上 下
115 / 155
本編

111 バレてた

しおりを挟む
 乗り慣れない馬車に揺られること数分。ドラゴネッティ邸に着いたエミリオ、スイ、シャンテルを背負ったシュクラが玄関前で馬車を降りると執事やメイドがばたばたと近寄って来た。
 口々にお帰りなさいませ~とか楽しまれましたか~? などと暢気に聞いてくるが、エミリオとスイはそれどころではなかった。ははは……と苦笑いをして返すしかない。

 すぐにエミリオの母であるニコール夫人と兄嫁のパメラ夫人が出迎えてくれて、シュクラに背負われてぐっすりと眠っているシャンテルを見て、慌てて受け取って抱き上げる。

「はしゃぎ疲れたようじゃ。ゆっくりと休ませるがよいぞ」
「まあまあ、シュクラ様におんぶしていただくなんて、孫が大変失礼を」
「何、そんなに構いもせずに返って申し訳ないと思うたぞ」

 本当にな。ちょっと迷子にしてしまったし、巻き込まれただけでこの場にいる誰の責任でもないけれど、シャンテルにはちょっと可哀想なことをしてしまった気がする。そうスイは思わずにはいられない。

 おまけにまだ幼いシャンテルが傍にいるというのに、タイミング悪く魔力枯渇に陥り発情するなどと、これがシャンテルが眠ってしまわずに気付かれでもしたらと思うと本当に申し訳ない。

「いいえ、お手数おかけしました、シュクラ様。エミリオさんもスイさんも、娘にお付き合いしてお疲れになったでしょ。少し休憩していってはいかが?」
「はは……ソウデスね」

 そうしたいのは山々だけれど、そんなことより早く帰って休みたいとスイは思っていた。
 魔力交換のためにエミリオと二人きりになれればいいのだけれど、これ以上シュクラの加護から外れてしまうのは避けたいので、シュクラと離れるわけにもいかない。
 同じく魔力枯渇のエミリオには転移魔法を使うことはおろか、ちょっとした初期魔法すらも使えないだろうし、やっぱりここは我慢して一旦別れて休むしかない。

 果たして休んだところでどれくらい回復するのかわからないけれども。

 さて……これからどうするか。
 そう考えたところで、メイドに眠ったシャンテルを手渡したニコール夫人が、エミリオとスイの様子がおかしいことに気づいてしまったらしい。

「貴方たち、一体どうしたの。顔色が悪いわ」
「母さん……」
「……エミリオ、貴方まさか。……ちょっと待ちなさいね。パメラさんはもうシャンテルとお部屋に戻りなさい」
「は、はい」

 身重のパメラを気遣ったのか、ニコール夫人は兄嫁を促すと、エミリオとスイとシュクラをリビングに連れて行った。

 昨日のソファーセットについた三人、その中のとりわけ息子であるエミリオの様子から何かを察したらしいニコール夫人は、気分が落ち着く良い香りのする紅茶を用意までしてくれて、一息着いた頃に落ち着いた様子で優しく話しかけた。

「……エミリオ、貴方もしかして、魔力枯渇という症状なのではないの?」
「……母さん」
「ほう、ニコール夫人はこの症状を知っているのかの?」
「間近で見たのは私もこれが初めてですわ、シュクラ様。でも……息子が遠征先でこうなったと聞いて、心配で自分でも色々勉強しました」

 この前の魔物討伐の遠征失敗におけるエミリオの魔力枯渇の話は、もしかしたらそれが原因で息子のエミリオを失うかもしれないという焦りに、何か自分でも手助けできることはないかと、彼女なりに症状のことや治療法などを色々と調べたそうだ。
 だからこそ、そんなエミリオのパートナーとなってくれた、彼と同じ程度の魔力持ちであるスイのことを認めてくれたのだろう。

「なるほど、さすがは大魔術師の母君じゃ」
「いいえ、ただの心配性な母親です。それで……何故そうなったのかはわからないけれど、スイさんも同じ症状なのね?」
「は、はい。お恥ずかしながら……」
「いいのよ。今でも二人とも苦しいのよね?」
「はい。でも……」

 出された紅茶で少しだけリラックスはできたけれど、まだまだ頭痛はするし身体は熱くて疼くし、息だってなかなか整わない。スイはシュクラと離れられないためあまり遠くにはいけないし、魔力交換の場所もない。マジックポーションを用意するにも金も時間もかかるし、何より副作用がひどいことで有名だから迂闊に手が出せない。
 本当に恥ずかしいかぎりだが、限界ヨロシク状態のエミリオとスイはそのことを正直に話すしかなかった。

