スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

35 オージンという男のやらかし

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 シュクラがほろ酔い状態で帰宅し、宴のあとを片付けたスイは、風呂を洗って湯はりをしている間に、明日の朝食の準備をしたりこまごまと動き回っていた。
 すぐに「湯はりが終わりました」というメッセージが聞こえてきたので、浴槽に西シャガ村の温泉で買った温泉の素を入れておいた。

「エミさん、お風呂準備できたよ。今日ね、西シャガ村で買った温泉の素入れといたから。あの気持ちよさには負けるかもだけど」

 バスタオルを渡しながら言うと、エミリオは悲しそうな顔をしてスイを見るものだから、その視線の意味に気が付いてしまったスイは、しょうがないなあという気持ちで「……一緒に入る?」と言うと、とたんにエミリオの表情は晴れやかになった。分かりやすい。非常に分かりやすい。

 初日からの件もあってすっかり風呂もベッドも共にするようになってしまったなあと、エミリオに後ろから抱き着かれて浴槽に浸かりながら、スイはふう、とため息をついた。

 エミリオのご立派様が相変わらずギンギンでスイの尻部分に自己主張しているけれど、今はとりあえず無視である。
 ただでさえ保温効果の高い温泉の素をいれているのだから、本番は無しとはいえ、こんなところでおっぱじめたら逆上せてしまう。

 浸かりながら、エミリオはスイに今日リオノーラ嬢が教えてくれた、件のオージンという冒険者についての懸念を話してくれた。

 スイは、その名前にピンとこなかったけれど、昨日ギルドでエミリオに突っかかってきたあのいかつい冒険者のことだと思い当たってものすごい嫌な顔をしたので、エミリオはその顔を見てくすっと笑ってしまった。

「あー、あのオジさんね! 信じられる? あいつあたしより年下なんだって。今年二十三らしいよ」
「なら俺より五歳も下じゃないか。それであの物言い、粋がってるなあ」
「それでこっちは聞いてもないのに『俺はギルド歴代最年少でAランク冒険者になったんだぜぇ』とか自慢ばっかしてて鼻につくんだよね」
「ふふ、ブスになるからやめなさい。似てないし」

 下あごを突き出して眉間に皺を寄せながら白目をむいてオージンの物まね(似てない)をするスイにエミリオは笑いをこらえながらも窘める。

 エミリオはスイを後ろからぎゅっと引き寄せて、スイの肩口に顎を乗せてきた。

「……それでな、明後日はあの上級ダンジョンでサルベージ作業になるが、スイはついでにマッピング作業の続きをするんだろう?」
「ん、そのつもりだけど、エミさんのほう、あたしも手伝うよ?」
「ありがとう。でも無理はしないで自分の仕事を優先してくれていいから。けど、その際に、なるべく俺から離れないでくれるか?」
「……あのオジさんがあたしに何かしてくるってやつか……」


 そもそもあのオージンという男は初対面から嫌な男だった。
 スイが一年前、冒険者ギルドへシュクラじきじきに同伴でマッパーとして冒険者補助員登録をしに行ったときに、スイの黒髪黒目という珍しい容姿に目をつけていたらしく、シュクラから離れてスイがちょっとトイレで席を立ったとき、戻ってくる途中でいきなり壁ドンしてきたやつだった。

 ここらじゃ見ない顔だなとか、これからどこか行かないかとか、要は強引なナンパだったのだが、当たり障りなく断ると、なんで、どうして、としつこく食い下がってくるから非常に困った。
 そこをリオノーラ嬢がシュクラを連れてきてくれたので、シュクラから厳重注意という形でオージンを追っ払うことができたのだが、それ以来、一人でギルドに行くと、必ずと言っていいほどしつこく言い寄ってくるようになった。
 食事やデートに誘ってきたりはまだ良いほうで、お尻を触ってきたりなどのセクハラもしてくるようになって、いい加減に頭にきたスイは、思わず自分は面食いだと言い放った。

『ごめんなさい? あたし面食いなんだよね~ははは』

 その言葉に、周りにいたほかの冒険者たちが一斉にクスクス笑いだして、

『ハハハハッ! オージン、お前言われてんぞ?』
『不細工に用はねえってよ! ぎゃはははは』
『確かに彼女シュクラ様を見慣れてるからなあ。相当ハードル高いぜ?』
『オージンあんた、鏡見たことあるの? それでナンパとか超笑えるんだけどー!』

 ――ちょっと待て、そこまでひどく言ってないじゃん。ちょっといかつくて好みじゃないってだけでオジさんは不細工じゃないけども。イケメンじゃないだけで。

 周りから野次をかけられてふるふる震えているオージンを見て、あ、ちょっと言い過ぎたかなとか、その言葉、自分はどれほどのもんなのかとか、さすがに反省したスイだったが、吐いた唾は飲めない。

