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六章 裏切りと真実
浪司の気遣い
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すぐに返事ができず、みなもは二人を見つめる。
命を賭けてでも、すべて一人で終わらせようと思っていた。
だからナウムを相手にしながら、心を殺して機会を伺っていた。
生きて帰れなくてもいい。この命と引き換えにしても、一族の毒を流させないと――。
けれど、叶うならこの先も生きていたい。
国を相手に無事でいられないかもしれない。
しかし二人を危険な目に合わせると分かっていても、差し伸ばされた手を跳ね除けることはできなかった。
「……来てくれてありがとう。すごく心強いよ」
生きられる可能性が見えてきた以上、全力で足掻きたい。
みなもは二人に頭を下げると、小さいながらも声に力を込めた。
「俺は藥師として生き続けたい。少しでも久遠の花に近づけるように、いつか俺が久遠の花となれるように……そのために二人の力を貸して欲しい」
間髪入れず、レオニードと浪司が「もちろんだ」と声を揃えた。
そしてこれからのことを話し合うために、どちらともなく焚き火を囲む円を縮める。
話を切り出したのは浪司からだった。
「急な話で悪いが、決行を明日にしようと思っている。みなも、それで構わねぇか?」
問われてすぐ、みなもは小刻みに頷く。これ以上ナウムに好き勝手されるのは耐えられない。早い決行は大歓迎だった。
浪司は頷き返すと、こちらに顔を近づけて声を落とした。
「明日の朝、ワシとレオニードが城で騒ぎを起こす。そうすれば、恐らくナウムはお前さんを連れていずみを守りに行くハズだ。後はナウムの隙をついて、いずみから久遠の花の知識を奪ってくれ。その後は――」
知識を奪えば、必然的に久遠の花として過ごした記憶も消えることになる。
自分たちが姉妹であることも忘れてしまう。
いずみに記憶を消す薬を飲むように頼んだ時、すでに覚悟は決めている。
それでもまだ、姉の中から自分を消したくないと願う気持ちが残っていた。
浪司の話を聞かなければと思うのに、心がバラバラになっていく感覚が気になり、話に集中できない。
みなもが動揺を顔へ出さないよう、必死に自分を抑えていると――。
――ぽん、とレオニードに肩を叩かれた。
ゆっくり振り向くと、彼は心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。
「……大丈夫なのか?」
言われて返事をしようとしたものの、喉から言葉が出てこなかった。
本当にレオニードはこちらのことをよく見ている。
少しでも気を抜くと、心の揺らぎも、弱音も、彼には筒抜けになってしまう。
情けない自分を知られて恥ずかしいと思う反面、彼だけは分かってくれるのだと、妙な安心感を覚える。
みなもは小さく息をつき、わずかに微笑んだ。
「思った以上に大事になりそうで、さすがに不安だけど……大丈夫だよ」
支えられていると実感した途端に、動揺が治まってくれた。
ありがとうと呟いてから、みなもは浪司に視線を移す。
話を中断してジッとこちら見ていた浪司の目が、やけに温かく感じる。
目が合うと、浪司は急に背伸びをしながら大きなあくびをし始めた。
「眠くなってきたぞ。明日に影響するといかんから、話はこれで終わりにしようぜ」
いきなり何を言い出すんだ?
あまりにわざとらしい調子に、みなもの頬が引きつる。
「ろ、浪司、まだ話が途中なんだけど――」
「簡潔に言えば、お前さんはいずみの元へ行くことに集中すればいい。それ以外のことは、ワシとレオニードでもう打ち合わせ済みだ。無駄に長々と話すよりも、明日に備えて休んだほうが良いぞ」
一理あるように言ってるけど、さっさと寝たいだけなんじゃあ……。
本能のままに動き過ぎじゃないか、この熊オジサンは。
貴方も何か言ってやってよと、みなもは隣を見やる。
レオニードも呆れているらしく、いつになく目が据わっていた。
「明日は失敗が許されないんだぞ。抜かりがあったらどうするんだ」
怒気混じりの低い声に、浪司が「そんな怖い顔するな」とたじろぐ。
しかし話を続ける気はないと言わんばかりに、立ち上がってクルリと背中を向けた。
「無駄にダラダラと話をするより、もう少しじっくり再会を喜び合うほうが有意義だと思うぞ。……こうやって話せる時間は、限られてんだからな」
ああ、なるほど。そういうことか。
せっかくだから、このまま彼の好意に甘えさせてもらおう。
浪司の狙いがようやく分かり、みなもは強張った表情を和らげた。
「分かった、浪司。確かに寝不足で倒れたら困るものね」
「ワシ、眠気と食い気は我慢できんからな。悪いが先に休ませてもらうぞ」
そう言うと浪司は手をヒラヒラと振りながら、焚き火から遠ざかっていく。
「待て、浪司。話は――」
引き止めようとレオニードがその場を立ちかけた瞬間、みなもは彼の袖を引っ張った。
レオニードは腰を浮かせたまま、こちらに視線を留める。
困惑する彼へ、みなもは静かに首を振った。
「俺たちを二人きりにしようと気遣ってくれたんだよ。まったく、浪司は変なところに気が回るんだから」
みなもが軽く肩をすくめると、レオニードは一瞬だけ目を点にしてから、長息を吐き出した。
