上 下
111 / 155
本編

107 窓に西日が当たる部屋は スイ1

しおりを挟む
 スイは泥のように眠っていた。休日出勤で土曜の深夜まで出勤させられ、さすがに日曜は休ませてもらえたけれど、疲れがひどくて丸一日寝ていることが多かった。
 それでもいつ呼び出しがあるかもわからないため、スマートフォンの呼び出し音が鳴ればすぐに起きれるようにと体が学んでしまったのか、いつも眠りは浅かった。
 それゆえに疲れは丸一日眠っただけではほぼ取れなかった。

 睡眠と覚醒を浅く繰り返し、何度目かに目を覚まして、再度まどろんでいるときに、仰向けの姿勢で見た天井はどこか懐かしい場所に思えた。

 築三十年の木造ボロアパート。足をまげて入らなければならない狭いユニットバスしかないけれど、一応1LDKで駅に近いから住み続けていると、彼が苦笑しながら言っていたのを思い出す。

 言っていた? 誰が? 彼って誰?

 ふと感じた疑問にふわりふわりと頭が冴えてきて、まどろんでいた意識が浮上してきた。
 むくりと起き上がって周りを見渡すと、そこは自分の部屋ではなかった。だけれども見覚えはある。自分はここで何度も寝泊まりしたことがある。
 ルームフレグランスのグリーンシャワーの香りだってあの時のまま。今まで寝ていたベッドのカバーだって、この前大物洗濯をして換えてあげたばかりのもので。

 換えてあげたって、誰に? この前って一体いつのこと?

 不意に部屋のドアがかちゃりと開いて、一人の男性が顔を出した。色素の薄いふわふわした猫っ毛に、彫りの深い日本人離れした可愛らしい顔をした、お互いファンであるロックバンドのライブTシャツ、細身のジーンズ姿のその男性を見て、急にもやっとした頭の中に莫大な記憶が雪崩れ込んできた。

 蜂谷悟。現代日本に居た頃の元恋人だった男。
 異世界転移しセドル・アーチャーとかいう、何ともしゃらくせえ洒落こいた名前を付けられていた、メノルカ神殿の聖人となっていた男。
 ……の、二十四歳の頃の姿をしている男。

 そして、会う約束をしていたその日を忘れて、浮気相手を家に連れ込んでわっせわっせとやらかしていた、それが原因で別れてやった男。そこまで考えて、今まで寝ていたベッドが突然汚らわしく思えて思わずベッドから降りて立ちあがる。浮気をやらかしていたベッドに寝ていたなんてキモすぎる。

 今日メノルカ神殿の頓宮から出てきたときと同じ服装のまま寝ていたみたいで、ぱんぱんと服についたかもしれない汚いものをはたき落とす仕草をしているスイを見て、悟はバツが悪そうに頭を掻きながら話し始めた。

「……お、おはよう、ひす……真中さん」
「さ……蜂谷さん……」

 その呼び方。あれ? 昨日メノルカ神殿で会ったときの会話で呼び合っていた名前だった気がする。その姿で? 二十五年後のしょぼくれたオヤジはいったいどこにいった。

「ごめん、今はわけあってこの姿でいる」

 心を読んだように、というより疑問が顔に出ていたらしいスイに答えるようにして悟は言う。

「……あれ、そういえば、しょぼくれたオヤジになった蜂谷さん大けがして意識不明の重体だって」
「しょぼくれ……うん、まあそうなんだけど。だから意識だけ飛ばしてここにいる。真中さんの夢の中に」
「夢なのこれ? 死んだのかと思った」
「俺も真中さんも死んでないよ、眠ってるだけだし」
「だとしても……うわー……なんで蜂谷さんの部屋が舞台の夢なの? もう蜂谷さんのことなんとも思ってないけど普通にトラウマなんだけど。キモイんだけど」
「そんな毛嫌いしないでって……まあ、そうなるのも、俺が悪いんだけどさ……」
「……何で? 何で夢の中に出てきたっての?」
「その……ちょっと話があって」
「話?」

 いぶかしむみたいに悟を睨みつけるスイの強い視線に、少々おじけづいた悟。けれどもすーはーと深呼吸してから、おもむろにスイにむかって頭を下げた。

「……まず、その」
「あっ、浮気のことなら昨日謝ってもらったからもういいし。てか二回も聞きたくないし面白い話でもないし」
「いや、そのことじゃなくて……いや、そのことも申し訳ないんだけど、今はそうじゃなくて。……今真中さんどういう状況かわかってる?」
「は?」
「俺が作った初代ジェイディの暴走で、今真中さんの本体が大変なことになってる」
「は?」

 初代ジェイディというのはたしかメノルカ神殿から盗まれた人形のことじゃなかったか。
 それが一体、この夢の中で悟と会っていることと何の関係があるというのか。
 一体何の話かと首をかしげて頭の中がクエスチョンマークでいっぱいな表情をしていたら、さすがに件の初代ジェイディのことを説明してくれた。
 初代ジェイディが、蜂谷悟の魔力を二十五年間かけて吸収し、自我を持って暴走したとのこと。

「今、真中さん眠ってるの何でだと思う? 初代ジェイディに捕まって魔力抜き取られてるからだよ」
「え」
「もともと俺からの魔力供給で動いてたのに、俺がぶっ倒れてから魔力供給されなくなって他から取ることにしたみたい。でももともと魔力封印されたあげく今にも死にそうなしょぼくれたオヤジの微々たる魔力だけで補えると思う?」
「あたしの魔力ー!」
「うん、ごめん、本当にうちのジェイディが」
「なんでそんなことになってんのよ!」
「まあ……色々あって……」
「いや、ちゃんと話しなよ。事と次第によっちゃしょぼくれたオヤジだろうとグーパンするわよ」

 流石に寝込んで弱ってるとこにはしないけども。元気になったら覚悟しとけ。

「わ、わかった! わかったから……つか、それやられたらマジで再起不能になっちゃうからやめて。もう俺の本体マジで若くないから」

 うるせえだったら一から説明しやがれといった凄んだ態度で詰め寄ると、どうどう、とスイを宥めながらもポツリポツリと話し始めた。

 悟は自分が稀人で、もともと規格外の魔力持ちであり、若い頃何度も魔力暴走を起こしたので、メノルカにその半分以上を封印してもらっていて、一般人なみにはなったらしい。

 だが、一般人並みといっても通常のこちらの人よりも魔力は少し高かった。ジェイディ開発のためスイを模した初代ジェイディを愛で続けた結果、二十五年かけてジェイディに宿った悟の魔力が、初代ジェイディに人格を宿すことに力を貸したのだそうだ。悟自身も、神殿の主であるメノルカもまったくあずかり知らぬことだったようだ。

 そしてついに昨日の夜、初代ジェイディを倉庫へしまおうとしたとき、棄てられたと思い込んだジェイディが、溜め込んだ魔力を暴発させたのだ。爆発はそれが原因だった。

 魔力暴発させた、人格を持った初代ジェイディはそのまま脱走し、逃亡先にしたのはバビちゃんキャッスルの中にあるジェイディハウスだった。ここなら、人形があっても怪しまれることはないと踏んだのだろう。木を隠すなら森の中作戦のようだ。なかなか小賢しいやつである。

 もともと悟に棄てられた悲しみに暮れて脱走しただけで、こんな風にスイたちに危害を加える予定もなかったが、何の運命のいたずらか、スイたちがやってきてしまった。それで、自分を棄てさせた原因になったスイたちへの恨みが爆発したということだった。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

処理中です...