憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

足跡に

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「本日は、早くから足をお運び頂き」
「オユキ、此処は公爵家の邸内です。少し言葉の選び方に」
「と、申されましても」

トモエを送り出して暫く。少し、食休みと言う訳でも無く、エステールと昨日買い求めた布や糸、要はオユキが公爵夫人に連れ出された後に決まったものを、改めていくつか確認を。さらには、オユキが乗り気ではあるのだが考えている図案が少々難易度が高すぎるからと、エステールから他にいくつかを示されて。
エステールにしても、オユキが用意したものを最大限受け入れつつも、それでも現状のオユキの能力で、ある程度の期間で完成するようにと。それはもう、本来の仕事では無いのだがそれでも本来頼まれている部分、それにつなげるためにはやむを得ない事もあり頭を悩ませながら。
そうした時間を少し過ごしてみれば、公爵夫人を迎える時間になり。オユキの好む四阿では無く、ましてやすっかりとかつての世界で室内から眺める分には風情があると感じた状態になっている私室でも無く。別邸に用意されている客間に迎えて、そこでのんびりとお互いにお茶に手を付けながら差し向かいで。
公爵夫人にしても、自信の屋敷の内であるからだろう。連れている使用人にしても、普段ほど多い訳では無く、あくまで最低限。そも、こうして用意をしている者たちにしても、公爵夫人の監督の結果として公爵家の本邸で務める事を許された者たち。

「まぁ、他に言葉の使い方も無いのは、そうですが。なんにせよ、貴女は現状珍しい状況にありますからね」
「他の方は、例えば」
「まず、同じ敷地内と言う訳では無く、別の屋敷を与えてとします」
「以前に、私たちが」
「そうですね。先代の公爵から話が合ったでしょうが、私達は都市の中にも多く別邸を持ちます。王都の中で言うのであれば、当家の管理する屋敷というのは三十と四つありますから」
「あの、それは過剰では」
「長い歴史の中で、等と言えるほど他の公爵家に比べて歴史があると言う訳ではありませんが」

それでも、その程度の数に上ると言う事であるらしい。他の家に関しては、優に倍以上はあるのだとそうした話をされながら。屋敷というのは人が暮らさねば痛んでいく。こちらでは、保護用の魔術などがあるにしても、それでも管理の手がいらないと言う訳も無く。エステールをはじめ、貴族たちにしても後継ぎがいなければ当然家というのは無くなっていき。寄子たちの屋敷として、公爵家から貸与する物。貴族籍を、様々な理由で失う者たち。王家が接収することもあればと、そういう話であるらしい。

「雇用の創出もあるのでしょうが」
「ええ。後は、教育の場とでも言えばいいのでしょうか。侍女としての教育を、という場でもありますし。他の者たちに、例えば親類縁者に振る舞いをとする場でも」
「そのあたりは、教会でと言う訳では」
「あちらは、また少し所作が異なります。勿論、こうした場を用意できない者たちにとっては」
「それで、ですか」

始まりの町、公爵の領内にあるあの教会。少年たちが言うには、色々と不足があるのだとそういった話を聞いていた。少年たちが語る以上は、事実なのだろうと踏んでいたのだがそもそも銀が特産であるこのマリーア公爵領でそのようなはずも無かろうとは考えていたのだ。だが、こうして聞いてみればなるほどと、そう頷けるものではある。

「求められれば、と思いますが。生憎とあの町の教会は」

そして、そうしたことを考えているオユキの様子に、こちらもすっかりと慣れてきたのだろう。トモエがおらぬというのに、オユキの感情や思考を伝える魔術か奇跡というのは存在しないはずだというのに。

「領都の、御身らの暮らすこの場ではと言う事ですか」
「そちらにしても、正直な所教会が用意するのではなく習わせる者たちが納めてというのが美徳とはされていますから」

加えて、他の理由についても。さらには、内情として、あの町の教会ではそうしたことを求める者たちというのがこれまでは非常に少なかったのだとそうした話も併せて。確かに、教育施設とでもいえばいいのだろうか。そうした物は確かにあの町に存在していない。それこそ、教会がそうしたことを引き取っているのかなどと考えていたのだが、年頃の者たちは揃って王都にという話をされていることもある。此処まで、オユキは考えていなかったというよりも気が回っていない事ではあるのだが、こうして改めて落ち着いて話をしてみれば色々と気が付くというものだ。

「さて、それでは貴女の求める催しですが」

前置きもそろそろ十分だろうと、公爵夫人が一度茶器から手を放して侍女に簡単に手振りを行えば。よく見る顔が、そのままエステールに手紙を渡す。
ウーヴェ、トモエとオユキの得物を一手に引き受ける彼から紹介受けた人物、その人物は確かに今も領都にいた。だが、流石に美術品と呼べるようなものは経験が無くまた技術も無いからと王都にいる彼が習った工房を紹介されることになった。
先触れの者たちに、そちらを探して話を聞いてくれとそう伝えていた結果がこうして。手紙を読んでみれば、快く引き受ける、また、彼らの所属する鍛冶ギルドを通して広く告示を行う事も出来るのだと、そうした内容の書かれた手紙を読んで成程昨日連れ出されたときにこちらの話をされなかったのは、この返事を待っていたからかとオユキは一つ頷いて。

