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本編

106 シャンテルはおねえちゃんなので シャンテル2

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 疲れたといって蹲っていたし、よほどたくさんお手伝いしたのだろう。シャンテルはえらいえらいと頭を撫でてあげた。弟か妹ができたらきっとこんな感じだろうとシャンテルは、もうすぐ生まれてくるまだ見ぬ弟か妹を思い浮かべ、その子にもこんなふうになでてあげるのだと決めた。

 シャンテルは背負っていた可愛らしいリュックから、今日も肌身離さず持ち歩いていたものを取り出して子供に見せた。それは綺麗に着飾られたシャンテルのジェイディ人形だ。
 ジェイディを持って、「おてつだいできてえら~い♪」と言いながら動かして見せた。

「……っ!」

 子供はジェイディ人形を見て一瞬びくりとして怯えた表情を見せたけれど、それに気づかないシャンテルが「シャンテルのだいじなだいじなジェイディなのよ」と人形に頬ずりしているのを見て、表情を和らげた。

「かわいいでしょ? ジェイディかわいいのよ」
「……ほんとだ。かわいいね。ままみたい」
「ままもジェイディみたいなの?」
「うん、とってもかわいいよ。ぱぱもかわいいっていつもいってる」
「うふふ。それはね、ふうふっていうのよ。ふうふはかわいいねっていいあうものなのよ」

 普段から父トラヴィスと母パメラの度が過ぎるくらいに仲睦まじい姿を見ているので、きゃっ、と頬を染めながらこまっしゃくれたことを自信満々に胸を張って言うシャンテルに、子供は意味が解らずとも楽しそうに笑った。
 そのときのシャンテルの持つジェイディ人形がふんわりとあたたかな光をうっすらと帯びていたことを、シャンテルは知らなかった。相変わらずちょっと吊り目の大きな黒い瞳のジェイディは温厚なアルカイックスマイルをたたえていたけれど。

 気が付けば、ジェイディハウスの二階に来ていて、観光客がそれぞれの部屋を見学して出入りしている中、子供はひとつの扉を指さした。
 そのドアはひときわ洒落たワインレッドのドアで、子供は「ぱぱ、まま!」と叫んで走り出したため、シャンテルも慌ててついていく。

 子供の背にはまだなかなか届かないドアノブに一生懸命手を伸ばしている姿を見て、シャンテルはその子を後ろから抱き上げてうーん、といいながらドアノブに手をかけさせてあげた。お姉ちゃんは抱っこくらいできなければつとまらないのだ。

「とどいたー?」
「うん、よいしょ、よいしょ」
「ドアはね、それをもってくるっとまわしておしたりひいたりするのよ」
「うーん、こう?」
「もっとまわして」
「うん、えい、えい……」

 ちょっと重いドアだった。力の弱い子供が二人がかりで一生懸命ドアノブを回して引いて押してを繰り返してもなかなか開くものではない。
 二分ほど頑張っただろうか、ちょっとさすがに疲れてきたなと思ったとき、あまりに開かなくてシャンテルの抱っこしていた子供はふえふえと泣きべそをかきだしてしまった。
 お姉ちゃんなシャンテルでもどうすることもできなくて、急に心細くなったシャンテルもまた涙がにじみ出てきて、ひっくひっくとしゃくりあげが始まってしまう。
 子供二人でしゃくりあげて泣き出しそうになっているとき、ふとシャンテルが子供と一緒に抱っこしていたジェイディ人形がまたふわりと温かい光を放ちだした。

 不思議に思って子供の脇からシャンテルが覗き見ると、ジェイディ人形は両腕を伸ばして一緒にドアノブに触れていた。そんな風にジェイディの腕を可動させた覚えはないが、まるでジェイディが手伝ってくれているみたいだった。

 すると、不思議とあれほど重かったドアがかちゃりと音を立てて開いたのだ。驚いて目を見開いた二人、同時に二人で顔を見合わせて、ぱあっと笑顔になった。
 シャンテルはその子供をよいしょっと床に降ろすと、その子はドアに手をかけてからシャンテルを振り返った。

「ありがとうおねえちゃん」
「あっ……ううん、どういたしまして」
「えへへ」

 にこっと笑ったその顔を、今改めて見たシャンテル。
 どうして先ほどから見ていたのに気付かなかったのかわからないが、その子はちょっと見覚えのある顔をしていた。

 いつも見ている祖父、父、叔父、そして鏡で見る自分と同じ、ターコイズブルーの瞳に、ジェイディを彷彿とさせる、この世界ではあまり見ない、美しい黒髪をしたその子供は、開いたドアの隙間に手を入れて、身体を割り込ませるみたいにがばっと重いドアを開いた。

 バシュッ! パリーン!

 何かの破裂したような、何かが割れたような音が響き渡り、開いたドアの向こうからぶわっと強い風が吹き荒れた。シャンテルがジェイディ人形を抱きながら、前から吹いてくる風に目をつぶっていると、前方からその風にのって、あの子の声が聞こえてきた。

「ほんとうにありがとう、おねえちゃん。またあおうね。ぜったいにあえるよ」

 その声に思わず目を開けたシャンテルだったが、その声の持ち主はもうどこにもおらず、ただ開け放たれたドアからまだ吹き荒れる風だけが残っていた。

 その風は、とても暖かかった。
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