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12章 誓い

4話 ディオールにて

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 そんなわけで、翌週末わたしはグレンさんと共にディオールに。
 
 彼が住んでいたのはディオールの最北端イルムガルト辺境伯領の、カンタールという街。
 改めて地図を見てみたら本当に遠い。一体何百キロ離れているんだろう……?
 
 でも彼が言うには、ギルドで転移魔法専門の術師さんに送ってもらえばすぐらしい。
 ポルト市街からロレーヌの王都、そこからディオールの王都へ。
 そしてさらに、ディオール王都からカンタール市街へ……そんな感じで転移を繰り返していたら、本当にあっという間に着いた。
 確か9時に出発したはずなのに、お昼前に着いちゃった。すごいな、転移魔法。
 
 冒険者ギルドを出ると、ロレーヌと全く様相のちがう街並みが現れる。
 ディオール最北端の街、カンタール。いくつかの塔を含む城壁に囲まれた、石造りの建物が並ぶ街。
 
「うわぁ~、すごい! ここがディオールなんです、ね……」
 
 興奮ぎみに後ろにいるグレンさんを振り向くと、とんでもない不機嫌顔。
 ……と言っても、目深まぶかにかぶった灰色の中折れ帽子と、コートの襟と口元まで覆った赤マフラーのせいで目元しか見えないけど……。
 
「……どうしたんですか」
「なんでもない」
「ありまくるじゃないですか。なんでそんな顔隠してるんですか? コートの襟立てすぎじゃないですか?」
「……」
 
 彼は騎士を急に辞めて逃げ出したという話だ。
 街では彼を見知っている人間もいるから見つかりたくないんだろうとは思うけど……。
 
「あのー、隠れてコソコソしてる方が逆に不審で見つかりやすいと思うんですが……」
 
 ため息つきながらそう言うと、彼は不服そうに目を細める。
 そんなすねるような顔するんだ……なんだか子供みたいだ。
 
「もー! 堂々と歩きましょうよー。ねえねえ、手つなぎましょ。つなぎたい人~っ?」
「…………」
 
 ちょっと頬をふくらませながら、グレンさんがわたしの手を取る。
 わたしが「話しながら歩きたいです」と言うと、帽子を浅くかぶり直して立てていた襟を折り曲げ、マフラーも巻き直してちゃんと顔を見せてくれた。
 
「えへへ……」
「……ん?」
「2人でこうやって街を歩くの、久しぶりだなぁって」
「……そうだな」
 
 カンタール市街に着いてずっと渋い顔をしていた彼がやっと少し笑ってくれて、つられてわたしももっと笑顔になる。
 デートじゃないんだけど、やっぱり2人で歩けるのは嬉しい。
 
 
 ◇
 
 
「この街って、意外とそんなに寒くないんですね~。北の方っていうからとにかく寒いんだと思ってました」
「ああ、それは……」
 
 道すがら、彼がこの街について説明をしてくれる。
 綺麗に舗装された石畳の道は数百年前からのもの。
 街の所々には赤い魔石でできた柱が建っている。近づいてみるとほんのり温かい。
 彼の話によると、これは冷気に反応して微弱な熱を放つ魔石だそうで、街の家もこの石を使って作られているという。
 そんなわけでこの街の建物は断熱性能に優れていて、冬でも温かい。
 彼にとってはむしろ、ロレーヌの方が寒さへの備えがないためよっぽど寒いんだとか。
 
「そうなんですか、意外……。じゃあ、雪が積もってないのもそれでですか? もっと豪雪地帯かと思ってたんですけど」
「ああ……火の結界張ってるから」
「結界??」
「……ほら、向こうの方に塔が見えるだろ。あれがあと4本建ってて、中の台座に据え付けている魔石に炎術師えんじゅつしが魔力を込める。そうすると火の結界が街を覆って……雪は雨になるから積もらない」
「へぇぇ~、すごい! ディオールは剣技の国って聞いたけど、魔法もすごく発展してるんですね」
「そうだな。……元は魔法大国だったノルデンから取り入れた技術らしいが」
「ノルデンから……すごい技術ですね」
「まあ、さすがにこんなのは都市部だけだけどな」
 
 わたしの生活圏には全くない技術と文化。
 ほとんど一瞬で来たから錯覚してしまうところだったけど、わたし遠い外国に来たんだな……。
 
「……今日は曇っているから分からないが、日が射すと結界が色んな色に光って綺麗なんだ」
「見たかったなぁ……」
「……ここに来た頃はそれが珍しくて、ずっと空を見上げながら歩いてよく壁にぶつかった」
「わぁ……ふふふ。グレンさんってけっこううっかりですよね」
「まあ……そうだな」
 
 そう言って彼は少し照れくさそうに笑った。
 さっきのすねたような顔といい、そういう表情もするんだなぁと胸が高鳴る。
 
「……昔のグレンさんって、どんな感じでした? ここに来た頃とか」
「基本的に今とあまり変わらないな。……昔はもっと不自由で、色々憎んでいたが」
「…………」
「武器屋で捕まらなければ、誰との出会いもなければ……何がどうなっていたか、分からない。紋章の力を使って殺戮に走っていたかもしれない。……全員敵だと思っていた」
「グレンさん……。でもでも、出会いがあったんですもんね。親方さんとか、おかみさんとか」
「……そうだな」
 
 2人の話を振ると、彼の表情が少し柔らかくなる。
 
「親方さん達ってどういう人ですか?」
「どういう……? うん……」
「ん?」
「2人とも寡黙な人だからな……あまり世間話もしないし、人となりは正直あまり」
「えー、あの回想の中ではけっこう話しているように思えましたけど」
「それはきっと、店の仕事と剣術の訓練の話じゃないか? あの2人も俺も、食事中に仲良く楽しく話したりとかする間柄じゃないから」
 
 歩きながら、彼がポツポツと2人のことを語る。
 
 親方は大きくて強くて怖い。人の好き嫌いが激しいから、せっかく腕がいいのに客があまりつかない。
 寡黙で何を考えているのか分からないけれど、曲がったことや理不尽が嫌いで、意味なく怒鳴ったり殴ったりはしない人。
 おかみさんも親方と同じく人当たりはよくないものの、ノルデン人であるグレンさんを差別したり蔑んだりすることなく衣食住の世話をしてくれた。
 
 親方夫婦には息子さんがいたけれど、水難事故で亡くなってしまったそうだ。生きていれば、グレンさんと同い年。
 だからなのか、グレンさんを店に置いていることを「カラスを息子の代わりにするのか」なんて揶揄やゆしてくる心ない人が後を絶たなかったらしい。
 夫婦の会話に出てくることはなかったけれど、息子さんの命日は店を休んでお墓参りに行っているそうだ。
 その間、グレンさんは1人で留守番を……。
 最初に「ついてくるか」と聞かれたことがあったけど、それを断ってからは誘われることはなくなったらしい。
 
「どうして……」
「親方とおかみさんとその子供、3人の時間と空間だと思ったから。……余計な者がいない方が、2人も息子さんの話をしやすいだろうし」
「……そんな」
 
 そんなことを考えながら親方夫婦が帰ってくるのを1人で待っていた彼を想像すると、胸が締め付けられる。
 彼にとって親方夫婦の子供はその息子さんだけで、自分は『余計な者』。
 
 血のつながりはないかもしれないけれど、彼から聞いた話……それに彼の回想の中でも、親方夫婦は言葉は少なくとも彼を大切に思っているように見えた。
 だけど彼は何も言わずに2人の前から姿を消してしまった。
 余計な者が、彼らの顔に泥を塗ったから……。
 
「…………」
 
 ――『すまない、俺は喋るのがうまくない』――。
 
 いつか彼が、そう言っていた。
 喋るのがうまくない――それは、親方夫婦がそうだったからなのかもしれない。
 
 言葉は少ないけれど、大切に思っている。
 ……言葉が少ないから、大切に思っていることは伝わらない。
 
「大切だ」と言われたことがない彼には、不器用な親方夫婦の内に秘めた気持ちは到底読み取れるものではなかった。
 そして彼もまた、親方夫婦に言葉で想いを伝えることはしなかった。親方夫婦がそうだったから、自然と彼もそうなってしまったんだ。
 血のつながりはないけれど、紛れもなく3人は親子だ。
 
 ――どうしてだろう。
 きっとお互い大事に思っているのに何も伝わらず、すれ違って……。
 悲しいな。どうやったら、うまくいくんだろう?
 
 
 ◇
 
 
「……本日は、お日柄も、よく……」
「曇ってます」
「…………」
「グレンさん……もうあの、30分くらい経ってますよぉ。っていうかすっごく目立ってますよ」
 
 街のとある一角に来たところで、グレンさんは座り込んで動かなくなってしまった。
 また帽子を目深にかぶってコートの襟を立ててマフラーをぐるぐるに巻いて、膝を抱えて目を細めて……身長185くらいもある体格いい男の人がそうしているのははっきり言って異様だ。完全に不審者だ。
 同じく座り込んで彼に声をかけているわたしとともに悪目立ちしまくり……道行く人がチラッとこちらを見てすぐに目をそらし、見なかったことにしながら去って行く。
 
(恥ずかしい……!)
 
「ねーねーグレンさーん。覚悟決めて早く行きましょうよぉ」
「…………ダメだ」
「えっ」
「帰る」
「えーっ」
「今日は曇っている、不吉だ。日を改めてもっと、よき日に……」
「えーっ、ここまで来て~~? ダッサー」
「だ、ダサい……!?」
「あっ、ごめんなさい。つい本音が」
「ほ、本音……待ってくれ……さすがに『ダサい』は傷つく……」
「だってどうひいき目に見ても今のグレンさんダサいんだ、もん……?」
 
 ふと、背後に何かの気配を感じた。
 振り向いてみると、大きな壁のような物体が……空は曇っているのに、逆光に照らされたかのように黒くて正体不明なそれに、わたしは思わず「ぎゃー」という声を上げながら後ろにひっくり返ってしまう。
 すぐそばにいるグレンさんがそんなわたしを支えようとするも、座り込んだままの体勢では支えきれなかったようで巻き添えを食らって一緒に倒れてしまった。
 わたしは彼の膝の上に上半身が倒れ込む格好になってしまう。
 
「ひぃ……ご、ごめんなさい」
「っ……なんだ、どうしたんだ急に……」
「あああ、あのあの、熊っ! 熊が!」
「熊? 熊なんかいるわけ……な……」
 
 言いながら彼はわたしの指さす先に目をやり、そのまま固まってしまう。
 どうしたのだろうとわたしも振り向いてみると、当たり前だけどそこにいたのは熊ではなかった。
 立っていたのは赤茶色の髪の、大柄な中年の男性。その少し後ろには、緑色の髪の痩せた長身の女性――。
 
(親方、おかみさん……)
 
 ――彼の回想で見たのよりも年齢を重ねているけど、間違いない。わたしの両親よりいくつか年上に見える。
 2人もまた、グレンさんの姿を見て目を見開いて立ち尽くしている。
 全員何も言葉を発さず時間が止まったように動かないままだったけれど、少ししてからグレンさんが立ち上がり、それからわたしの手を取り立たせてくれる。
 そのあと彼はコートやマフラーを元に戻し、帽子を取って深呼吸をしてから一言「ただいま」と呟いた――自信のなさそうな、小さな声だった。
 
 そこでちょうど、近くの教会から正午を告げる鐘の音が街に響き、地面を歩いていた鳥が一斉に飛び立った。
 止まっていた家族の時間が、動く……。
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