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本編

93 小さなレディ

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「エミリオ、どうしてお前がここに」
「……それはこっちのセリフだクアス」

 王都郊外にある遊興施設、バビちゃんキャッスルの門の前。入口にバビちゃんのコスチュームを着たキャストが複数居て、大勢の家族連れを誘導したり案内をしたりしているのが見える。

 スイは昨日のエミリオの姪のシャンテルとの約束通り、シャンテルとエミリオ、シュクラとともにこちらにやって来ていた。

 そこに見覚えのある、この場に全くこれっぽっちもそぐわない騎士団の隊服のマントをはためかせた、金髪に浅黒い肌、紺碧の瞳をした美丈夫、エミリオの友人である騎士団第二師団長クアス・カイラードが立っているのを見て、エミリオは一瞬固まる。話しかけようとしたとき、向こうがこちらに気づいて声をかけたセリフ、そしてそれに応えたエミリオのセリフが先述のとおりである。

「昨日ぶりです。シュクラ様、スイ殿」
「うむ。まあそこそこ良きにはからえ」
「お、おはようございます……?」
「……そちらのご令嬢は?」
「あ、エミさんの姪っ子さんのシャンテルちゃんですよ」
「兄の長女なんだ」
「そうですか。クアス・カイラードと申します」
「…………」

 エミリオよりも一回り大柄のごつい騎士に、スイと手を繋いでいたシャンテルはびっくりしてスイの後ろに隠れてしまった。もともと人見知りな子だというし、五歳児にとって大柄な大人の騎士なんて熊に遭遇したかのように恐ろしいかもしれない。

「それはそうと、どうしてクアスがここに?」
「それは……昨日の捜査でわかったことなんだが……聖人様たちの窃盗の疑いは晴れた。あの時間だと常識的ではないが、まあ恐らく犯人は外部の人間だ。そして、あの盗まれたらしき人形には魔力が宿っていたらしい」
「魔力……」
「まあ、人形はそういうのが宿りやすいからのう」
「魔力追跡の魔道具をメノルカ様が提供してくださり、それでわかったことだが、あの人形は聖人セドル様が大事にされていたとのことで、彼の魔力が宿っていたそうなんだ」

 スイはセドル、というのは蜂谷悟のことだと思ったら聞き流せなくなってしまった。

 あれから一晩経ち、緊急手術が行われて峠は越したそうだが、セドルはまだ昏睡状態から醒めていないらしいというのを今日の朝、スイはシュクラや聖女たちから聞いた。
 そこで、セドルが大事にしていたという初代ジェイディ人形が盗まれたのではないか、ということも聞いた。
 ジェイディがセドルの思い出の中のスイの具現化だというのはセドル本人から聞いた。その初代ジェイディが盗まれたなどと、セドルの生死もそうだが、昨日から本当に後味が悪い。

「その魔力の痕跡を辿ったら、このあたりまで続いていたんだ。だからなんとか捜索を行いたかったのだが……任意で捜索を受付で頼んだが断られてしまってな……」

 クアスは苦虫を嚙み潰したような表情でそう言った。
 たしかにこのような大型施設、そして家族連れが大勢来ている稼ぎ時の時間に、人形一体のために閉鎖しろというのは営業妨害で逆に騎士団が訴えられそうな気がする。

 とりあえず騎士団で出向いたものの、受付で門前払いを食らったので、今度はクアス一人で表向き客として入ろうと思ったのだが、パステルカラーとフリルとリボンが象徴であるバビちゃんキャッスルにごつい男一人で入るのがやはり躊躇われて、途方に暮れていたところにエミリオたちがやってきたとのことだった。

 エミリオのほうは姪っ子のシャンテルと女性であるスイ、それに女性と見まごうほどの美貌を持つ細身のシュクラを連れているので、特におかしな一行ではないだろう。
 服装だって普通に街歩きに適したラフスタイルだし、遊びに来た家族連れとして見えているから、いかつい騎士団の隊服を着たクアスよりよっぽど服装規定に適している。

 クアスは押し黙って色々と言葉を探した挙句、思い切った様子でエミリオに問いかけた。

「……エミリオ、昨夜手伝えることはないかと言っていただろう?」
「え、あ、ああ」
「その、物は相談なのだが……」

 その様子を見ていたシュクラが、鬼の首を取ったような顔をしてニヤリと笑いながら話に入ってきた。

「何じゃ、一緒に入りたいと申すのか、カイラード卿」

 シュクラのいかにも嫌味ったらしい言い方にムムム顔になったクアスは悔し気にそれを認めた。

「……ありていに申し上げれば、そういうことです」
「どーっしよっかのう~? 今日の我々はただの付き添いで、主役はこちらのドラゴネッティ小子爵令嬢であるからのう。彼女の許可無くして勝手な判断は出来んぞ~? 王都の人間は身分や爵位に重きを置くと聞いた。まさか騎士が令嬢に無礼をはたらくわけにもいくまい? のう? そうであろ~?」
「シュクラ様、顔めっちゃ意地悪くさくて不細工になってるから!」

