9 / 19
怖いよ
しおりを挟む
ひと目で高価だと分かるスーツを着た男女が向かい合っている。容姿も整っている二人は不敵な笑みを浮かべ、少しの間見つめあった。
一歩、足が進んだと思えば、急くように抱きつきあい手は体をまさぐる。お互いがお互いを試すような目で見たあと、唇が近づき――。
そこで画面の映像は切り替わり、賑やかな日常のシーンを映した。
「っ」
どくどくと心臓が痛いくらいに脈打っている。スタッフロールが流れる画面を消し、ソファに倒れ込んだ。
「トキオさん……」
いつかは目に入るだろうなと思っていた恋人のキスシーン。
たまたま再放送で流れていたのは、数年前にトキオさんが出演した恋愛ドラマだった。
僕はテレビ番組には疎いけど、αとαの駆け引きや情熱的な恋愛を描いたドラマが話題になっていたのは覚えている。
キスをしているように見せているだけで、実際にはしていないのだろう。それはわかっているのに、僕の体と心は重く沈む。
「……なんで僕なんだろう」
さっきのドラマの相手役だってとても綺麗な人だった。僕には想像もつかないくらいに、魅力的で素敵な人がたくさんいる世界。そんな場所にいるトキオさんの周りには、目を引くような人は溢れているだろう。
「僕が、Ωだから……?」
店では僕のプロフィールにはβだと記載されていたし、トキオさんも初めからΩだと見抜いていたわけではないらしい。
それでも、もし、αであるトキオさんを無意識に引き寄せただけだとしたら? それをトキオさんが恋だと勘違いしているだけだとしたら? この前の行為も、僕たちがαとΩだからで、特別な意味なんてなかったら?
「嫌だ……怖いよ」
トキオさんのことを疑いたいわけじゃないし、そんなことをしてしまう自分が嫌になる。でもトキオさんと僕の「好き」が違ったら、トキオさんは僕のことが好きなわけではなかったらと思うと、怖くてしかたがない。気づけば手のひらを強く握っていた。
一人で考えてもわからない悩みから逃れるように、僕は無理やり目を閉じた。落ち着こうとゆっくり深く息をする。
結月の様子がおかしいと気づいたのは、帰宅してすぐだった。いつも通りにハグをしても、どこか体に力が入っていた。普段と同じように微笑んでくれても、ぎこちなさがある。
今は隣でスマホを眺めている結月をちらっと盗み見る。リラックスはしているけど沈んだ気持ちでいるのが察せられた。
まずいと思って、俺はここ最近のことを何度も思い出している。結月が落ち込んでいる理由に見当がつかない。
俺が何か無神経なことをしてしまったのか? この前の行為でがっつきすぎた? それとも仕事で何かあったのか?
気づかないうちに結月を傷付けていたのかもしれないと思うと怖い。怖くて結月に確認するのもためらってしまったけど、俺が結月を傷付けたのならそのことの方が怖くて、おずおずと口を開いた。
「結月、あのさ……」
「あっ、落ちちゃった」
結月の手にあったスマホが滑り落ちる。落下したスマホは弾んだ後、俺たちの間で動きをとめた。
「あ、良かった、画面は無事でした」
「……おぉ、割れなくて良かったな」
すぐにスマホはまた結月の手に戻る。しかしその前に、一瞬、画面が見えてしまった。
スマホに映っていたのはある芸能人だった。俺も数年前にドラマで共演したことがある。そういえば最近も再放送をしているとマネージャーから聞いた。たしかαとαの恋愛ドラマで――。
そこでようやく結月が落ち込んでいる原因に心当たりが生まれる。あのドラマはフリだけだったけどキスシーンもあったし、まさかと冷や汗が出る。
結月が俺の出演作品を観たいなら止めないし嬉しいけど、突然恋人のキスシーンが流れたら複雑な気持ちになるだろう。
結月が元気がないこととは見当違いかもしれないけど、恋人として一緒にいるためにいつかは話さなければならないと思っていたことがある。
俺は今度は体ごとしっかり結月に向けて、口を開いた。
