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本編

92 運の悪い男

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「セドル様は、企画室のほうに長年設置されていた『初代ジェイディ』とそれに関する資料や材料などを倉庫に仕舞おうとされていたのです。結構な量でしたので、我らも手伝わせていただいたのですが」
「初代?」
「試作品として一番最初に玩具メーカーと作成したもので、二十年以上かけた完成品第一号ですのでセドル様が記念にと企画室にガラスケースに入れて飾られていたものです」
「ああ……なんかそんなん見かけたことあるな」
「あー、あのスイにそっくりな子供用の人形かの」
「そのような物があったのですね」
「私どもも二十数年の集大成ともいえるものでしたので、セドル様がなぜ突然片付けようと仰ったのか解らなかったのですが、とりあえず仰るとおりにお手伝いしたんです。それで……」
「倉庫であんな爆発があって巻き込まれちまったわけだな」

 事の経緯は分かった。セドルの行動の意味は聖人たちはわからなかったようだが、エミリオ、シュクラ、メノルカの三人は、昼間のセドルとスイのやり取りからセドルがどうしてそのような行動に出たのかを顔を見合わせて察した。

 ジェイディ人形はセドルが元の世界で恋人だったスイをモデルに作ったものだろう。自分のせいで離れてしまった元恋人を忘れず、永遠に会えないとわかって人形という形を残した。
 だがはからずも二十五年経った現在、瞼の元恋人が二十五年前とほぼ変わらない姿で自分の前に現れた。そしてうやむやになっていた別れを確実にしていった。
 完全に決別したのをきっかけに、セドルも現実を受け入れて、未練の残るジェイディを仕舞おうと思ったのではないか。
 それで爆発に巻き込まれた。なんとも運の悪い男である。

 何とも運のない男に皆一様に何とも言えない顔になっていたら、現場検証を行っていたクアスの部下の騎士たち数名とメノルカの聖人たちがぱたぱたと走り寄ってきた。

「メノルカ様。現場検証でわかったことがございます」
「何だ」
「現場と倉庫の目録を照らし合わせながら現場を見てまわったのですが、倉庫内に爆発するような物は一切ございませんでした」
「……え、どういうことだよ? じゃあなんで爆発なんか起きたんだ?」
「わかりません。破損したものはありましたがどれも爆発するようなものではありませんでした。ですが、一つ不可思議なことが」
「何かあったのか」
「セドル様の倒れていたらしき場所の付近に、見慣れぬガラスケースが割れて落ちていたのです。目録にもありませんでしたので、最近置かれたものではないかと」
「そ、それはセドル様が置かれた初代ジェイディのガラスケースです! 中身の人形は、壊れた部品などは落ちておりませんでしたか?」

 セドルが大切にしていたものということで、セドルの部下の聖人が声を上げる。現場検証から戻ってきた騎士らと聖人たちは首をかしげて「人形……?」と顔を見合わせる。

「いえ、ガラスケースの中身は空でした。ガラスは爆風で割れたり溶けたりはしていたのですが、探索魔法を使用して探しましたがそれらしい中身の部品やら何やらは見つけられなかったようです」

 倉庫の中身は魔法を施した目録に全て記されていて、日付が変わるころに自動書記で更新されるらしいのだが、まだ日付が変わっていないため、セドルが持ってきたというジェイディは記されていなかったらしい。セドルが倉庫へ持っていった初代ジェイディはガラスケースを残して忽然と消えた。

「人形が、消えた?」
「事故のどさくさに紛れて盗まれたということでしょうか?」
「ジェイディ、人気ですから……あるいは」
「いやいや、いくら人気ったって倉庫にゃもっと価値のある物があるだろうよ。それを人形だけって」
「マニアかの」
「初代ジェイディの存在は公になっていないものですし……」

 ほかに爆発で破損したものはあっても消失したものはほぼなかったようで、初代ジェイディ人形だけが忽然と消えた事実に、一体何が目的なのかその盗人は? などと首をかしげていた。

「……その人形にどれほどの価値があるかは分かりませんが、とにかく恐れ多くも神殿において、なおかつ事故現場で窃盗を行った者がいるというのは見過ごせません。詳しく聞く必要がありそうですね」

 クアスが咳払いをしながらそう言って、「聖人様たちを疑うつもりはありませんが……」とメノルカに困った表情で話しかけた。確かに神殿としての営業時間が終わっているので、一般客はほぼいない。

「いや、まだ俺に仕えて間もない未熟な奴もいるし、気にせず徹底的に調べてくれ。なに、犯人がこの神殿の者らだったら、何も盗まれてねえってことになるし、別に心配してねえから安心しろ、カイラード卿」

 メノルカは苦笑しながらクアスにそう言った。それに聖人たちはメノルカの了解なくしてこの神殿から外に出るのは難しいそうなので、全面的にクアスに一任した。

「……と、いうわけだ。シュクラもドラゴネッティ卿も心配させたな。出かけていたお前たちには全く関係ないから、明日出かけるときは気にせず行ってくれ」
「うむ。了解した」
「クアス、俺は何をすればいい?」
「お前は非番だろうエミリオ。こちらは気にせず、もう帰れ」
「そ、そうか……」
「何かあったら連絡する」
「わかった。ありがとう。無理するなよ?」
「ああ」

 とりあえず話を聞いたエミリオとシュクラはこのあたりで解散することにした。
 頓宮にいるスイに事情を話さないとならないと思うとエミリオは少々複雑だが、その辺はシュクラがなんとかしてくれると言い残して、彼は頓宮のほうへ去っていき、エミリオもシュクラを見送った後、今一度捜査中のメノルカや聖人たち、クアスに挨拶をして神殿を後にする。

 何にしても。
 とりあえずできることは何もない。
 指揮をとっているクアスから何も要求がなければ、既に騎士団を退団予定のエミリオが捜査に参加することはできないのだ。

 だから、自分にできることをするだけだ。
 明日、スイとシュクラを伴って、姪のシャンテルと一緒に例のバビちゃんキャッスルとやらに行く予定をしている。
 姪っ子のシャンテルのこともそうだが、せっかくはるばるシャガから王都ブラウワーまで来てくれたスイをとにかく楽しませてやらねばと、心に決めるエミリオであった。
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