憧れの世界でもう一度

五味

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27章 雨乞いを

日が進めば

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「事前に、何も聞いていませんでしたが」
「申し訳ございません、身内での不和があり」

少し日が進めば、やはりきちんと届くべきところに話が届く。そして、町の設備を盛大に破壊したのだ。勿論、文句の一つも言うためにと、正式に抗議をするためにと言う言い訳を作って、訪れやすくなるものもいる。そして、オユキは現場の責任者と言うよりも、今回ははっきりと原因を担っているためにそちらの対応を行わなければならない。勿論、補填に関しては既に散々神国の人員として連れ立ってきた者たち、その狩猟の結果がもたらされている。散々に恩恵に浴している以上は、シェリアの言ではないがここで何を言われたところでという物。神国として得られるべきものが減ると、そう言われはするのだろうがであれば他の人間を選んでおけとオユキからはそう返すだけ。
こうしてトモエとオユキが選ばれて、送り出されている以上は国内も今頃は次に向けて、玉座を譲る準備に忙しくそれ以外に関わっている暇が無いという証左でもある。真っ当な国交、それが行われるのは互いの国境を結ぶ橋のたもと。そこに置く町、その管理者が定まってから。

「はぁ。まぁ、良しとしましょう」
「さて、説明を求められたのなら、そう考えてはいますが」
「ことが全て終わってから、それで良いでしょう」

そして、この人物にしてもきっちりと気が付いているらしい。それもそうだろう。ミリアムと違い、こちらは生粋の王族。それも知識と魔を標榜する国の。政治など、そこで行われる権謀術数などまさにものともしない相手ではあるのだろう。言ってしまえば、自らを神国の王都に置くこと、勿論肉親の情が多分にあったには違いないのだが、それ以上にただ実利を求めて。結果として、この人物はまさに魔国が望むものを引き出して見せた。神国の不足、それをどういった手段か、それこそ王太子と王太子妃の手による物か。正しく伝えられ、予測を行いそれに必要な手札を整えたうえで臨んでいたのだろう。

「今回にしても、ですか」
「ええ。予測は常に。貴女は、あの子に最悪を、現実はそう超えると語ったのでしょう」
「話したのは、リース伯のご令嬢ではありますが」

全く、老婆心での差し出口が、本当に方々に回っているものだと。オユキの感想はやはりそれ。本当に、あの子供たちに向かって賢しらに話した言葉、見せた振る舞い。そのあたりも恐らくは話として回っていることだろう。報告書としての形式、それを纏めたのがいったい誰なのか。いよいよもって、それ次第でオユキの実態と言うのが良く吟味されているには違いない。勿論、知るべきでは無い事、それが伝わる事は無い。それはこちらの基本的な、神々がそうあれかしと定めた事。そのあたりだけは、守っていてほしいものだとそんなことを考えながら。

「それにしても、確かに初めてみる物ですね」
「ええ。いくつか事前に考えたもの、それが既存の図案では無くて助かりました」

そして、客人を、それも高位の貴人を迎えてそれはどうかと、他から色々言われたものだが今は隣国の王妃に頼みごとをしている最中。相手の来訪、それを行う口実は壁にあけた穴、加えて巫女が神々から与えられている使命に対しての助言を求めて。二つもあれば、前者はともかく後者の物は今後の交渉の手札に加えてくれとばかりに。

「いくつか、ですか」
「その、流石にとてもではありませんが」

正直、次の雨乞いまでには間に合わせたいと考えている。そのためにと、それはもう随分とエステールにも無理をさせてしまったものだ。こちらに来た時には、ゆっくりと夫婦の時間を等と言ったものだ。しかし、ここまでの数週間はと言えば、オユキの見本としての刺繍にかかりっきりとなっていた。勿論、夜なべして等と言う事は無い、はずだ。そこから先は、ローレンツが夜警をシェリアやタルヤに任せられる日にはきちんと時間をとっていたと、オユキはそう信じている。実態は、全く違うのだと当然わかるからこそ。

「確かに、そうした手習いは最近始めたばかりなのでしたか」
「ええ、お恥ずかしながら」

図案の用意は、流石にヴィルヘルミナとカリンの手も借りている。基本的な個所は、こうしたいとそう話して。それぞれの神、その背景をトモエからも予想として聞いて。それで思いついたものを、中心に。加えて、予想としてどうにも定まらないと、こうした要素も加えられているのではないかと、そうした物で周囲を彩る様に。
行ってしまえば、月と安息は基本として根の国をも司る、かつてトモエとオユキの暮らしていた国であればそうした言い方もされる他国の神。そして、はっきりと予想が経っている相手から姉と呼ばれるのだから、かつて暮らしていた国に合わせればその姉でもある柱。他にも、こうした由来がありそうだと、安息の部分は恐らくとそうした神話がそれぞれに象徴するだろう物を合わせて完成としている。
最初にオユキが用意した物は、まさにあれこれととっ散らかっている印象しかないものだったのだが、そこはそれ。はるかに美的感覚に優れた二人の手によって、それぞれの思う他のモチーフも付け加えることで、どうにかみられるものになっている。
水と癒しの柱にしても同様。かつての世界、ほろんだ世界をこの柱にしても持っていたのだとそうした話を聞かされていることもある。すべてが水中にある世界、水に閉ざされて、ありとあらゆる生命がしかしその中でどこまでも華やかな生活を送っていた世界。そうした水と癒しの神殿にあった、異邦からの物が描いた絵も参考に。そして、何よりもごく最近にあった、アーサーと言うのが如何なる来歴なのかを想像するに足る一助となった、湖の貴婦人としての逸話も考えて。それにしても、無理に詰め込むことになったために初めは随分と雑多になりすぎていた。こちらも同様、多くの助けもあって、少なくともカナリアの告げた雨乞いの本番、あと数日もすれば、ミリアムが神国から戻った時には行われるそれに間に合う様にと考えられた図案となっている。

「それにしても、見落としがあった、それについては正式にこちらからも謝罪が必要でしょう」
「私たちはあくまで人です。神々の如く、そのような真似はとても出来る物ではありません」

そして、マリーア公爵とアルゼオ公爵、ここの関係性の理由と言うのも今回の事でわかってきたという物だ。

「ええ、そうした言い訳はやはり」
「立場がある物は、許されるものではありませんから」

しかし、そんなものを斟酌するわけにもいかないのが、上に立つ者と言う訳だ。
神国の国王が退位する。王太子に、席を譲り、そのあとどうするのかとそうした話を少年たちはぼんやりと聞いたのだと、そう少し話をする時間で聞きもした。どうにも、彼らのほうではそこまで理解が及んでいないようだが、それぞれが、それぞれに。まさに思う儘の、そんな言葉を返したのだと。
結果として、前国王、隠居するものとして何やら良からぬ企てをしているらしいのだが。

「私たちとしては、さて、どうした物かしら」
「あの、それを私が答えてしまうのは内政干渉どころでは」
「ただの茶飲み話です。ここで、私が早々に戻ってしまえばやはりいらぬ憶測を生みますから」
「それは、そうなのでしょうが」

正直、こうして話している間にも、エステールに言われている練習用の刺繍。図案を細分化した物を、手習いとして行う様にと言われている物を進めているのだ。こうして、手札を一つ渡したのだから、こちらに来た目的の一つ、それも叶えてほしいと位にはどうしても考えてしまう。

「ええ、求めていることはわかっています、ですが」
「ああ」

成程、と。王妃の仕草でオユキも察しはする。だが、それを頼めるカナリアは生憎と今も雨乞いの祭りに向けて忙しくしている。なんとなれば、トモエとローレンツ、果てにはアイリスまでもが駆り出されて今も木材の加工に忙しくしているのだ。乾燥させるのかと思えば、そちらはいよいよフスカの手によって叶えるという話でもあり、頼める者はやはり今はいない。シェリアがその腕に吊るしている魔道具を示して見せるのだが、それに気が付かぬ王妃でもない。己も同じものを持っているのだと、そう簡単に手首を示して見せれば、それでは不足があるとただそう言われているのだと。

「ならば、仕方ありませんか」
「他に、方法があるとは」
「ええ、ですから、そちらに」

ただし、問題が無いわけでもない。これまでは、常にトモエと使う事にしていた空間だ。それを一度破り、ヴィルヘルミナを招いてみた結果として、それはもう見事なまでにオユキはこうして室内にしっかりと押し込められる羽目となっている。さらに重ねてしまえば、またもやとそういう話になるかもしれない。だが、ここで、こうして数少ない機会でも惜しいと思うほどには、この王妃の持つ奇跡と言うのが重要ではある。

「シェリア」
「畏まりました」

何を言うでもなく、ただ戦と武技から与えられた功績の一つを示せば、それで十分な人払いはなされる。

「さて、何をと聞いても」
「その、神々からありがたくも頂いた功績に依る物ではあるのですが、一つ問題がありまして」

そう、この功績に付随する奇跡を願うというのならば、問題と言うのはただ一つ。扉をくぐらなければならないのだ。他の、それこそ散々に神々が行っているように、何処にいようともお構いなしに、それほどに便利なものではない。初めから、そうした空間にと考えたうえで、扉を開く必要がある。実に、手間がかかる物なのだ。特にこうして人を招き、一度腰を落ち着けてしまってからと言うときには。解いてしまうときには、変わらず、それこそ本来その場にあるべき空間に戻るというのがまた何とも難しい物でもある。恐らく、と言うにはあまりにも不確かであり、理不尽な仕組み。何せ、他からの介入の一切を拒絶する空間だというのに、そこで物を動かせばだれもいないはずの部屋で当然とばかりに動くのだから。

「神々の奇跡とはわかっているのですが」

分かってはいるのだが。オユキとしては、実に頭が痛くなる仕組みなのだ。
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