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婚約期間のはじまりは
しおりを挟む悪い夢を見ているのではないだろうか。
馬車はでこぼこな山道をせっせと進んでいく。ミニチュアの城から出ることを許されたリニフォニアが次に向かうことになったのは隣国ヘルミオネ。峻険なグラジオラ山を越えた先にある近代化と魔法が共存する大帝国。けれどリニフォニアにとってそんなことはどうでもいい。それよりも。
「スクノードさま。いつまでこうしてらっしゃるのです?」
「そうですね、姫の体温が僕を温めてくれるまで……でしょうか」
スクノードは微笑みを浮かべたままリニフォニアの身体を両手ですっぽり包んで放そうとしない。たしかに早春のレンブラントは肌寒く、馬車のなかも冷えているが、だからといって自分のちいさな身体を湯たんぽのように扱うのはどうかと思う。
「からかうのはやめてください!」
「からかってなどいませんよ。人肌で触れ合うのが一番効率的なのは学術的にも認められていますしね」
ぎゅっと手にちからを込められたリニフォニアはけほけほ咳き込み、ぷいとスクノードから顔を背ける。
「もう知りません」
「そんなこと言わないで、もっと仲良くしましょうよ」
レンブラント王に結婚の許可をもらったスクノードは上機嫌で故国へ向かっている。ちいさなリニフォニアはその戦利品としてミニチュアの城から出され、次の朔月までを婚約期間としてヘルミオネに滞在することが決まったのだ。
「どうせ夫婦になるんですから」
「――どうせ、ね」
スクノードの言葉にリニフォニアは顔を顰め、はぁと溜め息をつく。
魔術で意識を奪われた間に一時的に呪いを解かれ、その様子を父王が見ていたことから今回の婚約が決まったのだ。実際に呪いが解けた実感もないのに周りの人間だけがすべてを受け入れているこの状況が、リニフォニアにはもどかしくて仕方ない。
それに。
「ならばどうしてこの呪いをそのままにしているの?」
リニフォニアはいまも人形のおおきさのままだ。呪いが解けるのなら朔月までなどと言わず今すぐにでも解いた方がいいのではないだろうか。
そう問いかければスクノードはやれやれと言いたそうにリニフォニアの身体を指先で持ち上げ、肩に乗せる。
「僕の魔力が完全じゃないからですよ、姫」
レンブラント王の前では一時的に解呪することに成功したが、大魔女べルフルールの呪いを完全に解くためには膨大な魔力が必要になる。スクノードは自嘲するように理由を説明し、リニフォニアの髪をそうっと撫でる。
「朔月になればべルフルールの弟子だったリナリアが僕の魔術を還元してくれる契約をしたんです。月のはじめには秘められた魔力が増幅しますし……それまで姫には不自由かけると思いますが、理解してください」
「別に不自由だとは思わないけれど。じゃあ、いますぐ呪いを解けと言われてすぐに解けるわけではないのね」
生まれた頃から小さいので人形サイズでいることに不自由は感じていないが、等身大の人間に完全に戻るのにはまだ時間がかかるらしいと聞いて、リニフォニアは項垂れる。
「解こうと思えばできますけど、僕はあなたを傷つけたくないんです」
落ち込んでしまったリニフォニアを励ますように、スクノードはぽつりと呟く。
無理に解呪をすれば、術者に跳ね返るだけでなくかけられた対象自体に影響を与えかねない。だからスクノードはレンブラント王の前で一時的な解呪を施した時も念のためにリニフォニアの意識を奪ったのだが、それを根に持っている彼女に言ったらムキになってもう一度やれと言いだしかねない。
「……もう充分傷ついているわ」
スクノードの右肩に乗ったリニフォニアは、彼の耳元でぼそりと言い返す。けれど彼は何も言わない。ただ、リニフォニアの長い髪をいつまでも撫でつづけている。
馬車は雪がとけ、早春の花が咲きはじめた山道を、順調に進んでいく。
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