コワモテαの秘密

たがわリウ

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俺の仕事のこと

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「なぁ結月、俺の仕事のこと、どう思ってる?」
「え?」

 大きな瞳がさらに丸くなる。想像以上に驚きを浮かべる結月を見て、見当違いというわけではなかったのだなとわかった。

「いまさらだけど、俺は一般的だとは言えない仕事をしてるだろ。休みも少ないし、気軽にデートもできない。もしかしたら俺と恋人でいることで結月に迷惑がかかるかもしれない」
「迷惑だなんて……」

 強面俳優が兎の獣人と住んでるなんて知られたら、騒ぎになるに決まっている。俺たちは恋人として暮らしてるけどそうは捉えない人もいるだろうし、結月の写真だって撮られるかもしれない。
 そんな危険があるのに同棲を提案してしまった俺は無責任だったなと今さらながら痛感する。浮かれすぎていて危険な部分を見逃していた。

「作品によっては結月が目にしたくないようなものもあると思う。もちろん実際に全部やってるわけじゃないけど……」
「……はい」

 俺が言いたいことを察した結月は、表情を硬くする。いつもはやわらかな口元に力が入っている。

「特殊な仕事だから相談したかった。結月に我慢をさせたいわけじゃないし……もし詳しく知りたいなら実際に見てもらうこともできる」
「見る……? 僕がトキオさんのお仕事を見学できるってことですか?」
「あぁ、今の現場には演者の家族も来てるし、大丈夫だと思う。詳しくはマネージャーに確認とるけど……来てみるか?」

 以前から考えてはいたことを口にする。テレビはあまり観てこなかったらしい結月は撮影に興味がないと思っていたが、意外にものり気のようだった。

「行きたいです。トキオさんがお仕事してるところ、見たいです」
「そっか……じゃあマネージャーに聞いてみるな」
「はい、お願いします」

 ぺこりと頭を下げる結月。まだいつもの微笑みには戻らないけど、どこか表情が軽やかになった気がする。
 ひとまず俺は胸をなでおろし、連絡アプリでマネージャーの名前を探した。



 張り詰めた緊張感が満ちていた。本番の掛け声がかかり、動くのは部屋の中央にいる人たちだけになる。

「姐さん……親父の様子はどうなんですか」
「……一命は取り留めたってさ」
「さすが親父だ……悪運の強さは誰にも負けねぇってのは本当なんですね」

 事務所を模したセットでトキオさんが演技をしている。カメラが映しているのはトキオさんと、女性の役者さんだけだった。
 項垂れるトキオさん、着物姿で凛とした役者さんをカメラが収めていく。
 初めて足を踏み入れた撮影現場に圧倒されながら、二人の演技を眺める。テレビでトキオさんを見た時は不思議なような、くすぐったい感じがした。
 そして今、実際に演技をしているトキオさんは役に入り込んでいて、僕が知らない人のようだ。
 しばらくすると「カット」と声がかかり、撮影が中断された。どうやら次のシーンに移るらしい。
 ひと息つけるタイミングになったのだとわかった瞬間、肘のあたりをつつかれた。

「あの……」
「? あ、もしかして邪魔しでした?」
「いえ、違います! もしかして見学に来た方ですか?」

 振り向いた先にいたのは制服姿の女子高生だった。撮影現場だから衣装なのか本物の制服なのかわからないけど、年齢も高校生くらいに見える。
 なんの用か分からないまま、彼女の問いに頷いた。

「良かった! 私も見学に入れてもらったんですけど、連れてきてくれた父は今メイク中で、心細かったんです」
「そうなんですね……僕も初めてなので気持ち分かります」
「どなたの知り合いなんですか?」

 一瞬、言葉に詰まる。無意識に視線は監督と話すトキオさんに向く。正直に名前を出しても良いのだろうかと悩んだ。
 しかし誤魔化すこともできず、結局僕はトキオさんの名前を口にする。

「恵庭トキオさんの……友達、です」
「恵庭さんの! あの、恵庭さんってサイン頼まれるの嫌じゃないですかね?」
「サイン……嫌だとはならないと思いますよ」
「良かったー、今日貰えないかなって狙ってたんです」

 ほっとしたように笑う彼女の瞳はキラキラと輝いていた。言葉のとおりだとすると、トキオさんにサインを貰えるタイミングを窺っていたのかもしれない。
 期待を膨らませる姿を見て、後ろめたい気持ちになる。トキオさんの恋人なのだと正直に言うことはできないけど、友達だと嘘をついてしまったことが申し訳なくなる。
 憧れている俳優と同棲しているのが特別さもない一般人の僕だと知ったら、彼女は傷付いてしまわないだろうか。
 ふと「迷惑がかかるかもしれない」と言ったトキオさんを思い出す。トキオさんと付き合うことで迷惑に思うことなんて無いと思っていたけど、もしかしたら彼の言う「迷惑」には、こういった複雑な気持ちを抱くことも含まれていたのだろうか。

「本番いきまーす」

 聞こえた声にハッとする。いつの間にか役者もスタッフも自分の持ち場についてカメラが回るのを待っていた。
 またピリピリとした空気が漂う。どうしたら良いのか分からない気持ちを持て余しながら、スタジオの片隅で息を殺した。
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