一歩、足が進んだと思えば、急くように抱きつきあい手は体をまさぐる。お互いがお互いを試すような目で見たあと、唇が近づき――。
そこで画面の映像は切り替わり、賑やかな日常のシーンを映した。
「っ」
どくどくと心臓が痛いくらいに脈打っている。スタッフロールが流れる画面を消し、ソファに倒れ込んだ。
「トキオさん……」
いつかは目に入るだろうなと思っていた恋人のキスシーン。
たまたま再放送で流れていたのは、数年前にトキオさんが出演した恋愛ドラマだった。
僕はテレビ番組には疎いけど、αとαの駆け引きや情熱的な恋愛を描いたドラマが話題になっていたのは覚えている。
キスをしているように見せているだけで、実際にはしていないのだろう。それはわかっているのに、僕の体と心は重く沈む。
「……なんで僕なんだろう」
さっきのドラマの相手役だってとても綺麗な人だった。僕には想像もつかないくらいに、魅力的で素敵な人がたくさんいる世界。そんな場所にいるトキオさんの周りには、目を引くような人は溢れているだろう。
「僕が、Ωだから……?」
店では僕のプロフィールにはβだと記載されていたし、トキオさんも初めからΩだと見抜いていたわけではないらしい。
それでも、もし、αであるトキオさんを無意識に引き寄せただけだとしたら? それをトキオさんが恋だと勘違いしているだけだとしたら? この前の行為も、僕たちがαとΩだからで、特別な意味なんてなかったら?
「嫌だ……怖いよ」
トキオさんのことを疑いたいわけじゃないし、そんなことをしてしまう自分が嫌になる。でもトキオさんと僕の「好き」が違ったら、トキオさんは僕のことが好きなわけではなかったらと思うと、怖くてしかたがない。気づけば手のひらを強く握っていた。
一人で考えてもわからない悩みから逃れるように、僕は無理やり目を閉じた。落ち着こうとゆっくり深く息をする。
結月の様子がおかしいと気づいたのは、帰宅してすぐだった。いつも通りにハグをしても、どこか体に力が入っていた。普段と同じように微笑んでくれても、ぎこちなさがある。
今は隣でスマホを眺めている結月をちらっと盗み見る。リラックスはしているけど沈んだ気持ちでいるのが察せられた。
まずいと思って、俺はここ最近のことを何度も思い出している。結月が落ち込んでいる理由に見当がつかない。
俺が何か無神経なことをしてしまったのか? この前の行為でがっつきすぎた? それとも仕事で何かあったのか?
気づかないうちに結月を傷付けていたのかもしれないと思うと怖い。怖くて結月に確認するのもためらってしまったけど、俺が結月を傷付けたのならそのことの方が怖くて、おずおずと口を開いた。
「結月、あのさ……」
「あっ、落ちちゃった」
結月の手にあったスマホが滑り落ちる。落下したスマホは弾んだ後、俺たちの間で動きをとめた。
「あ、良かった、画面は無事でした」
「……おぉ、割れなくて良かったな」
すぐにスマホはまた結月の手に戻る。しかしその前に、一瞬、画面が見えてしまった。
スマホに映っていたのはある芸能人だった。俺も数年前にドラマで共演したことがある。そういえば最近も再放送をしているとマネージャーから聞いた。たしかαとαの恋愛ドラマで――。
そこでようやく結月が落ち込んでいる原因に心当たりが生まれる。あのドラマはフリだけだったけどキスシーンもあったし、まさかと冷や汗が出る。
結月が俺の出演作品を観たいなら止めないし嬉しいけど、突然恋人のキスシーンが流れたら複雑な気持ちになるだろう。
結月が元気がないこととは見当違いかもしれないけど、恋人として一緒にいるためにいつかは話さなければならないと思っていたことがある。
俺は今度は体ごとしっかり結月に向けて、口を開いた。
応援ありがとうございます!
47
お気に入りに追加
63
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる