108 / 155
本編
104 クローズドサークル エミリオ7
しおりを挟む
「スイ!」
エミリオは満身創痍の身体に鞭を打って、重い身体を引き摺りながらも匍匐前進でスイのもとに行き、彼女を抱え起こした。
「スイ! 大丈夫か、頼む、目を開けてくれ……!」
魔力を奪い取られて血の気を失い、ぐったりとして動かないスイ。そんな彼女の頬をさすりながらエミリオは焦りながらも魔法文言を唱えて彼女の身を癒す。
魔力を失い過ぎると体力まで消耗する。エミリオのように騎士団に所属していて鍛えている者であれば多少はもつのだが、スイのような一般人女性にそれを求めるのは難しい。だから体力だけでも回復させなければならなかった。
「ギャアアアアアアアアア!」
白い光を浴びたジェイディはエミリオやスイの体とは違い、全身に炎が回ってぶすぶすと煙を噴き上げながら燃え上った。苦しみの絶叫を上げながらゴロゴロと転がっていた。
白い炎はジェイディを焼き尽くすかと思われたが、徐々に勢いが衰えていき、そのうちぶすぶすと煙を噴き上げてやがて消えてしまった。
ジェイディは焼き尽くされなかった。しばらく煙を上げて倒れていたが、シャアアアアアと蛇が威嚇するかのような奇声を上げてゆらりと立ち上がった。その長い黒髪は全て焼け落ち、片方の眼球パーツは熱によるためか溶けてなくなってしまって、暗くぽっかりと開いた眼窩をさらしているという恐ろしい形相でエミリオたちを睨みつけてきた。
その恐ろし気な表情に、エミリオはスイを抱きしめながら身構える。
そんなジェイディが今にも襲い掛からんと一歩エミリオたちのほうへぼろぼろの足を踏み出した。
カカカカ……
炎で溶けてむき出しになった口元から歯がかたかたなっているのが、狂気的に笑っているように見える。
この至近距離、意識のないスイを抱えて、自分も満身創痍。さらにスイと同じようにエミリオもまたこの化け物と化したジェイディに魔力を吸い取られていたらしく、少々身に覚えのある頭痛がしてきていた。
やはり先ほど声を封じられたこともあり、魔術師と気づいてこちらからも魔力を少し吸い取っていたらしい。抜け目がなくて忌々しい。
だが、これくらいスイの消耗に比べたら何ともないはずだと思ったエミリオは、掠れた声を押し出すように低い声で魔法文言を唱え始めた。
「……al ig……becta(古の魔導士イグの名にかけ)」
エミリオは詠唱中に喉元からせり上げてくるものに咳き込まぬようにゆっくりと、確実に詠唱を始めた。
「……fiona mole(地の女王より命ず)」
最早満身創痍と知ってか、急くことなくゆらゆらと一歩ずつ近づいてくるジェイディの姿に恐怖を感じながら、それでいて怒りも覚えたエミリオは、ジェイディに片腕を上げて指を差す。
「……chain……bindie(地獄の鎖で拘束する)」
指を差すという行為は昔から呪いをかける行為につながるとして、子供のころからしてはいけないことだと教えられてきたものである。それは、魔術師が相手を特定して確実に仕留める術をかけるときの仕草であったから。
エミリオは怒りに満ちていた。目の前に迫りくる人形の化け物に対して高位魔法を唱えるほどに。
「……antomoss(我が魔力に命ず)」
詠唱が終わる。その距離あと二、三歩といったところまでジェイディが近づいたとき、その足元の床が円形に光り始め、徐々に強い光を放ち出した。
「ングァッ!?」
驚いて飛び退る間もなく、その光の中から現れた幾本もの黒い鎖がジェイディに巻き付き、ガチリガチリと拘束していく。
雁字搦めに隙間なく鎖で拘束されたジェイディは、足元の光からばちばちと電流を帯びてくる鎖に感電してぶすぶすと煙を上げ始めた。
「アギャアアアアアアアアアッ!」
断末魔を叫ぶジェイディを拘束した鎖は、そのままずるずると全体を足元の光に沈ませ始めた。
大地を震わせるようなゴゴゴゴ……という音を立てながら、鎖に拘束されたジェイディはどんどん足元の光に沈んでいき、最後にか細い悲鳴を長く響かせて、その光とともに消えて行ってしまった。
パリーン!
