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本編
110 本能と理性の戦いは辛い
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大ピンチである。魔力枯渇の発情は時と場所を選ばないハタ迷惑なものであることが判明した。
バビちゃんファミリーのそれぞれのお友達の家にある可愛らしいとんがり屋根の家が男性のシンボルに見えてしまうくらい、スイは自分でもアホみたいだと思うほどムラムラしてしまっていた。家だったら確実に自慰に耽っていると思う。
寄り添うエミリオもまた同様、ばくばくと心臓の音が聞こえてきている。彼がちょっと前かがみになっているのは、スイの腰あたりをぐいぐい押してくる何奴かが自己主張しているせいだ。
「……スイ、俺、ごめん……これ」
「うん、いいよ、しょうがないよ……」
こんな状態をシャンテルに見られたらと思うとマジでシャレにならない。おじちゃまこれなーに? ここなんでこうなってるの? なんて聞かれたら答えに困る。
とりあえず股間をスイを抱き寄せることによってなんとか隠して誤魔化すしかなかった。
そんな風にエミリオは魔力枯渇の経験があるからかぐっと我慢出来ているみたいだが、スイはこの症状は初めてであったので、身体の疼きと爆上がりする心音と、本能的な衝動に突き動かされるのを持て余していた。頭痛よりもそっちのほうがかなり辛い。
これが魔力枯渇の症状なのか。エミリオはあの日ずっとこれに耐えていたんだと思うと、なんてかわいそうなことをしたのかとへらへら付き合っていた自分が恨めしい。
こうしてエミリオに抱き寄せられているだけでも身体が疼いてしょうがない。だが離れたら離れたで耐えられそうにない。
どうしよう。どうしよう。
どうしようったって、どうしようもない。
まず場所。ここは大勢の家族連れが行き交うバビちゃんキャッスルという子供向けのテーマパークであるということ。こんなところで発情してどうするというのか。
純粋無垢な子供らが目をキラキラさせて夢を見にくる神聖な場所であって大人が不純な動機で発情していい場所ではない、決して!
さらに同行者、エミリオの五歳の姪っ子シャンテルを連れている手前、情操に悪いので淫らな事はできないし、それにシュクラもクアスもいるというのに。
駄目だ。抑えなければ。
休めば少しは治まるんだっけ。だったら早く帰りたい。
「スイ、いかが致した?」
「シュクラ様……」
スイとエミリオの様子がおかしいことに気づいたシュクラが顔を覗き込んできた。この状態でシュクラの絶世の美貌は目の毒だ。そんなことを思っていたら、シュクラに額に手を置かれる。
「……いかん。魔力枯渇か。……最悪じゃ。恐れていたことがついに」
「シュクラ様、どうしよう。早く帰って休みたい。休んだら少しはなんとかなるんでしょ」
「そうじゃな……しかし、休んだくらいではそなたくらいの魔力は完全回復せぬぞ。ドラゴネッティ卿は……」
「……」
シュクラと目があったエミリオはそっと目を反らしてしまう。その様子にエミリオもまた魔力枯渇ということを察したシュクラは、あちゃーと頭を抱えてしまう。
「ドラゴネッティ卿に転移陣が使えたら、吾輩と三人でシャガの自宅に戻してもらおうと思ったのだが、どうやらその魔力は残っておらぬようだし、どうしようかのう。メノルカ神殿の頓宮に帰ってもドラゴネッティ卿は入れぬし、かといってここではスイは吾輩から離れるわけにいかぬから宿を借りることもできぬし……」
魔力枯渇の特効薬は魔力交換、同じ程度の魔力持ち同士の男女による性行為だ。しかし、シャガの自宅ならまだしもこの王都ではスイに制限がかかっているため自由にできないのが問題なのだ。
