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竜帝国編
3-65
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ジュリアス様の手から放たれた桃色の閃光は、空を一直線に切り裂いてルクに向かっていきました。
攻撃に気づいたルクは巨大な前足をかざして光を防ごうとします。
しかし強力な神の加護による一閃は、前足の防御をなんなく貫通してそのままルクの胸元に直撃しました。
「グオオオ!?」
身を仰け反らせて苦悶の声をあげるルク。
光が当たった胸元は引き裂かれ、傷口からは紫色の血が噴き出していました。
「おお! やったか!?」
「こんな切迫した状況でフラグになるようなセリフを吐かないでくださいアホ皇子」
歓声を挙げるアルフレイム様にジン様が冷静なツッコミを入れます。
さすがに倒すまではいかないとは思いますが、初めてルクに入った明確なダメージに皆様の表情が明るくなりました。
ですがその直後――
「……屈辱だ。猿ごときにこの体を傷付けられるとは」
ルクがつぶやいたかと思うと噴出していた血が止まり、時間を巻き戻すかのように胸元と前足の傷口が塞がっていきます。
「今の光、パルミアの加護か。忌々しい女神め、どこまでも俺の邪魔をしやがって……! 地上に落とされた時、ヤツに記憶を奪われさえしなければもっと早く力を取り戻せたものを……グオオオ!!!」
憎々し気に吐き捨てたルクが、私達に向かって憂さ晴らしをするかのように咆哮を放ちました。
凄まじい大音声に空気が震えて、肌がビリビリと粟立ちます。
「……なんというやかましい声だ」
「うるさーい。鼓膜がやぶれるー」
ジェイクさんとノアさんが苦しそうな顔で耳を押さえます。
他の皆様も耳を押さえて、音の発生元であるルクを見上げています。
そんな中、ジュリアス様が疲弊しきった表情で肩を上下させながら口を開きました。
「やれやれ、あれで鱗一つを傷つける程度とは恐れ入る。渾身の一撃だったのだがな……くっ」
「ジュリアス様!」
地面に膝をつくジュリアス様をレオお兄様が支えます。
体から立ち昇っていたオーラが消えている様子を見るに、英雄譚の加護は時間切れのようです。
「私達の中でおそらく最大火力を持つジュリアス様の全力をもってしても傷一つ付けるのがやっと、ですか」
拳を握り締めながら空を見上げます。
叫び終わったルクは翼を大きく広げてさらに上空へと舞い上がりました。
それを見たイフリーテ様が舌打ちをしながらつぶやきます。
「クソが……あの位置じゃ攻撃が届かねえ」
イフリーテ様だけではありません。
雲にまで届くあの高さ……こうなっては我々が扱うどんな魔法や加護を駆使しても、こちらの攻撃がルクまで届くことはないでしょう。
このままでは一方的に蹂躙されるのみです。
唯一攻撃を届かせる手段があるとすれば――
「ヘカーテ様、貴女のお力を――」
竜化したヘカーテ様の背に乗せてもらうために振り返ります。しかし――
「はあ、はあ……」
地面に蹲ったヘカーテ様は顔に汗を滲ませて荒い息を吐いていました。
顔色は悪く、とても背を借りられるような状態には見えません。
「全員あれを見ろ!」
レオお兄様が空を指差します。
空にはばたくルクの前に人間大程の大きさをした何百もの数え切れない程の大量の魔法陣が展開されていました。
それの一つ一つから私達が使う最大級の魔法程の魔力を感じます。
「……まるで神話に語られる神の裁きだな。あんなものを雨のように降らされれば、皇宮はおろかこの国ごと吹き飛ぶぞ」
レオお兄様の肩を借りながら、疲弊した顔でジュリアス様がそうつぶやきました。
その言葉に皆様の間で絶望感が広がります。
そしてその絶望をさらに加速させるように、空からルクの叫び声が響き渡ってきました。
「遊びは終わりだ。憎い神の遊び場であるこの大陸すべてを消し去ってやる! まずは猿に飼いならされた愚かな同族が住まうこのヴァンキッシュからだ!」
叫び声に呼応するようにすべての魔法陣からバチバチと紫電が走ります。
魔法が発動するまでは最早一刻の猶予もありません。
こうなれば最後の手段です。
「クロノワ様。もし私達を見ていらしたらどうか救いの手をお差し伸べください」
