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本編
103 クローズドサークル エミリオ6
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エミリオは拘束を破ろうともがきにもがいたが、暴れるエミリオに舌打ちをしたジェイディはエミリオの頬を思いきりこぶしで殴りつけた。
「ぐほっ……!」
「キャハハハハハハッ!」
女性のできる殴り方では全くなく、それこそ大の男が体重を乗せて殴りつけたときと同じような強さの一撃だった。その一撃で興が乗ったらしいジェイディは、瞬きもしない見開いた目と、口元に狂気的な笑みを浮かべて笑いながら、さらに二度、三度と同じようにエミリオを殴りつける。
頬、頭、腹とサンドバッグのように殴りつけられ、エミリオは血の混じった唾を吐いた。頭から生暖かいものが流れるのを感じ、額から血を流していることに気が付くも、頭を殴られた衝撃で意識が朦朧としだした。回復魔法を唱えようにも思考がおぼつかない。
このまま手をこまねいていてはいけない。魔法で攻撃するしかない。
ここで大きな魔法を使ってはいくら閉鎖空間とはいえ、外部に影響が出ないとも限らず、さらに捕らわれているスイが怪我でもしてはならないと控えていたが、これ以上は無理だと判断したエミリオは、朦朧とする頭をぶるぶると振ってからこの拘束を破ろうと息を吸い込む。
「al ig becta……う、がぁっ……!」
エミリオは魔法文言を唱えようとして、途中まで唱えたところでそれが途切れた。首に黒髪が絡みついてきて、強く締められたのだ。さらに開いた口にまで黒髪の束が触手のごとく侵入し、エミリオに魔法文言はおろか言葉も話せないようにしてしまった。
基本的に魔法文言は声に出して詠唱するもので、無詠唱の魔法は神の領域となり、人間がそこに近づくには多くの魔力を消費するので魔術師は基本使わない。ゆえに、声を封じられては魔法は使えない。
「キャハハハハハッ! アーッハッハッハッッ!」
喉奥まで入れられて吐き気を催すほどの苦しさと首を絞められる苦しさにエミリオの意識は再び朦朧としてきた。
薄れゆく意識の中、狂ったように仰け反って笑うジェイディと、その向こうに青白くほの光る黒髪に縛られて死んだようにぐったりとしているスイの姿が見えた。
――助けてくれ。誰か。頼む、俺はいい。スイは、スイだけは、助けてくれ……!
情けない願い事だとエミリオは自己嫌悪に陥る。何が規格外の魔力持ちだ、何が王都一の魔術師だ。愛する女性一人守れず、その目の前で力尽きるなど、聞いて呆れる。
おまけに最期の願いが他力本願だ。情けない。
スイは呆れるだろうな。悲しむどころか何故守ってくれなかったのかと愛想を尽かすかもしれない。
彼女にはあんなに世話になったのに。あんなに愛してくれたのに。
俺はスイのくれた物に何一つ返せなかった。
「スイ……ス……イ……」
スイに呼びかけるも掠れた声しか出ず、ジェイディの狂ったような笑い声にかき消されて彼女には全く届かない。愛する者の名を口をぱくぱくと開くも声に出ず、その様子に気づいた黒髪がさらにエミリオの首を締め上げてゆく。
エミリオの脳裏に走馬灯のようにスイとのこれまでが流れて去っていった。とうとうその重さに耐えきれず落ちてきた瞼に、滲んだ涙が一筋頬を伝った。
「キャーハハハハハハ……ハ、……?」
ついに動かなくなったエミリオと、眠ったまま魔力を奪われてぐったりとしているスイを交互に見て、さらに興奮したように仰け反って笑うジェイディは、不意に視界の隅に映った物に気づいてそちらをがばっと振り返った。
俯いたエミリオの胸元にぽわりと淡く光る玉があった。その光る玉を見た瞬間、何やら不快な気分になったジェイディは、その光目掛けて黒髪の触手を放つ。
だが次の瞬間、その光の玉はとてつもない勢いで膨れ上がり、エミリオを包み込む。エミリオを縛り付けていた黒髪はその光を浴びた瞬間に白い炎に包まれて燃え上った。燃えたのは黒髪だけであってエミリオの体には傷をつけなかった。エミリオの身体は白い炎を纏ってふわりと地に降ろされる。
キャアアアアとか細い悲鳴が幾重にも重なって部屋じゅうに響き渡ったかと思うと、エミリオを縛っていた黒髪のもとである眼球パーツの欠如したジェイディの顔が白い炎に包まれてぶすぶすと煙を噴き上げながら床に落ち、最後には塵も残さず消え去っていった。
部屋を覆っていた闇のごとき黒髪も燃え上り、それだけを焼きつくして炎は消え、絡め捕られて宙に浮いていた家具ががたがたと大きな音を立てて床に落ちた。
そのあまりの大きな衝撃音で、エミリオは意識を取り戻した。呼吸ができるようになり、急に吸い込んだ空気にむせてげほげほと肩を上下させながら血と唾の混じった咳を吐き出す。
先ほどまでもう絶体絶命の状態だったというのに、これは一体何が起こったのかまったくわからない。だが自分が生きていることをこの息苦しさで実感する。
「はっ……ス、スイ……!」