「規模をどの程度にするのか、そこが問題です」
「そう、ですね。正直な所、領都でと考えていましたが」
「紹介先が領都であれば、こちらで制御も効くのですが」
「王都内で行うとなれば、話を通さねばならぬ相手もいますか」
「それ以上に、貴女の献上した短剣があるでしょう」
「その、以前に公爵様に渡した折には、アマリーア様が」
「勿論、頼んで用意はしてあります。ですが、こうして貴女が大々的にとするのであれば、王太子妃様だけでは無く王太子様も」

かつて、オユキが気軽に渡した戦と武技からの下賜品。それを受け取った者というよりも、その両親にしてみればこの機会にさらなる物をというよりも、いよいよ間に合わせとせざるを得なかったそちらを改めてとするには実に都合の良い機会であるらしい。言われてみればと、オユキも納得するしかない理屈ではあるし、どうあがいても過去に己がやらかしたことがこうしてついて回っているのだとそうした理解も及ぶ。

「ああ、それで昨日の事が」
「ええ。あの者たちの面通しが主体、と言う所です」
「ですが、そうなると」
「ユニエスは難しいでしょうが、クレリーからはこの機会にと考えるでしょう」
「カルラ様、ですか」
「オユキ」
「ええと、クレリー公爵は、その、未だに」

魔国で散々に馴染んだ呼び方を、オユキは改めて公爵夫人に窘められて。

「一応、幾人かの候補は選んでいると」
「候補、ですか。その、私がきっかけを作ったことではありますが」

婿の候補を用意するところまで進んだのは、オユキとしても重畳とそういうしかない。だが、公爵夫人の振る舞いを見る限り、そこから先に進んでいないとそう言わんばかりに。

「この機会に、どうにかせねばなりません」
「ええと、人の心の絡むことでもありますから」
「オユキ」
「韜晦しているという自覚はありますが」

オユキが、自分自身でもなんの言い訳にもならない言葉を口にしていると考えながらも。

「新年には少なくとも」
「ええと、無理に私達に合わせなくてもとは考えますが」
「本人の要望と言う事もありますし、あなた達の事となると」

既に考えたくも無い、その日は広く民たちにも開かれる日であり、オユキは既に計画から外されて久しいのだが今も着々と準備が進んでいるらしい事柄。

「ええと、私のお披露目、でしたか」
「デビュタントは、正直な所婚姻の典礼よりも前にとせねばなりませんが、貴女が成人するのは新年ですから」
「とすると、新年祭の中で」
「正確には、貴女が急いでいるようでもありますし、これまでの慣例とでも言えばいいのでしょうか。そのあたりは、エステールに改めて尋ねればよいでしょう。今は、そうしたことも踏まえて色々と立て込んでいるのだと」

要は、色々と重なりすぎて年始に向けて非常に忙しくなるのだとそうした話を改めてされて。
さらには、色々と既に話が回っていることもあるのだろう。今年の新年祭は、王都におけるそれはかなり賑やかな事になると決まっている。貴族たちは現国王陛下に与えられた期間の結果として改めて王家との、王都との関係を定めなければならない。内々に話は進んでいるのだろうし、事前の折衝等幾度となく繰り返しているのだろうが、それでも改めて宣誓を行うの必要があるのは新年だ。そこに、戦と武技の巫女が婚姻を、いや、成人するのだからお披露目をと。さらには、禅譲の儀も行う必要がありとこうしてオユキが知っている限りのことを並べるだけも本当に頭が痛くなるほどの予定が詰まっている。

「頭の痛い事です、本当に」

だが、そうした事柄に配慮をして、オユキが止めるのかと言われれば、当然そんなはずもない。

「なる様にしか、ならぬかと」
「なる様に、なすのです」
「ええ、世界が違えど、そうした物なのでしょうね」

規模こそ、種類こそ違えど、随分と懐かしい話だとそんな事をオユキとしては考えながら。

「ええと、話を戻しまして、要は規模がどうしたところで大きくなると、そうした話ですか」
「後は、期限の相談を」
「ああ」

ここまでの会話の流れは、成程そこに帰結する物であるらしい。

「ですが、私としても」
「貴女の考える事は、分からないでもありませんが」

ただ、オユキとしては自信で太刀緒を編んで。さらには、実用ではない飾りを、宝刀と呼べるだけの加工を施した太刀をどこで使おうと考えているのか、それはきちんと理解が有ると公爵夫人は一つ置いたうえで。

「私達だけでなく、貴女も」
「そう、なりますか」
「ええ。確認は貴女がしなければならないことが、多くなるでしょう」
「それだけであれば、勿論お引き受けしますが」
「後は、戦と武技の教会から改めて色々と貴女は習う事もあります」
「と言う事は、水と癒しの神殿から許可が頂けましたか」

そう、オユキとしては水と癒しの神殿を使ったうえで、戦と武技の神をとそう考えていたのだ。はっきりと不敬と取られるだろうことでもあり、試しに聞いてみるだけと考えていたのだが。
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