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竜帝国編
3-63
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直後、私達の眼前に大量の紫紺の羽根が舞い降りてきました。
見間違いようもありません。
色こそ違いますがこれは間違いなく、かつて私達が何度も手こずらされたテレネッツァさんの魅了の加護そのものです。
「いけません。皆様、すぐにこの羽根の範囲から逃げて――」
「ジェイク!? どうしちゃったんだよお!?」
不意に背後から鉄がぶつかる鈍い音とノアさんの悲鳴が聞こえてきました。
振り返るとジェイク様が虚ろな目でノア様と槍をぶつけ合っています。
さらにその横ではランディ様とジン様が槍を突き付けあって互いを牽制していました。
「これが魅了の力……面倒な」
舌打ちをしながらランディ様と槍をぶつけ合うジン様。
同士討ちをさせられている四騎士の方々を止めるには、大元を立つ以外ありません。
とあらば、この中で最速で殴りにいける私の出番でしょう。
「クロノワの加護、身体――」
加護によって身体を強化しようとしたその時。
ルクの身体から透き通るような紫紺のオーラが放たれ、一瞬にして周囲に広がりました。
それと同時に、発動しかけていた加護の力が消滅します。
「……やられましたわね」
詰所の時も使われた加護が使えなくなる結界ですか。
しかも以前とはその範囲は段違いで、おそらくはこの皇宮すべてを覆う程に広がっています。
それを見たヘカーテ様は、悔しさの滲む表情でつぶやきました。
「……魔力の差があまりに大きすぎる」
その言葉に対してルクは私達を見下すような蔑みの表情で口を開きました。
「神代から生きる竜にとって人間が扱う児戯の如き魔法や加護の力など、魔力を込めて想像するだけで容易に再現ができる。愚かな猿共でもそろそろ理解できたか? 生物としての格が違うのだということが」
バキッ! と音がしてルクを縛っていた漆黒の鎖が数本砕け散ります。
「ぐっ……!」
苦悶の声をあげるヘカーテ様。
それと同時にヘカーテ様の突き出していた腕に爪で引き裂かれたかのような裂傷が走り、血が噴き出しました。
拘束している術式の一部を強引に引きはがされたため、制御していた魔力がガラスのように砕け散って自身に返ってきたのでしょう。
このままでは拘束が完全に解けるのも時間の問題です。
「――いくら魔力がすごくてもここまで近づかれたら関係ないだろ!」
不意にナナカの叫び声がルクの背後から聞こえてきました。
視線を向けるとルクの影からナナカとレックスが飛び出してきます。
獣人族の得意とする影潜りの術……確かにあの技なら迎撃されることなく至近距離まで接近できます。
ですが――
「いけません、二人共。離れなさい……!」
咄嗟に大きな声で制止をかけます。
しかしレックスは興奮しているせいか私の声も聞かず、爪を鋭く伸ばしてルクに飛び掛かりました。
「みんなの仇だ! 引き裂かれろッ!」
その瞬間、ルクの口端が吊り上がり邪悪な笑みを形作ります。
もし先ほどの見えない攻撃が二人に振るわれたら、加護が使えない今の私では止めようがありません。
「猿に与するならば竜とて容赦はしない――死ね」
ルクがそうつぶやいた途端、バキンッ! と音を立てて、腰当たりを縛っていた一本の鎖が弾け飛びます。
もう間に合わない……!
