96 / 155
本編
92 運の悪い男
しおりを挟む
「セドル様は、企画室のほうに長年設置されていた『初代ジェイディ』とそれに関する資料や材料などを倉庫に仕舞おうとされていたのです。結構な量でしたので、我らも手伝わせていただいたのですが」
「初代?」
「試作品として一番最初に玩具メーカーと作成したもので、二十年以上かけた完成品第一号ですのでセドル様が記念にと企画室にガラスケースに入れて飾られていたものです」
「ああ……なんかそんなん見かけたことあるな」
「あー、あのスイにそっくりな子供用の人形かの」
「そのような物があったのですね」
「私どもも二十数年の集大成ともいえるものでしたので、セドル様がなぜ突然片付けようと仰ったのか解らなかったのですが、とりあえず仰るとおりにお手伝いしたんです。それで……」
「倉庫であんな爆発があって巻き込まれちまったわけだな」
事の経緯は分かった。セドルの行動の意味は聖人たちはわからなかったようだが、エミリオ、シュクラ、メノルカの三人は、昼間のセドルとスイのやり取りからセドルがどうしてそのような行動に出たのかを顔を見合わせて察した。
ジェイディ人形はセドルが元の世界で恋人だったスイをモデルに作ったものだろう。自分のせいで離れてしまった元恋人を忘れず、永遠に会えないとわかって人形という形を残した。
だがはからずも二十五年経った現在、瞼の元恋人が二十五年前とほぼ変わらない姿で自分の前に現れた。そしてうやむやになっていた別れを確実にしていった。
完全に決別したのをきっかけに、セドルも現実を受け入れて、未練の残るジェイディを仕舞おうと思ったのではないか。
それで爆発に巻き込まれた。なんとも運の悪い男である。
何とも運のない男に皆一様に何とも言えない顔になっていたら、現場検証を行っていたクアスの部下の騎士たち数名とメノルカの聖人たちがぱたぱたと走り寄ってきた。
「メノルカ様。現場検証でわかったことがございます」
「何だ」
「現場と倉庫の目録を照らし合わせながら現場を見てまわったのですが、倉庫内に爆発するような物は一切ございませんでした」
「……え、どういうことだよ? じゃあなんで爆発なんか起きたんだ?」
「わかりません。破損したものはありましたがどれも爆発するようなものではありませんでした。ですが、一つ不可思議なことが」
「何かあったのか」
「セドル様の倒れていたらしき場所の付近に、見慣れぬガラスケースが割れて落ちていたのです。目録にもありませんでしたので、最近置かれたものではないかと」
「そ、それはセドル様が置かれた初代ジェイディのガラスケースです! 中身の人形は、壊れた部品などは落ちておりませんでしたか?」
セドルが大切にしていたものということで、セドルの部下の聖人が声を上げる。現場検証から戻ってきた騎士らと聖人たちは首をかしげて「人形……?」と顔を見合わせる。
「いえ、ガラスケースの中身は空でした。ガラスは爆風で割れたり溶けたりはしていたのですが、探索魔法を使用して探しましたがそれらしい中身の部品やら何やらは見つけられなかったようです」
倉庫の中身は魔法を施した目録に全て記されていて、日付が変わるころに自動書記で更新されるらしいのだが、まだ日付が変わっていないため、セドルが持ってきたというジェイディは記されていなかったらしい。セドルが倉庫へ持っていった初代ジェイディはガラスケースを残して忽然と消えた。
「人形が、消えた?」
「事故のどさくさに紛れて盗まれたということでしょうか?」
「ジェイディ、人気ですから……あるいは」
「いやいや、いくら人気ったって倉庫にゃもっと価値のある物があるだろうよ。それを人形だけって」
「マニアかの」
「初代ジェイディの存在は公になっていないものですし……」
ほかに爆発で破損したものはあっても消失したものはほぼなかったようで、初代ジェイディ人形だけが忽然と消えた事実に、一体何が目的なのかその盗人は? などと首をかしげていた。
「……その人形にどれほどの価値があるかは分かりませんが、とにかく恐れ多くも神殿において、なおかつ事故現場で窃盗を行った者がいるというのは見過ごせません。詳しく聞く必要がありそうですね」
クアスが咳払いをしながらそう言って、「聖人様たちを疑うつもりはありませんが……」とメノルカに困った表情で話しかけた。確かに神殿としての営業時間が終わっているので、一般客はほぼいない。
「いや、まだ俺に仕えて間もない未熟な奴もいるし、気にせず徹底的に調べてくれ。なに、犯人がこの神殿の者らだったら、何も盗まれてねえってことになるし、別に心配してねえから安心しろ、カイラード卿」
メノルカは苦笑しながらクアスにそう言った。それに聖人たちはメノルカの了解なくしてこの神殿から外に出るのは難しいそうなので、全面的にクアスに一任した。
「……と、いうわけだ。シュクラもドラゴネッティ卿も心配させたな。出かけていたお前たちには全く関係ないから、明日出かけるときは気にせず行ってくれ」
「うむ。了解した」
「クアス、俺は何をすればいい?」
「お前は非番だろうエミリオ。こちらは気にせず、もう帰れ」
「そ、そうか……」
「何かあったら連絡する」
「わかった。ありがとう。無理するなよ?」
「ああ」
とりあえず話を聞いたエミリオとシュクラはこのあたりで解散することにした。
頓宮にいるスイに事情を話さないとならないと思うとエミリオは少々複雑だが、その辺はシュクラがなんとかしてくれると言い残して、彼は頓宮のほうへ去っていき、エミリオもシュクラを見送った後、今一度捜査中のメノルカや聖人たち、クアスに挨拶をして神殿を後にする。
何にしても。
とりあえずできることは何もない。
指揮をとっているクアスから何も要求がなければ、既に騎士団を退団予定のエミリオが捜査に参加することはできないのだ。
だから、自分にできることをするだけだ。
明日、スイとシュクラを伴って、姪のシャンテルと一緒に例のバビちゃんキャッスルとやらに行く予定をしている。
姪っ子のシャンテルのこともそうだが、せっかくはるばるシャガから王都ブラウワーまで来てくれたスイをとにかく楽しませてやらねばと、心に決めるエミリオであった。
「初代?」
「試作品として一番最初に玩具メーカーと作成したもので、二十年以上かけた完成品第一号ですのでセドル様が記念にと企画室にガラスケースに入れて飾られていたものです」
「ああ……なんかそんなん見かけたことあるな」
「あー、あのスイにそっくりな子供用の人形かの」
「そのような物があったのですね」
「私どもも二十数年の集大成ともいえるものでしたので、セドル様がなぜ突然片付けようと仰ったのか解らなかったのですが、とりあえず仰るとおりにお手伝いしたんです。それで……」
「倉庫であんな爆発があって巻き込まれちまったわけだな」
事の経緯は分かった。セドルの行動の意味は聖人たちはわからなかったようだが、エミリオ、シュクラ、メノルカの三人は、昼間のセドルとスイのやり取りからセドルがどうしてそのような行動に出たのかを顔を見合わせて察した。
ジェイディ人形はセドルが元の世界で恋人だったスイをモデルに作ったものだろう。自分のせいで離れてしまった元恋人を忘れず、永遠に会えないとわかって人形という形を残した。
だがはからずも二十五年経った現在、瞼の元恋人が二十五年前とほぼ変わらない姿で自分の前に現れた。そしてうやむやになっていた別れを確実にしていった。
完全に決別したのをきっかけに、セドルも現実を受け入れて、未練の残るジェイディを仕舞おうと思ったのではないか。
それで爆発に巻き込まれた。なんとも運の悪い男である。
何とも運のない男に皆一様に何とも言えない顔になっていたら、現場検証を行っていたクアスの部下の騎士たち数名とメノルカの聖人たちがぱたぱたと走り寄ってきた。
「メノルカ様。現場検証でわかったことがございます」
「何だ」
「現場と倉庫の目録を照らし合わせながら現場を見てまわったのですが、倉庫内に爆発するような物は一切ございませんでした」
「……え、どういうことだよ? じゃあなんで爆発なんか起きたんだ?」
