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本編
118 大魔術師勇退す。そしてポンコツ冒険者へ
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ドラゴネッティ子爵家訪問の旅行から、早ひと月経とうとしていた。
エミリオ・ドラゴネッティは、王都騎士団の魔法省での仕事を全て終え、後のことを後継であるロドリゴ・エッカルトに全て継がせたのち、皆に盛大に見送られながら退団した。
王都一と称された大魔術師の名は、今後はパブロ王国西辺境シャガ地方にて語られることになるだろうと皆が賞賛して見送ってくれた。
魔法省を出ると、その門のところに一人の騎士が立っているのが見えた。清潔感のある短い金髪に浅黒い肌、騎士らしく逞しい身体つきをした美丈夫、エミリオの友人であるクアス・カイラードその人であった。
「クアス!」
「エミリオ。終わったのか?」
「ああ。……う~ん、これでだいぶ肩の荷が下りた感じだ」
「全く、お前らしいな」
騎士団所属魔法師団の大魔術師という華々しい職を、これほどまでにすがすがしい表情で退団していく男も珍しいと、生粋の騎士であるクアスは思う。
エミリオはもうひと月近く前から騎士団の寮住まいだった部屋を引き払い、シャガにいる恋人スイの部屋で同棲している。残った出仕日数を魔力消費の多い転移魔法で移動して王都の魔法省まで来ていたというから、クアスのような一般の魔力しかない人間にとっては魔力の無駄遣いに思えてならなくて、呆れるしかなかった。
「見送りに来てくれたのかクアス?」
「ああ。寂しくなるな」
「ははは。まあそうは言っても、向こうでの仕事の目途がつくまでは、こっちの魔法省の仕事を外注してもらうためにちょくちょく来ると思うけど」
「……本当に思い切ったな。ゼロからのスタートにも等しいだろうに」
「まあそうだな。向こうの冒険者ギルドにも登録したけれど、まだまだ下っ端だよ俺は」
シャガで生活するにあたり、一番最初にエミリオが行ったのは冒険者ギルドに魔術師として登録することだった。
ギルドマスターのアンドリュー氏の説明を受けて、適正試験を受けたところ、魔法知識や魔術効果等のレベルはSランクではあったものの、辺境で冒険者として生きるために一番大事な冒険者一般常識の試験では、見事にCランクと判定、総合評価でB+レベルとされてしまったという何とも言えない結果に終わったのだ。
何でも人にやってもらって育ったお貴族様体質の嫌な面が出てしまったエミリオであった。
一般でせめてBランクは取りたいので、休日はギルドで紹介された同じレベルくらいの冒険者たちに同行してダンジョン等のクエストにもりもり参加している。
そういえば最初エミリオを目の敵にしていて、エミリオがサルベージ作業で今一度入った上級ダンジョンで、左腕を一本失うという大けがを負った冒険者、ファイターのオージン青年だが、あれから義手に頼ることもなく、血を吐くようなリハビリの結果、隻腕でも剣がまた振れるように回復したようだ。辺境に住む人々は本当に逞しい。
最年少でAランクになったという自負からナルシストで傲慢な性格だった彼だが、あの怪我からストイックな性格に変わったようだ。
まあ、リハビリのための筋トレが別の意味でナルシストに発破をかけてしまったらしく、筋肉自慢がうるさいと彼の仲間の冒険者がぼやいていたりもしたけれど。
今では、冒険者一般常識でポンコツに終わったエミリオに、上から目線ではあるが、割と甲斐甲斐しくサバイバルのこととかをあれこれ教えてくれたりする年下の先輩だったりしている。
「そういえばスイ殿もマッピングの仕事でダンジョンに潜ることがあるのだろう? 彼女とは行かないのか?」