昨夜のようにエミリオの認識阻害魔法を使って、とはいかない。魔力満タンだった昨夜のエミリオとは打って変わって、今はスイと同じ魔力枯渇状態であるから。
うーむ、と三人で難しい顔やら赤い顔やらをしていると、クアスがきょとんとしてこちらにやってくる。
「エミリオ、一体どうしたんだ? それにスイ殿も……これは一体?」
「クアス……すまん。魔力が……」
「お前、また……! だ、大丈夫か?」
「……俺はちょっとは慣れてる。けれど、スイが……」
「もしや、スイ殿も?」
「はは……みたいデスね」
「症状は先ほどのカイラード卿とほぼ一緒じゃ」
「えっ」
「えっ」
「シュ、シュクラ様! そ、そのことは……!」
なんか聞き捨てならないような問題発言がシュクラから出たような気がする。クアスは思い当たる節があるのか、エミリオとスイのようにボッと顔を紅潮させている。
閉鎖空間に閉じ込められてスイやエミリオと離れている間、この二人に一体何があったのか、その疑問でスイとエミリオは一瞬だけ身体の疼きを忘れた。だが、またお互いに顔を見合わせただけで再びもとのように身体が火照ってきてしまう。どうしたらいいのか。
「……ジェイディ、もうおねむなの? シャンテルもつかれちゃった」
一方、そんなこととは露知らずのシャンテルが、ぐったりとエミリオに寄り添うスイのところにやってきて、コテンと頭を膝に乗せてきた。そうだ、そういえばこの子は朝からこの広いバビちゃんキャッスル内をテンションぶち上げ状態で走り回っていたし、あのような事件に巻き込まれている間に、迷子になって一人でスイたちを探し回っていたのだろう。五歳の子供だ。そろそろ疲れて眠くなってくるころだろう。
エミリオはその様子を見て、気分を吹っ切るようにして頭をぶんぶんと振ってから一つ頷いた。自分たちのことを優先するわけにはいかない。今日の主役はあくまでもシャンテルだったはずだし、まずはシャンテルを家に連れて帰らなければ。
「よし、じゃあもう帰りましょう。まずシャンテルを家に戻して、それで……それから考えましょう」
「エミさん……」
「……立てるか、スイ?」
「ドラゴネッティ卿はそれで良いのか?」
「なんとか……します。それより、ここにこのまま居るわけにもいかないでしょう。クアスも、そうだろう? それ、持って仕事に戻らないとならないんじゃないか?」
「あ、ああ……」
エミリオのとにかく帰ろうという言葉に、何となく気圧された一同は立ちあがってバビちゃんキャッスルを出ることにした。
幸い、ジェイディハウスは園内の閲覧ルートの最終あたりにあったようで、くるりと回って入口にすぐ戻って来られた。
「では、私はこれで。一度騎士団の詰め所とメノルカ神殿のほうにこれを持って精査しに参ります。……エミリオ、スイ殿、シャンテル殿、……シュクラ様も、ありがとうございました」
証拠として初代ジェイディの人形を手に入れたクアスとはここで一旦別れることになる。一同に騎士の礼をして行ったけれど、とりわけシュクラに対して深々と頭を下げていたのがなんだか気になる。あんなにギスギスしていた二人なのに、あの閉鎖空間から戻ったらちょっと仲良くなっているみたいで不思議だと、スイは思った。
あー。あたしもエミさんと仲良くしたい。魔力枯渇ってこんなに辛いんだ。
しかし、とにもかくにもとりあえずはシャンテルを家に連れて帰らないと。エミリオも話はそれからだと言っていたし、ここは素直に聞くしかない。我慢だ、我慢。エミリオだって同じ辛さに耐えているんだからとスイは深呼吸をしてから顔面をパチンと叩いて喝を入れた。
夕焼け空の赤さがやけに眩しい西日に照らされながら、一同の乗った馬車はドラゴネッティ邸へと出発した。
途中、案の定眠ってしまったシャンテルを膝枕してくれたシュクラを向かいにして、スイとエミリオはピッタリと隣り合って座りながら、ガタゴトと揺れる馬車の振動にもいちいち身体を疼かせて、それを手を繋ぎながら必死に我慢しなければならなかったけれども。
バビちゃんファミリーのそれぞれのお友達の家にある可愛らしいとんがり屋根の家が男性のシンボルに見えてしまうくらい、スイは自分でもアホみたいだと思うほどムラムラしてしまっていた。家だったら確実に自慰に耽っていると思う。
寄り添うエミリオもまた同様、ばくばくと心臓の音が聞こえてきている。彼がちょっと前かがみになっているのは、スイの腰あたりをぐいぐい押してくる何奴かが自己主張しているせいだ。
「……スイ、俺、ごめん……これ」
「うん、いいよ、しょうがないよ……」
こんな状態をシャンテルに見られたらと思うとマジでシャレにならない。おじちゃまこれなーに? ここなんでこうなってるの? なんて聞かれたら答えに困る。
とりあえず股間をスイを抱き寄せることによってなんとか隠して誤魔化すしかなかった。
そんな風にエミリオは魔力枯渇の経験があるからかぐっと我慢出来ているみたいだが、スイはこの症状は初めてであったので、身体の疼きと爆上がりする心音と、本能的な衝動に突き動かされるのを持て余していた。頭痛よりもそっちのほうがかなり辛い。
これが魔力枯渇の症状なのか。エミリオはあの日ずっとこれに耐えていたんだと思うと、なんてかわいそうなことをしたのかとへらへら付き合っていた自分が恨めしい。
こうしてエミリオに抱き寄せられているだけでも身体が疼いてしょうがない。だが離れたら離れたで耐えられそうにない。
どうしよう。どうしよう。
どうしようったって、どうしようもない。
まず場所。ここは大勢の家族連れが行き交うバビちゃんキャッスルという子供向けのテーマパークであるということ。こんなところで発情してどうするというのか。
純粋無垢な子供らが目をキラキラさせて夢を見にくる神聖な場所であって大人が不純な動機で発情していい場所ではない、決して!
さらに同行者、エミリオの五歳の姪っ子シャンテルを連れている手前、情操に悪いので淫らな事はできないし、それにシュクラもクアスもいるというのに。
駄目だ。抑えなければ。
休めば少しは治まるんだっけ。だったら早く帰りたい。
「スイ、いかが致した?」
「シュクラ様……」
スイとエミリオの様子がおかしいことに気づいたシュクラが顔を覗き込んできた。この状態でシュクラの絶世の美貌は目の毒だ。そんなことを思っていたら、シュクラに額に手を置かれる。
「……いかん。魔力枯渇か。……最悪じゃ。恐れていたことがついに」
「シュクラ様、どうしよう。早く帰って休みたい。休んだら少しはなんとかなるんでしょ」
「そうじゃな……しかし、休んだくらいではそなたくらいの魔力は完全回復せぬぞ。ドラゴネッティ卿は……」
「……」
シュクラと目があったエミリオはそっと目を反らしてしまう。その様子にエミリオもまた魔力枯渇ということを察したシュクラは、あちゃーと頭を抱えてしまう。
「ドラゴネッティ卿に転移陣が使えたら、吾輩と三人でシャガの自宅に戻してもらおうと思ったのだが、どうやらその魔力は残っておらぬようだし、どうしようかのう。メノルカ神殿の頓宮に帰ってもドラゴネッティ卿は入れぬし、かといってここではスイは吾輩から離れるわけにいかぬから宿を借りることもできぬし……」
魔力枯渇の特効薬は魔力交換、同じ程度の魔力持ち同士の男女による性行為だ。しかし、シャガの自宅ならまだしもこの王都ではスイに制限がかかっているため自由にできないのが問題なのだ。
昨夜のようにエミリオの認識阻害魔法を使って、とはいかない。魔力満タンだった昨夜のエミリオとは打って変わって、今はスイと同じ魔力枯渇状態であるから。
うーむ、と三人で難しい顔やら赤い顔やらをしていると、クアスがきょとんとしてこちらにやってくる。
