上 下
98 / 155
本編

94 違和感と邂逅

しおりを挟む
 バビちゃんキャッスルは人形の制作工房のほかにデパートのようなバビちゃんの衣装を販売するエリア、バビちゃんとそのお友達のそれぞれのお家というコンセプトで作られた邸が立てられていて、それぞれ見学ができるようになっている。
 十数人いるバビちゃんのお友達の邸を一日で回るのはとても無理だ。いくつかに絞って休み休み回るしかない。

 大勢いる家族連れもそれぞれそのような感じで、限定スイーツなどを手にして子供たちと見学してまわっているのが見える。

 シャンテルも目をキラキラさせ、途中で買った、かじると断面がハート型になる甘いチュロスを食べながらスイの手を引いて、あちらに行きたい、こちらも見たいとキャッキャウフフとはしゃぎまくっている。彼女の首からはお菓子の入った可愛らしいバケツ型ケースがぶら下げられていて、いかにもこちらに来て楽しんでますと訴えているようだった。

「夕方になったら寝てしまうかもなあ」
「ふふ、そうかもね」

 スイの隣を歩いてくれているエミリオが、笑顔満面の姪っこを見ながらやれやれとため息をついていてなんだか叔父というよりパパと言った感じでなんだか可笑しい。エミリオが子供好きらしいのはなんとなくわかっているので、結婚後にどうにかして子供ができたらきっと可愛がってくれるだろうなあなんて、まだ出来てもいない子供に想いを馳せるスイ。

 いや、昨日のあの庭園での行為で出来たかもしれないけども。昨日は二人とも魔力は満タンの健康そのものだったわけだし、魔力の補充に生殖エネルギーを持っていかれるってことはないはずだ。
 と、そこまで考えて、ここは子供の健全な夢の国だというのにそんな大人の事情的なエロエロなことを考える自分があさましくて頭がちょっと痛くなる。

 ……いや、実際にちょっと頭痛のようなものがしている気がする。本当にうっすらとだけれど。

 スイはバビちゃんキャッスルに入場したその一歩を踏み出した瞬間から、何やら妙な感覚を覚えていた。
 足元がふわふわと浮遊するような、やたらと空気が絡みついてくるような。
 そして、何故だか方向感覚が少しおかしい感じがして、後ろを振り向かなければ入口がどこだったかも忘れてしまうような、そんな不安になるような感覚。

 周りの客らや隣を歩くシャンテルとエミリオ、シュクラ、クアスの様子は特におかしいところは見えなかった。自分だけがこのようなおかしな感覚を味わっているみたいでなんだか気分が良くない。

 一体なんだろう。急に何?

 魔法でもかかっているのか? でもそうなら魔術師であるエミリオが真っ先に気づきそうなものだし、神であるシュクラもとくに変わった様子もない。入場したばかりで突然気分が悪いなんてとても言えず、スイは元気にはしゃいでいるシャンテルを見てなんとかやり過ごそうとしていた。

 潜入捜査の一環で客として一緒に入場したクアスはシュクラに呆れられながらも周囲に目を光らせているものの、とくにめぼしい物はない様子……というより、全体的にピンクとフリルとハート模様の空間に圧倒されて居心地が若干悪そうな感じだ。
 メノルカ神殿から盗まれたらしい、セドル・アーチャーが大切にしていたという初代ジェイディに宿った魔力を追ってここまで来たが、今のところ収穫がなくて少々難しい顔をしているので、周りの家族連れがビックリしているのがちょっとかわいそうだからやめてほしい。

「そなたその仏頂面やめんか。その眉間の皺! 見てみよ、可哀想に周りの子供らが怯えるではないか」
「……もともとこういう顔をしています」
「そなたつまらん男じゃのう。焦ってもしょうがなかろう? まずは穏やかな気持ちで楽しむくらいの余裕がないと失敗するぞ」
「……お心遣い、いたみいります」

 シュクラに指摘されて初めて眉間に皺をよせていたことに気が付いたらしいクアスは、ぐりぐりと人差し指で皺を伸ばしていた。シュクラもあんなに意地悪をしておきながら、クアスの捜査には割かし協力的みたいで、一時はどうなることかと思ったけれど心配はなさそうだったが。