「ああ、一緒に行きたいのはやまやまなんだけど、彼女はシュクラ様の祝福のおかげでモンスターに遭遇しないものだから、あまり冒険者修行にならなくて……」
「ああ、なるほどな……」
「一緒に居たいのを心を鬼にしてダンジョンに向かう彼女を見送る毎日だよ」
スイは本業であるマッパーの仕事を続けている。ダンジョンに出かける日は朝早く弁当を作って、彼女がチャリンコと呼ぶ不安定な自転車とやらに器用に乗って颯爽と出かけていく。
それがない日はシュクラ神殿の聖人たち、聖女たちと畑仕事をしたりしていて、毎回あれも持っていけこれも持っていけと野菜を大量にもらってくるので処理が大変だとぼやいていたりしている。
まあ、毎日の食卓にそれらを使った手料理を出してくれるので、エミリオもありがたくいただいているのだが。
「まあ、シャガは王都とは違って煌びやかなものはないけど、自然がいっぱいで豊かな土地だから、毎日が充実しているよ。まあ、これからポンコツ冒険者になるから、スイにはしばらくは迷惑をかけてしまうけども」
「スイ殿もこんな図体の大きな子供抱えるようなこと、大変だろうにな」
「はは……だからいつも感謝してるよ。その……魔力の回復にも付き合ってもらってるし」
「三十路近い男が惚気てデレデレするな。気持ち悪いな」
「気持ち悪いってなんだよー」
スイの話になると、十代の少年のようにときめいてしまう自分がいて、エミリオは本当に、スイは自分が初めて本気で愛した女性なのだなあと実感する。
そんな彼女とは近々籍を入れるつもりだ。一応メノルカ神殿で指輪も作った。なお、指輪はメノルカが精製した形状変化する特殊なミスリル銀を使って作ったもので、どんなサイズの指にでもフィットし、魔法文言で固定してその人のサイズぴったりにできるという優れ物だ。
指輪についている石はシャガ地方の海を思わせる明るい青色のベリルと小さなダイヤ。あまりゴテゴテしたものは好みじゃないスイのためにデザインはシンプルだけれど、きっと彼女の白くてしなやかな指に似合うだろう。
思い出してほっこり笑うエミリオを見て、呆れ半分諦め半分の顔をしたクアスは、ふう、とため息をついてから苦笑した。
「幸せそうで私まであくびが出そうだ」
「いや、ごめんごめん。正式な仕事は今日で終わりだけど、またちょくちょく来るつもりだから、第二師団にも顔を出すよ。クアスも休暇が取れたら、シャガに……ってごめん。まだクアスにはシャガはトラウマかな」
任務失敗で恐怖を味わったのち、一時は投獄までされた身であるから、クアスにとってシャガは因縁の土地であるだろうし、そんなクアスの前でシャガのことをべらべら喋るのは良くなかったかもしれない。
「すまないクアス。クアスが嫌な目にあった土地のことを好き勝手に喋ったりしてごめん。悪気があったわけじゃないんだ」
「いや、別に大丈夫だ。もうそこまでトラウマじゃない」
「……本当に?」
「ああ。まあその……あのシュクラ様が治めていらっしゃる土地と考えたら、特にトラウマではなくなった。すごいな、あのお方は……」
「クアス、シュクラ様と随分打ち解けたんだな。知らなかったよ」
「う、打ち解けた、というか……! ま、まあ、いいだろうそんなことは。とにかく別にシャガにトラウマはもうないから、心配するな」
「じゃあ、気が向いたらたまには来てくれると嬉しいよ」
「ああ、ポンコツ冒険者なお前を冷やかしに行ってやる」
「言ったな? 今に見てろよ。絶対ランク上げてやるから」
「はははは」
「スイ殿と……シュクラ様によろしく言っておいてくれ」
「了解。じゃあまた会おう」
「ああ、お疲れ様、エミリオ」
「ありがとうクアス!」
門の外に出て魔法文言を唱え、魔法陣をバチバチと展開したエミリオは、転移魔法発動の瞬間にクアスに大きく手を振って、次の瞬間にブインと消えて行った。