目を閉じ手を組んでクロノワ様に祈りを捧げます。
以前、パルミアと敵対した際に助力をして頂いたクロノワ様であれば、また私を助けて頂けるかもしれない。そんな一縷の望みにかけました。ですが――
「……さすがにそう都合良くはいきませんか」
届かなかった祈りを中断し、目を開きます。
私の脳裏に浮かんだのはグラハール先生が言っていた言葉でした。
「魔の力を借りて加護を濁らせらせた私に、善神であるクロノワ様は決してお力を与えないでしたか」
元より神は私達人間に必要以上の手を差し伸べないもの。
祈りが届かなかったからといって、私がクロノワ様に見限られたと判断するには早計でしょう。
ですが結果として分かってしまったことはあります。それは――
「この危機に第三者の助けは得られない、ということです」
ヘカーテ様の方を見ると、レオお兄様が傍で回復魔法をかけていました。
ジュリアス様は未だに疲弊しているようですが、気絶しているレックスの前で膝をつき、こちらもまた回復魔法をかけております。
お二方共にルクを止めるために最も優先すべきは、空まで駆け上るための翼だということが良く分かっていらっしゃるようですわね。
「はぁ、はぁ……無理じゃ……妾達の回復よりもあやつが魔法を撃つ方が早い……!」
荒い息を吐きながらヘカーテ様がつぶやきます。
ヘカーテ様の言う通り、上空に展開されたルクの魔法陣から魔法が発動するのは最早秒読みのように見えました。
「せめてあの大量の魔法さえなんとかやり過ごせれば、直接あのクソトカゲをブン殴りに行けるのですが……」
「――力が欲しいか?」
その時、どこからか妙に芝居がかった殿方の声が聞こえてきます。
それはこの国に来てから私が危機の時に何度も聞いた、最早お馴染みと言ってもいいローブの殿方の声でした。
そして次の瞬間、私の視界が闇の中で目を閉じたかのように漆黒に染まります。
「貴様の思考に我が意識を介入させた。ここでの会話は我ら以外に聞かれることはない」
目前にフードで目元を隠した黒いローブの殿方が出現します。
この方に聞きたいことは山ほどありますが、今はそんな時間的猶予はありません。
「再び私に助力をして下さるというのですか?」
「ククク……」
私の問いにローブの殿方が肩を震わせて笑います。
彼は私を指差すと声高らかに叫びました。
「スカーレット・エル・ヴァンディミオン! 貴様のすべてを我に捧げよ! さすればあの邪竜をも打ち倒せる、我が大いなる力の一端を授けよ――」
「お断り致します」
食い気味にお断り致します。
ローブの殿方は大きく口を開けて私に指を突き付けたポーズのまま固まりました。
「……」
「……」
数秒の静寂の後、ローブの殿方は手を下して口を閉じると再び「ククク……」と笑い出します。
そして再びこちらに指を突き付けてくると大きく口を開けて叫びました。
「スカーレット・エル・ヴァンディミオン! 貴様のすべてを我にささげ」
「お断り致します」
「なぜだあああ!?」
私の二度目の拒否にローブの殿方が頭を抱えて絶叫します。
今までの超越者然とした芝居がかった仕草はどこへやら、その言動はまるで普通の人間のようでした。
おそらく今まで見てきた彼の姿は演技で、これが素なのでしょう。
「絶体絶命の危機なのだろう!? 他に手はないのだろう!? 我の力が喉から手が出るほどほしいのだろう!?」
「そうですね。それは否定しません」
「で、では貴様のすべてを」
「捧げませんし要りません」
「だからなんでだよおおお!?」
ローブの殿方が悔しそうにダンダンと地団駄を踏まれます。
この方、体格と雰囲気から私よりも年上の方かと思っておりましたが、実は思っていたよりも子供なのかもしれません。
「顔も見せない上に正体もわからない。その上、魔の者に属すると聞かされた貴方にすべてを捧げるくらいであれば、ここで命果てた方がマシですので」
悪魔との契約はその時の生だけでなく、死して流転する魂まで縛られると聞きます。
彼が悪魔かは分かりませんが、大いなる力を得るには大いなる代償が付くもの。
たとえ他に手がないとしても、邪悪を滅ぼすために悪魔のささやきに身を委ねるなど本末転倒です。
「話は終わりですか? では私の頭から出て行って下さいませ」