 メインであるバビちゃん、そのお友達の二、三人の邸を回ったところで昼休憩を挟み、次のお友達の邸を見て見ようということになり、ほかのカラフルなパステルカラーがメインの邸とは異なり、ブラウンやベージュ、ワインレッドなどのややシックで大人っぽい邸前に到着する。

 邸の前の表札には、それぞれバビちゃんやお友達の名前が書かれているのだが、そこに書かれていた名前が「ジェイディ」だったことに、シャンテルは子供特有の甲高い奇声を上げて大喜びした。

「ジェイディ! ジェイディのおうちよ! いこうジェイディ!」

 ゲシュタルト崩壊でも起こしそうなセリフを叫んで、シャンテルはスイの手を離してジェイディハウスの入り口に向かって駆け出してしまった。

「あっ! シャンテルちゃん! 待って! やみくもに走ったら危ないよ!」
「シャンテル!」
「やれやれ、せわしないのう」
「はあ……子供の施設ですから危なくはないでしょうが……行きましょう」

 慌てて追いかけるスイ、そしてそれに急いで付いてくるエミリオ、シュクラ、クアス。

「シャンテルちゃん! ……っ!」

 と。
 そのとき、シャンテルを追いかけて入口に入った瞬間、スイがこのバビちゃんキャッスルに入った時からの違和感が濃厚となった気がした。ぞくりと背筋に走る物を感じたのだ。

 それは、客をもてなす施設とはそぐわないような、拒絶や嫌悪の視線が流れてくるような。
 まるで、あの時のような。
 そう、メノルカ神殿のロビーに貼られていた、どこか小悪魔的なアルカイックスマイルであるというのに、スイにとってはこちらを睨みつけるみたいに見えていた、あのジェイディのポスターから感じた拒絶、嫌悪、憎悪の感覚。
 そのようなどす黒い意思を持った視線を全方位から向けられているかのような、そんな恐ろし気な感覚に陥ってしまった。

「シャンテルちゃん……?」

 モノトーンやベージュ、ブラウン、ワインレッドなどの落ち着いたお洒落な玄関、ロビー、そして各部屋に続く廊下、どこを見渡してもシャンテルの姿はなかった。

 いや、シャンテルだけではない。この広いロビー内には他の客の姿も全くなかった。気配すら感じない。他の場所はあんなにも家族連れでにぎわっていたはずなのに。それに、シャンテルの前にもたくさんの客が入って行くのをこの目ではっきり見たはずだった。
 だというのに、この空間には自分以外人っ子一人いないのだ。

「エミさん……シュクラ様は……? クアスさんも、まだ……来てない?」

 自分が今来た方向を振り返っても、誰かが来る足音も何も聞こえなかった。確かに走り出したシャンテルを追って、自分の後をエミリオたちが追いかけてくるような声も聞いたはずなのに。

 一度戻ってエミリオたちと合流するか?
 いや、しかしシャンテルのことも心配だし……と思ってあたりを見回したとき、また午前中に感じた方向感覚の狂いが自分の中で生じた気がした。
 来た方向がわからなくなる。薄ぼんやりと消えていくような。気が付けば目の前にあったはずの、今通ってきたはずの入口のドアがうっすらと消えていくのが見えた。焦ったのも一瞬、その焦りすらぼんやりとしてくるのを感じる。

 スイは突然身体に力が入らなくなり、その場にへたり込んでしまった。床に手をついて酩酊したかのように目の前が回るのを感じて額に手をやる。そのうち床についたほうの腕にも力が入らず、そのまま倒れ込んでしまった。

 一体、何が。
 ここは一体。
 身体から力が抜けていく。吸い取られていくようなそんな感じだった。

 瞼も開けていられないほど重く、その重力に逆らえずに閉じ行く瞼の狭い視界のなか、いつの間にか廊下の向こうに立っている誰かの姿を見た。

 見覚えのあるロックバンドのTシャツに細身のストレートジーンズ、色素の薄い茶色系の髪に、外国人のような彫りの深い顔立ちをした青年の姿だった。

 この世界には全く有り得ないその姿は、スイの時間で約一年前に別れたはずの、まだ若かりし二十四歳だったころの元恋人、蜂谷悟の姿をしていた。
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

処理中です...