そのすぐあとに忙しなくも何かガラスの割れるような音が響き渡り、何か横の壁が割れたのかと思うほどの衝撃とともに、誰かが雪崩れ込んできた。
「どっせえええええええいっ!」
「うわああああっ!」
横の壁から突然現れて雪崩れのように床に倒れ込んだのは二人の人物、クアスとシュクラであった。
派手に倒れた二人、仰向けになったクアスを下敷きに、シュクラが上に乗っかっている。クアスがシュクラの腰を抱えていることから、一応シュクラのことをクアスが受け止めて下敷きになったのだろう。背中を強かに打ち付けて、思いのほか痛かったのか眉を寄せているクアス。流石に騎士の鑑である。
「おお、ドラゴネッティ卿にスイ!」
「シュクラ様、クアスも! お二人とも無事でしたか?」
「うむ、なんやかんやあったが大事ないぞ!」
クアスを踏み台にするようにして立ちあがってこちらに駆け寄ってくるシュクラ、この二人に一体何が起こったのか、なんやかんやで済まされてしまったが、クアスのほうが上半身起き上がって少々ばつが悪そうにやや赤い顔をしているのが気になった。
その驚きもつかの間、エミリオたちの前方にある扉が突風とともにガチャリと開いた。開いたドアの向こうに居たのは……。
「おじちゃま?」
「……っ、シャ、シャンテル!」
「おお、小娘も無事じゃったかー!」
それは、このジェイディハウスに興奮して先に走って行ってしまい、はぐれてしまったエミリオの姪、シャンテルだった。
シャンテルの後ろからがやがやと、それでいてのんびりした他の観光客の声が聞こえてきたのに気づいた一同は、件の閉鎖空間が解除されたことを知る。
エミリオは満身創痍の身体に鞭を打って、重い身体を引き摺りながらも匍匐前進でスイのもとに行き、彼女を抱え起こした。
「スイ! 大丈夫か、頼む、目を開けてくれ……!」
魔力を奪い取られて血の気を失い、ぐったりとして動かないスイ。そんな彼女の頬をさすりながらエミリオは焦りながらも魔法文言を唱えて彼女の身を癒す。
魔力を失い過ぎると体力まで消耗する。エミリオのように騎士団に所属していて鍛えている者であれば多少はもつのだが、スイのような一般人女性にそれを求めるのは難しい。だから体力だけでも回復させなければならなかった。
「ギャアアアアアアアアア!」
白い光を浴びたジェイディはエミリオやスイの体とは違い、全身に炎が回ってぶすぶすと煙を噴き上げながら燃え上った。苦しみの絶叫を上げながらゴロゴロと転がっていた。
白い炎はジェイディを焼き尽くすかと思われたが、徐々に勢いが衰えていき、そのうちぶすぶすと煙を噴き上げてやがて消えてしまった。
ジェイディは焼き尽くされなかった。しばらく煙を上げて倒れていたが、シャアアアアアと蛇が威嚇するかのような奇声を上げてゆらりと立ち上がった。その長い黒髪は全て焼け落ち、片方の眼球パーツは熱によるためか溶けてなくなってしまって、暗くぽっかりと開いた眼窩をさらしているという恐ろしい形相でエミリオたちを睨みつけてきた。
その恐ろし気な表情に、エミリオはスイを抱きしめながら身構える。
そんなジェイディが今にも襲い掛からんと一歩エミリオたちのほうへぼろぼろの足を踏み出した。
カカカカ……
炎で溶けてむき出しになった口元から歯がかたかたなっているのが、狂気的に笑っているように見える。
この至近距離、意識のないスイを抱えて、自分も満身創痍。さらにスイと同じようにエミリオもまたこの化け物と化したジェイディに魔力を吸い取られていたらしく、少々身に覚えのある頭痛がしてきていた。
やはり先ほど声を封じられたこともあり、魔術師と気づいてこちらからも魔力を少し吸い取っていたらしい。抜け目がなくて忌々しい。