「本当に良いのか! このままでは貴様ら全滅だぞ! 神の助けもないんだからな!」
慌て出すローブの方を無視して目を閉じます。
これが私の思考の中ということは、強く意識すればこの方を追い出せるでしょう。
さあ、現実世界へ戻りま――
「だー! 分かった! 分かったから我の話を聞け!」
私が意識から追い出そうとしたせいか、ローブの殿方が今にも消え入りそうな声で叫びます。
再び目を開くと、彼はフードの上から頭を掻きながら言いました。
「仕方ない……最大限の妥協をしてやる。スカーレット・エル・ヴァンディミオン。貴様、我が友となれ。さすれば我が力を与えると約束しよう」
突然凄まじく緩くなった条件に拍子抜けします。
「もしや友人がいないのですか?」
「うるさい黙れ馬鹿者!」
ローブの方が顔を真っ赤にして怒り出します。
いえ、顔は見えておりませんのでこれは私の想像ですが。
そしてどうやら友人がいないというのは図星のようですわね。
友というのは何か良からぬことの暗喩かと警戒しましたが、この様子ではその心配もなさそうです。
「分かりました。それだけでよろしいのであれば、友人になりましょう」
何か含みがあったとはいえ、この方にはすでに何回も助けて頂いております。
友人になる程度の関係性は十分にあるでしょう。
「友となったからにはお名前くらいは聞かせて頂けるのでしょう?」
私の問いにローブの殿方は少し躊躇した後、意を決したかのように自分のフードをめくりました。
「――我が名はダンテロード。ダンテと呼ぶがいい」
腰まで伸びた長く美しい漆黒の髪。
透き通るような白磁の肌に女性と見まがうような中性的な顔立ち。
そして一際存在感を放つ、ルビーのような真っ赤な瞳。
およそ人間とは思えないような整った容姿に、フードを取った途端にあふれ出した強大な魔力から、この方が尋常ではない人物だということがハッキリしました。
「始祖竜ロキを倒すために必要な力を与えてやろう。目を閉じるがいい」
「ロキ……?」
首を傾げながら目を閉じます。
その直後、バチッ! と右目に痺れるような痛みが走りました。
「始祖竜は人間とは比べ物にならない原初の圧倒的な純度の魔力を常に身に帯びている。呼吸や身じろぎするだけで魔法を放っているような相手に、物理的な攻撃や人間が扱う魔法では傷一つ付けられないのはすでに目の当たりにしたことだろう」
そうですわね。
それどころか神々の頂点である創造神の加護を使ってさえも傷をつけるので精一杯でしたし。
「だが、今貴様に与えた我が666の魔眼の一つ、魔力を支配し暴走させる魔眼“イビルアイ”を持ってすれば、魔力の流れに拳一つをたたき込める程度のほころびを作ることはできよう」
目を開くと本来見えないはずの、眼前にいるダンテさんが全身に纏っている漆黒の色をした魔力の流れがハッキリと視認できました。
魔法を使ってもいないのに魔力が常時身体からあふれ出ているなんて、本当に何者なのでしょうかこのお方は。
「だが拳一つの隙程度では到底あの竜には敵うまい」
ダンテさんは片手で顔を覆うと、口元を歪めて不敵に笑いました。
「ククク……どうだ? すべてを捧げると我に誓えばさらなる力を与えてやるぞ!」
「ではご友人になるというお話はなかったことに」
「むう! なんと強情な娘か! もう良い! 後で欲しいと言っても知らんからな!」
そう言うとダンテさんは現れた時のように何の前触れもなく姿を消してしまいました。
それと同時に闇一色だった世界が一瞬にして色づき、現実世界に戻ります。
「どうしたのだ我が姫よ。心ここにあらずの顔をしておったが……む?」
横から顔を覗き込んできたアルフレイム様が私を見て目を丸くします。
魔眼が発動している私の目を見たのでしょう。
私はアルフレイム様に微笑んでから、上空のルクに視線を向けました。
「ダンテさん。貴方は拳一つ程度の隙では敵わないと言っていましたが――」
ルクの周囲に展開された大量の魔法陣。
それを魔眼の右目に魔力を込めながら睨みつけます。
直後、魔力が放出される感覚と共に、右目からバチッ! と紫電が走りました。
「何だと!?」
ルクの狼狽する叫び声と共に、私の魔眼によって魔力の流れを乱された魔法陣が次々に消失していきます。