家に帰るのが楽しくてしょうがないといったウカレポンチな様子で楽し気に大魔法を使う親友に、クアスはぶふっと笑ってしまうのだった。
エミリオ・ドラゴネッティは、王都騎士団の魔法省での仕事を全て終え、後のことを後継であるロドリゴ・エッカルトに全て継がせたのち、皆に盛大に見送られながら退団した。
王都一と称された大魔術師の名は、今後はパブロ王国西辺境シャガ地方にて語られることになるだろうと皆が賞賛して見送ってくれた。
魔法省を出ると、その門のところに一人の騎士が立っているのが見えた。清潔感のある短い金髪に浅黒い肌、騎士らしく逞しい身体つきをした美丈夫、エミリオの友人であるクアス・カイラードその人であった。
「クアス!」
「エミリオ。終わったのか?」
「ああ。……う~ん、これでだいぶ肩の荷が下りた感じだ」
「全く、お前らしいな」
騎士団所属魔法師団の大魔術師という華々しい職を、これほどまでにすがすがしい表情で退団していく男も珍しいと、生粋の騎士であるクアスは思う。
エミリオはもうひと月近く前から騎士団の寮住まいだった部屋を引き払い、シャガにいる恋人スイの部屋で同棲している。残った出仕日数を魔力消費の多い転移魔法で移動して王都の魔法省まで来ていたというから、クアスのような一般の魔力しかない人間にとっては魔力の無駄遣いに思えてならなくて、呆れるしかなかった。
「見送りに来てくれたのかクアス?」
「ああ。寂しくなるな」
「ははは。まあそうは言っても、向こうでの仕事の目途がつくまでは、こっちの魔法省の仕事を外注してもらうためにちょくちょく来ると思うけど」
「……本当に思い切ったな。ゼロからのスタートにも等しいだろうに」
「まあそうだな。向こうの冒険者ギルドにも登録したけれど、まだまだ下っ端だよ俺は」
シャガで生活するにあたり、一番最初にエミリオが行ったのは冒険者ギルドに魔術師として登録することだった。
ギルドマスターのアンドリュー氏の説明を受けて、適正試験を受けたところ、魔法知識や魔術効果等のレベルはSランクではあったものの、辺境で冒険者として生きるために一番大事な冒険者一般常識の試験では、見事にCランクと判定、総合評価でB+レベルとされてしまったという何とも言えない結果に終わったのだ。
何でも人にやってもらって育ったお貴族様体質の嫌な面が出てしまったエミリオであった。
一般でせめてBランクは取りたいので、休日はギルドで紹介された同じレベルくらいの冒険者たちに同行してダンジョン等のクエストにもりもり参加している。
そういえば最初エミリオを目の敵にしていて、エミリオがサルベージ作業で今一度入った上級ダンジョンで、左腕を一本失うという大けがを負った冒険者、ファイターのオージン青年だが、あれから義手に頼ることもなく、血を吐くようなリハビリの結果、隻腕でも剣がまた振れるように回復したようだ。辺境に住む人々は本当に逞しい。
最年少でAランクになったという自負からナルシストで傲慢な性格だった彼だが、あの怪我からストイックな性格に変わったようだ。
まあ、リハビリのための筋トレが別の意味でナルシストに発破をかけてしまったらしく、筋肉自慢がうるさいと彼の仲間の冒険者がぼやいていたりもしたけれど。
今では、冒険者一般常識でポンコツに終わったエミリオに、上から目線ではあるが、割と甲斐甲斐しくサバイバルのこととかをあれこれ教えてくれたりする年下の先輩だったりしている。
「そういえばスイ殿もマッピングの仕事でダンジョンに潜ることがあるのだろう? 彼女とは行かないのか?」
「ああ、一緒に行きたいのはやまやまなんだけど、彼女はシュクラ様の祝福のおかげでモンスターに遭遇しないものだから、あまり冒険者修行にならなくて……」
「ああ、なるほどな……」
「一緒に居たいのを心を鬼にしてダンジョンに向かう彼女を見送る毎日だよ」