ようやく戻って来た視界の先では、白い光はスイまで照らしだしていた。白い炎はスイを縛る黒髪だけを焼き尽くし、エミリオと同じくスイの身体をふわりと床におろしてからかき消えた。
「ぐほっ……!」
「キャハハハハハハッ!」
女性のできる殴り方では全くなく、それこそ大の男が体重を乗せて殴りつけたときと同じような強さの一撃だった。その一撃で興が乗ったらしいジェイディは、瞬きもしない見開いた目と、口元に狂気的な笑みを浮かべて笑いながら、さらに二度、三度と同じようにエミリオを殴りつける。
頬、頭、腹とサンドバッグのように殴りつけられ、エミリオは血の混じった唾を吐いた。頭から生暖かいものが流れるのを感じ、額から血を流していることに気が付くも、頭を殴られた衝撃で意識が朦朧としだした。回復魔法を唱えようにも思考がおぼつかない。
このまま手をこまねいていてはいけない。魔法で攻撃するしかない。
ここで大きな魔法を使ってはいくら閉鎖空間とはいえ、外部に影響が出ないとも限らず、さらに捕らわれているスイが怪我でもしてはならないと控えていたが、これ以上は無理だと判断したエミリオは、朦朧とする頭をぶるぶると振ってからこの拘束を破ろうと息を吸い込む。
「al ig becta……う、がぁっ……!」
エミリオは魔法文言を唱えようとして、途中まで唱えたところでそれが途切れた。首に黒髪が絡みついてきて、強く締められたのだ。さらに開いた口にまで黒髪の束が触手のごとく侵入し、エミリオに魔法文言はおろか言葉も話せないようにしてしまった。
基本的に魔法文言は声に出して詠唱するもので、無詠唱の魔法は神の領域となり、人間がそこに近づくには多くの魔力を消費するので魔術師は基本使わない。ゆえに、声を封じられては魔法は使えない。
「キャハハハハハッ! アーッハッハッハッッ!」
喉奥まで入れられて吐き気を催すほどの苦しさと首を絞められる苦しさにエミリオの意識は再び朦朧としてきた。
薄れゆく意識の中、狂ったように仰け反って笑うジェイディと、その向こうに青白くほの光る黒髪に縛られて死んだようにぐったりとしているスイの姿が見えた。
――助けてくれ。誰か。頼む、俺はいい。スイは、スイだけは、助けてくれ……!
情けない願い事だとエミリオは自己嫌悪に陥る。何が規格外の魔力持ちだ、何が王都一の魔術師だ。愛する女性一人守れず、その目の前で力尽きるなど、聞いて呆れる。
おまけに最期の願いが他力本願だ。情けない。
スイは呆れるだろうな。悲しむどころか何故守ってくれなかったのかと愛想を尽かすかもしれない。
彼女にはあんなに世話になったのに。あんなに愛してくれたのに。
俺はスイのくれた物に何一つ返せなかった。
「スイ……ス……イ……」
スイに呼びかけるも掠れた声しか出ず、ジェイディの狂ったような笑い声にかき消されて彼女には全く届かない。愛する者の名を口をぱくぱくと開くも声に出ず、その様子に気づいた黒髪がさらにエミリオの首を締め上げてゆく。
エミリオの脳裏に走馬灯のようにスイとのこれまでが流れて去っていった。とうとうその重さに耐えきれず落ちてきた瞼に、滲んだ涙が一筋頬を伝った。
「キャーハハハハハハ……ハ、……?」
ついに動かなくなったエミリオと、眠ったまま魔力を奪われてぐったりとしているスイを交互に見て、さらに興奮したように仰け反って笑うジェイディは、不意に視界の隅に映った物に気づいてそちらをがばっと振り返った。
俯いたエミリオの胸元にぽわりと淡く光る玉があった。その光る玉を見た瞬間、何やら不快な気分になったジェイディは、その光目掛けて黒髪の触手を放つ。
だが次の瞬間、その光の玉はとてつもない勢いで膨れ上がり、エミリオを包み込む。エミリオを縛り付けていた黒髪はその光を浴びた瞬間に白い炎に包まれて燃え上った。燃えたのは黒髪だけであってエミリオの体には傷をつけなかった。エミリオの身体は白い炎を纏ってふわりと地に降ろされる。
キャアアアアとか細い悲鳴が幾重にも重なって部屋じゅうに響き渡ったかと思うと、エミリオを縛っていた黒髪のもとである眼球パーツの欠如したジェイディの顔が白い炎に包まれてぶすぶすと煙を噴き上げながら床に落ち、最後には塵も残さず消え去っていった。
部屋を覆っていた闇のごとき黒髪も燃え上り、それだけを焼きつくして炎は消え、絡め捕られて宙に浮いていた家具ががたがたと大きな音を立てて床に落ちた。
そのあまりの大きな衝撃音で、エミリオは意識を取り戻した。呼吸ができるようになり、急に吸い込んだ空気にむせてげほげほと肩を上下させながら血と唾の混じった咳を吐き出す。
先ほどまでもう絶体絶命の状態だったというのに、これは一体何が起こったのかまったくわからない。だが自分が生きていることをこの息苦しさで実感する。
「はっ……ス、スイ……!」
ようやく戻って来た視界の先では、白い光はスイまで照らしだしていた。白い炎はスイを縛る黒髪だけを焼き尽くし、エミリオと同じくスイの身体をふわりと床におろしてからかき消えた。
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