それと同時に、今まで周辺に張り巡らされていた加護を阻害する結界も消滅しました。
「――拳一つ叩き込めれば、それで十分ですわ」
攻撃に気づいたルクは巨大な前足をかざして光を防ごうとします。
しかし強力な神の加護による一閃は、前足の防御をなんなく貫通してそのままルクの胸元に直撃しました。
「グオオオ!?」
身を仰け反らせて苦悶の声をあげるルク。
光が当たった胸元は引き裂かれ、傷口からは紫色の血が噴き出していました。
「おお! やったか!?」
「こんな切迫した状況でフラグになるようなセリフを吐かないでくださいアホ皇子」
歓声を挙げるアルフレイム様にジン様が冷静なツッコミを入れます。
さすがに倒すまではいかないとは思いますが、初めてルクに入った明確なダメージに皆様の表情が明るくなりました。
ですがその直後――
「……屈辱だ。猿ごときにこの体を傷付けられるとは」
ルクがつぶやいたかと思うと噴出していた血が止まり、時間を巻き戻すかのように胸元と前足の傷口が塞がっていきます。
「今の光、パルミアの加護か。忌々しい女神め、どこまでも俺の邪魔をしやがって……! 地上に落とされた時、ヤツに記憶を奪われさえしなければもっと早く力を取り戻せたものを……グオオオ!!!」
憎々し気に吐き捨てたルクが、私達に向かって憂さ晴らしをするかのように咆哮を放ちました。
凄まじい大音声に空気が震えて、肌がビリビリと粟立ちます。
「……なんというやかましい声だ」
「うるさーい。鼓膜がやぶれるー」
ジェイクさんとノアさんが苦しそうな顔で耳を押さえます。
他の皆様も耳を押さえて、音の発生元であるルクを見上げています。
そんな中、ジュリアス様が疲弊しきった表情で肩を上下させながら口を開きました。
「やれやれ、あれで鱗一つを傷つける程度とは恐れ入る。渾身の一撃だったのだがな……くっ」
「ジュリアス様!」
地面に膝をつくジュリアス様をレオお兄様が支えます。
体から立ち昇っていたオーラが消えている様子を見るに、英雄譚の加護は時間切れのようです。
「私達の中でおそらく最大火力を持つジュリアス様の全力をもってしても傷一つ付けるのがやっと、ですか」
拳を握り締めながら空を見上げます。
叫び終わったルクは翼を大きく広げてさらに上空へと舞い上がりました。
それを見たイフリーテ様が舌打ちをしながらつぶやきます。
「クソが……あの位置じゃ攻撃が届かねえ」
イフリーテ様だけではありません。
雲にまで届くあの高さ……こうなっては我々が扱うどんな魔法や加護を駆使しても、こちらの攻撃がルクまで届くことはないでしょう。
このままでは一方的に蹂躙されるのみです。
唯一攻撃を届かせる手段があるとすれば――
「ヘカーテ様、貴女のお力を――」
竜化したヘカーテ様の背に乗せてもらうために振り返ります。しかし――
「はあ、はあ……」
地面に蹲ったヘカーテ様は顔に汗を滲ませて荒い息を吐いていました。
顔色は悪く、とても背を借りられるような状態には見えません。
「全員あれを見ろ!」
レオお兄様が空を指差します。
空にはばたくルクの前に人間大程の大きさをした何百もの数え切れない程の大量の魔法陣が展開されていました。
それの一つ一つから私達が使う最大級の魔法程の魔力を感じます。
「……まるで神話に語られる神の裁きだな。あんなものを雨のように降らされれば、皇宮はおろかこの国ごと吹き飛ぶぞ」
レオお兄様の肩を借りながら、疲弊した顔でジュリアス様がそうつぶやきました。
その言葉に皆様の間で絶望感が広がります。
そしてその絶望をさらに加速させるように、空からルクの叫び声が響き渡ってきました。
「遊びは終わりだ。憎い神の遊び場であるこの大陸すべてを消し去ってやる! まずは猿に飼いならされた愚かな同族が住まうこのヴァンキッシュからだ!」
叫び声に呼応するようにすべての魔法陣からバチバチと紫電が走ります。
魔法が発動するまでは最早一刻の猶予もありません。
こうなれば最後の手段です。
「クロノワ様。もし私達を見ていらしたらどうか救いの手をお差し伸べください」
目を閉じ手を組んでクロノワ様に祈りを捧げます。
以前、パルミアと敵対した際に助力をして頂いたクロノワ様であれば、また私を助けて頂けるかもしれない。そんな一縷の望みにかけました。ですが――
「……さすがにそう都合良くはいきませんか」
届かなかった祈りを中断し、目を開きます。
私の脳裏に浮かんだのはグラハール先生が言っていた言葉でした。
「魔の力を借りて加護を濁らせらせた私に、善神であるクロノワ様は決してお力を与えないでしたか」
元より神は私達人間に必要以上の手を差し伸べないもの。
祈りが届かなかったからといって、私がクロノワ様に見限られたと判断するには早計でしょう。
ですが結果として分かってしまったことはあります。それは――
「この危機に第三者の助けは得られない、ということです」
ヘカーテ様の方を見ると、レオお兄様が傍で回復魔法をかけていました。
ジュリアス様は未だに疲弊しているようですが、気絶しているレックスの前で膝をつき、こちらもまた回復魔法をかけております。
お二方共にルクを止めるために最も優先すべきは、空まで駆け上るための翼だということが良く分かっていらっしゃるようですわね。
「はぁ、はぁ……無理じゃ……妾達の回復よりもあやつが魔法を撃つ方が早い……!」
荒い息を吐きながらヘカーテ様がつぶやきます。
ヘカーテ様の言う通り、上空に展開されたルクの魔法陣から魔法が発動するのは最早秒読みのように見えました。
「せめてあの大量の魔法さえなんとかやり過ごせれば、直接あのクソトカゲをブン殴りに行けるのですが……」
「――力が欲しいか?」
その時、どこからか妙に芝居がかった殿方の声が聞こえてきます。
それはこの国に来てから私が危機の時に何度も聞いた、最早お馴染みと言ってもいいローブの殿方の声でした。
そして次の瞬間、私の視界が闇の中で目を閉じたかのように漆黒に染まります。
「貴様の思考に我が意識を介入させた。ここでの会話は我ら以外に聞かれることはない」
目前にフードで目元を隠した黒いローブの殿方が出現します。
この方に聞きたいことは山ほどありますが、今はそんな時間的猶予はありません。
「再び私に助力をして下さるというのですか?」
「ククク……」
私の問いにローブの殿方が肩を震わせて笑います。
彼は私を指差すと声高らかに叫びました。
「スカーレット・エル・ヴァンディミオン! 貴様のすべてを我に捧げよ! さすればあの邪竜をも打ち倒せる、我が大いなる力の一端を授けよ――」
「お断り致します」
食い気味にお断り致します。
ローブの殿方は大きく口を開けて私に指を突き付けたポーズのまま固まりました。
「……」
「……」
数秒の静寂の後、ローブの殿方は手を下して口を閉じると再び「ククク……」と笑い出します。
そして再びこちらに指を突き付けてくると大きく口を開けて叫びました。
「スカーレット・エル・ヴァンディミオン! 貴様のすべてを我にささげ」
「お断り致します」
「なぜだあああ!?」
私の二度目の拒否にローブの殿方が頭を抱えて絶叫します。
今までの超越者然とした芝居がかった仕草はどこへやら、その言動はまるで普通の人間のようでした。
おそらく今まで見てきた彼の姿は演技で、これが素なのでしょう。
「絶体絶命の危機なのだろう!? 他に手はないのだろう!? 我の力が喉から手が出るほどほしいのだろう!?」
「そうですね。それは否定しません」
「で、では貴様のすべてを」
「捧げませんし要りません」
「だからなんでだよおおお!?」
ローブの殿方が悔しそうにダンダンと地団駄を踏まれます。
この方、体格と雰囲気から私よりも年上の方かと思っておりましたが、実は思っていたよりも子供なのかもしれません。
「顔も見せない上に正体もわからない。その上、魔の者に属すると聞かされた貴方にすべてを捧げるくらいであれば、ここで命果てた方がマシですので」
悪魔との契約はその時の生だけでなく、死して流転する魂まで縛られると聞きます。
彼が悪魔かは分かりませんが、大いなる力を得るには大いなる代償が付くもの。
たとえ他に手がないとしても、邪悪を滅ぼすために悪魔のささやきに身を委ねるなど本末転倒です。
「話は終わりですか? では私の頭から出て行って下さいませ」
「本当に良いのか! このままでは貴様ら全滅だぞ! 神の助けもないんだからな!」
慌て出すローブの方を無視して目を閉じます。
これが私の思考の中ということは、強く意識すればこの方を追い出せるでしょう。