そう思いながらも駆け出した私の横を、矢のような速さで誰かが追い抜いて行きました。
加護も無しに素の身体能力であれ程の動きができる方は私達の中では一人しかいません――シグルド様です。
「はあああ!」
裂帛の掛け声と共にルクに肉薄したシグルド様が、大上段に構えた剣を振り下ろします。
その直後、ルクがわずかにみじろぎをしたかと思えば、打撃音がほぼ隙間なく連続してバキバキバキ! と響き渡りました。
刀身の半ばで折れたシグルド様の剣が宙を舞い、それと同時にルクに襲いかかった三人は声も無く地面を跳ねながら吹き飛ばされます。
「シグルド様……っ」
こちらに跳んできたシグルド様を背後から抱き止めます。
「ぐっ……」
苦痛にうめくシグルド様を地面に降ろして負傷した部位を確認します。
何かによって殴打された胸元は、服が破けて肌は紫色に腫れあがり血が滲んでおりました。
確実に幾本も骨が折れています。
内臓に刺さっていたら致命傷になりかねません。
「今すぐに治癒の魔法を――」
「スカ―レット様」
私の言葉を遮って、苦痛に歪む顔でシグルド様がつぶやきます。
「……見えましたか?」
その言葉に私はシグルド様がわざわざ正面から声を上げながら、大振りな攻撃をした意図を悟りました。
二人を救うための行動にしても、もっと死角から襲いかかるなど他に方法もあったはずなのに、なぜあんなにも分かりやすい突撃をしたのか少し疑問に思っていましたが――
「感謝致します、シグルド様。貴方のおかげであの見えない攻撃の正体が分かりました」
「良かった。貴女の一助になれて、光栄で……」
話している途中でシグルド様が意識を失います。
傷みのあまり気絶したのでしょう。
「……ジュリアス様。レオお兄様。ナナカとレックスが起き上がりません。私が戦っている間に二人を救い出してください」
最低限の治癒を終えたシグルド様をその場に残し、立ち上がります。
ルクに向き直る私にレオお兄様は不安げな顔で言いました。
「それは良いがスカーレット、まさかお前加護の力も無しにあれと一人で戦う気か?」
「はい」
「なっ! そのようなこと、私が許すはずが――」
「レオ」
ジュリアス様がレオお兄様の言葉を遮り、真剣な顔で私の方を向いて口を開きます。
「倒すことは考えなくて良い。時間を稼げ。二人を治療したら我々もすぐに加勢する」
「……くっ」
頷く私にレオお兄様はまだ何か言いたそうな顔をしておりましたが、その時間すら惜しいと思ったのかすぐに私の後ろに引き下がりました。
レオお兄様……いつもながらご心配をお掛けいたしますわね。
「さて、正体は分かりましたが加護なしで果たしてあの攻撃を避けられるでしょうか」
拳を握り込みルクの方に視線を向けます。
彼を縛っていた鎖は最早腕と足を拘束する四本のみ。
すべて砕かれる前に接近しなければ私に勝機はありませんが――
「……あら?」
突然、身体の奥底で喪失していた加護の感覚が再び湧き上がるのを感じました。
もしやと思いへカーテ様の方を見ると、鎖の術の制御を片手のみに変えて、もう片方の手は私に向いています。
「ヤツの加護阻害の力を打ち消した。だが使えるのはあくまで貴様の身体に作用する加護のみだ。外界に影響を及ぼす物は使えない。妾の力ではそれが限界だった」
相当無理をなさっているのでしょう。
苦しそうに食いしばった口元からは血が流れ、お顔には脂汗がびっしりと浮かんでおりました。
「十分ですわ。これであのクソトカゲ野郎の顔面に思い切り拳を叩き込めます」
へカーテ様に返す言葉と共に身体強化の加護を発動。
全身をくまなく強化し足に力を込めます。
「――加速三倍」
地面を足で蹴りだすと、一瞬にしてルクとの距離がゼロになりました。
これでも加速させるのは自分で速度を制御できる範囲に留めてあります。
そうしないと例の見えない攻撃は避けられませんから。
「へえ。黒竜の小娘の仕業か。中々やるじゃないか」
眼前まで迫った私に余裕の言葉を返して笑うルク。
手足を縛られているにも関わらず、この状態からいかにして皆様を攻撃したのか。
その正体は――
「―― 五感加速」
五感を加速して体感速度を低下させます。
ゆっくりと流れる時間の中で、ルクがピクリと身を動かしました。
そして次の瞬間。
シグルド様が剣で受け止めてくれたおかげで正体が判明した、今まで少しも見えなかった超速の攻撃が。
なんとか視認できる速度で私に向かって来ました。
「いまならばはっきりと見えます。その〝尻尾〟による攻撃の軌道が」
二メートル程に伸縮したルクの紫紺の尻尾が、私の腹辺りを両断するように横凪に襲ってきます。
「――部位加速五倍」
片足のみに加速の加護を集中させて前方に飛び上がると、私の足元をゴッ! という風切り音と共に尻尾が通り過ぎていきました。
「まずはその不快な薄ら笑いを歪ませて差し上げましょう――物理的に」
そのままの勢いでルクの顔面の中心に左の膝蹴りを叩き込みます。
グシャッ! と肉が潰れる音と共に膝が人体にめり込んで骨をひしゃげる感覚が走りました。
「――よくやった! 我が花嫁よ!」
着地した私が仰け反っているルクにさらに追撃を加えようとしていると、突如頭上からアルフレイム様の声が轟いてきました。
見上げると槍を両手に掴んだアルフレイム様が、炎を纏いながらこちらに落下してきている最中でした。
「トドメは私に任せたまえ!」
は?
