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無自覚な次期女王
しおりを挟む「魔法のせいで、わたしはこんな姿だけど……それでも、恵まれているから」
ちいさくても、レンブラントの次期女王として、王と王妃は自分を育ててくれている。王の娘なのだから、その呪いをいつかは自分で破ることだってできるはずだと希望を言い聞かせて。
城と同じミニチュアの城も、リニフォニアが成長するとともにおおきさを変えたのだ。彼女が淋しくならないよう、城と同じ細工をありとあらゆる場所へ施し、城が壁紙を変えればミニチュアの城もまた、同じように内装を変えてゆく。
「とても贅沢なことよね。けれどお母さまは美しいものに囲まれ、姫君としての矜持を持ちつづけるようわたしに教えるの」
毎日の湯浴みは侍女が手伝ってくれるし、食事も王族がとるものと大差ない。
そしてドレスも、お針子が毎日、手間暇かけて一着一着違った表情を見せている。はじめて会った日に着ていた若葉色のドレスも、いま着ている薔薇色のドレスも、上質な絹でできているのが一目でわかる。
「そういえば、次期女王なんだな」
インゼルは今更のように呟き、乾いた笑みを漏らす。
この、手のひらの上に乗せられる人形のような姫君が、レンブラント王の唯一の跡継ぎ。彼女が呪われた身でありながらも輝いて見えるのは、やはり彼女も強い魔力を継ぐ王族だからなのだろう。
「できれば、早くこの呪いを解きたいと思う。けれど、他人任せにはしたくないの」
自分の呪いを解くために傷ついた魔術師たちを幼いころから目の当たりにしていたリニフォニアは、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「お父さまはいつか自分より強いちからを持つ男がお前の呪いを解いてくれるだろうなんてお伽噺のように口にするけれど、あのお父さまが解けない呪いをそう簡単に解けるなんて思えないし……思いたくない」
リニフォニアはなぜインゼルにそんなことを話しているのかわからなくなりながら、それでも今まで口にすることすら憚られていた矛盾を、声にする。
「次期王女の婿になりたいからってたいした能力もないのにちからをつかって自滅するひとたちをたくさん見たわ。誰もわたしを本心から救おうとしていない、それが悔しくて……」
いっそのこと自分で呪いを解いてやる、そう思ってはじめた魔術の勉強は毎日欠かさず行っている。けれど、精霊たちにさえさじを投げられた鬱金香の呪いを解く方法は、未だに見つけられずにいる。
「いまのわたしは城の外に出ることを許されないドールハウスに囚われた人形姫。だけど、わたしの呪いを解いたひとが、呪いを解いてからもわたしを人形のように扱うのなら……呪いなんか、解けなくてもいい」
「姫」
「……ごめんなさい、湿っぽい話をしちゃって。ただ」
――あなたみたいなひとが、呪いを解いてくれればいいのに。
リニフォニアが小声でつづけたヒトコトに、インゼルが目を瞠る。
「なにを莫迦なことを」
「野心を持たず、淡々と自分の仕事に打ち込むあなたみたいなひとを、いままで見たことなかったの。だから……」
インゼルの紺碧の双眸はまるで澄み切った湖水のようだ。リニフォニアは自分の翡翠色の瞳で見つめながら、一思いに告げる。
「気になって、仕方がないの」
懸命に目線で訴えるリニフォニアに、インゼルの頬も、熱くなる。
「あなたのこと」
リニフォニアは気づいていない。自分が口にしている想いが、いかに危険なものか。
そしてインゼルも、気づかないふりをしようとして、絵筆を落とす。
「インゼルと、呼べ」
そのまま、鬱金香の花丈に成長した人形姫を両手で抱え込み、彼女の額へ、唇を落とす。
「……インゼル?」
「俺だって、何度も思ったよ。自分に魔術が使えればいいのに……って。そうすれば、堂々と姫の呪いを解いてやれるのに!」
悔しそうに、インゼルは叫ぶ。どうせ自分はただの職人見習いだ。工芸建築学校でいい成績を収めようが、魔術師に敵うわけがない。だから、目の前の少女とは世界が違う。わかっている。
わかっている、のに。
もう、迸りだしたこの想いに、蓋をすることができずにいる。
「悪い。今日はもう帰るわ。これ以上ここにいたら……きっと姫の傍にいられなくなる」
彼女を連れて逃げ出せたらいいのに。けれど彼女はこの国の次期女王、自分から逃げるとはけして言わないだろう。
人形姫は、ドールハウスのお城から出ることをよしとしない。
出るときは、自ら呪いを解き明かしたときか。
――自分以外の、魔術師によって呪いを解かれたときだけ。
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