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30話
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項垂れて、落ち込む素振りを見せているジェレドには、ため息が漏れ出てしまう。
なぜ心変わりしたのか理由は分からない。だけど、昨夜の件があってなお、私とロイの間に介入できるとなぜ思えるのだろうか。
今さら、愛し合えるはずもない。もうジェレドに対して、そんな感情は微塵もないのだから。
「おかしゃん……」
抱き上げたロイは、ジェレドが怖いのだろう。私に抱きつきながら、胸に顔をうずめる。
優しく背を撫でながら、私は部屋を後にした。
「待ってくれ。エレツィア……俺は……君とようやく向き合って。一人にしないで……くれ」
か細い声が聞こえるが、当然無視だ。振り返るはずもない。
むしろ今は彼の声を聞けば、背筋が凍る程に嫌悪が沸いてくるのだから。
「ロイ、お外で遊ぼうか。カレン、他にも使用人を呼んできてくれる? 一緒にロイと遊びましょう」
「はい! エレツィア様!」
カレンへ声かけをしつつ、私はロイを安心させるために外で共に遊ぶことにした。
怯えてはいたが、使用人も普段と変わらぬ明るさで接してくれていたおかげか、ロイは笑顔を取り戻していった。
その夜、私は昨夜の件を早速だがドルトン様への抗議。そして姉を通して社交会へ広めてもらう算段を立てていた時だった。
「エレツィア。待ってくれ、話を聞いてくれ」
廊下を歩いていれば、ジェレドが私へと語りかける。そっと手招かれても、近づく事はなく立ち止まりもせずに素通りしていくと。彼は私の前に立ちはだかって頭を下げた。
「すまない。君に嫌われていることは、俺が一番よく知っている。昨日の件も、やり過ぎたと猛省している」
「反省など必要ありません、目の前から消えてください」
完全な拒否を言葉にして、私は再び歩いていく。
すると、彼は絞り出すような声を挙げた。
「再婚を約束したエリスに……もう会いたくないと拒絶された」
どうしてジェレドが私に言い寄ってきたのか。考えていた候補の一つが当たっていたようだ。
おかげで然程の驚きもなく、ため息だけが溢れた。
「それで……今度は私で性欲を解消したいのですか?」
「違う。昨夜は本当に……感情的に動いてしまったんだ。本当に反省している。許してもらえるとも思っていない、許されない事をしたとも分かっている。だけど、君ともう一度愛し合う関係に戻るチャンスをくれないか?」
「嫌です。この身を力づくで犯そうとした相手を、どうして愛せましょうか? そもそも、貴方を心から愛した事はありません」
「……なら。俺は離縁した際にはロイの身辺事情を全て明かす」
「っ! なにを」
「あの子には、父が必要だ。離縁すればロイは片親となるが。加えて複雑な身の上を知られれば貴族社会で後ろ指を刺される人生を送る事になるだろう」
この男は……私が思うより、ずっとずっと。最低だ。
ロイは否応なく、貴族社会に身を置くしかない。
たとえ私が引き取ろうとも、フローレンス家の血が流れながら別家に身を置く存在となる。
加えて、愛人との間に産まれた子と明かされれば周囲が付け込まぬはずがない。ロイの存在が、両家の穴になり得るのだから。
「脅すようで悪いが。もし……君が離縁解消を受け入れてくれたなら。ロイは嘲笑を受ける心配はなくなる」
「……貴方は、つくづく最低だわ。心の底から嫌悪します」
「分かってくれ。愛し合う関係に戻る事は……俺と君のためであり、ロイのためにもなるんだ。良い返事を待ってる」
言葉を残し去っていくジェレドの背を見ながら、答えが出ぬ考えが思考を埋め尽くす。
ロイが嘲笑に苦しむのか、私が感情を押し殺し苦しむか。
その選択権を……私は握らされたのだ。
なぜ心変わりしたのか理由は分からない。だけど、昨夜の件があってなお、私とロイの間に介入できるとなぜ思えるのだろうか。
今さら、愛し合えるはずもない。もうジェレドに対して、そんな感情は微塵もないのだから。
「おかしゃん……」
抱き上げたロイは、ジェレドが怖いのだろう。私に抱きつきながら、胸に顔をうずめる。
優しく背を撫でながら、私は部屋を後にした。
「待ってくれ。エレツィア……俺は……君とようやく向き合って。一人にしないで……くれ」
か細い声が聞こえるが、当然無視だ。振り返るはずもない。
むしろ今は彼の声を聞けば、背筋が凍る程に嫌悪が沸いてくるのだから。
「ロイ、お外で遊ぼうか。カレン、他にも使用人を呼んできてくれる? 一緒にロイと遊びましょう」
「はい! エレツィア様!」
カレンへ声かけをしつつ、私はロイを安心させるために外で共に遊ぶことにした。
怯えてはいたが、使用人も普段と変わらぬ明るさで接してくれていたおかげか、ロイは笑顔を取り戻していった。
その夜、私は昨夜の件を早速だがドルトン様への抗議。そして姉を通して社交会へ広めてもらう算段を立てていた時だった。
「エレツィア。待ってくれ、話を聞いてくれ」
廊下を歩いていれば、ジェレドが私へと語りかける。そっと手招かれても、近づく事はなく立ち止まりもせずに素通りしていくと。彼は私の前に立ちはだかって頭を下げた。
「すまない。君に嫌われていることは、俺が一番よく知っている。昨日の件も、やり過ぎたと猛省している」
「反省など必要ありません、目の前から消えてください」
完全な拒否を言葉にして、私は再び歩いていく。
すると、彼は絞り出すような声を挙げた。
「再婚を約束したエリスに……もう会いたくないと拒絶された」
どうしてジェレドが私に言い寄ってきたのか。考えていた候補の一つが当たっていたようだ。
おかげで然程の驚きもなく、ため息だけが溢れた。
「それで……今度は私で性欲を解消したいのですか?」
「違う。昨夜は本当に……感情的に動いてしまったんだ。本当に反省している。許してもらえるとも思っていない、許されない事をしたとも分かっている。だけど、君ともう一度愛し合う関係に戻るチャンスをくれないか?」
「嫌です。この身を力づくで犯そうとした相手を、どうして愛せましょうか? そもそも、貴方を心から愛した事はありません」
「……なら。俺は離縁した際にはロイの身辺事情を全て明かす」
「っ! なにを」
「あの子には、父が必要だ。離縁すればロイは片親となるが。加えて複雑な身の上を知られれば貴族社会で後ろ指を刺される人生を送る事になるだろう」
この男は……私が思うより、ずっとずっと。最低だ。
ロイは否応なく、貴族社会に身を置くしかない。
たとえ私が引き取ろうとも、フローレンス家の血が流れながら別家に身を置く存在となる。
加えて、愛人との間に産まれた子と明かされれば周囲が付け込まぬはずがない。ロイの存在が、両家の穴になり得るのだから。
「脅すようで悪いが。もし……君が離縁解消を受け入れてくれたなら。ロイは嘲笑を受ける心配はなくなる」
「……貴方は、つくづく最低だわ。心の底から嫌悪します」
「分かってくれ。愛し合う関係に戻る事は……俺と君のためであり、ロイのためにもなるんだ。良い返事を待ってる」
言葉を残し去っていくジェレドの背を見ながら、答えが出ぬ考えが思考を埋め尽くす。
ロイが嘲笑に苦しむのか、私が感情を押し殺し苦しむか。
その選択権を……私は握らされたのだ。
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