これは私の獲物ですが?
「――どきやがれテメエ! そいつをブチ殺すのは俺だ!」
さらにどういうわけか落下中のアルフレイム様の隣には、同じように落下しながら槍を掴んでいるイフリーテ様のお姿までありました。
アルフレイム様一人ならお肉を横取りする不届き者にはお仕置きも視野に入れていましたが、さすがに二人も同時に捌く余裕はなさそうです。
「……後で覚えておいてくださいませ」
加速しながら後ろに飛びすさります。
その直後、仰け反った状態のルクの胸にアルフレイム様とイフリーテ様の槍の穂先が、上空から凄まじい勢いでドン! と突き刺さりました。
あまりの衝撃に地面は砕け、爆発したかのように粉塵が舞い上がります。
「ふははは! 手ごたえありだ! しかも私の方がイフリーテよりも寸分早かった!」
「ふざけんなクソ野郎! 俺の方がわずかに早かった!」
私の手前で着地したアルフレイム様とイフリーテ様が言い合いを始めました。
仲がおよろしいことで。
まあ、私の獲物を横取りしたことは決して許しませんが。
「なんという緊張感のない連中だ。まだ確実に倒したかも分からぬというのに」
ジュリアス様が呆れた顔で近づいてきます。
「ナナカとレックスの様子はどうでしたか?」
「意識外の速さで攻撃を受けたせいで気絶していただけだ。軽傷で済んでいたのはシグルドが勢いを弱めたおかげだな」
視線を向けるとしゃがみこんだレオお兄様が、地面に横たえた二人に治癒の魔法をかけていました。
とりあえずは無事なようで一安心ですわね。
「で、あれは死んだのか?」
「手ごたえはありました。普通の人間なら私の膝で頭蓋骨が陥没していますし、その後のお二方の追撃は確実に胸の急所を貫いておりましたので致命傷かと思いますが――」
後ろの方を見ると未だに四騎士の方々が互いに槍を打ち合わせております。
魅了の効果が解けていないということは、まだルクは――
「――気を抜く出ない馬鹿者共が!」
背後からヘカーテ様の怒鳴り声が聞こえてきました。
振り返るとヘカーテ様は、ルクの方に向けていた腕をだらりと下げております。
「〝黒鉄の縛鎖〟がすべて砕かれた! 同じ対象には二度と使えぬ術式だ! これでもう二度とヤツを縛ることは出来ぬ!」
あれほどまでに凄まじい魔力の持ち主を拘束しているのでなにかしらの制約があるとは思っておりましたが、やはり一度限りの術式でしたか。
そして、それが砕かれたということは。
「ヤツはまだ生きておる! 覚悟せよ――本当の闘いはこれからじゃ!」
ヘカーテ様の叫び声に応えるように、土煙の中からバキャッ! と鉄が折れる音が聞こえてきました。
直後、空からバキバキにひしゃげた二本の槍が振ってきて地面に転がります。
それを見たアルフレイム様がフン、と鼻を鳴らして言いました。
「しぶといヤツめ。よかろう、次は我が炎を纏いし拳で跡形もなく――」
不意に私達の周囲が一気に暗くなります。
まるで何か大きな物が私達の頭上で日の光を遮っているかのような状況に、何事かと空を見上げると――
「……あれは本当にこの世の生物なのか?」
ジュリアス様が呆然とした様子でつぶやきます。
皇宮の一番高い建物よりもさらに高い上空に、巨大な紫紺の飛竜が浮かんでおりました。
七メートル級の飛竜がまるで赤子に見える程に大きい四十メートルは下らない全長。
まるで血のような色をした巨大な二つの瞳。
それに加えて広げれば空すべてを覆いつくすような巨大な翼を持つその飛竜――ルクは、おもむろに長い首をのけぞらせて天を仰ぎました。
