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竜帝国編

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「イフリーテ! 貴様火を吹いていたであろう! 今すぐあれをやれ! 死ぬ気でな!」
「俺に指図すんじゃねえクソアルフレイム! 大体テメエがこっちに吹っ飛んでこなけりゃ俺はあのクソ竜を不意打ちでブチ殺せたんだ!」

 アルフレイム様とイフリーテ様が上空から近づいてくる炎を前に言い争いを始めます。
 その頭上でいつの間にか飛竜の姿となっていたヘカーテ様が、怒鳴り声を上げました。

「戯け共が! 良いからさっさと火を放て! 死にたいのか!」

 そう言うなりヘカーテ様が勢い良く炎を吐き出します。
 ヘカーテ様の叱咤にイフリーテ様は舌打ちをすると、鱗を纏い翼を生やして竜人化しました。

「勘違いすんじゃねえぞ! テメエらに手を貸すわけじゃねえ! 自分の身を守るためだ! オオオッ!」

 大きく口を開いたイフリーテ様が炎を吐き出します。
 二人が全力で火を放つ中、アルフレイム様は空を見上げて不敵な笑みを浮かべました。

「父上よ。私は親不孝者だな。貴方の仇を前に、憎しみより強者と戦える喜びの方が勝ってしまっている」

 アルフレイム様が全身に炎を纏いながら、仁王立ちで両手の平を空へと突き出します。
 
「だが父上なら分かってくれるだろう? そんな生き方を私に教えたのは、他ならぬ貴方なのだからな!」

 アルフレイム様の手の平から紅蓮の炎が放たれます。
 それはヘカーテ様とイフリーテ様の炎を食らい炎の竜巻となって、上空から襲い来るルクの炎にぶつかりました。
 三人の最大火力の攻撃はここがもし戦場であれば、一軍を壊滅させる程の破壊力を持っていたでしょう。
 ですが――

「無理だ……こんな巨大な炎、とてもではないが人間の手に負えるものではない……」

 レオお兄様が放心した声でつぶやきました。
 お三方は炎をぶつけることでルクの炎を相殺したかったのでしょう。
 ですが空一面を覆いつくすルクの紫紺の炎は、三人が放った炎の竜巻を何事もなかったかのように飲み込んでしまいました。

「――全員私の後ろに下がれ。あれは普通の魔法や加護では止められん」

 そう言ってジュリアス様が前に出ます。
 肩をすくめたジュリアス様はため息をつくと、覚悟を決めた低い声で言いました。

「まだ温存しておきたかったが仕方あるまい」

 目を閉じたジュリアス様が両手を胸の前で握ります。
 まるで聖女が神に祈りを捧げるかのように。

「……この世界の誰よりも神頼みを嫌いそうな貴方がその力を使うなんて。ディアナ様が見たらさぞかしご立腹されるでしょうね」

 ジュリアス様の全身から緑色の透き通るオーラが立ち昇ります。
 それは神に一生を捧げた聖職者にしか纏えない、神聖なる力の発露に他なりませんでした。

「それにしても加護を使えない領域内で平然とその力を発動させるなんて。本当になんでもありですわね、創造神オリジンの加護は」

 ジュリアス様が持つ創造神オリジンの加護〝英雄譚ヒロイズム〟によって再現されたその力は、あらゆる邪悪なる物を退ける絶対防御の盾。
 時空神クロノワの手により護国の聖女ディアナに授けられたその加護の名は――

「――〝聖女守護結界〟」

 ジュリアス様のつぶやきと共に、透き通る緑色のオーラが私達全員を包み込むように半球状に広がります。
 それは私達の頭上五メートル程まで範囲を広げると、降り注いできた紫紺の炎と衝突しました。
 その瞬間、純白の閃光が辺りを満たし、結界にビシッ! と大きなヒビが入ります。

「全員衝撃に備えろ!」

 前方からレオお兄様の叫び声が聞こえた直後。
 ひび割れた結界の隙間から半球に広がったオーラの内側に向かって、凄まじい勢いで風が吹き込んで来ました。

「身体強化……っ!」

 咄嗟に加護で身を守ろうとするも、ヘカーテ様の術の範囲から外れたせいでしょう。
 身体強化は発動せず、私は地面に身体を打ち付けながら後方に転がるように吹き飛ばされます。

「……っ」

 その最中、横転する私の視界の端に一瞬、結界が砕け散っていく様が見えました。
 降り注いでいた炎が見えなくなっていたところから察するに、ルクの吐息ブレスはなんとか防ぎきったようです。

「……生き残れただけ運が良かったですわね」

 うつ伏せの状態から身を起こします。
 舞い上がった土煙で不明瞭な視界の中、周囲を見渡すと、周辺百メートル程の地面が黒く焼け焦げて完全に更地になっていました。
 人気のない皇宮の端に私達がいたから良かったものの、もう少し中心部にいたら建物にも人にも甚大な被害が出ていたことでしょう。

「……これは一体何が起こったのだ?」
「うおお!? 意識が無くなってる間に周りがめちゃめちゃだぞ!?」

 私の傍に倒れていたジェイク様とランディ様が困惑した顔で起き上がりました。
 どうやら催眠は無事解けたようですわね。
 同士討ちの心配がなくなって一安心です。

「皆様、ご無事ですか?」

 声をかけると周囲からうめき声と共に、土煙の中で皆様が起き上がる気配を感じました。
 吹き飛ばされた時に意識がなかったナナカとレックスの声が聞こえないのが気にかかりますが――

「……妾の結界で守った故、ナナカとレックスも無事じゃ」

 背後から覇気のないヘカーテ様の声が聞こえました。
 振り返ると顔に汗を浮かべ疲労困憊の表情をしたヘカーテ様と、その足元には気絶したナナカとレックスの姿があります。
 二人を救って頂いた感謝の気持ちは後ほど述べるとして、今はそれよりも優先しなければいけないことがありました。

「……もう二度とあの炎を撃たせるわけにはいきませんね」

 空を見上げます。
 薄らいできた土煙の向こうに悠然とこちらを見下ろしているルクの姿が見えました。
 ジュリアス様の加護は強力ですが消耗が激しいため、もう一度先程の攻撃に耐える結界を張るのは難しいでしょう。

「その前にあのクソトカゲをブチのめさなければいけませんが――」

 その時、私の前方で桃色の光が溢れ、漂っていた土煙が吹き飛ばされます。
 光の源にはジュリアス様とレオお兄様が、私に背を向けて立っていました。

「あの光はまさか、テレネッツァさんが神器の槍から放っていたパルミア様の――」

 ジュリアス様が左手の手のひらを上空にいるルクに向かって突き出します。
 その手には凄まじい魔力を放つ桃色の光が溢れていました。

「――愛の光よ、降り注げ」
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