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本編

34 奉納品で今日も一杯。そしてシュクラの護符

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 明後日のクエスト当日の事前準備のために、シャガ中町の食堂や道具屋、貸し道具屋などを回って注文や貸付の契約を済ませ、やっとシュクラ神殿までの道のりをチャリンコに二ケツで乗りながら帰る。気が付けばもう夕方だ。

 エミリオが方々回っている間に、夕飯の買い物をしようと商店街を回って、紙袋一杯の食材をチャリンコの籠に入れて、エミリオと待ち合わせた冒険者ギルドに戻ってから二人で帰路についた。

 スイは食糧の買い出しのついでに薬局へ寄った。避妊薬のことを相談するためだ。
 エミリオとああいう関係になって、本気でこの世界の避妊方法が気になってきたのだ。本番行為はないものの、精液や先走りが触れた手で性器に触れたりなどにも妊娠のリスクはあるから、やはり細心の注意を払っておきたい。

 こういうことを聞けるのはやっぱり同性の友人であるリオノーラ嬢だ。

 ギルドでリオノーラ嬢にこっそりとこの世界での避妊方法を聞いたのだが、この世界では薬湯による避妊が主だそうだ。残念ながら「いとしのビリーボーイ(ゴム)」はこの世界には存在しない。

 薬湯は、事前に飲んでおくものと、事後二日以内に緊急で飲むものとがあるそうで、現代でいうピルのようなものらしい。
 薬局で恥ずかしながら担当薬師に相談すると、特に嫌な顔もされずに淡々と説明されて拍子抜けした。
 現代社会のように保険がきくわけではないので、千百パキューと少々お高めだけれど、背に腹は代えられないので一応買っておいた。
 事後に飲むバージョンのほうがちょっと安かったのでそちらにしたのだが、これからなるべくエミリオとは本番はもちろんダメで、それに近い行為も避けるようにして、どうしようもなくなった時に使おうと思う。

 そんなこんなで今日やれることはすべて終えて、二人でチャリンコに乗ってシュクラ神殿に到着すると、タイミングを見計らったようにシュクラがベランダからやってきた。

「スイー! おかえり! ドラゴネッティ卿もよくぞ戻られた」
「ただいま戻りました、シュクラ様」
「ただいまシュクラ様。温泉堪能してきたよ。めっちゃくちゃ気持ちよかった。ねえエミさん」
「ああ。さすがは音に聞くシャガ自慢の湯」
「エミさん最初乗り気じゃなかったのに、最終的にマジでハマったみたいだしね」
「すみませんシュクラ様。ちょっと舐めておりました。あんなに快適とは思いませんでした」
「そうじゃろ? 皆絶賛の湯じゃ」
「あ、シュクラ様、お土産買ってきたから、帰るときおっちゃんたちとおばちゃんたちに渡しておいて。みんなで食べてね」
「承知した。はー、一日ぶりのビールを所望するぞスイ」
「はいはい。昨日は断酒したの?」
「否、奉納品の米酒『ノーザンホマーレ』で盛り上がったぞ」

 またしても奉納品で飲んだくれたらしい。それでも次の日にはビールがいいというのだから、シュクラは本当にビールが好きなようだ。今に「吾輩の身体はビールでできておる」とか某女優のように言い出すのじゃないかと思う。

 それにしても……。

「米酒……ポン酒か!」

 聞き逃さなかった。米酒……日本酒があるだと? この世界に来て約一年過ぎたが、また新たに発見することがあるとはとスイは思った。これもあとでどこの酒造か聞いておかねばと心に誓う。

 さっそくダイニングテーブルの椅子にどっかりと鎮座したシュクラは、異次元ポケットのように懐から割と大きめの箱を取り出してスイに渡す。異様に重かったので取り落としそうになったところを、横からエミリオが慌てて持ってくれた。