『い、いやいやいや! 不細工なんて言ってないし。普通普通。あははは、マジにとんないでくださいよ~』

 貴方には貴方の価値が分かる人がいらっしゃるから~、などとフォローにもならないフォローをしてからそそくさと家に逃げ帰ったことがあった。

『気にしないほうがいいわ。あいつ最年少でAランクに上がったからっていい気になって威張り散らしてるし、最近周りからも嫌われてんのよ。乱暴で女からの評判もめちゃくちゃ悪いし』

 帰り際、同じフロアにいた顔見知りの女性冒険者にそう言われて、もやもやしながら帰った。
 
 あれはさすがに反省した。いくら面食いが本当だからと言って、人の容姿を蔑んではいけないのは道理である。その日シュクラ神殿に帰って聖女のオバチャンに懺悔したくらいにして。

 その日の深夜、夢うつつ状態のスイは、自宅の外で何やら人の緊迫したような話し声が聞こえてきて目が覚めた。
 そっとベランダのカーテンを少しめくって様子を見て見ると、境内で数人の聖人のおっちゃんたちとシュクラが仁王立ちで立っている前に、植物の弦のような物でグルグル巻かれて芋虫状態のオージンが何やら騒いでいるのが見えた。

 玄関のチャイムが鳴って、インターフォンの画面を見ると聖女のオバチャンたちが数人来ていた。どうしたのかと開けて家に上げたら、『スイ様良かった、ご無事で良かった』と皆心配そうにスイを抱きしめてきたので驚いた。

『あの女が俺をバカにしやがったんだ! みんなの前でよ!』

 聖女のおばちゃんらの説明のあと、オージンの情けない声が聞こえてきたので、ああ昼間の件かーとスイはため息をついた。
 昼間スイに振られた腹いせと称してスイの自宅にやってきて、忍び込もうとしていたところを見廻りの聖人のおっちゃんらに見咎められたらしい。
 スイのベランダのカギをどうにかして開けようとしていたらしいけれど、さすがに現代日本の優秀な鍵のため鍵開けは難しく、もたもたしていたところを見つかったというわけだ。

 見廻り担当の聖人のおっちゃんらはいわば僧兵といった猛者ばかりなので、いくらAランクの冒険者といえど複数でサスマタ構えて囲めばあっという間に捕獲できたようだ。
 
 すぐさまシュクラに知らされて、怒髪天状態のシュクラがやってきて魔法の植物の弦で雁字搦めにされてしまったそうである。

 なんか外でやいのやいのとオージンのよく聞き取れないわめき声が聞こえてきたものの、

『阿呆かぁー下郎がぁー!!』

 そのあとのシュクラのやったら甲高い怒鳴り声(しかもヤンキー系の巻き舌)でぴたりとやむ。深夜に怒鳴り散らすのはやめてほしいと別次元で呆れるスイ。その際天罰をくれてやったそうなのだけれど、どんな天罰だったのかはスイは知らない。

 とりあえず、外でシュクラや聖人のおっちゃんらがオージンをなんとかしてくれて、それが終わるまで聖女のおばちゃんらはスイと一緒にいてくれたし、そのあとシュクラが訪ねてきて、何も心配せずに心安らかに眠れ、と言い置いてから聖女のおばちゃんらと戻っていったので、その時はそれで終わった。
 
 だが朝一応ベランダのところを見て見ると、鍵こそ異常はなかったものの、網入りガラスに少々の泥靴跡がついていたので、蹴破って開けようとしていたのが分かり、思わずぞっとしてしまった。

 シュクラからはオージンはシュクラ神殿に出入り禁止となったと聞いたのはそのあとだ。


「それ以来は自宅には来れなくなったけども、冒険者ギルドに顔出すと相変わらず絡んでくるからなるべくスルーしてるんだけど、なかなか諦めてくれなくてさー」
「そうか……大変だったな」

 スイの話を聞いて、エミリオは無事でよかった、としみじみと呟きながら、スイを後ろからぎゅっと抱きしめた。

「明後日のダンジョンでは、俺のそばにいてくれれば必ず守るから。でも、万が一はぐれてしまったらと思うと心配で、シュクラ様にさっき相談したんだ」
「シュクラ様に?」
「うん。そしたら、護符をくれて……」
「護符? お守りみたいな」
「みたいなものなんだが、その……ちょっとスイの協力が必要なんだ」
「?」
「その、ベッドで……ちゃんと話すよ」

 逆上せてきたのか発情のせいかわからないが、やや顔の赤いエミリオに、スイもまた「ベッドで」という言葉に心臓が一つ波打つのを感じて、二人で赤面しながらなんだかなあと思った。
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