「気持ちは嬉しいが……本当にこれで良いのか、みなも?」
「うん。二人きりで貴方に話したいことがあったから……」
命を賭けてでも、すべて一人で終わらせようと思っていた。
だからナウムを相手にしながら、心を殺して機会を伺っていた。
生きて帰れなくてもいい。この命と引き換えにしても、一族の毒を流させないと――。
けれど、叶うならこの先も生きていたい。
国を相手に無事でいられないかもしれない。
しかし二人を危険な目に合わせると分かっていても、差し伸ばされた手を跳ね除けることはできなかった。
「……来てくれてありがとう。すごく心強いよ」
生きられる可能性が見えてきた以上、全力で足掻きたい。
みなもは二人に頭を下げると、小さいながらも声に力を込めた。
「俺は藥師として生き続けたい。少しでも久遠の花に近づけるように、いつか俺が久遠の花となれるように……そのために二人の力を貸して欲しい」
間髪入れず、レオニードと浪司が「もちろんだ」と声を揃えた。
そしてこれからのことを話し合うために、どちらともなく焚き火を囲む円を縮める。
話を切り出したのは浪司からだった。
「急な話で悪いが、決行を明日にしようと思っている。みなも、それで構わねぇか?」
問われてすぐ、みなもは小刻みに頷く。これ以上ナウムに好き勝手されるのは耐えられない。早い決行は大歓迎だった。
浪司は頷き返すと、こちらに顔を近づけて声を落とした。
「明日の朝、ワシとレオニードが城で騒ぎを起こす。そうすれば、恐らくナウムはお前さんを連れていずみを守りに行くハズだ。後はナウムの隙をついて、いずみから久遠の花の知識を奪ってくれ。その後は――」
知識を奪えば、必然的に久遠の花として過ごした記憶も消えることになる。
自分たちが姉妹であることも忘れてしまう。
いずみに記憶を消す薬を飲むように頼んだ時、すでに覚悟は決めている。
それでもまだ、姉の中から自分を消したくないと願う気持ちが残っていた。
浪司の話を聞かなければと思うのに、心がバラバラになっていく感覚が気になり、話に集中できない。
みなもが動揺を顔へ出さないよう、必死に自分を抑えていると――。
――ぽん、とレオニードに肩を叩かれた。
ゆっくり振り向くと、彼は心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。
「……大丈夫なのか?」
言われて返事をしようとしたものの、喉から言葉が出てこなかった。
本当にレオニードはこちらのことをよく見ている。
少しでも気を抜くと、心の揺らぎも、弱音も、彼には筒抜けになってしまう。
情けない自分を知られて恥ずかしいと思う反面、彼だけは分かってくれるのだと、妙な安心感を覚える。
みなもは小さく息をつき、わずかに微笑んだ。
「思った以上に大事になりそうで、さすがに不安だけど……大丈夫だよ」
支えられていると実感した途端に、動揺が治まってくれた。
ありがとうと呟いてから、みなもは浪司に視線を移す。
話を中断してジッとこちら見ていた浪司の目が、やけに温かく感じる。
目が合うと、浪司は急に背伸びをしながら大きなあくびをし始めた。
「眠くなってきたぞ。明日に影響するといかんから、話はこれで終わりにしようぜ」
いきなり何を言い出すんだ?
あまりにわざとらしい調子に、みなもの頬が引きつる。
「ろ、浪司、まだ話が途中なんだけど――」
「簡潔に言えば、お前さんはいずみの元へ行くことに集中すればいい。それ以外のことは、ワシとレオニードでもう打ち合わせ済みだ。無駄に長々と話すよりも、明日に備えて休んだほうが良いぞ」
一理あるように言ってるけど、さっさと寝たいだけなんじゃあ……。
本能のままに動き過ぎじゃないか、この熊オジサンは。
貴方も何か言ってやってよと、みなもは隣を見やる。
レオニードも呆れているらしく、いつになく目が据わっていた。
「明日は失敗が許されないんだぞ。抜かりがあったらどうするんだ」
怒気混じりの低い声に、浪司が「そんな怖い顔するな」とたじろぐ。
しかし話を続ける気はないと言わんばかりに、立ち上がってクルリと背中を向けた。
「無駄にダラダラと話をするより、もう少しじっくり再会を喜び合うほうが有意義だと思うぞ。……こうやって話せる時間は、限られてんだからな」
ああ、なるほど。そういうことか。
せっかくだから、このまま彼の好意に甘えさせてもらおう。
浪司の狙いがようやく分かり、みなもは強張った表情を和らげた。
「分かった、浪司。確かに寝不足で倒れたら困るものね」
「ワシ、眠気と食い気は我慢できんからな。悪いが先に休ませてもらうぞ」
そう言うと浪司は手をヒラヒラと振りながら、焚き火から遠ざかっていく。
「待て、浪司。話は――」
引き止めようとレオニードがその場を立ちかけた瞬間、みなもは彼の袖を引っ張った。
レオニードは腰を浮かせたまま、こちらに視線を留める。
困惑する彼へ、みなもは静かに首を振った。
「俺たちを二人きりにしようと気遣ってくれたんだよ。まったく、浪司は変なところに気が回るんだから」
みなもが軽く肩をすくめると、レオニードは一瞬だけ目を点にしてから、長息を吐き出した。
「気持ちは嬉しいが……本当にこれで良いのか、みなも?」
「うん。二人きりで貴方に話したいことがあったから……」
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