だが、これくらいスイの消耗に比べたら何ともないはずだと思ったエミリオは、掠れた声を押し出すように低い声で魔法文言を唱え始めた。
「……al ig……becta(古の魔導士イグの名にかけ)」
エミリオは詠唱中に喉元からせり上げてくるものに咳き込まぬようにゆっくりと、確実に詠唱を始めた。
「……fiona mole(地の女王より命ず)」
最早満身創痍と知ってか、急くことなくゆらゆらと一歩ずつ近づいてくるジェイディの姿に恐怖を感じながら、それでいて怒りも覚えたエミリオは、ジェイディに片腕を上げて指を差す。
「……chain……bindie(地獄の鎖で拘束する)」
指を差すという行為は昔から呪いをかける行為につながるとして、子供のころからしてはいけないことだと教えられてきたものである。それは、魔術師が相手を特定して確実に仕留める術をかけるときの仕草であったから。
エミリオは怒りに満ちていた。目の前に迫りくる人形の化け物に対して高位魔法を唱えるほどに。
「……antomoss(我が魔力に命ず)」
詠唱が終わる。その距離あと二、三歩といったところまでジェイディが近づいたとき、その足元の床が円形に光り始め、徐々に強い光を放ち出した。
「ングァッ!?」
驚いて飛び退る間もなく、その光の中から現れた幾本もの黒い鎖がジェイディに巻き付き、ガチリガチリと拘束していく。
雁字搦めに隙間なく鎖で拘束されたジェイディは、足元の光からばちばちと電流を帯びてくる鎖に感電してぶすぶすと煙を上げ始めた。
「アギャアアアアアアアアアッ!」
断末魔を叫ぶジェイディを拘束した鎖は、そのままずるずると全体を足元の光に沈ませ始めた。
大地を震わせるようなゴゴゴゴ……という音を立てながら、鎖に拘束されたジェイディはどんどん足元の光に沈んでいき、最後にか細い悲鳴を長く響かせて、その光とともに消えて行ってしまった。
パリーン!
そのすぐあとに忙しなくも何かガラスの割れるような音が響き渡り、何か横の壁が割れたのかと思うほどの衝撃とともに、誰かが雪崩れ込んできた。
「どっせえええええええいっ!」
「うわああああっ!」
横の壁から突然現れて雪崩れのように床に倒れ込んだのは二人の人物、クアスとシュクラであった。
派手に倒れた二人、仰向けになったクアスを下敷きに、シュクラが上に乗っかっている。クアスがシュクラの腰を抱えていることから、一応シュクラのことをクアスが受け止めて下敷きになったのだろう。背中を強かに打ち付けて、思いのほか痛かったのか眉を寄せているクアス。流石に騎士の鑑である。
「おお、ドラゴネッティ卿にスイ!」
「シュクラ様、クアスも! お二人とも無事でしたか?」
「うむ、なんやかんやあったが大事ないぞ!」
クアスを踏み台にするようにして立ちあがってこちらに駆け寄ってくるシュクラ、この二人に一体何が起こったのか、なんやかんやで済まされてしまったが、クアスのほうが上半身起き上がって少々ばつが悪そうにやや赤い顔をしているのが気になった。
その驚きもつかの間、エミリオたちの前方にある扉が突風とともにガチャリと開いた。開いたドアの向こうに居たのは……。
「おじちゃま?」
「……っ、シャ、シャンテル!」
「おお、小娘も無事じゃったかー!」
それは、このジェイディハウスに興奮して先に走って行ってしまい、はぐれてしまったエミリオの姪、シャンテルだった。
シャンテルの後ろからがやがやと、それでいてのんびりした他の観光客の声が聞こえてきたのに気づいた一同は、件の閉鎖空間が解除されたことを知る。
0
お気に入りに追加
2,148
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる