憧れの世界でもう一度

五味

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29章 豊かな実りを願い

久しぶりに

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「久しぶりですね」

オユキは、自分でもはっきりと自覚ができるくらいに心が躍っていた。自覚の要因として大きなものは、自分の耳にも届く声が、踊っていたと言う所もある。それぐらいには、はっきりと浮かれている。それもそのはず、今は本当に久しぶりに。魔国に向かう前に、それよりも数週間ほどさかのぼらなければならない程久しぶりに、トモエと並んで魔物を狩りに向かう流れとなったのだ。昨日から、きちんと食事を食べたからか。オユキには未だに判別がついてはいないのだが、トモエからはオユキが久しぶりに呼ばれる程度には回復したのだと、そうした理解もあり。

「ええ、本当に。ですが、オユキさん」
「はい。流石にわかっていますとも」

シェリアにすら、実のところオユキが壁の外に出ることについては、難色を示された。今も、オユキの胸元には護符が下がっているし、服の上から見える様に下げている余剰の功績を示す器には灰色が薄くかかっているだけ。余剰と言う言葉にしても、トモエとオユキがそう聞こえているだけで、実際にはもっと異なるものかもしれないが。なんにせよ、オユキが万全からほど遠いのは事実。だが、オユキの言い訳としては、早くに回復するには加護が必要だと。さらには、今夜間違いなく呼ばれることもあり、その際に必要な量位は都合しておかねばと。トモエとしては、どうにもオユキの回復に必要なのは、通常の休息ばかりでは無いとここ数日の出来事でそう考えるようになってきている。どうにも、トモエがオユキの元を離れて何かをする。それを繰り返してばかりでは、一向に良くなるように思えないのだ。かつては、まだ早く回復していたはずだというのに、ここ暫くは特別な事があるにはあったが、それでもという物だ。ここまでに比べて、明らかにオユキの回復は遅れていた。そこで、一体何が変わっただろうかとトモエが振り返ってみれば、確かに分かれて動くことが増えていた。かつてであれば、体調を崩したオユキの為にとトモエもあれこれとしていたのだが、それもすっかりとなくなっていた。
生前は、どうしたところでオユキを恨めしく思う事もあった。オユキにしても、そこに申し訳なさを感じていた。だが、改めて立場を逆にしてみればトモエとしても成程と思うしかない。外に出て、何かをしなければならない。それだけで、家庭としている場から離れなければならない以上は、どうしても認識が遠くなる。互いの意識にずれが生じる。それを、かつてのオユキはかなり心を砕いて埋めてくれていたのだろうとそう今更ながらに思うのだ。かつてにしても、正直今ほどでは無いのだがオユキは両親から十分以上の物が残されていた。それを、はっきりと道楽と呼んでも良い道場の運営にも充ててしまったがためにと、言ってもいいのは言ってもいいのだ。
オユキは、何やらすぐそばに控えるシェリアが少々気の毒気な顔をするくらいには、浮かれている。かつてはここまでではなかった、そうトモエとしては確かに感じはする。しかし、振り返ってみれば、押し殺していたのだろうとそう思うばかり。

「今日は、短刀術も含めて、ですか」
「そうですね。グレイハウンドに、灰色兎、この辺りを基本として」

そして、少し目を動かせばトモエは正式な名前を知らぬ、成長しきった鹿だろうに小鹿のように斑点を持つシエルヴォとそのままの名前で呼ばれている鹿以外。他にも、グレイウルフの中に少し紛れて統率するそぶりを見せる、かつてであればアルファ個体などと呼びはしたのだろう。

「ああ、アイリスさんの加護があるからでしょうか」
「ええ、魔物の種類、強度ともに」
「森も近づいているからでしょうね、確かに以前は見なかった魔物も増えていますか」

成程、道理でシェリアがやけに不安がるはずだなどとオユキは納得する。心底疑問ではあるのだが、フォンなどと名前がついているくせに、シエルヴォよりも少々強力な魔物。グレイウルフの中には、変異種でもないのに統率の可能な個体である、それぞれにリーダーとつく魔物。そのどれも、今となっては流石にまだ分からないとオユキも考えはするのだが、かつてはそれこそ散々に蹴散らしてきた相手。かつての事を考えれば、あまり問題が無いともいえるのだが、シェリアの警戒がある以上危険であることには変わりない。寧ろ、この場合オユキの考える危険と言うのはシェリアになるのだが。

「カナリアさんとイリアさんは」
「こっちは、まぁ気にしてくれなくても問題ないさ」
「ええ。森林ではありませんが、イリアはこう見えて変異種から私を守って始まりの町まで撤退できるほどですから」
「そういえば、そのあたりの確認もしていませんでしたが」

