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新婚旅行は海辺の街へ
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しおりを挟む魚料理を扱っているお店をお昼の時間帯貸し切りにしていたらしい。
ゼバルト伯爵家の御者さんも含めた私兵の護衛さんたちと、こちらの護衛コンビも一緒のお店で昼食にするんだって。本来なら、護衛の人たちは店の外だったり、出入り口で警戒に当たるんだけど、お店の窓際や出入り口付近に護衛さんたちの席を設けて、食事と一緒に護衛に当たるんだとか。
だから、俺たち三人は、広いお店のほぼ中央に置かれたテーブルにつく。
クリスもそれに対しては異存はなかったようだし、俺としてもそのほうが気兼ねなく食べることができるから有り難い。
だって、自分たちが食べてるのに、護衛の人たちが何も食べないで待ってる……っていうのは、こっちの人たちには当然のことかもしれないけど、俺にとっては当然のことじゃないからね。気になってしまって美味しいかどうかもわからなくなってしまう。
だから、この気遣いには素直に感謝!って気持ちだった。
お店に入るとき、念の為、店主だという料理人さんに、子猫も店内に同伴させていいか確認した。
確認大事。
料理人さんはマシロをじっと見て、「こんなにおとなしい子猫なら問題ございません」って、笑ってくれた。よく頑張ってるね、マシロ。俺たちだけになったら思い切り力抜いていいからね。
畏まった雰囲気のいかにもなレストラン、じゃなくて、どちらかといえば一般市民のための食堂な雰囲気のお店だった。俺にはこっちのほうが合ってます。
だから、コース料理とかではないから、細かいマナーは要求されないのが助かる。
まずこちらを、って出されたサラダを見て、俺は手が止まった。
「これは……生か?」
「ええ。穫れたての鮮度の良いものは、こうして生で食せるので」
「なるほど…。アキ、食べれ…………ているな?」
心配そうなクリスの声は、途中で苦笑に変わった。
説明される前に、「いただきます」って小声で言って、食べ始めてたからね。
果物の酸味の効いたソースがかかっていて、でも酸っぱすぎず………なんて、食レポは俺には無理だ。
「カルパッチョ……!」
まさかのおしゃれ料理が出てきたんだから。なんて魚かは知らないけど、白身の生魚の薄切り……!これで醤油があれば、刺し身は完成する……!
リアさんに作ってもらう前に食べることができるなんて…!!
「うま……っ」
「……全く問題なさそうだな」
って笑ったクリスが、野菜と一緒に刺し身も口に入れた。
「……たしかに美味いな」
「クリス、生魚初めて?」
「ああ。王都では全く食べれないからな」
「そうですね。ここから王都に輸送するにしても、生のままでは運べませんから」
そうだよね。
俺の魔法でその問題はあっという間に解決なんだけど、それはそれ、だ。
その後も魚を使った料理が色々出された。一つ一つの量はそれほど多くはなかったけど、少しクリスに手伝ってもらわないと食べきれなかった。品数多すぎ!
料理人さんが魚の名前とか教えてくれたけど、食べるのに忙しくて覚えてない。不真面目でごめんなさい。おいおい覚えます。多分。
いつもミルクと果物しか食べさせてないマシロに、ムニエルっぽく焼かれた魚の身を少しだけ食べさせてみた。
そしたら尻尾が忙しなく動いたから、多分気に入ったんだと思う。
料理人さんとフランツさんに断ってテーブルの上にマシロを座らせた。少しずつ魚を上げると、嬉しそうに食べてる顔が可愛すぎて悶えそうになった。……いや、内心は滅茶苦茶悶えてた……。
「クリス」
「ん?」
食後のお茶を頂きながら、クリスの腕を引っ張って、耳元に口を寄せた。
「あのね、魚、持ち帰りたい」
本当に小さな声で。
刺し身って言うのは半分くらい叶ったけど、そしたら今度はフライが食べたくなった。タルタルソースも作ってもらったら、言うことなしだよね。
「そう言いだす思っていた」
って、クリスは笑った。
ん。まあ、そうだよね。わかりやすいよね、俺。
「フランツ殿、この後、港の方も見たいのだが」
「ええ。ご案内いたします」
港か。日本でもあまり見たことないなぁ。……むしろ、直に見たことないかも。
マシロが再び俺の左肩に上がってきた。
それが丁度いいタイミングで、大満足な昼食にお礼を言ってみんなでお店を出た。
オットーさんとザイルさんに生魚どうだったか聞いたら、オットーさんが「酒が飲みたくなりましたね」って言って笑った。ザイルさんは苦笑していて、ちょっと苦手だったそうな。
こればかりは仕方ない。
俺たちが再び馬車に乗り込むと、間もなくして出発になった。
馬車はゆっくりと大きな道をしばらく進み、それから浜に繋がっているらしい少し狭くなった道に入った。
潮の匂いが濃くなって、波の音が耳に届き始める。
窓の外には浜辺が広がっていた。
天気もいいから、海面は青く、キラキラしている。
「……クリスの色みたい」
空の青を映した色より少し緑がかって見えるところもある。
多分、凄く海水がきれいで、俺の好きな色に見える場所があるんだな……って思っていたら、つい、そんな言葉が出てしまった。
「俺の色か」
「うん。キラキラしてて、クリスの瞳と同じだ」
俺の、大好きな色。
そう思うと、海面がもっとキラキラ輝いて見えた。
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