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本編
119 プロポーズと衝撃的発言
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「エミさん、お帰りなさい」
いつものロックバンドのツアーTシャツ姿のスイが出迎えてくれた。長い黒髪を後ろで一つに結んでいるから、この時間だと料理をしていたのかもしれない。
「ただいま、スイ。これ王都のお土産。っていうか今日退団ってことで貰った餞別だけど」
「わ、お菓子の詰め合わせ」
「あとでお茶と一緒に頂こう」
「うん」
そう返事をしてから、スイはエミリオに向かって「ん」と言いながら両手を広げた。おかえりのハグを強請るポーズである。エミリオはくすっと笑ってから、お望み通りにと恋人を抱きしめた。そのまま玄関先でお帰りただいまの軽いキスを交わしてからようやく離れる。
いつまでも玄関でだらだら話しているわけにもいかないので二人は部屋に入った。スイの部屋は土足厳禁であるので、玄関スペースで靴を脱ぐのももうすっかり慣れっこになってしまった。二足揃いの猫のアップリケが付いたスリッパをつっかけてリビングに向かう。
リビングダイニングに向かうと、ダイニングテーブルの上にはエミリオには見慣れない変な形の鉄鍋が置いてあり、野菜盛り合わせと、何かのタレに漬けたらしき肉の入った大皿が置いてある。
ヨシッネチャン料理というシャガ地方の郷土料理で、マッドシープという羊の肉を野菜と一緒に鉄鍋で焼いて食べるもので、まんま現代日本でいうところのジンギスカンじゃん、とスイは思ったものだ。何でも大昔にやってきた稀人がヨシッネ・チャンと言う名前だったからこんな名前がついたとかつかないとか。
「またメルヒオールさんが狩ってきたんだって。それをリオさんからもらって、シュクラ神殿の聖人のおばちゃんらと調味液に漬けといたの分けっこしてきたんだ」
「相変わらず、メルヒオールさんは冒険者というよりハンターだなもう」
冒険者ギルドの受付嬢であるリオノーラ嬢の彼氏はSランク冒険者のメルヒオール氏で、ダンジョン攻略よりも大型害獣退治に駆り出される一騎当千の猛者である。剣を持たせれば鬼人のごとき強さだが、恋人のリオノーラ嬢にメロメロでいつも人目もはばからず「りおたん♪りおたん♪りおたんりおたんりおたん♪」とベタベタ甘えるので、リオノーラ嬢はややうんざり気味に引いている。
大型害獣退治は超危険なクエストではあるが、報酬はいいので、メルヒオール氏はリオノーラ嬢との結婚資金のために頑張ってガシガシ狩りに行っているらしい。でもお土産と称して食用の獣肉を大量に持って帰ってくるので、リオノーラ嬢は処理に困ってよくスイのところにもシュクラ神殿にも持ってくるのだ。
この料理、実はシャガでは祝いの席でよく食べられるらしい料理なのだそうだが、もしかして、自分の騎士団退団のお疲れ様会のつもりなのだろうかと、エミリオはスイの心遣いを嬉しく思う。
エミリオにおしぼり代わりのウエットティッシュを渡してから、鉄鍋に肉と野菜を乗せてジュウジュウ焼き始める。じゅわーという音と湯気と煙が上がるのをみて、スイは慌てて換気扇、空気清浄機、エアコンのスイッチを入れた。
それはそうと。
ここ数日、窓カラカラ~の「吾輩が来たぞ~ビールを所望じゃ~」というシュクラの声がかからない。実は王都から戻ったその日の夜からだ。
「忙しいのかと思って、ビールを差し入れにも行ったんだけど、いらないって言われちゃったんだよね」
「あのシュクラ様が? 珍しいな。あんなにお好きでいらしたのに」
「うん……だから、明日あたりちょっと尋ねて様子見てこようと思ってさ」
と、焼けた肉と野菜をエミリオの取り皿に乗せていく。
スイは本当はシュクラにも聞いて欲しかったことがあったが、まあ居ないものは仕方がない。
「……ねえ、エミさん。食べながらでいいんだけど、聞いてくれる?」
「うん? 何、スイ」
「えーっと、さ。今日聖女のおばちゃんに言われたんだけどさ」
「うん……?」
「赤ちゃんができました!」
「ぶふっ……!」
エミリオは口に入れたばかりの一口大の肉を吹き出した。「汚っ!」と言いつつもウェットティッシュをエミリオに差し出すスイ。エミリオは咳き込みながらも何度も息を整えてから、改めてスイに向かい合って信じられないといった顔をした。
「え、えっ……ほ、本当に?」
「ほら、聖女のおばちゃんのなかに『視える』人がいるじゃない?」
「あ、ああ、あの方」
スイは、今日あったことを話し始めた。今日はマッピングの仕事も提出し終わって、午後から暇になったので聖女たちが育てている野菜畑で収穫の手伝いをしていたのだが、その時聖女の一人が「あらまあ」とスイを見て驚いたあと、にっこり笑って「おめでとうございます、スイ様」と言ってきたのだった。
えっ何? と聞くと、スイの身体の中心にもう一人分の柔らかなオーラが見える、とのこと。その聖女は人のオーラが見える霊感を持った人で有名だった。
考えてみたら、ここひと月の間、エミリオの王都とシャガの往復の転移魔法による魔力の消耗を補うために、夜毎魔力交換と称して身体を重ねて、件のキラキラが出てもまだ足りずにそりゃあもうズッコンバッコン状態だったのだから、出来たとしてもそう不思議はないのだけれど。
視えた、という聖女のおばちゃんの言葉を信じて、急いでシャガ中町の診察時間を終わりかけた診療所に行って、尿検査をしてもらったら、見事に妊娠が確定したのだ。
もう本日の診療時間を終えたくてやる気のない医者が言うには、妊娠二か月くらいじゃないか、という話だった。
「えっ……二カ月って」
「そうなんだよね……。それ聞いてさ、あの、お互いに魔力枯渇だったときには、既に出来てたみたい」
二ヶ月も生理が来なかったことに何で気づかなかったのか自分でも不思議でならない。
それほどエミリオとの同棲生活にウカレポンチになっていたのかと、スイは自分でも呆れた。
「なんてことだ……俺は我が子に向かってぶっ放していたというのか」
「そういうことかもしれないけど、そういうこと言うのやめてくれない?」
「ごめん」
窘められて肩を竦めたエミリオは、おもむろにダイニングチェアーから立ち上がると、向かい側のスイの足元に跪いて彼女の手を取ってきた。
何かごそごそと懐から取り出していると思ったら、小さなジュエリーケースだ。
一瞬ぽかんとしたスイをよそに、その中から指輪を取り出して彼女の左手の薬指にはめ、ぶかぶかのそれに指をちょんとのせて何やら魔法文言を唱えた。するとみるみるうちに指輪のサイズが縮まり、スイの薬指にピッタリのサイズに納まった。
「え……すごい」
「……ありがとう。本当にありがとう、スイ。ずっと言おうと思ってたんだけど、もうこのタイミングだと思うから言うよ。……スイ、俺と結婚してくれる?」
「……!」
「ずっとずっと一緒に居たいんだ。スイと、この俺たちのベビーと。……駄目?」
「で、出た! そのずるい上目遣い!」
エミリオの「駄目?」にめっぽう弱いのを自覚しているけれど、この「駄目?」に駄目という選択肢などあってたまるかと思う。
顔が熱い。今顔面ゆでだこみたいになってるに違いなくて、恥ずかしいと嬉しいのとがごちゃ混ぜになって、思わずエミリオの首に腕を回して抱き着いてしまった。あまりの勢いで跪いたエミリオを床に押し倒してしまったけれど、彼はしっかり抱きとめてくれた。
「……よろしくお願いします! 受けて立つ!」
「はははは。良かった! ありがとうスイ!」
「エミさん大好きだぞこのやろおおおおおお!」
「俺もスイが大好きだあああああ!」
感極まって半分泣きながら笑って抱き合って幸せをかみしめた。顔を見合わせるとどちらからともなく「愛してる」と呟いてキスを交わす。
床に座って抱き合いながら二人の世界に没頭しようとしたとき、リビングのガラス窓がからから~と開いた。
「話は聞かせてもろうたぞ、スイーーーーー!」
久しぶりのシュクラの登場だった。
食事を再開し、焼いた羊肉をアテに久しぶりに飲むビールで上唇に白い泡をつけながら「あーこの一杯のために神してる」と、これまた久しぶりの言葉がシュクラから出てきて、スイとエミリオは顔を見合わせて笑った。
シュクラは数日守護地を開けていたことで溜まった邪気を神力で払うために数日お籠りをしていたのだそうだ。神殿に行っても会えなくて、その間スイの家に晩酌に来れなかったのもそのためだと言っていた。
話は聞かせてもらった! などと言っていたが、一応改めて妊娠のことを話すと、妊娠二カ月というところでいきなりドヤ顔をするシュクラ。
「言うたであろ? 制作に神が関わったからきっと実を結ぶとな」
「えっ」
「えっ」
「そう言うたら吾輩の子でもあるのかのう~?」
それって、あの前から後ろからトンデモおっぱい祭りだったときのアレですか。あのとき出来たってこと?
いや、確かに間接的にシュクラは関わっていたかもしれないけども!
「まあ、何にせよ。二人ともめでたいのう! そうかそうか。ずっと子を望んでおったものなあ。良かったのうスイ、そしてドラゴネッティ卿も」
「ありがとうシュクラ様」
「ありがとうございます」
「式はいつにするのじゃ? 子が生まれてからか?」
「まだそういう話はしてないよ。エミさんも騎士団辞めたばっかりだし」
「でも、俺はいつでもいいんだけど、式となると準備もあるからまだ先かもしれないな」
「ぶっちゃけ、あたしは地味婚でも」
「駄目じゃ」
「駄目だ」
シュクラとエミリオ二人から却下された。結婚式となると色々準備があるから、バタバタするのが何だか面倒くさいと思ったのだが、それは二人には通じないみたいだった。
ドレスはどうの、招待客はどうの、当日のもてなし料理はどうの、と何だか現実的かつ具体的な話にまでなって、シュクラとエミリオが議論を始めてしまったので、とりあえず耳から耳へ聞き流して、二人の取り皿に焼けた肉を取り分ける作業に戻ったスイ。
「しかしまあ……」
シュクラはピルスナーグラスに残ったビールを飲み干してから、手酌でまたグラスに注ぎながら呟いた。
「偶然もあったものじゃのう」
「偶然?」
「何かあったのですか?」
「うむ、実はの」
一度肉を咀嚼して新たに注いだビールで流し込んで、ゲフーと一息ついてから、シュクラは何でも無さそうに言う。
「吾輩もな、子ができたのじゃ。子というても卵を産んだのじゃがな。吾輩は卵生であるからの」
「えっ」
「えっ」
突然の衝撃的発表に、スイとエミリオは目が点になり、箸(エミリオはフォーク)を取り落としそうになった。
卵生なのかシュクラ様。ここにきて別の衝撃的事実だ。そういえば眷属は天馬のほかに白蛇だった気がする。って、いやいや、まず論点はそこじゃない。
「スイに弟か妹ができることになるのう。ちなみに産んだ卵は二個じゃ」
飼ってる鶏が産んだ卵みたいに言うんじゃないよ。シュクラ様の卵って。
「いやいやいやいや、まずそういうことじゃなくて!」
「いやあ、あの旅行から戻ったその日の晩に急に勝手に身体が女体化しての。卵を産むまでの期間と邪気払いのおかげで今日まで神殿から一歩も出られなかったのじゃ。で、なかなかスイの家に来れなくてなくてのう。スイ、寂しかったか?」
「いや、あの、シュクラ様聞いて!」
「ん? どうしたのじゃスイ?」
へらへら笑いながらとんちんかんな説明をするシュクラの肩をがしっと掴んで、「スイ、乱暴はよくない」と注意してくるエミリオに「あ、ごめんなさい」と謝ってから、改めてきょとんとしているシュクラに向き直る。
「ねえシュクラ様?」
「む?」
「……シュクラ様は男女両方に変身できるけど、雌雄同体ってわけじゃないんでしょ? 単独で子供なんてできるの?」
「そんなわけなかろう。どうしたのじゃ、スイ」
この際シュクラが卵生で卵を産む体質だったということは置いておく。卵が二個生まれたのも、生まれてしまったからにはもうしょうがないのでそれも置いておく。
問題は、「スイに弟か妹ができることになる」という話。そのシュクラの言葉が本当であれば、それは無精卵ではなくて有精卵ということになる。
「…じゃあ誰?」
「何?」
「お相手は誰? その卵の子、シュクラ様と、一体誰との子なの?」
放蕩娘を叱る母親のようだと思いながら、スイはシュクラに詰め寄るしかなかった。
シュクラはぽけーっとしたのち、首をかしげて少し考えるそぶりを見せてしばしうーんと唸ってから、手をぽん、と叩いて言い放った。
「おお、そうじゃそうじゃ。カイラード卿じゃ。あのジェイディハウスの閉鎖空間で」
へらへらとしたシュクラの口から出た名前のとんでもなさに、スイとエミリオはびしっと固まってしまうのだった。
いつものロックバンドのツアーTシャツ姿のスイが出迎えてくれた。長い黒髪を後ろで一つに結んでいるから、この時間だと料理をしていたのかもしれない。
「ただいま、スイ。これ王都のお土産。っていうか今日退団ってことで貰った餞別だけど」
「わ、お菓子の詰め合わせ」
「あとでお茶と一緒に頂こう」
「うん」
そう返事をしてから、スイはエミリオに向かって「ん」と言いながら両手を広げた。おかえりのハグを強請るポーズである。エミリオはくすっと笑ってから、お望み通りにと恋人を抱きしめた。そのまま玄関先でお帰りただいまの軽いキスを交わしてからようやく離れる。
いつまでも玄関でだらだら話しているわけにもいかないので二人は部屋に入った。スイの部屋は土足厳禁であるので、玄関スペースで靴を脱ぐのももうすっかり慣れっこになってしまった。二足揃いの猫のアップリケが付いたスリッパをつっかけてリビングに向かう。
リビングダイニングに向かうと、ダイニングテーブルの上にはエミリオには見慣れない変な形の鉄鍋が置いてあり、野菜盛り合わせと、何かのタレに漬けたらしき肉の入った大皿が置いてある。
ヨシッネチャン料理というシャガ地方の郷土料理で、マッドシープという羊の肉を野菜と一緒に鉄鍋で焼いて食べるもので、まんま現代日本でいうところのジンギスカンじゃん、とスイは思ったものだ。何でも大昔にやってきた稀人がヨシッネ・チャンと言う名前だったからこんな名前がついたとかつかないとか。
「またメルヒオールさんが狩ってきたんだって。それをリオさんからもらって、シュクラ神殿の聖人のおばちゃんらと調味液に漬けといたの分けっこしてきたんだ」
「相変わらず、メルヒオールさんは冒険者というよりハンターだなもう」
冒険者ギルドの受付嬢であるリオノーラ嬢の彼氏はSランク冒険者のメルヒオール氏で、ダンジョン攻略よりも大型害獣退治に駆り出される一騎当千の猛者である。剣を持たせれば鬼人のごとき強さだが、恋人のリオノーラ嬢にメロメロでいつも人目もはばからず「りおたん♪りおたん♪りおたんりおたんりおたん♪」とベタベタ甘えるので、リオノーラ嬢はややうんざり気味に引いている。
大型害獣退治は超危険なクエストではあるが、報酬はいいので、メルヒオール氏はリオノーラ嬢との結婚資金のために頑張ってガシガシ狩りに行っているらしい。でもお土産と称して食用の獣肉を大量に持って帰ってくるので、リオノーラ嬢は処理に困ってよくスイのところにもシュクラ神殿にも持ってくるのだ。
この料理、実はシャガでは祝いの席でよく食べられるらしい料理なのだそうだが、もしかして、自分の騎士団退団のお疲れ様会のつもりなのだろうかと、エミリオはスイの心遣いを嬉しく思う。
エミリオにおしぼり代わりのウエットティッシュを渡してから、鉄鍋に肉と野菜を乗せてジュウジュウ焼き始める。じゅわーという音と湯気と煙が上がるのをみて、スイは慌てて換気扇、空気清浄機、エアコンのスイッチを入れた。
それはそうと。
ここ数日、窓カラカラ~の「吾輩が来たぞ~ビールを所望じゃ~」というシュクラの声がかからない。実は王都から戻ったその日の夜からだ。
「忙しいのかと思って、ビールを差し入れにも行ったんだけど、いらないって言われちゃったんだよね」
「あのシュクラ様が? 珍しいな。あんなにお好きでいらしたのに」
「うん……だから、明日あたりちょっと尋ねて様子見てこようと思ってさ」
と、焼けた肉と野菜をエミリオの取り皿に乗せていく。
スイは本当はシュクラにも聞いて欲しかったことがあったが、まあ居ないものは仕方がない。
「……ねえ、エミさん。食べながらでいいんだけど、聞いてくれる?」
「うん? 何、スイ」
「えーっと、さ。今日聖女のおばちゃんに言われたんだけどさ」
「うん……?」
「赤ちゃんができました!」
「ぶふっ……!」
エミリオは口に入れたばかりの一口大の肉を吹き出した。「汚っ!」と言いつつもウェットティッシュをエミリオに差し出すスイ。エミリオは咳き込みながらも何度も息を整えてから、改めてスイに向かい合って信じられないといった顔をした。
「え、えっ……ほ、本当に?」
「ほら、聖女のおばちゃんのなかに『視える』人がいるじゃない?」
「あ、ああ、あの方」
スイは、今日あったことを話し始めた。今日はマッピングの仕事も提出し終わって、午後から暇になったので聖女たちが育てている野菜畑で収穫の手伝いをしていたのだが、その時聖女の一人が「あらまあ」とスイを見て驚いたあと、にっこり笑って「おめでとうございます、スイ様」と言ってきたのだった。
えっ何? と聞くと、スイの身体の中心にもう一人分の柔らかなオーラが見える、とのこと。その聖女は人のオーラが見える霊感を持った人で有名だった。
考えてみたら、ここひと月の間、エミリオの王都とシャガの往復の転移魔法による魔力の消耗を補うために、夜毎魔力交換と称して身体を重ねて、件のキラキラが出てもまだ足りずにそりゃあもうズッコンバッコン状態だったのだから、出来たとしてもそう不思議はないのだけれど。
視えた、という聖女のおばちゃんの言葉を信じて、急いでシャガ中町の診察時間を終わりかけた診療所に行って、尿検査をしてもらったら、見事に妊娠が確定したのだ。
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それほどエミリオとの同棲生活にウカレポンチになっていたのかと、スイは自分でも呆れた。
「なんてことだ……俺は我が子に向かってぶっ放していたというのか」
「そういうことかもしれないけど、そういうこと言うのやめてくれない?」
「ごめん」
窘められて肩を竦めたエミリオは、おもむろにダイニングチェアーから立ち上がると、向かい側のスイの足元に跪いて彼女の手を取ってきた。
何かごそごそと懐から取り出していると思ったら、小さなジュエリーケースだ。
一瞬ぽかんとしたスイをよそに、その中から指輪を取り出して彼女の左手の薬指にはめ、ぶかぶかのそれに指をちょんとのせて何やら魔法文言を唱えた。するとみるみるうちに指輪のサイズが縮まり、スイの薬指にピッタリのサイズに納まった。
「え……すごい」
「……ありがとう。本当にありがとう、スイ。ずっと言おうと思ってたんだけど、もうこのタイミングだと思うから言うよ。……スイ、俺と結婚してくれる?」
「……!」
「ずっとずっと一緒に居たいんだ。スイと、この俺たちのベビーと。……駄目?」
「で、出た! そのずるい上目遣い!」
エミリオの「駄目?」にめっぽう弱いのを自覚しているけれど、この「駄目?」に駄目という選択肢などあってたまるかと思う。
顔が熱い。今顔面ゆでだこみたいになってるに違いなくて、恥ずかしいと嬉しいのとがごちゃ混ぜになって、思わずエミリオの首に腕を回して抱き着いてしまった。あまりの勢いで跪いたエミリオを床に押し倒してしまったけれど、彼はしっかり抱きとめてくれた。
「……よろしくお願いします! 受けて立つ!」
「はははは。良かった! ありがとうスイ!」
「エミさん大好きだぞこのやろおおおおおお!」
「俺もスイが大好きだあああああ!」
感極まって半分泣きながら笑って抱き合って幸せをかみしめた。顔を見合わせるとどちらからともなく「愛してる」と呟いてキスを交わす。
床に座って抱き合いながら二人の世界に没頭しようとしたとき、リビングのガラス窓がからから~と開いた。
「話は聞かせてもろうたぞ、スイーーーーー!」
久しぶりのシュクラの登場だった。
食事を再開し、焼いた羊肉をアテに久しぶりに飲むビールで上唇に白い泡をつけながら「あーこの一杯のために神してる」と、これまた久しぶりの言葉がシュクラから出てきて、スイとエミリオは顔を見合わせて笑った。
シュクラは数日守護地を開けていたことで溜まった邪気を神力で払うために数日お籠りをしていたのだそうだ。神殿に行っても会えなくて、その間スイの家に晩酌に来れなかったのもそのためだと言っていた。
話は聞かせてもらった! などと言っていたが、一応改めて妊娠のことを話すと、妊娠二カ月というところでいきなりドヤ顔をするシュクラ。
「言うたであろ? 制作に神が関わったからきっと実を結ぶとな」
「えっ」
「えっ」
「そう言うたら吾輩の子でもあるのかのう~?」
それって、あの前から後ろからトンデモおっぱい祭りだったときのアレですか。あのとき出来たってこと?
いや、確かに間接的にシュクラは関わっていたかもしれないけども!
「まあ、何にせよ。二人ともめでたいのう! そうかそうか。ずっと子を望んでおったものなあ。良かったのうスイ、そしてドラゴネッティ卿も」
「ありがとうシュクラ様」
「ありがとうございます」
「式はいつにするのじゃ? 子が生まれてからか?」
「まだそういう話はしてないよ。エミさんも騎士団辞めたばっかりだし」
「でも、俺はいつでもいいんだけど、式となると準備もあるからまだ先かもしれないな」
「ぶっちゃけ、あたしは地味婚でも」
「駄目じゃ」
「駄目だ」
シュクラとエミリオ二人から却下された。結婚式となると色々準備があるから、バタバタするのが何だか面倒くさいと思ったのだが、それは二人には通じないみたいだった。
ドレスはどうの、招待客はどうの、当日のもてなし料理はどうの、と何だか現実的かつ具体的な話にまでなって、シュクラとエミリオが議論を始めてしまったので、とりあえず耳から耳へ聞き流して、二人の取り皿に焼けた肉を取り分ける作業に戻ったスイ。
「しかしまあ……」
シュクラはピルスナーグラスに残ったビールを飲み干してから、手酌でまたグラスに注ぎながら呟いた。
「偶然もあったものじゃのう」
「偶然?」
「何かあったのですか?」
「うむ、実はの」
一度肉を咀嚼して新たに注いだビールで流し込んで、ゲフーと一息ついてから、シュクラは何でも無さそうに言う。
「吾輩もな、子ができたのじゃ。子というても卵を産んだのじゃがな。吾輩は卵生であるからの」
「えっ」
「えっ」
突然の衝撃的発表に、スイとエミリオは目が点になり、箸(エミリオはフォーク)を取り落としそうになった。
卵生なのかシュクラ様。ここにきて別の衝撃的事実だ。そういえば眷属は天馬のほかに白蛇だった気がする。って、いやいや、まず論点はそこじゃない。
「スイに弟か妹ができることになるのう。ちなみに産んだ卵は二個じゃ」
飼ってる鶏が産んだ卵みたいに言うんじゃないよ。シュクラ様の卵って。
「いやいやいやいや、まずそういうことじゃなくて!」
「いやあ、あの旅行から戻ったその日の晩に急に勝手に身体が女体化しての。卵を産むまでの期間と邪気払いのおかげで今日まで神殿から一歩も出られなかったのじゃ。で、なかなかスイの家に来れなくてなくてのう。スイ、寂しかったか?」
「いや、あの、シュクラ様聞いて!」
「ん? どうしたのじゃスイ?」
へらへら笑いながらとんちんかんな説明をするシュクラの肩をがしっと掴んで、「スイ、乱暴はよくない」と注意してくるエミリオに「あ、ごめんなさい」と謝ってから、改めてきょとんとしているシュクラに向き直る。
「ねえシュクラ様?」
「む?」
「……シュクラ様は男女両方に変身できるけど、雌雄同体ってわけじゃないんでしょ? 単独で子供なんてできるの?」
「そんなわけなかろう。どうしたのじゃ、スイ」
この際シュクラが卵生で卵を産む体質だったということは置いておく。卵が二個生まれたのも、生まれてしまったからにはもうしょうがないのでそれも置いておく。
問題は、「スイに弟か妹ができることになる」という話。そのシュクラの言葉が本当であれば、それは無精卵ではなくて有精卵ということになる。
「…じゃあ誰?」
「何?」
「お相手は誰? その卵の子、シュクラ様と、一体誰との子なの?」
放蕩娘を叱る母親のようだと思いながら、スイはシュクラに詰め寄るしかなかった。
シュクラはぽけーっとしたのち、首をかしげて少し考えるそぶりを見せてしばしうーんと唸ってから、手をぽん、と叩いて言い放った。
「おお、そうじゃそうじゃ。カイラード卿じゃ。あのジェイディハウスの閉鎖空間で」
へらへらとしたシュクラの口から出た名前のとんでもなさに、スイとエミリオはびしっと固まってしまうのだった。
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