思い返してみれば、どの程度の距離を移動してきたのかも、聞いてすらいなかった。距離があったというのなら、確かにあのような状態になったのも納得がいくという物だ。オユキの見立てでは、イリアであればロボグリス程度逃げ切るだけなら問題はない。討伐が出来るかと言われれば、正直難しいというしかない。トモエにも聞かれたことではあるのだが、今のトモエとオユキでは白玉兎、丸兎の変異種でようやく手が届く。そこから先は、はっきり言って無理だと。イマノルとは、それこそ相手がかなりの下限をしたうえでの事で、どうにか勝利を収めている。だが、その人物にしても騎士団で中ほどと、それくらいにはこの国の中で本当に上澄みと呼んでも良い存在なのだ。ごく一握り、その中で、間違いなく謙遜おまっての事だろうが、そこでもさらに上り詰めることが出来たような人物が、弱いはずもない。加護まで含めてしまえば、トモエとオユキ程度であれば、それが当然とばかりに吹き散らせるほど。事実として、過日には三狐神から見事トモエを守り切ったという実績すら持っている。
そんな、あまりにも頭抜けた人物だからこそ、単独での討伐などを成しえたような相手に、今のトモエとオユキが及ぶべくもない。

「とはいっても、かなり前の事だからね。今なら、もう少しまともな状態で抜けられそうなもんだけど」
「私も、一応短い時間は飛べるようになりましたし」
「おや」

そのあたりの進捗は、そういえば聞いていなかったなと改めてオユキは驚く。

「ええと、報告はしていませんでしたが」
「いえ、ただ良かったなと」
「ありがとうございます」

そして、シェリア以外からの要請もあって、カナリアが医師としてオユキの見極めについてきている。そのあたりは、トモエもオユキもすっかりと忘れているのだが、集中を互いに深めた結果で既に一度やらかしている。その時には、幸いと言ってもいいのか、オユキの掌が犠牲になるだけで済んだ。だが、回復にはきっちり一週間ほどがかかったのだ。要は、シェリアが難色を示した原因がまさにそれなのだ。オユキに回復の兆しがあるたびに、これまでにも散々にやらかしている。挙句の果てには、今日の昼間にアイリスを経由して神々からの呼び出しも受けている。ならば、トモエとオユキにつけられた近衛として、身を整える事を第一に考えるのは当然の流れでもある。

「イリアさんとは、いつ以来でしょうか」
「一応、私はカナリアの護衛なんだけれどね」
「カナリアさんは、攻撃の類が得手では無いと、そううかがった記憶が」

イリアが、然も心配だと言わんばかりの視線をカナリアに向けている。それもそのはず。身体能力と言う物においては、トモエと比べてもはっきりと低い相手。今のオユキから護符を取り上げれば、オユキが負けるだろうと。要はそこまでしなければいけないほどには、物理と言う者とは真逆な方向で加護を得ている相手。それを考えてみれば、いよいよフスカからもっと身体的にも鍛えろ等と言われたのかもしれない。あちらは、ほぼ万全なオユキをして掴んで振り回すだけで、それもかなりの下限をしていたはずだというのに、深手を与えたのだから。

「カナリアさんは、今後もこうして定期的にと考えているのですか」
「はい」

本人としては、かなり渋々と。そうした振る舞いが装備にも表れているといえばいいのだろうか。常の装いであっても、一応は旅の間に身に着けていたような服装にはなっている。だが、防御として考えたときに、トモエやオユキのように皮鎧を身に着けているでもないその様子に、オユキが改めてしげしげと眺めてみれば。

「ええと、鎧の類は難しくて」
「確かに、翼があると考えれば」
「それもあるんですけど、種族の作法とでもいえばいいのでしょうか」
「確かに、フスカ様にしても」

そう。フスカにしても、そうした場を整えたとはいえ、高々オユキを相手にすることになったとはいえ。戦いに際して、鎧を身に着けることが無かった。

「その、種族としての戦装束とでもいえばいいんでしょうか、そうしたものは以前オユキさんが始まりの町で」
「部族の装束とは聞いていましたし、盛装の類だと考えていましたが」
「一応は、盛装なのですけど、私たちにとっては戦いと狩猟の線引きが無かったこともあって」
「成程」

そして、カナリアがそう話し始めれば、聞き手はオユキからトモエに。医師として頼んでもいる相手なのだが、やはりこうした話と言えばいいのか、解説と言ったことが好きなのだろう。すっかりと、今はトモエに向かって衣装の来歴とでもいえばいいのだろうか。首に金属の輪を、そしてそこに結ぶ形で布を巻いていく衣装が、種族としてどのような意味を持っているのか。また、それを使う事で、背中と呼ぶには低い位置。腰元に翼をもつ種族としてどのような工夫があるのか、そうした話に華を咲かせている。トモエはそうしながらも、当然周囲に警戒を向けているし、万が一護衛が魔物を通し始めれば、それこそ問答無用とばかりに話を切り上げて魔物に向かう事だろう。ただ、カナリアアすっかりと意識の向きがトモエに向いている。己の話す内容に、完全に向かってしまっている。

「イリアさんは、これまでも大変だったのですね」
「まぁ、あんたら程じゃないけど、こっちも腐れ縁みたいなもんさね」

そんなカナリアの様子に、これが面倒を見ると決めている少年たちであればトモエは容赦なく頭を小突いていただろうと、そんな事を考えながらオユキがイリアに声をかければ。ただ、相手からはいつもの事だと言わんばかりに返答が行われる。
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