 初対面の時から何かと小さくも衝突しているシュクラとクアスである。シュクラはここぞとばかりに意地悪なことを言ってクアスを困らせる作戦に出ていて、スイは頭を抱えた。子供か。

 ドラゴネッティ小子爵令嬢とは当然シャンテルのことである。エミリオは子爵家の生まれだが彼本人は騎士階級、クアスも同じ、スイはシュクラが後見とはいえ一般庶民。土地神のシュクラを除いて、一同の中で最も身分が高いのは子爵家の令嬢であるシャンテルに他ならない。まあ子爵家とは貴族階級の中でも男爵位よりちょっと身分が高いくらいで大した変わりはないとエミリオは実家のことを思うのだが。

 この小さな令嬢の許可を得なければ、クアスの同行はかなわない。だが、金髪碧眼で見目は麗しいほうだが大柄でいかつい体格のクアスを怖がって、シャンテルはスイの後ろに隠れたままだ。

「シャンテルちゃん、大丈夫だよ?」
「やあだあ。こわい」
「シャンテル、叔父ちゃまの友達が一緒でもいいかな? 大丈夫だから……」
「やああああ」

 スイとエミリオが宥めて説得しても、シャンテルは頑なに拒否をしている。顔を見合わせて困惑するスイとエミリオだったが、シャンテルの様子とクアスの嫌われっぷりにシュクラがクスクス意地悪そうに笑っている。

「ふっふっふ。小さくてもレディであるぞ。令嬢を怖がらせるなど騎士にあるまじきことと思わぬか? のうカイラード卿?」
「…………っ」
「ここは騎士として貴族令嬢にする礼儀はおのずとわかろうものであろ?」

 シュクラは昨日のクアスの態度を根に持っているみたいでここぞとばかりに攻撃している。本当に大人げないし、いい加減にしてほしいとスイは口を開きかけた。

 しかし、それまで言いたい放題のシュクラの言葉に耐えていたクアスがスイたちのほうへ一歩踏み出したので、スイもシャンテルもビクリとした。慌てて間に入るエミリオを後目に、なんとクアスはシャンテルのほうへ跪いて頭を垂れたのである。

「ドラゴネッティ小子爵令嬢におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。改めましてご挨拶を。クアス・カイラードと申します」

 その様子に呆気にとられたシャンテルは思わず隠れるのをやめてクアスを見た。そしてさすがに貴族としての早期教育の賜物か、跪いた騎士を前にして、おずおずとスカートのすそを両手で持って片足をトンとするあれ、淑女の礼をした。礼をとられたら礼を返しなさいと口酸っぱく言われていたらしい五歳児の条件反射のようなものだったが、気まずい空気をぶち破るのに十分な破壊力であった。

「シャンテル・ドラゴネッティですっ」

 やべえめちゃくちゃかわいい。現代社会の日本ではまずお目にかかれない、淑女の礼なぞを、しかもこんな超美少女に目の前でやられたら可愛すぎてヤバいだろと、スイは鼻血でも出そうになるのをそっと両手で押さえるのであった。

 子供であっても一人の人間として対等に接することが大事というのを聞いたことがある。シュクラが小さくてもレディだと言ったのはそういうことだったのかもしれない。

「あ、あのなシャンテル。叔父ちゃまのお友達のこの彼が、今日一緒にシャンテルのお供したいって言うんだけど……」

 ちょっと警戒が溶けたらしいシャンテルなら、お願いを聞いてくれるかもしれないと希望的観測でエミリオは今一度聞いてみる。

「うん、いいよ」
「ほ、本当に?」
「うん」
「ちっ。本当に良いのか娘っこ? 斯様ないかつい男を」
「シュクラ様、そういうこともういいからさあ」

 もう黙ってくれとスイはまだ悪態ついているシュクラに抗議する。シャンテルはそんなスイの手を握りなおしてから答える。

「うん。シャンテルはね、ジェイディといっしょならいいの。おともしてもいいけど、おじちゃまがそのおじちゃまのめんどうをみるのよ。シャンテルはいそがしいから」

 舌ったらずな声でそんなこまっしゃくれたことを言うシャンテルはもうすっかり警戒を解いていつものわがままお嬢様な面が出てきたらしい。
 行こう、ジェイディ、とスイの手を引いてバビちゃんキャッスルの正面入り口まで誘導するシャンテルに、スイはすっかり乗せられてしまっていた。
 後ろからブフォとシュクラが吹き出す笑い声が聞こえてきた。あの人は本当にもう……と呆れるしかない。

 とりあえず四人が五人となって受付で入場チケットを無事に手に入れた一行は、はしゃぎだすシャンテルのテンションにあてられつつも何とかそれぞれの思惑でバビちゃんキャッスルに無事に入場した。
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