憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

魔物を狩る

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久しぶりに、トモエ以外をと言うよりも人以外を相手にする緊張感。それが、オユキにとっては、やはりとても心地よい物ではある。トモエの指導方針に従って、何やら少し迷っている風ではあったのだが印状をえるためにとオユキが募れば、そこははっきりと割り切って。今は、トモエから与えられた小太刀をオユキは握り、グレイウルフの群れを、率いるリーダーも含めて相手取っている。小太刀の扱いとして、トモエから習った事はオユキの持っていた印象とはやはり大きく違う。牽制に、もしくは暗器として。オユキがこの武器に持っていた印象と言うのは、それに尽きる。だが、トモエが言うにはそもそもこれを主とした流派が存在するほどに、十分すぎる程の殺傷能力はあるのだと、そういう話。
太刀や、大太刀のように大きく振り回すのではなく、隙を通すように。細かくひっかける様に。そのような使い方は、確かにこれまで習っている。だが、新たに教えられている物はより攻撃的に。つまりは、人程度の大きさの生き物であれば、確実に一突きで致命とするための扱い方。構えが大きく変わる事は無い。相手の視線から、武器を隠すようにと言うのも、これまでの物とやはり同じ。何処からと言われれば、確かに続きと分かる程度にはオユキも理解はある。だが、はっきりとした違いを感じる、新しい理合いもそこにはある。

「鎧どおしと言うと、こう」

技の名は、鎧貫。狙うのは、基本的に喉。そこに、容赦のない刺突を放つ技。以前にも見た、トモエからは全くと、ため息交じりに注意はされたのだが、以前トモエがオユキの喉を貫いたのと基本は同じ。寧ろ、そちらに繋がるための技が、これなのだとよく分かる。軽く肩と肘をまわし固定したうえで、力を通す。その結果として、尋常では無い速度で、小太刀が走る。トモエの言葉通り、確かに乱用すればその負荷ははっきりと返ってくるのだが、緊急避難とでもいえばいいのだろうか。一度の戦い、そこに全てをと考えるのであればまさにうってつけの技ではある。
オユキの集中の形は、何処までも時間を引き延ばすという物。そこでは、あまりにも己の動きまでもが遅いと感じる。どれだけ相手の動作に気が付こうが、己の動きがとてもではないが間に合わない。ただ、成程、こう動くのかとそれをつぶさに見た上で、己が間に合わぬことを悟るしかない。しかし、トモエがオユキに伝えようと考えている物、それは間違いなく助けになる。

「いえ、あれは千枚通しでしたか」

技としては、小太刀からまずは始めよと言う事なのだろう。それこそ、徒手空拳、それにしても拳が持たないとははっきりと分かる。特に、今のオユキの手はこれに耐えられるように作られていない。過去にしても、太刀を持つことが大前提であったため、掌が自然と固くなることはあれど、わざわざ拳を鍛えたりはしなかった。目録の範囲では、ほとんどの技は掌打や貫手と言った、変形のほうが多かったこともある。
そして、トモエに教えられた技を使いながら、確実に一匹づつ狼を仕留めていく。幸いにと言っていいのだろう、惜しむらくはと言えばいいのだろう。仕留めた魔物の大半がそのまま姿を消して、トモエに言われていたように次に向けて体を動かす必要が無い。時には、そのまま残ることもあり小太刀を引き抜いたうえで次に向かわなければいけないと、そうしたことも確かに起きる。グレイハウンドですらオユキとほとんど同じ大きさなのだ。今相手取っている狼たちはオユキよりもはっきりと大きい。体高と言う意味ではどうにかオユキのほうが、それでも胸元まできているのだが、高い。しかし、それが飛び掛かってきたときには明らかにオユキよりも上になる。下敷きになってしまえば。未だに身体能力と言う意味では、ほとんど加護を得られていないオユキでは。勿論、かつての世界に比べれば、幅広の剣を二本持って振り回せる程度には膂力もある。かつてでは、とてもではないが二刀流などまともに運用できるようなものではなかったのだ。それこそ、下段に構えるのが必然となるような、そうした理合い。だが、こちらであれば、今となってはオユキですら中段で構えて十全に。

「オユキさん」

思考を続けながらも、ここまでの日々でトモエに習った動きをただ続けていれば。そんなオユキを、トモエが呼ぶ。さて、何事だろうかと、改めて軽く今の己の状態を確認してみれば。

「ああ、行き過ぎましたか」
「ええ、一度声をかけたのですが」
「おや」

気が付いた、オユキがトモエの呼びかけに。トモエが、オユキがトモエの声に。そして、オユキにと群がっていた狼の群れを、少々遠間に、既に護衛が通していた分までを含めてトモエが一振りで全てを切り払う。そして、できた空間にシェリアが飛び込んで、後の魔物の一切を引き取る構え。

