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【第2部】7章 風と鳥の図書館

10話 紋章使いの青年

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「ちわ――、カツ丼お待ちー」
 
 図書館の仕事中。
 正午、目の前に出現した紫色の扉が開いてジャミルが出てきた。
 手にはトレーを持って……その上にカツ丼が3つ乗っている。

(3つ。……!)

 特殊な気配を感じる。
 何か頭にズンと響くような……ルカや館長に出会ったときと同じ。これは紋章の気配だ――ジャミルの友達の紋章使いという奴だろう。
 
「ジャ、ジャミル……せめてもうちょっと外からお邪魔したほうが……急にこんなのから出てきたらみんなびっくりするんじゃない?」

 ジャミルが出てきてからすぐにもう一人、青年が出てきた。
 全くだ。もっと言ってやって欲しい。
 客はほとんどいない、館長もおそらくこの扉を見たって驚きはしないだろう。
 だからといってこんな出現の仕方があるか。
 
「初めまして。……すみません、こんな入り方をして……僕はジャミル君の友人で、アルノー・ワイアットといいます」
「ああ……俺は、グレン・マクロードだ、よろしく」

 気弱そうな青年。紫の髪に緑の眼――ディオール人だ。
 魔術学院に行っていたというが今は辞めているなら、レイチェルに無礼を働いたのはこいつではないだろう。
 左手に皮の手袋をはめている。おそらく紋章がそちら側にあるためだ。

「今日はよろしくお願いします。色々お話を聞かせてください」
「ああ……よろしく」

 アルノーは忙しなく目線を動かしている。
 紋章――いや、俺の持つ意味不明のプレッシャーに気圧けおされているのかもしれない。
 まあ黙ってると怖いとかよく言われるから単純に怖いだけかもしれないが……。
 
 
 ◇
 
 
「ごちそうさま。すごくおいしかった」
「だろ~?」
「ああ。うまかった」

 図書館のテラスでカツ丼をおいしくいただいた。
 今日も食の神のカツ丼は絶品だった。分厚いカツから出る肉汁、とろとろの卵。
 腹さえふくれればいいくらいにしか考えていなかったが、このカツ丼を覚えてしまうと他の店では食えない気すらしてくる。
 
「よし、腹もふくれたところで、話聞かせてもらえるか?」
「――何を話せばいいんだ? 戦闘以外の可能性とか言っていたが、正直俺は戦うことばかりに使っててあとはロクでもないことにしか――」
「ロクでもねえことか……それ聞きてえな」
「えー……」

 俺が嫌な顔を隠しもせずイスにもたれかかると、アルノーは苦笑しながら何かの紙を取り出した。
 
「すみません。それも気になりますけど……まず基本的なことからお伺いしたくて。でもその前に僕の紋章の話からさせていただきますね。ジャミルから聞いているかもしれませんが」
「……ああ」
「――僕の風の紋章が発現したのは3年前です。それで魔術学院に編入したんですが、基本の術を覚えただけで上級のものは全く使えるようにならず……ただ、人の持つ気というのかオーラというのか……それが風になって視えるようになりました」
「なるほど。……まあ俺も似たようなものだ」
「アンタのは火だよな。それはいつくらいに出てきたんだ?」
「さあ……実際手の甲に出てきたのは15年前くらいだ。それ以前にも力自体は発現していたかもしれないが、はっきりとは分からないな」
「15年前っていうと、フランツくらいのトシからあるのか。視えるのは何が視えるんだ? 火の紋章なら、火か?」
「そうだ。生き物はみんな火がついてる」
「――魂が視える的な?」
「そんなところだ」
 
 アルノーはペンを走らせ、今聞いたことを書き留めている。
 こんな話に何か得があるのだろうか……正直館長に聞いた方がよほど得るものがありそうだが……。

「あの……戦うことに使っていたとおっしゃいましたが、魔器ルーンなしで魔法を撃つ以外に、どう利用できるのですか」
「…………」
「す、すみません。言いにくいなら――」
「いや。魔物も火を持っているから……その火に向かって魔法を撃てば確実に仕留められる。それから次に攻撃が来る所、振り下ろす場所……それが一瞬色が変わって見える。だからそれに従えば攻撃は当たらない」
「「…………」」
「それでか……それでオレの剣は全然当たんなかったのか!」
「え、ああ……」

 俺の話を聞いて二人は無言になっていたが、やがてジャミルが謎が解けてスッキリしたといった表情で言葉を発した。
 
「オレあん時『コイツ太刀筋見えてんのか?』なんて思ったけど、マジで見えてたんだな。そりゃ当たんねぇはずだわ」
「いやでも、太刀筋とか視えたところで実力がなかったらどうにもできないぞ。お前の剣術も身のこなしもなかなかでちょっと危なかった……宙返りとかしたしな」
「したなぁ……ビビったわ」
「すごいねジャミル、宙返りなんかできるんだ……」
「できねーよ。剣に操られてそうなったんだよ」
「はは……その話も興味あるなぁ。……あの、それだけ視えると日常で苦労しませんか? セーブできたりするんでしょうか」
「ああ。『視よう』という気持ちで気合を入れない限りは別に普通だ。そうなるまでにはけっこうかかったが。7~8年くらいか」
「……そう、ですか……」

 アルノーは肩を落とす。
 今この青年には見たくないものばかりが『視える』んだろう。
 視えるばかりでなく、様々な不便や不快感を感じることがある。偽名を名乗っていると呼べないとか。
『女神の祝福』などと呼ばれているが、日常を送る上ではハンデでしかない。
 
「まあしばらく不便だろうが……その紋章の可能性とやらを調べているんだろう? 何か分かったら俺にも教えてくれ」
「はい……」
「もうすぐ昼休み終わりだよな? 今日はこの辺にしとくか」
「そうだね。あの、今日はありがとうございました。またお話を聞かせてください」
 
「分かった。……アルノー君、君に頼みがあるんだが」
「僕ですか? なんでしょうか」
「魔術学院の生徒手帳をもし持っていたら貸して欲しい。次来た時でいいから」
「生徒手帳ですか……わかりました」
「……次はロクでもねえことについて聞きてえな」
「ジャ、ジャミル……!」
「まあ……いいけど。本当にロクでもないんだがな……」
 
 ――人はみんな火が灯っている。
 人がいない家には火は灯っていない。色がない。
 そんな家を狙って、盗みを繰り返した話。
 火が灯っていないと思って入ったら何故か人がいてボコボコにされた話。
 ここから紋章の可能性とやらを見つけて……? いや、それは無理だな……。
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