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突然の婚約

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 インゼルと気まずい状態で別れたリニフォニアは、夜の気配とともに忍び寄る魔力に目を瞬かせる。引力のようなちからに導かれて、リニフォニアは部屋中の蝋燭に火を灯してから、ドールハウスの城からおそるおそる顔を出す。思ったとおり、父王だった。でも、こんな時間にいったい何の用だろう?

「お父さま?」
「お前に客だよ、リニフォニア」

 実年齢よりも老けて見える父王が、うんざりした表情でリニフォニアを見下ろしている。大魔女に呪われてしまったばっかりに、愛娘はいまも手のひらサイズのまま成長しない。このままの状態では自分の跡継ぎとして国を任せるのも難しいと、きっと彼は考えているのだろう。リニフォニアは注がれる視線から逃れるように、父王が客と呼んだ男性を見上げる。
 蝋燭の明かりが照らし出す新たな挑戦者は、魔術師らしからぬ白い上下に上品な金釦をつけている。まるで異国の軍人のような装束だが、不思議と彼に似合っている。

「きっと、彼ならお前の呪いを解いてくれるだろう」
「……え?」

 疲れ切った表情の父王が、淡い笑みを浮かべてリニフォニアに告げたのは、けして解けることはない呪いが、彼によって解けるという信じられない言葉。

「あの、大魔女べルフルールの弟子が認めたヘルミオネ一の魔術師だ」
「ヘルミオネの……」

 リニフォニアは黙ったままの男性を見上げ、ああと頷く。

「第六皇子、スクノード、さま」

 隣国ヘルミオネ。レンブラントの山を越えた先にひろがるその帝国は、魔術を受け継ぎながらも新たな技術を開花しつづける発展国。そこの皇子が、ついにこの地へやって来たのだ。
 ――次期女王の呪いを解いて、レンブラントの地を我がものとするために。

「僕のことをご存じでしたか、人形姫」

 蒼白になったリニフォニアは、降り注いだ静かな声音に我に却る。スクノードはリニフォニアを見下ろすわけでもなく、視線を遠くに向けたままでいる。まるでリニフォニア自身には興味がないとでも言いたそうなその仕草。

「ええ。魔術師としての才を持つがゆえに王家から見放された哀れな皇子……それがあなたですよね」

 冷淡に返しても彼は不服そうな表情すら見せず、素直に応える。

「たしかに僕は王位継承権を持ちません。ですがまだ見放されたわけではないんですよ」
「わたしを娶ってレンブラントを手に入れることが可能だから?」

 刺を持った声に父王がリニフォニアと咎めるが、怒りは留まるどころか逆に湧き出てくる。

「呪いを解けば婿にする、と父はおっしゃっているけれど、わたしはそんなモノみたいに取引されたくありませ……っ!」
「随分と威勢の良い姫君ですね、レンブラント王」
「はっ、放して!」

 スクノードが愉快そうにリニフォニアのちいさな身体を摘み上げ、くすりと笑う。宙に浮いた状態になったリニフォニアは両手両足をじたばたと動かして反撃しようとするが、スクノードにとってみれば痛くも痒くもないのだろう、面白そうにリニフォニアの胴を摑んだまま、くるりと回転する。加速をつけられて二転、三転……これ以上騒いだら舌を噛むとリニフォニアが焦ると同時に、魔術が発動し、彼女の意識は暗転する。

「ようやくおとなしくなりましたね。これで余計なお喋りに時間を割くこともないでしょう」

 ぐったりしたリニフォニアを手のひらで転がしながら、スクノードはにこやかに告げる。

「レンブラント王、姫の呪いは次の朔月に僕が盛大に解き明かしましょう。いまは、これが精一杯ですが……」

 鬱金香の花丈より大きくなることはかなわないとされていたリニフォニアの身体は、スクノードが施した魔法によって銀色に煌めき、人間とおなじおおきさに変わる。魔法によって意識を奪われたリニフォニアはスクノードの両腕に抱きとめられていることに気づいていない。けれど、レンブラント王はその膨大な魔力を前に、言葉を失っている。
 やがて、銀色のひかりが薄れると同時にリニフォニアの身体はもとの、ちいさな人形へと戻り、スクノードの手のなかへすっぽりとおさまる。その衝撃でリニフォニアは身じろぎするも、覚醒までには至っていない。それに気づいたスクノードは一瞬だけ翳った表情を見せるが、一連の魔術を見ていたレンブラント王へ身体を向けて低く乞う。

「どうか、結婚の許可を」

 手のひらのうえで弄ばれている娘を横目に、レンブラント王は大仰に頷く。

「あいわかった――許可しよう」

 こうして、リニフォニアは自分の意志を無視されたまま、ヘルミオネの第六皇子、スクノードと婚約することになるのであった……
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