「来るぞ! 全員、生き残ることに全力を尽くせ!」
ヘカーテ様の叫び声と同時に、ルクの首が輝かんばかりの紫色に発光します。
その輝きは頭に運ばれていき口の辺りで止まると、ルクは私達の方を向いて巨大な顎を開きました。
そして次の瞬間。
見渡す視界をすべてを飲み込むような強大な紫紺のブレスが、猛烈な勢いでルクの口から放たれました。
見間違いようもありません。
色こそ違いますがこれは間違いなく、かつて私達が何度も手こずらされたテレネッツァさんの魅了の加護そのものです。
「いけません。皆様、すぐにこの羽根の範囲から逃げて――」
「ジェイク!? どうしちゃったんだよお!?」
不意に背後から鉄がぶつかる鈍い音とノアさんの悲鳴が聞こえてきました。
振り返るとジェイク様が虚ろな目でノア様と槍をぶつけ合っています。
さらにその横ではランディ様とジン様が槍を突き付けあって互いを牽制していました。
「これが魅了の力……面倒な」
舌打ちをしながらランディ様と槍をぶつけ合うジン様。
同士討ちをさせられている四騎士の方々を止めるには、大元を立つ以外ありません。
とあらば、この中で最速で殴りにいける私の出番でしょう。
「クロノワの加護、身体――」
加護によって身体を強化しようとしたその時。
ルクの身体から透き通るような紫紺のオーラが放たれ、一瞬にして周囲に広がりました。
それと同時に、発動しかけていた加護の力が消滅します。
「……やられましたわね」
詰所の時も使われた加護が使えなくなる結界ですか。
しかも以前とはその範囲は段違いで、おそらくはこの皇宮すべてを覆う程に広がっています。
それを見たヘカーテ様は、悔しさの滲む表情でつぶやきました。
「……魔力の差があまりに大きすぎる」
その言葉に対してルクは私達を見下すような蔑みの表情で口を開きました。
「神代から生きる竜にとって人間が扱う児戯の如き魔法や加護の力など、魔力を込めて想像するだけで容易に再現ができる。愚かな猿共でもそろそろ理解できたか? 生物としての格が違うのだということが」
バキッ! と音がしてルクを縛っていた漆黒の鎖が数本砕け散ります。
「ぐっ……!」
苦悶の声をあげるヘカーテ様。
それと同時にヘカーテ様の突き出していた腕に爪で引き裂かれたかのような裂傷が走り、血が噴き出しました。
拘束している術式の一部を強引に引きはがされたため、制御していた魔力がガラスのように砕け散って自身に返ってきたのでしょう。
このままでは拘束が完全に解けるのも時間の問題です。
「――いくら魔力がすごくてもここまで近づかれたら関係ないだろ!」
不意にナナカの叫び声がルクの背後から聞こえてきました。
視線を向けるとルクの影からナナカとレックスが飛び出してきます。
獣人族の得意とする影潜りの術……確かにあの技なら迎撃されることなく至近距離まで接近できます。
ですが――
「いけません、二人共。離れなさい……!」
咄嗟に大きな声で制止をかけます。
しかしレックスは興奮しているせいか私の声も聞かず、爪を鋭く伸ばしてルクに飛び掛かりました。
「みんなの仇だ! 引き裂かれろッ!」
その瞬間、ルクの口端が吊り上がり邪悪な笑みを形作ります。
もし先ほどの見えない攻撃が二人に振るわれたら、加護が使えない今の私では止めようがありません。
「猿に与するならば竜とて容赦はしない――死ね」
ルクがそうつぶやいた途端、バキンッ! と音を立てて、腰当たりを縛っていた一本の鎖が弾け飛びます。
もう間に合わない……!
そう思いながらも駆け出した私の横を、矢のような速さで誰かが追い抜いて行きました。
加護も無しに素の身体能力であれ程の動きができる方は私達の中では一人しかいません――シグルド様です。
「はあああ!」
裂帛の掛け声と共にルクに肉薄したシグルド様が、大上段に構えた剣を振り下ろします。
その直後、ルクがわずかにみじろぎをしたかと思えば、打撃音がほぼ隙間なく連続してバキバキバキ! と響き渡りました。
刀身の半ばで折れたシグルド様の剣が宙を舞い、それと同時にルクに襲いかかった三人は声も無く地面を跳ねながら吹き飛ばされます。
「シグルド様……っ」
こちらに跳んできたシグルド様を背後から抱き止めます。
「ぐっ……」
苦痛にうめくシグルド様を地面に降ろして負傷した部位を確認します。
何かによって殴打された胸元は、服が破けて肌は紫色に腫れあがり血が滲んでおりました。
確実に幾本も骨が折れています。
内臓に刺さっていたら致命傷になりかねません。
「今すぐに治癒の魔法を――」
「スカ―レット様」
私の言葉を遮って、苦痛に歪む顔でシグルド様がつぶやきます。
「……見えましたか?」
その言葉に私はシグルド様がわざわざ正面から声を上げながら、大振りな攻撃をした意図を悟りました。
二人を救うための行動にしても、もっと死角から襲いかかるなど他に方法もあったはずなのに、なぜあんなにも分かりやすい突撃をしたのか少し疑問に思っていましたが――
「感謝致します、シグルド様。貴方のおかげであの見えない攻撃の正体が分かりました」
「良かった。貴女の一助になれて、光栄で……」
話している途中でシグルド様が意識を失います。
傷みのあまり気絶したのでしょう。
「……ジュリアス様。レオお兄様。ナナカとレックスが起き上がりません。私が戦っている間に二人を救い出してください」
最低限の治癒を終えたシグルド様をその場に残し、立ち上がります。
ルクに向き直る私にレオお兄様は不安げな顔で言いました。
「それは良いがスカーレット、まさかお前加護の力も無しにあれと一人で戦う気か?」
「はい」
「なっ! そのようなこと、私が許すはずが――」
「レオ」
ジュリアス様がレオお兄様の言葉を遮り、真剣な顔で私の方を向いて口を開きます。
「倒すことは考えなくて良い。時間を稼げ。二人を治療したら我々もすぐに加勢する」
「……くっ」
頷く私にレオお兄様はまだ何か言いたそうな顔をしておりましたが、その時間すら惜しいと思ったのかすぐに私の後ろに引き下がりました。
レオお兄様……いつもながらご心配をお掛けいたしますわね。
「さて、正体は分かりましたが加護なしで果たしてあの攻撃を避けられるでしょうか」
拳を握り込みルクの方に視線を向けます。
彼を縛っていた鎖は最早腕と足を拘束する四本のみ。
すべて砕かれる前に接近しなければ私に勝機はありませんが――
「……あら?」
突然、身体の奥底で喪失していた加護の感覚が再び湧き上がるのを感じました。
もしやと思いへカーテ様の方を見ると、鎖の術の制御を片手のみに変えて、もう片方の手は私に向いています。
「ヤツの加護阻害の力を打ち消した。だが使えるのはあくまで貴様の身体に作用する加護のみだ。外界に影響を及ぼす物は使えない。妾の力ではそれが限界だった」
相当無理をなさっているのでしょう。
苦しそうに食いしばった口元からは血が流れ、お顔には脂汗がびっしりと浮かんでおりました。
「十分ですわ。これであのクソトカゲ野郎の顔面に思い切り拳を叩き込めます」
へカーテ様に返す言葉と共に身体強化の加護を発動。
全身をくまなく強化し足に力を込めます。
「――加速三倍」
地面を足で蹴りだすと、一瞬にしてルクとの距離がゼロになりました。
これでも加速させるのは自分で速度を制御できる範囲に留めてあります。
そうしないと例の見えない攻撃は避けられませんから。
「へえ。黒竜の小娘の仕業か。中々やるじゃないか」
眼前まで迫った私に余裕の言葉を返して笑うルク。
手足を縛られているにも関わらず、この状態からいかにして皆様を攻撃したのか。
その正体は――
「―― 五感加速」
五感を加速して体感速度を低下させます。
ゆっくりと流れる時間の中で、ルクがピクリと身を動かしました。
そして次の瞬間。
シグルド様が剣で受け止めてくれたおかげで正体が判明した、今まで少しも見えなかった超速の攻撃が。
なんとか視認できる速度で私に向かって来ました。
「いまならばはっきりと見えます。その〝尻尾〟による攻撃の軌道が」
二メートル程に伸縮したルクの紫紺の尻尾が、私の腹辺りを両断するように横凪に襲ってきます。
「――部位加速五倍」
片足のみに加速の加護を集中させて前方に飛び上がると、私の足元をゴッ! という風切り音と共に尻尾が通り過ぎていきました。
「まずはその不快な薄ら笑いを歪ませて差し上げましょう――物理的に」
そのままの勢いでルクの顔面の中心に左の膝蹴りを叩き込みます。
グシャッ! と肉が潰れる音と共に膝が人体にめり込んで骨をひしゃげる感覚が走りました。
「――よくやった! 我が花嫁よ!」
着地した私が仰け反っているルクにさらに追撃を加えようとしていると、突如頭上からアルフレイム様の声が轟いてきました。
見上げると槍を両手に掴んだアルフレイム様が、炎を纏いながらこちらに落下してきている最中でした。
「トドメは私に任せたまえ!」
は?