「わかりません。破損したものはありましたがどれも爆発するようなものではありませんでした。ですが、一つ不可思議なことが」
「何かあったのか」
「セドル様の倒れていたらしき場所の付近に、見慣れぬガラスケースが割れて落ちていたのです。目録にもありませんでしたので、最近置かれたものではないかと」
「そ、それはセドル様が置かれた初代ジェイディのガラスケースです! 中身の人形は、壊れた部品などは落ちておりませんでしたか?」
セドルが大切にしていたものということで、セドルの部下の聖人が声を上げる。現場検証から戻ってきた騎士らと聖人たちは首をかしげて「人形……?」と顔を見合わせる。
「いえ、ガラスケースの中身は空でした。ガラスは爆風で割れたり溶けたりはしていたのですが、探索魔法を使用して探しましたがそれらしい中身の部品やら何やらは見つけられなかったようです」
倉庫の中身は魔法を施した目録に全て記されていて、日付が変わるころに自動書記で更新されるらしいのだが、まだ日付が変わっていないため、セドルが持ってきたというジェイディは記されていなかったらしい。セドルが倉庫へ持っていった初代ジェイディはガラスケースを残して忽然と消えた。
「人形が、消えた?」
「事故のどさくさに紛れて盗まれたということでしょうか?」
「ジェイディ、人気ですから……あるいは」
「いやいや、いくら人気ったって倉庫にゃもっと価値のある物があるだろうよ。それを人形だけって」
「マニアかの」
「初代ジェイディの存在は公になっていないものですし……」
ほかに爆発で破損したものはあっても消失したものはほぼなかったようで、初代ジェイディ人形だけが忽然と消えた事実に、一体何が目的なのかその盗人は? などと首をかしげていた。
「……その人形にどれほどの価値があるかは分かりませんが、とにかく恐れ多くも神殿において、なおかつ事故現場で窃盗を行った者がいるというのは見過ごせません。詳しく聞く必要がありそうですね」
クアスが咳払いをしながらそう言って、「聖人様たちを疑うつもりはありませんが……」とメノルカに困った表情で話しかけた。確かに神殿としての営業時間が終わっているので、一般客はほぼいない。
「いや、まだ俺に仕えて間もない未熟な奴もいるし、気にせず徹底的に調べてくれ。なに、犯人がこの神殿の者らだったら、何も盗まれてねえってことになるし、別に心配してねえから安心しろ、カイラード卿」
メノルカは苦笑しながらクアスにそう言った。それに聖人たちはメノルカの了解なくしてこの神殿から外に出るのは難しいそうなので、全面的にクアスに一任した。
「……と、いうわけだ。シュクラもドラゴネッティ卿も心配させたな。出かけていたお前たちには全く関係ないから、明日出かけるときは気にせず行ってくれ」
「うむ。了解した」
「クアス、俺は何をすればいい?」
「お前は非番だろうエミリオ。こちらは気にせず、もう帰れ」
「そ、そうか……」
「何かあったら連絡する」
「わかった。ありがとう。無理するなよ?」
「ああ」
とりあえず話を聞いたエミリオとシュクラはこのあたりで解散することにした。
頓宮にいるスイに事情を話さないとならないと思うとエミリオは少々複雑だが、その辺はシュクラがなんとかしてくれると言い残して、彼は頓宮のほうへ去っていき、エミリオもシュクラを見送った後、今一度捜査中のメノルカや聖人たち、クアスに挨拶をして神殿を後にする。
何にしても。
とりあえずできることは何もない。
指揮をとっているクアスから何も要求がなければ、既に騎士団を退団予定のエミリオが捜査に参加することはできないのだ。
だから、自分にできることをするだけだ。
明日、スイとシュクラを伴って、姪のシャンテルと一緒に例のバビちゃんキャッスルとやらに行く予定をしている。
姪っ子のシャンテルのこともそうだが、せっかくはるばるシャガから王都ブラウワーまで来てくれたスイをとにかく楽しませてやらねばと、心に決めるエミリオであった。
1
お気に入りに追加
2,152
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる