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本編

104 クローズドサークル エミリオ7

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「スイ!」

 エミリオは満身創痍の身体に鞭を打って、重い身体を引き摺りながらも匍匐前進でスイのもとに行き、彼女を抱え起こした。

「スイ! 大丈夫か、頼む、目を開けてくれ……!」

 魔力を奪い取られて血の気を失い、ぐったりとして動かないスイ。そんな彼女の頬をさすりながらエミリオは焦りながらも魔法文言を唱えて彼女の身を癒す。
 魔力を失い過ぎると体力まで消耗する。エミリオのように騎士団に所属していて鍛えている者であれば多少はもつのだが、スイのような一般人女性にそれを求めるのは難しい。だから体力だけでも回復させなければならなかった。

「ギャアアアアアアアアア!」

 白い光を浴びたジェイディはエミリオやスイの体とは違い、全身に炎が回ってぶすぶすと煙を噴き上げながら燃え上った。苦しみの絶叫を上げながらゴロゴロと転がっていた。

 白い炎はジェイディを焼き尽くすかと思われたが、徐々に勢いが衰えていき、そのうちぶすぶすと煙を噴き上げてやがて消えてしまった。
 ジェイディは焼き尽くされなかった。しばらく煙を上げて倒れていたが、シャアアアアアと蛇が威嚇するかのような奇声を上げてゆらりと立ち上がった。その長い黒髪は全て焼け落ち、片方の眼球パーツは熱によるためか溶けてなくなってしまって、暗くぽっかりと開いた眼窩をさらしているという恐ろしい形相でエミリオたちを睨みつけてきた。
 その恐ろし気な表情に、エミリオはスイを抱きしめながら身構える。

 そんなジェイディが今にも襲い掛からんと一歩エミリオたちのほうへぼろぼろの足を踏み出した。

 カカカカ……

 炎で溶けてむき出しになった口元から歯がかたかたなっているのが、狂気的に笑っているように見える。
 この至近距離、意識のないスイを抱えて、自分も満身創痍。さらにスイと同じようにエミリオもまたこの化け物と化したジェイディに魔力を吸い取られていたらしく、少々身に覚えのある頭痛がしてきていた。
 やはり先ほど声を封じられたこともあり、魔術師と気づいてこちらからも魔力を少し吸い取っていたらしい。抜け目がなくて忌々しい。

 だが、これくらいスイの消耗に比べたら何ともないはずだと思ったエミリオは、掠れた声を押し出すように低い声で魔法文言を唱え始めた。

「……al ig……becta(古の魔導士イグの名にかけ)」

 エミリオは詠唱中に喉元からせり上げてくるものに咳き込まぬようにゆっくりと、確実に詠唱を始めた。

「……fiona mole(地の女王より命ず)」

 最早満身創痍と知ってか、急くことなくゆらゆらと一歩ずつ近づいてくるジェイディの姿に恐怖を感じながら、それでいて怒りも覚えたエミリオは、ジェイディに片腕を上げて指を差す。

「……chain……bindie(地獄の鎖で拘束する)」

 指を差すという行為は昔から呪いをかける行為につながるとして、子供のころからしてはいけないことだと教えられてきたものである。それは、魔術師が相手を特定して確実に仕留める術をかけるときの仕草であったから。
 エミリオは怒りに満ちていた。目の前に迫りくる人形の化け物に対して高位魔法を唱えるほどに。

「……antomoss(我が魔力に命ず)」
 
 詠唱が終わる。その距離あと二、三歩といったところまでジェイディが近づいたとき、その足元の床が円形に光り始め、徐々に強い光を放ち出した。

「ングァッ!?」

 驚いて飛び退る間もなく、その光の中から現れた幾本もの黒い鎖がジェイディに巻き付き、ガチリガチリと拘束していく。

雁字搦めに隙間なく鎖で拘束されたジェイディは、足元の光からばちばちと電流を帯びてくる鎖に感電してぶすぶすと煙を上げ始めた。

「アギャアアアアアアアアアッ!」

 断末魔を叫ぶジェイディを拘束した鎖は、そのままずるずると全体を足元の光に沈ませ始めた。
 大地を震わせるようなゴゴゴゴ……という音を立てながら、鎖に拘束されたジェイディはどんどん足元の光に沈んでいき、最後にか細い悲鳴を長く響かせて、その光とともに消えて行ってしまった。

 パリーン!

 そのすぐあとに忙しなくも何かガラスの割れるような音が響き渡り、何か横の壁が割れたのかと思うほどの衝撃とともに、誰かが雪崩れ込んできた。

「どっせえええええええいっ!」
「うわああああっ!」

 横の壁から突然現れて雪崩れのように床に倒れ込んだのは二人の人物、クアスとシュクラであった。
 派手に倒れた二人、仰向けになったクアスを下敷きに、シュクラが上に乗っかっている。クアスがシュクラの腰を抱えていることから、一応シュクラのことをクアスが受け止めて下敷きになったのだろう。背中を強かに打ち付けて、思いのほか痛かったのか眉を寄せているクアス。流石に騎士の鑑である。

「おお、ドラゴネッティ卿にスイ!」
「シュクラ様、クアスも! お二人とも無事でしたか?」
「うむ、なんやかんやあったが大事ないぞ!」

 クアスを踏み台にするようにして立ちあがってこちらに駆け寄ってくるシュクラ、この二人に一体何が起こったのか、なんやかんやで済まされてしまったが、クアスのほうが上半身起き上がって少々ばつが悪そうにやや赤い顔をしているのが気になった。

 その驚きもつかの間、エミリオたちの前方にある扉が突風とともにガチャリと開いた。開いたドアの向こうに居たのは……。

「おじちゃま?」
「……っ、シャ、シャンテル!」
「おお、小娘も無事じゃったかー!」

 それは、このジェイディハウスに興奮して先に走って行ってしまい、はぐれてしまったエミリオの姪、シャンテルだった。
 シャンテルの後ろからがやがやと、それでいてのんびりした他の観光客の声が聞こえてきたのに気づいた一同は、件の閉鎖空間が解除されたことを知る。
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