「エミリオ、一体どうしたんだ? それにスイ殿も……これは一体?」
「クアス……すまん。魔力が……」
「お前、また……! だ、大丈夫か?」
「……俺はちょっとは慣れてる。けれど、スイが……」
「もしや、スイ殿も?」
「はは……みたいデスね」
「症状は先ほどのカイラード卿とほぼ一緒じゃ」
「えっ」
「えっ」
「シュ、シュクラ様! そ、そのことは……!」
なんか聞き捨てならないような問題発言がシュクラから出たような気がする。クアスは思い当たる節があるのか、エミリオとスイのようにボッと顔を紅潮させている。
閉鎖空間に閉じ込められてスイやエミリオと離れている間、この二人に一体何があったのか、その疑問でスイとエミリオは一瞬だけ身体の疼きを忘れた。だが、またお互いに顔を見合わせただけで再びもとのように身体が火照ってきてしまう。どうしたらいいのか。
「……ジェイディ、もうおねむなの? シャンテルもつかれちゃった」
一方、そんなこととは露知らずのシャンテルが、ぐったりとエミリオに寄り添うスイのところにやってきて、コテンと頭を膝に乗せてきた。そうだ、そういえばこの子は朝からこの広いバビちゃんキャッスル内をテンションぶち上げ状態で走り回っていたし、あのような事件に巻き込まれている間に、迷子になって一人でスイたちを探し回っていたのだろう。五歳の子供だ。そろそろ疲れて眠くなってくるころだろう。
エミリオはその様子を見て、気分を吹っ切るようにして頭をぶんぶんと振ってから一つ頷いた。自分たちのことを優先するわけにはいかない。今日の主役はあくまでもシャンテルだったはずだし、まずはシャンテルを家に連れて帰らなければ。
「よし、じゃあもう帰りましょう。まずシャンテルを家に戻して、それで……それから考えましょう」
「エミさん……」
「……立てるか、スイ?」
「ドラゴネッティ卿はそれで良いのか?」
「なんとか……します。それより、ここにこのまま居るわけにもいかないでしょう。クアスも、そうだろう? それ、持って仕事に戻らないとならないんじゃないか?」
「あ、ああ……」
エミリオのとにかく帰ろうという言葉に、何となく気圧された一同は立ちあがってバビちゃんキャッスルを出ることにした。
幸い、ジェイディハウスは園内の閲覧ルートの最終あたりにあったようで、くるりと回って入口にすぐ戻って来られた。
「では、私はこれで。一度騎士団の詰め所とメノルカ神殿のほうにこれを持って精査しに参ります。……エミリオ、スイ殿、シャンテル殿、……シュクラ様も、ありがとうございました」
証拠として初代ジェイディの人形を手に入れたクアスとはここで一旦別れることになる。一同に騎士の礼をして行ったけれど、とりわけシュクラに対して深々と頭を下げていたのがなんだか気になる。あんなにギスギスしていた二人なのに、あの閉鎖空間から戻ったらちょっと仲良くなっているみたいで不思議だと、スイは思った。
あー。あたしもエミさんと仲良くしたい。魔力枯渇ってこんなに辛いんだ。
しかし、とにもかくにもとりあえずはシャンテルを家に連れて帰らないと。エミリオも話はそれからだと言っていたし、ここは素直に聞くしかない。我慢だ、我慢。エミリオだって同じ辛さに耐えているんだからとスイは深呼吸をしてから顔面をパチンと叩いて喝を入れた。
夕焼け空の赤さがやけに眩しい西日に照らされながら、一同の乗った馬車はドラゴネッティ邸へと出発した。
途中、案の定眠ってしまったシャンテルを膝枕してくれたシュクラを向かいにして、スイとエミリオはピッタリと隣り合って座りながら、ガタゴトと揺れる馬車の振動にもいちいち身体を疼かせて、それを手を繋ぎながら必死に我慢しなければならなかったけれども。
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