スイは本業であるマッパーの仕事を続けている。ダンジョンに出かける日は朝早く弁当を作って、彼女がチャリンコと呼ぶ不安定な自転車とやらに器用に乗って颯爽と出かけていく。
それがない日はシュクラ神殿の聖人たち、聖女たちと畑仕事をしたりしていて、毎回あれも持っていけこれも持っていけと野菜を大量にもらってくるので処理が大変だとぼやいていたりしている。
まあ、毎日の食卓にそれらを使った手料理を出してくれるので、エミリオもありがたくいただいているのだが。
「まあ、シャガは王都とは違って煌びやかなものはないけど、自然がいっぱいで豊かな土地だから、毎日が充実しているよ。まあ、これからポンコツ冒険者になるから、スイにはしばらくは迷惑をかけてしまうけども」
「スイ殿もこんな図体の大きな子供抱えるようなこと、大変だろうにな」
「はは……だからいつも感謝してるよ。その……魔力の回復にも付き合ってもらってるし」
「三十路近い男が惚気てデレデレするな。気持ち悪いな」
「気持ち悪いってなんだよー」
スイの話になると、十代の少年のようにときめいてしまう自分がいて、エミリオは本当に、スイは自分が初めて本気で愛した女性なのだなあと実感する。
そんな彼女とは近々籍を入れるつもりだ。一応メノルカ神殿で指輪も作った。なお、指輪はメノルカが精製した形状変化する特殊なミスリル銀を使って作ったもので、どんなサイズの指にでもフィットし、魔法文言で固定してその人のサイズぴったりにできるという優れ物だ。
指輪についている石はシャガ地方の海を思わせる明るい青色のベリルと小さなダイヤ。あまりゴテゴテしたものは好みじゃないスイのためにデザインはシンプルだけれど、きっと彼女の白くてしなやかな指に似合うだろう。
思い出してほっこり笑うエミリオを見て、呆れ半分諦め半分の顔をしたクアスは、ふう、とため息をついてから苦笑した。
「幸せそうで私まであくびが出そうだ」
「いや、ごめんごめん。正式な仕事は今日で終わりだけど、またちょくちょく来るつもりだから、第二師団にも顔を出すよ。クアスも休暇が取れたら、シャガに……ってごめん。まだクアスにはシャガはトラウマかな」
任務失敗で恐怖を味わったのち、一時は投獄までされた身であるから、クアスにとってシャガは因縁の土地であるだろうし、そんなクアスの前でシャガのことをべらべら喋るのは良くなかったかもしれない。
「すまないクアス。クアスが嫌な目にあった土地のことを好き勝手に喋ったりしてごめん。悪気があったわけじゃないんだ」
「いや、別に大丈夫だ。もうそこまでトラウマじゃない」
「……本当に?」
「ああ。まあその……あのシュクラ様が治めていらっしゃる土地と考えたら、特にトラウマではなくなった。すごいな、あのお方は……」
「クアス、シュクラ様と随分打ち解けたんだな。知らなかったよ」
「う、打ち解けた、というか……! ま、まあ、いいだろうそんなことは。とにかく別にシャガにトラウマはもうないから、心配するな」
「じゃあ、気が向いたらたまには来てくれると嬉しいよ」
「ああ、ポンコツ冒険者なお前を冷やかしに行ってやる」
「言ったな? 今に見てろよ。絶対ランク上げてやるから」
「はははは」
「スイ殿と……シュクラ様によろしく言っておいてくれ」
「了解。じゃあまた会おう」
「ああ、お疲れ様、エミリオ」
「ありがとうクアス!」
門の外に出て魔法文言を唱え、魔法陣をバチバチと展開したエミリオは、転移魔法発動の瞬間にクアスに大きく手を振って、次の瞬間にブインと消えて行った。
家に帰るのが楽しくてしょうがないといったウカレポンチな様子で楽し気に大魔法を使う親友に、クアスはぶふっと笑ってしまうのだった。
応援ありがとうございます!
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