「結構重いな」
「何これ?」
「奉納品じゃ。今日はこれで一杯やるのじゃ」

 エミリオが持った箱をスイが蓋を開けると、中には殻付きホタテと大振りのエビが保冷魔法をほどこされて鎮座していた。
 さすがは海と山に囲まれた豊かな土地、シャガ。しかも先ほど米酒があると言っていたから、水も綺麗な土地なのだろう。さすがに水と豊穣の土地神シュクラの治める土地、奉納品も本当に豪華である。

「えっ、えっ、これ、奉納品って、持ってきちゃって良かったの?」
「良いも何も、吾輩一人でどうやって処理するのじゃ」
「聖人聖女のおっちゃんおばちゃんがいるじゃない」
「もう二箱ほど奉納されたからあれはあやつらに下げ渡して、こっちはスイらとともに頂こうと持ってきたのじゃよ。スイ、これをどうにかしてアテを作っておくれ。どうじゃドラゴネッティ卿も」
「俺もいいんですか。関係者でもないのに」
「何、スイの客人なれば吾輩の客人でもある。そーれーにー、スイとはもう同じ魔力同志すっかり仲良くなったのじゃろ~?」
「ゴホッ! ゴホッ!」
「わー、エミさん落とす落とす! こっち置いて! もー、シュクラ様からかわないの!」
「ふはははは」
「ほら、エミさんも座っといて!」
「スイ、俺も何か手伝うから……」
「いいからいいから」

 ダイニングテーブルのシュクラの前の席にエミリオを強引に座らせると、さっそくピルスナーグラス二つとビールのロング缶を盆にのせてテーブルに出す。

「シュクラ様、あたしこっちで用意するから先に勝手にやってて」
「承知した。ほれ、ドラゴネッティ卿も一杯」
「はあ、どうも……」

 慣れた様子でプルタブを開けてグラス二つに綺麗に七対三の割合でビールを注いでいくシュクラ。カンパーイなどと言ってエミリオとグラスをチンと鳴らしてうまそうに飲んでいる。
 
 この一杯のために神やってる、などとイケメンなのにおっさんのように言うシュクラは、一日開けただけなのに相当ビールが恋しかったようだ。
 
 エミリオはエミリオで、初めて飲むビールに一瞬目を丸くしてから「……うまい」とため息交じりに呟いていた。
 イケメン二人が上唇に泡のヒゲをつけて笑い合っている姿を見て、スイは眼福眼福とほくそ笑みながらホタテにへらを突っ込んで殻を外していた。生きがいいので刺身が食べたい気もするが、この世界の海産物は生で食べる習慣がないらしいので、ちょっと刺身はあきらめることにして、今日は手っ取り早く殻焼きにすることにした。

 奥の部屋から卓上ロースターを持ってきてダイニングテーブルに置く。余熱してからホタテを貝殻に戻したものを乗せて、冷蔵庫からとっておきの発酵バターとレモン、刻み葱と醤油をもってきてテーブルに置いた。
 ホタテが仕上がるまでの間のアテとして、今日西シャガ村の温泉で買った燻製チーズを切って出しておく。

 エビも簡単に背ワタを取って腹側に塩を刷り込んでから殻つきで串に刺してロースターに乗せた。七味マヨネーズも出しておこうか。
 色々メニューが浮かぶけど、これだけ新鮮ならただ焼いて食べるだけでビールの極上のアテになるので、あちこち手をかけることもない。

 三人分で食べてもまだ残っているので、イケメン二人がうまいうまいとビールとアテを堪能している後ろでキッチンドリンカーをしながら、ええい今日はノリノリだ! と気合を入れて中華炒めを作ることにした。たしか聖女のおばちゃんからもらった青梗菜っぽい青菜が残っていたはずだ。
 ホタテの貝ひもは米と根菜と一緒に電気圧力鍋に入れて炊き込みご飯にする。

 スイがそんなノリノリで料理をしている後ろで、シュクラはほろ酔い状態でけらけら笑いながらエミリオと話していた。スイは料理に集中しているらしいのでその内容は聞こえてこないけれど。

 バター醤油味のホタテをはむはむしながら、シュクラはエミリオにニヤニヤ笑った。

「それはそうと、ドラゴネッティ卿。魔力はいかほど回復したのだ?」
「え、ええと……全体の二割強ほどです」
「ほう! すごいではないか。通常なら十日以上かけてようやくそれくらい回復する程度であろうのに。なぁるほど? スイとはしっかり仲良くなったみたいじゃのう~」
「う……ま、まあ、その……スイには世話になっております」

 非常にいろいろと。エロエロと。そんなことを思ったけれど流石にスイの父親的存在のシュクラにそんなことは言えない。いくらシュクラが魔力交換すればいいじゃないかと提案してきた人だったとしても、スイとの夜の話なぞ聞かせられない。

 そういえばリオノーラ嬢が言っていたけれど、スイに懸想したらしいあの冒険者オージンとやらが押し掛けたとき、シュクラはかなり怒って天罰まで落としたというから、スイに対しては過保護で、邪な思いで彼女に近づく男は悉くけんもほろろに扱うのではと一瞬思った。
 そうは思ったものの、一方で、そうであるならエミリオに対してこんなに気さくではなかろうし、スイと魔力交換してはどうかと勧めることなどしないだろう。

 一応、歓迎されていると思っていいのかもしれない。スイの客なら吾輩の客、などと嬉しいことも言ってくれたのだし。

「……そういえば、スイの友人から聞いたのですが、不埒な男がこのスイの家に夜押し掛けたとかで、シュクラ様がお怒りあそばしたとか……」
「あー、そんなこともあったのう。あの男あろうことか酔っぱらった勢いでスイの家に忍び込んで手籠めにしようとしてたらしい。聞けば昼間ふられた腹いせじゃと! 去勢してやろうかと思うたわ」

 すればよかったのに。とエミリオは思ったが、その表情を読んだらしいシュクラがビールを煽ってさも残念そうに説明する。神には一度の過ちで極刑にすることは基本できないのだそうだ。罪を犯した者への厚生へのせめてもの救いとして今一度のチャンスを与えるということなのだろう。

「次はないと言っておいたからのう。この神殿にも出入り禁止を言い渡したし結界も張った。もう二度とあのような真似はすまい」
「それが……」

 エミリオは今日リオノーラ嬢から聞かされた、オージンへの危惧とスイが心配だということを話し、シュクラに相談する。

「もちろん当日はスイから目を離さないようにしますし、全力で守るつもりです。ですが、少し回復したとはいえ、今の俺はまだまだ魔力枯渇状態から抜け出せていません。一瞬の油断もならないこの状況、心配なのです。なんとかスイを守る確実な方法はないものでしょうか」
「う~む、左様か……」

 シュクラはピルスナーグラスに残ったビールを飲み干し、エミリオがそれを見てビールを注ぎなおしている間に、掌を上に向けて何やら詠唱をした。
 すると何もなかった掌の上に、何やら赤い魔法文字と魔法陣の書かれた五センチメートル四方の薄い紙が現れる。それを手に取って一度ふっと息を吹きかけてから、エミリオに手渡した。

「これは?」
「魔除けの護符じゃ。これをスイに」
「身に着けさせるのですか」
「……否、そうではない。これは水に溶ける。これを溶かしたものをスイの体内に埋め込むがいい」

 ……埋め込む? とは一体? 体内に入れるというなら、水に溶けるというなら飲ませればよいのでは、何故「飲ませろ」ではなく「埋め込め」などとシュクラは言ったのだろう。そう思ったエミリオににやりと笑いかけるシュクラ。

「これを女の愛液に溶かして再び体内に戻すのだ。溶かした水をまぶすのは陽根(男根)が一番良いのだが、別に指でも道具でも構わぬ。とにかくこの護符の溶けた女の水をスイの中に埋め込むがいい。……男の邪心に対抗するには女の中心に結界を張るのが一番効果的じゃからの」

 そなたならできるであろう? とさも可笑しそうに注がれたビールを飲むシュクラを見て、エミリオは目を見開いて呆気にとられるしかなかった。
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