 ニコール夫人はうんうんと頷きながら聞いてくれて、最後に「わかったわ」と言い、部屋の隅に控えていた家令にメイドに何やら指示を出す。

「貴方たち、離れの部屋を今すぐ二人に用意しなさい」
「はい、大奥様」
「えっ、か、母さん?」

 驚くエミリオを無視しててきぱきと指示を出してこちらに向き直るニコール夫人は、紅茶を一口飲んでからシュクラに向き直る。

「シュクラ様。本日はこちらにお泊り遊ばすことは可能ですか? ぜひとも昨日仰っていたビールとやらの事業のことにつきまして、主人と長男とともに話を進めたいのです」
「む……?」
「エミリオとスイさんがともに休んでいる間、ビールはございませんが、当家のワイナリー自慢のヴィンテージワインなどいかがですか?」
「むむっ? ヴィンテージとな⁉」
「ええ、おもてなしさせていただきますわ」
「まことか! うむ! そういうことなら喜んで馳走になろうぞ!」

 酒好きのシュクラを上手いこと乗せていくニコール夫人は、昨日のシュクラとの酒盛りですっかり要領を得ているらしい。
 ぽかーんとその様子を見ているしかないエミリオとスイをよそに、シュクラはすっかり居座る気満々のようだ。

 ……まあ、確かに。この邸の敷地内であれば、シュクラの加護は届くわけだし、エミリオの母が公認で二人に部屋を提供してくれるなんて、ありがたいことこの上ない。シュクラもお酒のおもてなしですっかり喜んでいるし、ありがたいと言えばありがたいけれど……。

 お、親公認で場所押さえてもらってのエッチとか! 恥ずかしすぎる!

 顔を見合わせて同じことを思った二人は、夫人の出してくれたお茶で少しだけ落ち着いたはずの昂りが異様なスピードで戻ってきてしまい、発情の症状と一緒に羞恥で真っ赤になって俯いてしまった。

 ニコール夫人が、三人が本日滞在する旨と、そのことをメノルカ神殿にいるシュクラの聖人聖女たちに知らせる旨を使用人たちに指示していると、先ほど離れとやらの準備を指示されたメイドが戻って来た。

「大奥様、掃除は客間と応接間と同様、いつお客様がいらしても良いように整えてあるそうです」
「そう。ありがとう。……というわけでエミリオとスイさん。二人は離れで休むといいわ。シュクラ様のおもてなしはこちらでしっかりいたしますからね。ゆっくり休んでね」
「お、お義母さん……?」
「母さん、その……」

 何と答えて良いやらわからなくて言いよどむ二人に、ニコール夫人はふふふと含み笑いをしながら流し目で二人を見る。

「ふふ、いいじゃないの。貴方たちも庭園の隅なんかで気忙しげに愛し合うよりも、落ち着いた部屋でゆっくりするほうが安心するでしょう?」
「えっ」
「えっ」
「ほらほら、もうお行きなさい。エミリオは離れの場所はわかっているわね?」
「……っ!」

 母の言葉にエミリオは真っ赤になった顔を上げて立ちあがり、そのままスイをひょいと抱き上げた。

「う、ひゃっ! エ、エミさん⁉」
「……母さん、誕生日や母の日なんかは、か、覚悟してくださいね!」
「あらまあ。うふふ」
「スイ、行こう!」
「え、う、ええええ!」

 スイを抱き上げたエミリオは、何が何だかわからないスイを無視してリビングを出て行った。リビングに残されたシュクラとニコール夫人はその開け放たれた扉を使用人たちが静かにぱたりと閉めるのを確認してから、おもむろにやや冷めた紅茶を飲み干した。

「夫人は気づいておったのかの?」
「あら、何がでしょう?」
「昨日の夜、スイとエミリオ卿の逢瀬のことじゃ」
「あら、ほほほ。予想が当たったのかしら?」
「む……? そう言うということは、もしや当てずっぽうかの?」
「まあ、何といいますか……。庭師の話によりますとね……今朝、薔薇が咲いたのだそうですわ。それも一晩で一斉に蕾が。こんなこと今までの経験上ありえないと庭師が言っておりましたの」
「ほう」
「何か、魔法めいたものを感じませんこと? それに思い出したら、そういえばあの子たち昨日庭園デートしてたわねと思いましたのよ」
「はははははははっ! 成程な! あれでもスイは豊穣の神である吾輩の愛娘じゃからのう。いやあ愉快愉快!」
「ほほほ」
「いやあ、感謝するぞニコール夫人。これで娘の憂いは無くなった。そなたは我が娘の恩人じゃ」
「とんでもございませんわ。私だって息子のためですもの」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】訳あり御曹司と秘密の契約【本編完結・番外編不定期更新中】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,141

そういうことなら言っておいてください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:68

不倫され妻の復讐は溺愛 冷徹なあなたに溺れて幸せになります

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,065pt お気に入り:84

転生した後に勇者パーティの女性達をNTRしまくる

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:46

檻から逃げる

現代文学 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:0

追放令嬢は六月の花嫁として隣国公爵に溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,971pt お気に入り:132

処理中です...