これは私の獲物ですが?
「――どきやがれテメエ! そいつをブチ殺すのは俺だ!」
さらにどういうわけか落下中のアルフレイム様の隣には、同じように落下しながら槍を掴んでいるイフリーテ様のお姿までありました。
アルフレイム様一人ならお肉を横取りする不届き者にはお仕置きも視野に入れていましたが、さすがに二人も同時に捌く余裕はなさそうです。
「……後で覚えておいてくださいませ」
加速しながら後ろに飛びすさります。
その直後、仰け反った状態のルクの胸にアルフレイム様とイフリーテ様の槍の穂先が、上空から凄まじい勢いでドン! と突き刺さりました。
あまりの衝撃に地面は砕け、爆発したかのように粉塵が舞い上がります。
「ふははは! 手ごたえありだ! しかも私の方がイフリーテよりも寸分早かった!」
「ふざけんなクソ野郎! 俺の方がわずかに早かった!」
私の手前で着地したアルフレイム様とイフリーテ様が言い合いを始めました。
仲がおよろしいことで。
まあ、私の獲物を横取りしたことは決して許しませんが。
「なんという緊張感のない連中だ。まだ確実に倒したかも分からぬというのに」
ジュリアス様が呆れた顔で近づいてきます。
「ナナカとレックスの様子はどうでしたか?」
「意識外の速さで攻撃を受けたせいで気絶していただけだ。軽傷で済んでいたのはシグルドが勢いを弱めたおかげだな」
視線を向けるとしゃがみこんだレオお兄様が、地面に横たえた二人に治癒の魔法をかけていました。
とりあえずは無事なようで一安心ですわね。
「で、あれは死んだのか?」
「手ごたえはありました。普通の人間なら私の膝で頭蓋骨が陥没していますし、その後のお二方の追撃は確実に胸の急所を貫いておりましたので致命傷かと思いますが――」
後ろの方を見ると未だに四騎士の方々が互いに槍を打ち合わせております。
魅了の効果が解けていないということは、まだルクは――
「――気を抜く出ない馬鹿者共が!」
背後からヘカーテ様の怒鳴り声が聞こえてきました。
振り返るとヘカーテ様は、ルクの方に向けていた腕をだらりと下げております。
「〝黒鉄の縛鎖〟がすべて砕かれた! 同じ対象には二度と使えぬ術式だ! これでもう二度とヤツを縛ることは出来ぬ!」
あれほどまでに凄まじい魔力の持ち主を拘束しているのでなにかしらの制約があるとは思っておりましたが、やはり一度限りの術式でしたか。
そして、それが砕かれたということは。
「ヤツはまだ生きておる! 覚悟せよ――本当の闘いはこれからじゃ!」
ヘカーテ様の叫び声に応えるように、土煙の中からバキャッ! と鉄が折れる音が聞こえてきました。
直後、空からバキバキにひしゃげた二本の槍が振ってきて地面に転がります。
それを見たアルフレイム様がフン、と鼻を鳴らして言いました。
「しぶといヤツめ。よかろう、次は我が炎を纏いし拳で跡形もなく――」
不意に私達の周囲が一気に暗くなります。
まるで何か大きな物が私達の頭上で日の光を遮っているかのような状況に、何事かと空を見上げると――
「……あれは本当にこの世の生物なのか?」
ジュリアス様が呆然とした様子でつぶやきます。
皇宮の一番高い建物よりもさらに高い上空に、巨大な紫紺の飛竜が浮かんでおりました。
七メートル級の飛竜がまるで赤子に見える程に大きい四十メートルは下らない全長。
まるで血のような色をした巨大な二つの瞳。
それに加えて広げれば空すべてを覆いつくすような巨大な翼を持つその飛竜――ルクは、おもむろに長い首をのけぞらせて天を仰ぎました。
「来るぞ! 全員、生き残ることに全力を尽くせ!」
ヘカーテ様の叫び声と同時に、ルクの首が輝かんばかりの紫色に発光します。
その輝きは頭に運ばれていき口の辺りで止まると、ルクは私達の方を向いて巨大な顎を開きました。
そして次の瞬間。
見渡す視界をすべてを飲み込むような強大な紫紺のブレスが、猛烈な勢いでルクの口から放たれました。
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