憧れの世界でもう一度

五味

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31章 祭りの後は

服装について

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オユキの服装は、こちらでは基本として和装になっている。散々に贈られている物もあるため、神国の屋敷ではごくまれに洋装を身に着けることもあるのだが、体調が悪い時に着たいものではない。加えて、基本としてはオユキの装いはトモエの選択に依る物なので、こちらもどうしても過去に覚えのある物、そういった物をオユキにまずはと併せてしまう。魔国には、そもそも、衣装をそこまで持ってきていないこともあるのだが。

「すこし、考えましょう」
「ええと、はい」

そして、袷の都合上完全に前が閉じており、それこそ裾をたくし上げでもしない限り足幅に制限がかかる服装を今着こんでいるオユキに対して。流派としての技というのは、小太刀の時は特に足幅をとることもある。そもそも、大きく動くときには、裾が乱れるどころの騒ぎではない動きが当然でもある。
トモエが見落としていた要因というのは、過去に散々に袴で互いに練習をしていた流れから。今日にしても、トモエがオユキに着せこんだわけではなく、エステールとナザレアの手によるものだというのもある。なんとなれば、午前中の狩りに至ってはいつもの長袖長ズボンといった格好なのだ。
トモエとしても、今後もオユキが技を使う場面というのを考える。勿論、そのときには、戦と武技の神から与えられた服装か、もしくは狩猟者としての長袖長ズボン。では、今こうしてオユキが屋敷で身に着けている衣装を基本として今後も教えていくのかと。少年たちにも、少し技を伝え始めているのもあり、トモエとしてもいよいよ考えることが多く、最早立ち合いを続けるでもなくその場に正座をして瞑目する。その姿に、オユキとしては、色々とトモエも己の背負う流派と、こちらならでは、その間で悩んでいるのだろうと嬉しくもなる。
つまりは、それを悩むほどに、悩めるほどにトモエもこちらの世界に馴染んできた、見て回ったのだなと。

「えっと、オユキちゃん」

トモエの体面に、オユキも膝を揃えて座って。のんびりと時間を過ごそうと考えている処に、アナが近寄って来て声をかけてくる。

「アナさんも、休憩ですか」
「言われた回数は終わったから、みんな休憩し始めてるけど。えっと、そうじゃなくて、武器、変えるの」
「ああ、そのことですか」

確かに、この少年たちの前では、オユキは基本的に長柄の武器かこちらに来てから使い始めた蛮刀の類しか使っていなかった。

「改めて、印状を目指してみようかと」
「えっと」
「私が印状を得るために、まずは残っている短刀術の目録を頂かなければいけないので」
「オユキちゃんは、えっと」

そう、オユキとしても、こちらでの生活とでもいえばいいのだろうか。狩猟は勿論続けるつもりなのだが、己の道を進むつもりはあるのだが。皆伝とまではいかないまでも、せめて印可の位にまでは進んでおこうと、そんな事を考えだしている。

「現状は大目録ですね」
「その、前の世界で、えっと異邦だと」
「確かに、かなりの期間をかけて大目録迄ではありましたが、使った時間と言いましょうか」

かつての世界では、流石にこちらと違ってあまり時間を使うことが出来なくなったのだ。仕事を始めてしまってからという物。さらには、トモエがそれを勧めたこともあり、ゲームにも時間を使う事になった。オユキにとっては、寧ろゲームが初めであり、だからこそ師事した物でもあったため、トモエから見たときにそれがあまりにも分かり易かったために、勧めたと言う事もあるのだが。

「こう、実際に体を動かしてと言う事でしたら、前にもお話ししたかと思いますが」
「うん。一日に数時間位って、えっと、そうじゃなくてね。オユキちゃん、短剣使うの」
「ああ、成程」

確かに、トモエにしろ、オユキにしろ扱うことが出来る武器というのは、少年たちから見れば随分と幅広く見える事だろう。ここ数日の間に、久しぶりの再会から色々と聞いた話では、彼らは基本的に始まりの町の周りで狩猟を行い、武器が痛めばそこまでで手に入れていた補修石を一部使ってウーヴェに直してもらってという事であった。つまりは、トモエがこれをと渡した武器を、今もそれぞれに渡した武器を使っている。その様子を、トモエにしてもオユキにしても嬉しく思う所は確かにある。だからこそ、これまでにない武器をオユキが選ぶ、それについて疑問があると言う事なのだろう。

「その、はっきりと申し上げるのであれば、私が小太刀を持つのは、人相手の時くらいかと考えています」
「えっと」

オユキの断言に、アナが何やら苦笑い。そうして、アナと話し始めたからだろう。残った少年たちも、ローレンツに盾の事を早速とばかりに聞きに行くために動いているパウを除いて、皆集まってくる。

「オユキは、今回も参加するんだっけか」
「どうでしょうか。今回は体調不良の期間が長く在ったので、恐らくは最後に数度と言いますか」
「メイ様も、トモエさんとオユキさんは流石に別枠になるんじゃないかって」
「でも、オユキはともかく、あんちゃんはそれで納得できそうにもないと思うけどな、俺は」

さて、そうしてシグルドが今も瞑目しているトモエに視線を投げるのだが、生憎とまだ思考は定まっていないらしい。

「そうですね、大会の形式も大きく変わるようですし、明確に戦と武技の神から期限も言われていますからそれに合わせてとなるでしょう」
「あー、なんか、それでねーちゃんも、頭抱えてたな」
「えっと、私たちは年齢別で出ることになるかもしれないんだったっけ」
「俺は、それもどうかと思うんだけどなぁ」

そうして、思い思いのところに腰を下ろした少年たちと話を続ける。地面に腰を下ろすくらいならば、四阿があるのだからそちらに引き上げてくれはしないかと、そんな視線を侍女たちから感じもするのだが、オユキにとっては寧ろこれも慣れた事。トモエが思考の縁から戻ってくれば、またすぐに鍛錬の続きが行われるには違いない。トモエの中で、未だに結論が出ていない事ではあるのだろうが、オユキにとってはトモエがどういった決断を下すのかも何とはなしに理解が及んでいる。
トモエにとって、オユキが小太刀を使わなければいけない場面。小太刀を、守り刀を身に着ける場面というのはまさに今オユキが着込んでいるような服装の場面なのだ。ならば、その時に使えないような術理では、全くもって意味がない。太刀を振るうにしても、他との兼ね合いとでもいえばいいのだろうか、オユキが今後も公の場に出る時には、トモエとしてオユキに着せた衣服を身に着けている時に動けるようにと、今はそれを考えているに過ぎないとそう判断して。

「加護の一切を打ち消す、そうした条件がありますので年齢別というのは理に適っていると私は思いますが」
「いや、でもさ。結局、一番強いってわけじゃないだろ、それじゃ」
「一番の定義次第、でしょうね、それは」

シグルドが、オユキの言葉によく分からぬと首をかしげるから、トモエからシグルドに体を向けて。

「一番強い、それにしても、今度の事は、大会については加護を無くしての事です」
「まぁ、そりゃ、そういう大会だしな」
「ですが、実際に強い方々というのは、どちらかと問えば、加護も込みでそれが実際に即していることでしょう」

オユキの言葉に、シグルドが少し真剣な表情で。

「前にも、話しましたね」
「ああ」
「私たちが、アイリスさんが望んだ場というのは、技を競うための舞台です。そこで競われているのは、勿論他の要素も絡んできますが」
「そっか。オユキは、そう考えてんのか。あんちゃんは、そのあたりどうよ」

考え事をしていたとしても、やはりトモエは色々と外の話を聞いている。オユキのほうでは、己に関わることくらいしか広江はしないのだが、一体どういった理屈か、トモエはきちんと聞いているのだ、それ以外も。そして、今こうして話しているのは、トモエにとっても大事な事。

「そうですね、凡そオユキさんと同じとでも言いましょうか」

しかして、そこには勿論オユキと異なる観点と言うものもある。

「私が考えていたのは、かつての世界、そこであった試合と同じものではありました。しかし、当日、あの日に舞台に立って、改めてそうでは無いのだと気が付かされました」
「えっと、違うってのは」
「こちらでは、種族差があります」

そう、トモエはそれを見過ごすべきではないと、観化すべきではないとはっきりと考えている。
獣人は、そもそも人に比べて獣の特徴を持つだけあり、人とは比べ物にならない程に身体能力とに優れている。方や翼人種というのは身体能力は基本的に低い。低いはずだ。そのあたりは、今だに少しの間棒を振っては地面に倒れ伏しているカナリアと、そんなカナリアをただただ残念だとでも言わんばかりに眺める、毛先が少し黒く染まったイリアとを見れば分かり易い。そして、トモエの視線がそちらに流れたからだろう、シグルドにしても成程と言わんばかりに頷いて。

「勿論、生来の能力を使う事は悪い事ではありません。技を競う、尋常の場というのは、そうでなくては」
「ってことは、あんちゃんは」
「ただ、年齢別でというのは、正直なところ私も賛成していますよ」

そして、じゃあトモエはシグルドと同じ考えかとそんな期待の視線が送られるのだが、生憎ととトモエはそう返す。

「繰り返しますが、体ができるまでにできる事というのは、やはり制限がありますから」
「あー、成程」
「えっと、トモエさん、向こうでは体重で別れてたりとか、年齢にしてもこう、細かい区分が」
「そうですね。長い時間を経て、あちらではそのように分けていったのですが、勿論そうするだけの理由も理屈もあったと言う訳です。こちらでは、私が改めて生前の仕組み、それなりに簡略化した物ですが伝えたこともありますので」

色々と、そう色々と。少年たちが、トモエの知らぬところで鍛錬を積んだように、トモエにしても、オユキにしても。少年たちの知らぬことを、行っていると言うものだ。基本的に、ここ暫くは彼らの話の聞き役に徹していたのだが、それ以外の事も、多く行っている。そう、例えば、今日の夜についにはパウと、彼の両親らしき人物を引き合わせる機会を用意しているように。
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