憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

毬栗集め

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「クレド様の戦闘力が、どの程度か、ですか」

オユキの指示を受けてと言う訳でも無く、移動の完了報告というよりもここ暫くいよいよと人任せにしていた雑事と呼べるものを片付けるために。ついでとばかりにクレドの登録を、彼にしてもセツナへの贈り物を含めて、彼自身が買いたいものを買うために。
そうして、王都のギルドに顔を出してみれば、戦闘能力について尋ねられた。
勿論、トモエとしても移動の最中、そもそもオユキとトモエが前線に出られないような場所でも苦も無く狩猟をしていたクレド。王都の周囲で少々の魔物を蹴散らすだけであれば、少年たちですら問題が無く行える以上は何一つ問題が無いと言い切れる。だが、クレドがどの程度かと言われれば確かにと首をかしげるしかない。

「それこそ、アイリスさん、確か王都で傭兵として登録されていたとそうした話を聞きましたが、その人物を当然のように下せるのですが」

では、それが上限かと言われれば、トモエとしても首をかしげざるを得ない相手。
加護を含めない範囲でと言われれば、少々疑問もあるにはあるのだが、ローレンツの事もある。トモエに与えられている奇跡をもって、どの程度まで制限がかけられるかも正直わからない。折に触れて、トモエのほうで試してみたいと考えることもあるのだが、はっきりと危険だと、相手の死を決着に置いたところで間違いなく及びはしないだろうとそんな考えがどうしても脳裏にちらつく相手。

「アイリスだったか。あれが、いよいよ己の持てる物をすべて使ってとなれば」
「片手間どころかと、そういった風情ですが」
「ああ。俺も、少し力を使わねばならん」
「と、ご本人からはこのように」

そして、こうして話をしてみたところで、相手にしても要領を得ないとばかりに。

「アイリスさんというのは」
「ファンタズマ子爵と並んで、戦と武技の神から巫女としての位を授かっている方です」
「ああ、あの」
「その方を、子供相手とすることが出来る、ただそれにしても上限では無い方なので」
「その、武器をお持ちでは無いようですが」
「爪と牙がある」

獣の特徴を備えている者たちにしても、トモエがこれまで見てきた者たちは各々武器を持っていた。アイリスであれば、野太刀。イリアにしても、大剣を。始まりの町で、領都で見てきた者たちにしても、それぞれに武器を携えていたものだ。
だが、クレドにしてみれば、何故そのような物を使わなければならないのか。そんなものは己の爪牙で事足りるだろうといわんばかりに。事実、これまでの道中で彼の振るう力の前にほとんどの魔物が何を為すことも無く、ただその姿を消していったものだ。

「ええと」
「その、私に言われましても。間違いなくこの周囲に現れる魔物程度であれば、私の刃が届く程度の魔物であれば何一つ問題が無いと言い切れはするのですが」
「トモエ・ファンタズマ卿の紹介である以上、ええと、問題は無いのでしょうが」
「仮登録証で、構わないかと思いますが」
「その、それにしてもですね。一応は国の中でも最上位といいますか」
「それは、いえ、言いたい事は理解も及びますが」

それこそ、この場にオユキがいてくれれば、落としどころを早々に見つけてくれるのだろう。トモエとしては、そんな事を考えてしまう。やはり、己はこうした振る舞い、所謂政治と呼べるようなものの全てが苦手なのだと、そんな事を改めてまざまざと思い知らされる。オユキにしても、好んではいない。それを理解していながらも、任せなければ、押し付けなければならないのだと。

「面倒だな。俺の能力に疑問があるというのなら」
「その、クレド様は手加減といった事は」
「できないわけではない。それが出来ないのであれば、あの狐達と遊べてはいないからな」
「その、戦力、ですか。それを示すのだとして、相手というのは例えば騎士の方であったり」

トモエにとっては、正直クレドの能力、その上限を図るといわれれば最低でもアベルくらいは連れてこなければと考えてしまう。下手をすれば、この国の防衛として信頼を得ているタルヤ、そちらと並ぶような相手なのだこのクレドというのは。
とかくこの世界では人の特徴しか持たぬ存在というのは、能力が低い。マナの扱いについては翼人種でもあるカナリアからはっきりと魔術を扱うには向いていないと評されている。肉体としての強度についても、今度は獣の特徴を持つ者たちにはどうしたところで届きはしない、はっきりと劣っている。

「例えば、ですが。その」
「私が、ですか。間違いなく、相手にならないかと思いますが」
「お前は、機会を探しているように感じたが」
「確かに、そうした機会を考えてはいましたが、私は加護を含めた場では正直な所」

トモエ自身、己に対する評価とでもいえばいいのだろうか。それに関しては、非常に低い。一応は、騎士たちからも技という部分での評価はもらえている。だが、やはりそれ以上は無い。一応は、問答無用でそれこそクララやイマノルであれば致命とできるだろう技は身に着けている。武技では無く、恐らく奇跡としての。そうした状況である以上は、やはり難しいのだ。単純に比較をするというのは。一切を断ち切るはずの太刀にしても、伸びた先では無く、太刀そのものを一度アベルに止められていることもある。トモエにしても、オユキを前に背を見せようとなりふり構っていられない程度には、こちらの世界における強者と水が空きすぎている。

「その、ギルドとして戦力の把握をと言う事は理解できますが、前例として倣うのであれば人では無く獣の特徴をかなり強く持つ方になるかと」
「獣人とはまた違う。俺達の種族は人狼であり精霊のほうが近い」
「獣精、でしたか。イリアさんが型足を踏み入れたようですし、アイリスさんははっきりと自分から述べてはいませんが」
「アイリスは、俺達よりも高位だが少し方向が違う。あれは、元来祀られ、不足があれば祟る類だ。イリアというのが、あの夜闇の加護を得た物だというのなら、あれは未だだな」
「髪色が」
「己の意志で変えられるようになれば、そこでようやくまずは一歩だ」
「あの、そういった話では無くて、ですね。その、狩猟者ギルドのほうでもこれまでとはまた制度を変えている最中でして」
「王都では、と言う事ですか」
「いえ、訓練として最低限を行って、それから外にという流れを今は想定しているので。例えば、王都でしたら、周辺にいる魔物と問題が無く戦えるのだと、ええと、どの門を使うかでも変わりますけど、そのあたりは現状一般的とはならないので」

トモエはここまで言われてようやく理解が及ぶ。

「ですが、それについては既に移動の実績もありますし」
「ギルドに、記録が無いので」
「遡ってと言う事でよいのであれば、少なくとも私が記憶している限りの魔物であったりをお伝えしますが」
「いい加減、面倒になってきたのだが、そうだな。今日は、お前の下で動くことにしよう」
「クレド様が、それで構わないといわれるのでしたら」
「ああ」

では、此処でこうして結論の見えない押し問答をしていても始まらないからと、トモエは腰を上げてしまう。
正直な所、オユキは、狩猟者という立場を非常に気に入っている。だが、トモエはそうでは無い。町の出入りの為に、身分を示すものが必要になるからと、その程度でしかないのだ。少年たちにしても、オユキが気に入っているから、他に方法が無かったから。実際には、教会が身分を保証するのだとしても、それを理由に外に出るには当然教会からの頼まれごとだという証明が必要になる。
町の出入りが簡単なのは、本当に狩猟者だからこそなのだ。
だが、今となっては正式に貴族としての位を持っている。
要は、そちらを使う事で、いよいよ自由に動くことが出来る様になっている。商業活動、得た魔物の処理、そうした物に関してはトモエに至っては商業ギルドとの取引で構わないと考えている。既に、家を構えているのだ。貴族家として、今後どうなるかは一度置くとして、雇用を考える時にはそうした窓口としての部署を設けておいても構わない。要は、ファンタズマ子爵当人が、その伴侶がギルドに度々出入りをするのはどうかと、そうした感覚をトモエは持っているのだから。

「では、今日はそのようにしましょうか。ええと、私の移動と、それからファンタズマ子爵の移動に関しては、改めて本日報告させていただきましたので」
「あの、え」
「今日の事は、あくまで子爵家の者として動きます。結果として得られるものについては、必要なようにするでしょう。荷拾いなどに関しては、既に手配も終わっていますし」
「ああ、それでここまで人数がいたのか」
「はい。この辺りは、オユキさんに感謝をしなければならない事ですね」

何やら、顔を出したところで呼び出され。そうして連れ込まれた個室から、さっさと出ていこうと腰を上げる。何やら年若く見える職員が、まごついているのを無視して。
トモエが、こうして少し苛立ち始めているのは、狩猟にしても時間が限られているから。
昼を過ぎるころには、アルノーから渡された食事を門の外で取った後には、街中に戻らなければならないのだ。既に、こうして意味も無く時間を使った以上はさらに短くなっている。

「少し、急がなければなりませんか」
「そうか。お前も、一人にする時間は短くと言う事か」
「ええ、当然の事です。それが出来ない事は、できないときは已むを得ませんが」

そう、どうにもならぬ時は、どうにもならぬとして。それ以外の時は、やはり共にいられる時間を長くと、そう考えているのだ。特に、今回にしても、オユキは一応トモエを送り出してはいるのだが、それもオユキが残ってやらねばならぬことがあるからこそ。それにしても、トモエの為にと鞘の用意を考えての事でもある。ならば、トモエとしては、やはり必要な事を行った後には早々に戻らねばというものだ。あまり待たせるのも、やはりトモエとしてはオユキとの間の在り方として違うだろうと考えてしまう。かつては、己が度々そうされる立場であったのは事実。今は、それが入れ替わってと考えれば互いに納得がいかないわけでもないのだが。
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