さあ、現実世界へ戻りま――
「だー! 分かった! 分かったから我の話を聞け!」
私が意識から追い出そうとしたせいか、ローブの殿方が今にも消え入りそうな声で叫びます。
再び目を開くと、彼はフードの上から頭を掻きながら言いました。
「仕方ない……最大限の妥協をしてやる。スカーレット・エル・ヴァンディミオン。貴様、我が友となれ。さすれば我が力を与えると約束しよう」
突然凄まじく緩くなった条件に拍子抜けします。
「もしや友人がいないのですか?」
「うるさい黙れ馬鹿者!」
ローブの方が顔を真っ赤にして怒り出します。
いえ、顔は見えておりませんのでこれは私の想像ですが。
そしてどうやら友人がいないというのは図星のようですわね。
友というのは何か良からぬことの暗喩かと警戒しましたが、この様子ではその心配もなさそうです。
「分かりました。それだけでよろしいのであれば、友人になりましょう」
何か含みがあったとはいえ、この方にはすでに何回も助けて頂いております。
友人になる程度の関係性は十分にあるでしょう。
「友となったからにはお名前くらいは聞かせて頂けるのでしょう?」
私の問いにローブの殿方は少し躊躇した後、意を決したかのように自分のフードをめくりました。
「――我が名はダンテロード。ダンテと呼ぶがいい」
腰まで伸びた長く美しい漆黒の髪。
透き通るような白磁の肌に女性と見まがうような中性的な顔立ち。
そして一際存在感を放つ、ルビーのような真っ赤な瞳。
およそ人間とは思えないような整った容姿に、フードを取った途端にあふれ出した強大な魔力から、この方が尋常ではない人物だということがハッキリしました。
「始祖竜ロキを倒すために必要な力を与えてやろう。目を閉じるがいい」
「ロキ……?」
首を傾げながら目を閉じます。
その直後、バチッ! と右目に痺れるような痛みが走りました。
「始祖竜は人間とは比べ物にならない原初の圧倒的な純度の魔力を常に身に帯びている。呼吸や身じろぎするだけで魔法を放っているような相手に、物理的な攻撃や人間が扱う魔法では傷一つ付けられないのはすでに目の当たりにしたことだろう」
そうですわね。
それどころか神々の頂点である創造神の加護を使ってさえも傷をつけるので精一杯でしたし。
「だが、今貴様に与えた我が666の魔眼の一つ、魔力を支配し暴走させる魔眼“イビルアイ”を持ってすれば、魔力の流れに拳一つをたたき込める程度のほころびを作ることはできよう」
目を開くと本来見えないはずの、眼前にいるダンテさんが全身に纏っている漆黒の色をした魔力の流れがハッキリと視認できました。
魔法を使ってもいないのに魔力が常時身体からあふれ出ているなんて、本当に何者なのでしょうかこのお方は。
「だが拳一つの隙程度では到底あの竜には敵うまい」
ダンテさんは片手で顔を覆うと、口元を歪めて不敵に笑いました。
「ククク……どうだ? すべてを捧げると我に誓えばさらなる力を与えてやるぞ!」
「ではご友人になるというお話はなかったことに」
「むう! なんと強情な娘か! もう良い! 後で欲しいと言っても知らんからな!」
そう言うとダンテさんは現れた時のように何の前触れもなく姿を消してしまいました。
それと同時に闇一色だった世界が一瞬にして色づき、現実世界に戻ります。
「どうしたのだ我が姫よ。心ここにあらずの顔をしておったが……む?」
横から顔を覗き込んできたアルフレイム様が私を見て目を丸くします。
魔眼が発動している私の目を見たのでしょう。
私はアルフレイム様に微笑んでから、上空のルクに視線を向けました。
「ダンテさん。貴方は拳一つ程度の隙では敵わないと言っていましたが――」
ルクの周囲に展開された大量の魔法陣。
それを魔眼の右目に魔力を込めながら睨みつけます。
直後、魔力が放出される感覚と共に、右目からバチッ! と紫電が走りました。
「何だと!?」
ルクの狼狽する叫び声と共に、私の魔眼によって魔力の流れを乱された魔法陣が次々に消失していきます。
それと同時に、今まで周辺に張り巡らされていた加護を阻害する結界も消滅しました。
「――拳一つ叩き込めれば、それで十分ですわ」
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