、まさか……元帥と何かあったのか?」

 ジークルドの問いかけに、ラダベルはふるふると首を横に振る。それを見てジークルドは深く息を吐いた。ひとまずは、安心したらしい。

「ジークルド様に忠告を受けたのに……またも同じことをしてしまって……あなた様を怒らせてしまいました……。ごめんなさい」

 ラダベルはあの時のこと、ジークルドに内緒に外へ出かけて怒られ、そしてまたも同じことをしてしまった時の出来事を謝罪していたのだ。彼女は、俯き気味になる。それを聞いたジークルドは、彼女の謝罪の意味に納得したのか、何度か頷いた。

「いい。今度から守ってくれたら、それで構わない」

 ジークルドはラダベルの耳の後ろに優しくキスを落とした。許してくれたようだ。ラダベルは彼の寛大さに感極まって今にも泣きそうになるが、なんとかそれを我慢して、彼のキスを受け止めたのであった。
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