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【第2部】7章 風と鳥の図書館

9話 心残り

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「あ、おはよーレイチェルお姉ちゃん」
「おはよう、フランツ。ベルも」
「おはよ。……でも、さすがに遅くない? もうお昼よ」
「あ、はは……うん」
 
 グレンさんとカイルは魔物退治に行った。
 わたしは二度寝宣言を大声でしたあとグレンさんの言葉を思い出してひとしきり悶えに悶え、『こんなの眠れるわけないよ~~』と思いつつ結局お昼の12時までしっかり寝てしまった。
 そして起きて食堂に来たらベル、ルカ、フランツの誰もいなかったので探し歩いて、訓練場に辿り着いたのだった。
 
「レイチェルは、朝早かった。……二度寝をしたの」
「ちょ、ルカ……バラさないで」
「二度寝って何?」
「えーと、起きたけどまたすぐに寝ちゃうこと……よね?」
「う、うん……えへへ」
 ルカに二度寝の事実をバラされ、ベルには二度寝の定義を説明されて恥ずかしいったら……。
「起きてすぐに寝ても何も言われないの? 朝食は食べないの? 用意されてるでしょ」
 曇りのない目でフランツが質問攻めにしてくる。や、やめて。
「う……あの、うちは朝食は各自で作るスタイルでして……そしてわたしは起きるのいつも遅いから休みの日に朝食はほとんど食べてなくて……」

 さらにフランツの前で自分のだらしなさを説明するハメになるなんて恥の上塗り……。
 
「そっかあ。おれ、朝はメイドが起こしに来てくれてたからそういうの分かんなくて」
「メ、メイド」
「そうねえ、あたしもよ。冒険者についていく時とか一人で起きられるか不安だったわ~」

 そうだ。二人共くだけた話し方するし親しみやすいからついつい忘れがちだけど、フランツもベルもやんごとなきお家の人。
 こういうちょっとした所で育ちの違いを感じるなぁ……ああ恥ずかしい。
 
「……ところで、みんなここで何してるの?」
「うん。魔法の勉強なんだー」
「魔法? フランツは魔法が使えるんだ」
「資質を調べてもらっただけで、まだ魔法自体は使えないんだ。だから、魔力の練り方とか教えてもらうの。ほらこれ! ジャーン!」

 フランツはキラキラの目で、腕にはめた赤い魔石のブレスレットをヒーローのようなポーズで見せてくる。

「赤い魔石ってことは”火”だね。フランツは火の魔法の資質があるってことかな?」
「そーだよ、アニキとおそろい! でもアニキは魔法教えてくれないんだよねー」
「あらら、そうなんだ」
「『子供はそんなこと覚えなくていい、どうしても使えるようになりたいならルカかベルナデッタに頼め』ってさー」
「ふうん……」

『子供はそんなこと覚えなくていい』か――その割には、鍵の開け方っていうか泥棒のテクを乗り気で教えようとしてたけど……。
 
「……グレンは、魔法が下手。だから人に教えるのは無理」
「ええっ」

 唐突に、ルカの辛辣な一言。
 最初の頃と違って、ルカはなんだかグレンさんを雑に扱うようになったような。……は、反抗期かな?

「うーん、確かに……隊長って魔法はあまりお得意じゃないみたいよね。あそこのオーブに魔法当てられないし」

 ベルが言うオーブというのは、魔法の練習用のもの。
 魔力を吸収する魔石が台座の上にプカプカ浮かんでいて、そこに魔法を撃つ。魔石は確か風の魔石と影の魔石の複合のものだったような……。

「あたし、紋章があるってことはすごい大魔法使いの資質があるのかと思ってたけど、隊長を見る限りそうじゃないっぽいわよね」
「アニキはさ、オーブは生きてないから当てにくいって言ってたよ」
「生きてないから当てにくい? 生き物なら当てられるってことかな……」
「グレンは魔力の練り上げも集中もなっていない。だから当てられない」
「き、厳しいね、ルカ……」

 ルカにとって魔法が下手なことはガッカリポイントなんだろうか、ほんとにすごく厳しい……。
 
「ジャミルの方がよっぽど上手。魔法の使い方を知っている」
「ジャミル? 魔法って、あの小鳥のことだよね」
「そう。あの鳥――ウィルを介して上手に魔法を使っている。短期間で自分の物にして……魔法使いと言ってもいい」
「確かに、本棚と本棚の間から急に出てきたって話だしね……」
「ジャミル君、あの子は荷物運びや自転車にして使うって言ってたけど違うのかしら……?」
「どうだろ、使い方を模索してるらしいってグレンさんが言ってたよ」
「そう……危ないこと、しなければいいけど……」
「だね……」
 
 ――そう言いながらわたしはよそ事を考えてしまっていた。
 ルカやベルにグレンさん、フランツも魔法が使える。
 ジャミルもなんだか魔法に近いことができるって話だし……カイルは魔法使えないけど竜騎士だし、剣と、他に槍が使えるらしいし。
 なんだかわたしだけがその辺の一般人って感じだな……。
 
(『無能力者』かぁ……)
 
 あの魔術学院の男子生徒の言葉を思い出してしまう。
 魔法なんか使えなくてもいい――そう言えば嘘になるけど、別にそんなの気にしたことなかったのに。
 できる人に囲まれると、なんだか自分が何もできない人の気分がしてくる。
 魔法が使えない分みんなの心の支えになるような事が言えるかと言えばそうでもないし。
 
 無能力者――きっと魔法が使えない人間を蔑んで言う言葉。腹が立ったから発しただけの言葉。
『忘れろ、そんなもの。馬鹿馬鹿しい』――。
 グレンさんの言葉の通り、こんなのさっさと忘れるべきだ。
 だけど今確実に、指先に刺さった小さいトゲのように心の中に残って取り払えないでいる……。
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