憧れの世界でもう一度

五味

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31章 祭りの後は

親子の再会

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準備には、オユキが思う以上の日がかかった。というのも、突然の来客もあれば、神国から後追いの人員というのも多く、魔国で借りている屋敷は想定上に騒がしい事になっていた。そこで、現状はあくまで魔国にいる出自不明の者たちに対して、特別な配慮を行って見せるというのは、いくら雇用関係にあるからとはいえ難しい物ではあった。そういった調整を、トモエとオユキはミリアムに丸投げしていたこともある。
ミリアムが政治的な動きというのを苦手としている、そういった理解は確かにトモエもオユキもあるのだが、離れていた期間が長く、本人の確認から任せており進捗などは特に確認していなかったこともある。何せ、領地で暮らす民の管理、照会などは異邦から来て僅かに一年と半年が過ぎた程度のオユキでははっきりと手に余る。今後、それこそ、トモエとオユキがこちらの世界に残るのだと決めて。子爵家という家督に相応しい領地を得ることにでもなればそれも業務となるのだろうが、今は法衣の中でも少し特殊な位置づけになっているため関係の無い事でもある。そうした諸々が重なり、せいぜいが不便を感じる事と言えば荷拾いを頼む時にパウの両親らしき人物には遠慮を願う程度。というよりも、再開を演出するためにと、その人物たちにしても色々とやらなければならないことが多かったというのもある。

「迷惑を、面倒を。申し訳ない。だが、ありがとう」
「良かった。健やかに、ここまで」

そして、今となっては再会を。
確認の為に、それこそ、最後の確認の為に。パウにも、両親にも互いの事を伝えてなどいなかった。さらには、それなりに期間が過ぎていることもある。パウが教会に預けられて、両親の下から離れて七年近く。それだけ離れていれば、成長期の子供等と言うのは劇的に見た目が変わる。如何に、互いに何かがそこにあろうとも一目見ただけでは、言葉を交わしただけでは分からないと言ったことがあっても不思議ではない。トモエにしても、かつての世界で幼い頃に生き別れた者たちが、互いに互いの存在に気が付かずに暫く同じ町で、それこそ少し出かければすれ違うような。そんな距離で過ごしていたというのに気が付かなかった。そんな話とて聞いたこともある。
だが、どうだろうか。目の前で繰り広げられているのは、互いに一目見た段階で。パウにしてみれば、死んだと聞かされた両親だと。パウの両親にしてみれば、己が、教会に預けなければならなかった子供が、今となってはすっかりと成長した姿で。
一目見ただけで、少年たちも纏めて、勿論性別が違うためせいぜいがシグルド位なものだし、こちらは髪の色も違うのだが、そんな相手には目もくれず。ただただ、己の子供の名前を、パウと呼んで。パウのほうでも、記憶にあるままの両親の姿と言う訳では無いのだが、それでも己の両親には違いないと。
さて、そんな感動的な一場面を目撃した後には、後の事は家族の間で話せばよいとトモエとオユキは早々にその場を辞する。鍛錬を終えて、それぞれに一度汗を流した後。この後には夕食も控えているのだが、今度ばかりは客人と少年たちとは分けた席となる。パウが両親に出会えた、この広すぎる世界で、消息不明となっていた両親と再び出会えた。その事実を、パウだけでなく、彼の良き友人でもある少年たちもことのほか喜んでいる。互いに教会で暮らし、そうした背景を持つことから、万が一を考えて様子を見た物ではあるが、現実にはその様な事は一切なく少年たちにしても心からの祝福をといった風情であったのだから。

「良かったですね」

そして、オユキにしてもこの光景に確かに心が救われている。だからこそ、トモエは一度部屋に戻ろうと歩いているところでそのように声をかける。

「はい、本当に」

代償行為、オユキの頭の中にそんな言葉が浮かんでいたのだが、トモエの言葉でそれも考えなくて良いのだと、改めて。確かに、己がその様な事を考えながら、パウと両親を引き合わせようと無理に押し込んだことでもある。だが、と物江言葉には、視線には。それがどのような動機であれ、良い事をしたのだとそうはっきりと示している。ならば、オユキも胸を張ろうと。

「ですが、今は」

オユキの視界は滲んでいる。トモエも、勿論気が付いている。だからだろう。いつぞやの様に、オユキが覚えている範囲では、相応に回数が増えて来たなとそんな事を考える。オユキの足では、なんだかんだと広い屋敷、歩くのも少し時間がかかる。それすらも、トモエは惜しんでいると言う事なのか。

「ええと、その、化粧がですね」
「ああ、成程」

涙を流す、それだけで、化粧が崩れると言う事らしい。確かに、外に出る時には最低限とでもいえばいいのだろうか。顔に塗り込む物にしても、オユキにとってはよく分からない液体が数種類程度。しかし、湯上りで、今夜に関してはいよいよ正式な席となる場に向かう事が決まっているから、その比ではない程に大量にあれこれと塗りこめられている。汗でも、涙でも。水分は化粧品の類にとっては、大敵だ。ウォータープルーフ、水にぬれても多少は大丈夫な品も存在していたのだが、それにしても限度というのはある。

「成分としては、油溶性の物は安定用に一部だけだったように覚えていますし」
「オユキさん」
「いえ、あくまで学術の範囲と言いますか」
「オユキさん」

最初にトモエが名前を呼んだのは、わかっているのならばとそうした警告を含めて、興味がようやく持てるようになったのかと。あとに呼んだのは、かつての興味の範囲であったのかと、落胆を含めて。ただ、そうして話を他に向けるだけの気力が、どうやらオユキにも戻ってきたらしいと、トモエとしてはそう喜んで。少しの間、運んで進めば部屋にもたどり着く。そこで、改めてオユキを化粧ぢ亜の前に座らせて髪を解いて、何とはなしに梳ってみる。オユキのほうでも、己の頬をぬらすもの、それがきっちりと跡を作っているのにそこで気が付く。
成程、確かに極僅かとは言え、気が付くものは気が付くだろうと分かる、そういった涙が流れた跡。それを残したまま食事の席につけば確かに要らぬ詮索を受けそうなものだ。来歴を考えれば、そもそもこうした体調不良や己の感情を隠すための道具でもある。用をなさぬというのは、確かに使われる道具にしても虚しい物だろうと考えて。そして、並べられている道具にオユキは僅かに視線を向けてみるのだが、全くもって使い方の分からぬ物ばかり。それこそ、トモエがオユキの髪を整え終われば使うだろうと考えて、一度全てを放っておく。
トモエとしては、ここまでに散々に機会があったのだから、オユキが興味を持てば少しくらいは覚えているのではないかと。軽く治すくらいであれば自分でできるのではないかと考えていたのだが、その当ても外れたなと苦笑い。甘える様に、改めてオユキがトモエの胸に頭を預けてくるのを感じながらそれでも一先ずは横抱きにした時に僅かに崩れた髪を改めて整えようとしながら。生憎と、化粧に関しては、背後から同行できるほどにトモエも慣れていないため向かい合ってとなるのだが。

「改めて、良かったですねオユキさん」
「はい」

既にオユキの瞳からこぼれる物はないが、それでも心の奥にはようやくとでもいえばいいのだろうか。こちらに来て、初めてと呼んでもいいほどに温かい物が生まれている。トモエとの間に常々ある、常温に近い何かとはまた違う。目に見える、何か。一つの達成感にも似た。そんなものが、オユキの胸中に存在している。

「オユキさんのご両親も、こちらにいるのは間違いないのでしょう」
「本当に、そうなのでしょうか」
「ええ。そこで嘘をつかれることは、無いでしょうから」

預かったとでもいえばいいのだろうか。教会に、神殿に残されている手紙を確認してみれば、オユキの両親がここにいる事は間違いがない。

「これまでは、お名前だけしか存じ上げませんでしたが、そう書いてありましたから」
「トモエさんは」

トモエの言葉に、オユキは少し考えるようにしながら。

「トモエさんは、例えば私が急いでいる理由というのが」
「ご両親の事に関しては、口実の一つですよね」
「ええと、はい。そうです」
「本音と言いますか、オユキさんが大事にしたい事は、私の事。その理解はあります」

オユキが、頑なにかつての世界、そちらの流れに戻ろうと考えるのは、トモエがどれほど己の子供たちを、自分が産んだ子供を、その先に続いた孫たちに心を砕いているのかを知っているから。オユキ自身も、もちろん大事にしている。だが、オユキ以上の感情が、トモエにはあったのだからと知っているからこそ。
トモエがとかく不安に思っていることと言えばいいのだろうか、オユキにとってこの世界にもう一度来ることが、もう一度この世界を見て、トモエを案内して。それだけが重要であったのではないかと。

「私は、そうですね、今は正直なところ思いつきません」

ファルコが語った言葉、それがオユキの胸を打った。
憧れは、過去なのだ。今に向けて抱いたものではない。
輝きは、失せたのだ。オユキにとっては。
そんな事を考えてしまえば、最早こちらに残ろうという気概、一度は幕を下ろした生を、こちらで続けていこうという意思は、最早残りはしない。仕事から来る疲労が、現実が、現実となた世界が容赦なく突き付けてくる数多の歪がオユキの心を蝕んでいくのだから。

「トモエさんに、隠し事はやはり好みませんから、はっきりと言ってしまいましょう」

オユキの髪を、トモエが整え終わったから改めてオユキの寄せてくる体重を受け入れて。
両親に出会えたパウ、それを見たからこそ、郷愁をより強く、こちらにいるらしい両親の姿を考えて心のうちに積もる物があるのだろうと、トモエはそれをやはり許容して。
トモエとオユキの間で、存在する約束、それを今度ばかりはオユキから言い始めた事もあり、安心していると言う事もある。トモエは、オユキが定めた期限、こちらの神々が定めた期限。即ち、選択の時が、神々から与えられるまでは、トモエは待つのだという約束に託して。

「こちらで生きていくことに、やはり疲れています。過去に合った物、それとの比較を私はどうしても行ってしまいますから」
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