「まさか、気が付かなかったとは」
「いえ、少しの反応はありました、そこで改めて声をかけただけです」

オユキとしては、まさかと考えて。だが、トモエからは二度目なので問題が無いと。そして、すぐそばに近寄ったトモエが、かつてもそうであったようにオユキの手から小太刀を取りあげる。オユキの手は、既にしっかりと固まって、最早自力では開くことも難しい状態になっている。要は、それほどに力を入れて握り続けていた、その証左でもある。加えて、相も変わらず軽く掌はすれて以前よりはましではあるのだが血も流れている。

「以前が有ったので、少し早めにとしましたが」
「前は、トモエさんとでしたから」
「加減をしていた自覚はありますが、流石にこの程度の魔物に比べれば」

そう、トモエとしても確かに教えるためにと加減はしていたのだが、それでもこの程度の狼に劣る程等と言う事は無い。

「いえ、オユキさんであれば、そうですか」
「はい。それだけが、確かにこれまでにありましたから」

だが、オユキの意図としては、そこにある信頼感が違うのだと。

「何にせよ、オユキさんは今日はここまで、ですね」
「そう、ですか」
「掌が治れば、またその時にとしましょう。以前は長くかかりましたが」
「今回は、どうでしょうか。一応、マナの枯渇と言った感覚はありませんが」

さて、そのあたりは医師として頼んでいる相手に確認するしかないものだが、その相手は今イリアと一緒に、恐らくは初めてなのだろう魔物狩りなどとしゃれこんでいる。一応は使えるようになった、種族としての特性。悪徳の一切を許さぬ炎を扱って、少しは頑張っているようだがそれでも慣れていないとはっきりと分かるほど。護衛役として、イリアがかなり奮闘をしているのだが、はたから見る分には見た目にもしっかりとした大人相手に、まるで初めて狩りに出た子供の相手をしている様子。

「確かに、これまでに経験が無ければああもなりますか」

ほほえましいというには、少し難しい。そんな様子。そして、カナリアにしても、その理解はあるのだろう。イリアに落ち着けと何度も声をかけられているのだが、それで落ち着く訳も無い。だが、唯一安心が出来る事と言えばいいのだろうか。いつからか、監督役として、同族とはっきりわかる相手がカナリアの上で羽を広げて浮いている。羽ばたきを全く行わずとも、それが当然とばかりに宙に浮く相手。何やら、苛立っているとはっきりと分かるほどには、腕を組んで、己の前腕を指で叩いていたりとカナリアでなくとも慌ててしまうだろう。翼人種に関しては、当たり前のように離れた場所に声を届けることが出来ると、そんなことも理解が出来ている。問題としては、あの見知らぬ相手がカナリアとどういった関係があるのか。フスカの代わりに、監督役として回されているには違いないのだろうが、これまでは全く気が付かなかった以上は、見ることもできない位置で常にとしていたのだろう。もしくは、何か根本的に違う、オユキでは思いつかぬ方法があるのか。

「あの方が、そろそろ我慢の限界を迎えそうなのですよね」
「それは、その」

トモエが、明らかに警戒している。オユキは知らないが、トモエはかつてフスカが一帯を焼き払う様を見て覚えている。そんなトモエの警戒が、オユキにははっきりと伝わり。さらには、フスカによってオユキに残された炎が、かなりオユキを苦しめたことを思い返せばという物だ。シェリアにしても、はっきりと警戒して今にもオユキをそのまま馬車に放り込もうかと、そういった構えを見せ始めている。

「ただ、今私が戻るとなると」
「それは、そうなのですが」

だが、ここでオユキがとなると、護衛も同時に引き上げることになる。そうなってしまえば、イリアだけでは少し難しいところも出てくる。

「オユキ様、ですが」
「いえ、警戒は分かるのですが、ええと、そちらの方。お名前は存じませんが、翼人種でありカナリアさんの監督役の方とお見受けしますが」

一先ず、話をしてから決めてみるのがいいだろうとオユキは考えて、徐々に高度を下げ始めている相手に声をかけてみる。軽く呼んだだけでは、流石に伝わらぬと考えて、特定するに十分だと思える言葉を。そうしてみれば、相手にしても不承不承という様子を隠しはしないのだが、それでもどうにか意識を向けて。さらには、カナリアの上でただただ睥睨していたのだが、そこからすいと動いてトモエとオユキたちのほうへと。

「その、種族の事に何を言うでもありませんが、私どもとしても巻き込まれてしまうと色々と障りがあるので」
「ええ、理解はしていますとも。本当に、そうでも無ければ既にあの程度の魔物の一切を焼き払って若輩者を早々につかみ出していることでしょう」

どうやら、苛立っているのは間違いではないらしい。告げられた言葉に、一体この種族は我欲を捨てよ等と語る割には、随分と俗だなとそんな事をオユキとしても考えながら。

「その、私たちが引き上げたとしても、ここは日々の糧を得るための場ですので」
「では、貴女方があれの面倒を見ると」
「ええと、その限りでは無いといいますか、私達では流石に貴女様の種族についてはあまりにも知識がなく」
「貴女は、折衷案と言えばいいのか、そういった物を出すことに長けていると族長様が語っていたはずですが」

さて、困ったことに、何やらまた面倒が。
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