憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

次なる祭りに向けて

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「あの、申し訳ないのですが」

トモエは、パロティアと名乗った翼人種の要望に、そう応えるしかない。カナリアに対して、徒手空拳の心得を教えてくれと頼まれての返答としては、それ以上が無いのだ。今はシェリアが馬車から取り出してきた包帯を、オユキの手に巻きながら話を聞いて。

「カナリアさんは、その、正直なところ」
「全く、あの者は」

三十分程だろうか。その程度を、小太刀をもって動いたオユキが掌を怪我している。確かに人として考えても、少々弱いとはトモエも思う。だが、そんなオユキに比べてもカナリアは体が弱い。今にしても、どうにかこうにかと本人は考えているのだろうが、数分の間無駄に動いたかと思えば息が上がり。今となっては、まさにどうにもならぬ様子でもって、近寄ってきた斑模様を持つ鹿に遊ばれている。イリアが両足にしっかりと短刀で傷を与えて、既に相手にも機動力など残っていないというのに、それでどうにか互角とその様な有様なのだ。本人にしても、得意の魔術。以前に、トモエとオユキを揃って吹き散らしたような激しい風を起こすもの、それを使えば良いのではないかと考えはするのだが、そのあたりはしっかりと監督役がいる以上は禁じられているのだろう。
加えて、種族由来の炎にしても、最早それは火の粉ではとはたから見て思う程度になっている。水と癒しにすっかりと傾倒して、今となっては司祭としての位を得るためにとなっているはずなのだが。

「その、カナリアさんとしては、今後は水と癒しの教会でとなるわけですが」
「だからと言って、私たちの種族であるのも事実。族長たちも、私たちの神、異空と流離も許しはしません」
「それは、なんと言いますか、大変な事になりそうですね」

水と癒しに対して、少なくとも来歴として確かにそのような存在に対して平然と牙をむいたのが、翼人種たちの祖霊だ。まさに神話そのものの出来事をこちらでも起こそうと、そう考えてもと言うよりも、寧ろそうした逸話を持っている以上は躊躇う理由が無いと考えるだろう。そして、困ったことに今は移動してきているとはいえ元は座を持つ世界樹の側にあったのだ。それこそ、いざ事が起これば王都に突然移動したように元あった場所に、それが当たり前と戻る事だろう。
トモエには、確かにそうした理解が有り、まさに脅迫を受けていると、そうした心持。オユキにしても、そうしたトモエの考えは理解している。オユキのほうでは、可能性があればと相手がそう考えている程度と、そうした理解なのだ。トモエに頼んでいるのは。だからこそ、トモエが過剰に警戒している様子を見て、オユキからも。

「ですが、まぁ、時間がかかっても良いというのなら」

そう、相手は寿命の無い種族。オユキにしても、実際のところカナリアはすぐに位を得ると考えていたのだ。だが、現実にはと言えばいいのだろうか。戻した位に、さらに色を付けて返すk十が決まっているため、今はまだ正式に名乗れるくらいを持っていないカナリア。司祭としての位を得ることが出来る実績は、確かに積んだのだがそれを今度は異空と流離が差し止めている。恐らく、今回呼ばれたのは、そのあたりかと検討を付けながらも。

「何も、カナリアさんは急いではいなさそうですし」
「己の寿命に任せて、あの者は悠長に過ぎるのですよ」
「とは申されましても、自覚があり、時間をかけてもどうにかなる事であれば」

そもそも、定命の生命ではないのだ。別に急がずとも、自分の足で歩き切れる速度でもって、道を歩くのだと考えたところでオユキから見ればやはりそこに問題はない。如何に種族として問題があるのだと考えていたとしても、それは恐らく後見と言えばいいのだろうか。それをフスカをはじめとした、他の長老集たちから頼まれたこの人物の焦りとみることもできる。進捗を、常に言われることもあるだろう。かつて、オユキがそうであったように。管理をお行わなければならない、後進を育てなければいけない。そこには、はっきりと感じる圧もある事だろう。だからこそ、今オユキが抑えるべきはこちらなのだ。これまで、間違いなく経験も無いだろう相手に、己が出来て当然の事。それが出来ない相手もいるのだと、そうした話をしなければならないだろう。

「急いでというのも、ええ、良いかとは思います。ですが、今のあの様子を見る限り、それもなかなか難しいでしょうから」
「本当に、何故あの者は」
「空を飛ぶことが叶わぬ、それがこれまで出会ったわけです。とすれば、今どうにか扱えている物にしても、慣れなどは無いでしょう」

カナリアにしても、長らく種族由来の事などやっていなかったのが、ただ事実。それを、今から十全にと言われてもかなり難しいというのはよく分かる。そもそも、これから得ようとしている位にしても、それぞれが持つ流れを考えれば派手に相反するものなのだ。己の本来、それをほとんど失っているアイリスと言う者もいる。最も、その人物は食欲に任せて、今もあれこれと魔物を狩っているが。

「あちらにいるアイリスさんにしても、恐らくパロティア様であれば見ることも叶うのでしょうが」

カナリアに言わせれば、時間をかければ両立させることもできるなどと言う話ではある。だが、それにしても時間をかければとそうした話にはなるのだろう。何よりも、今の問題は、カナリアに全く体力が無いところ。そのあたりは、いよいよ時間をかけるしか無い物ではあるし、使命感とでもいえばいいのだろう。カナリアにしても、流石に一日ですぐに諦めるような事でも無い。監督役迄つけられて、それで過剰になるというのも宜しくは無い。

「時間のかかる事でしょう、その理解は皆様からも頂けるのでは」
「それは、そうでしょうが」
「幸い、今日は得られたものも多くあります。一度、食事をしながら話すのも良いのではと」

食事を喜ぶのは、何もアイリスばかりではない。翼人種たちにしても、好んでいるには違いない。そもそも、取引として求めているのは、また異なる種類の肉ではあるのし、今回の狩猟でそうした物が今得られていないのも事実。だが、そのあたりは頼める相手もいる。オユキの言葉に、幾人かの護衛がうかがう様子を見せているため、すっかりとオユキに任せたトモエが簡単に手振りで指示を出しておく。丸ごと残ったりはしないだろうが、それでも十分な量が手に入るとそれくらいの信頼はある。最も、持ち帰るための似袋などが無いため、手早くオユキが王都でも頼んでいるというよりも、事あるごとに連れまわしている荷運び役の者たちから道具を受け取ってとこちらにしても、すっかりと手慣れたものだ。あとは、アルノーに頼めばこちらも間違いなく用意されることだろう。問題としては、どの程度の時間がかかるかではあるのだが。

「そうした誘いがあるのならば、今は一先ず良しとしましょうか」
「パロティア様は、何か特別好みの物は」
「私は、生憎とこれまであまり降りてくることが無かったので、話に聞いたことばかり」
「であれば、恐らく話に上ったであろうものの用意を頼みましょうか」

さて、オユキが随分と気楽にそんな事を言い切ったため、今度はトモエのほうでもはっきりと。シェリアしか、今は側に居る近衛がいない。侍女たちは、流石に壁の外にまでは連れてこれない。ならば、少々急ぎで先に連絡をしなければいけない事もあり、そのあたりをシェリアに頼もうとはするのだが、シェリアは今はオユキの心配ばかり。平素であれば、それも怪しくはあるが気が付くだろうトモエの視線に気が付いてはくれない。已む無しとばかりに、こちらも護衛の一部に頼むこととする。手振りでの指示、それをアベルから習っておいて本当に良かったと、そんな事をトモエは考えながらも、伝えたいことがある時にするものを選び、何やら苦笑いと共に寄ってきた人物に先に屋敷に言伝を頼んでおく。
オユキのほうでも、トモエがそうして整えることが分かっているからだろう。そうした様子をきちんと認識しているのだと、そうした素振りを見せながらもパロティアにさらに誘い文句を乗せる。あとは、そうしてオユキが話している間に、カナリアから意識がそれているとそうした部分もきちんと確認しながら。

「その、私たちとしても、正直気になる部分がありまして」
「聞いてみると良いでしょう、答えられる事であれば、私は言葉を惜しむ物ではありません」
「それは、非常にありがたい事ですね」

パロティアに関しては、フスカよりもオユキは随分と話しやすく感じるものだ。

「では、是非ともそのあたりは食事の席ででも」
「今でなくとも、良いのですか」
「ええ、流石に対価も支払わずにと言うのは、私も気が咎めますから」

知識とて、重要な糧であるには違いない。それを、ただ何を支払う事も無くというのは、オユキの望むところではない。特に、こうして実に気兼ねなく、鷹揚に構えてくれる相手であれば、尚の事。
それにしても、パロティアにしてもカナリアの監督役。さらには、今も狩猟に励むアイリスと、そちらに負けじと言う事は一切ない、こちらは実に渋々とと言った様子のセラフィーナと。身の回りには、既にトモエとオユキにとっては始まりの町に返してしまった相手を思い出すような相手が実に多い事だ。サキにしても、魔国には今回連れて行かぬと決めたこともあり、今頃はあの少年たちと始まりの町で仲良く日々の事に励んでいるのだろう。一度くらいは、そんなことをトモエも、オユキも考えたりするのだがそれは流石にまだ先。祭りを終えて、魔国に戻って。また、余裕ができたときに。それこそ、ファルコに合うためにと、メイからの始まりの町の代官でもある少女の遣いとして、あの子供たちが魔国に来るのが先かもしれない。ただでさえ、今は初代マリーア公爵をあちらに長く置いていることもあるのだから。

「さて、こちらはこちらで為すべきを為さねばなりませんね」
「オユキさん」

そして、あれこれと考え始めたオユキに、トモエはほどほどにと言わんばかりに包帯を巻いた掌をしっかりとつかむ。オユキが、改めて己の現状を理解するように。
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